卿菊・日本女体化・パラレル
ピーター君が親戚として出てきます。ごめんなさい。(もう今更ですよね…!)
早春
キョトンとして菊とアルフレッドは、アーサーの親戚だという、アーサーの隣りに立っている小さな訪問者に視線をやっていた。10歳になったアルフレッドの半分程だろう年令の彼は、怯む事無くこちらを見やってにっこり笑う。
「ピーター君です。仲良くしやがれです!」
彼の幼い口調とその言葉を聞き、思わず菊は頬を緩め、アーサーとアルフレッドは、決して菊に気付かれない様に眉間に皺を寄せる。
「一晩だけ我が家で預かる事になった。」
詳しい事は良くわからない……いや、興味も無いらしく、アーサーは顔をしかめたままそう、ぶっきらぼうに言った。菊は微かに苦笑を浮かべると、小さな訪問客のその、柔らかな金髪が綺麗な頭を撫でて、にっこりとほほえむ。
「よろしくおねがいしますね。」
そう笑いかけた菊の顔を見上げ、ピーターは大きな瞳を細めて満足そうに微笑んだ。
仲良くするのよ、なんて母から言われて、アルフレッドは折角キクと一緒に今年一番のデイジーを観にいこうと思っていたのに、と頬を膨らませる。後ろを勝手についてくるピーターとかいう少年には目もくれず、どしどし庭の草を掻き分け大股で進んでいく。
ずっと母を独占していたのに父も帰ってきたし、厄介な事ばかりだと、アルフレッドはまるで10歳らしからぬ口調で物を思う。まぁ、母親に対する態度からして10歳では絶対に無いのだが。
明らかに不機嫌になったアルフレッドのあとに、まるでアヒルか何かの様に付いて回るピーターを見やりながら、隣に座る菊は楽しそうに目を細める。
「まるでアルに弟が出来たみたいですね。」
嬉しそうに、それでも少し哀愁を込めて菊がそう言うのを、アーサーは片眉持ち上げ、聞き流す事にした。
アーサーにとったら、あんな口の悪い息子、お世辞にもあまり欲しいとは言えない。子供は自分の子供以外、可愛いとも思わない。それにもしも次があるなら(第二子が例え出来たとしても、菊がどれだけ自分を恨もうが今度こそ堕ろさせるが)アルフレッドの様な息子ではなく、菊似の自分に懐いた娘が欲しい。
密かに菊似の娘の事を考えながらニヨニヨしているアーサーをよそに、アルフレッドに付いて歩くピーターに熱心な視線を向けていた菊がポツリと声を洩らす。
「……それにしても、本当、アーサー様にそっくりですね。」
アーサーはその言葉にギョッとせずにはいられず菊を見やると、つい先程まで二人の子供を見ていた菊の黒い瞳が、いつの間にかジッと自分に向けられて思わず動きを止めてしまう。
「……な、なんだ?親戚だから似るのも当たり前だろ。」
自分では至極当たり前な事を言っているつもりなのだが、こちらを見やっている菊の瞳はアーサーからそらされない。そんな彼女の表情に一切変化がないから、彼女の意図を読み取れずにただアーサーは、後ろ暗い事などない筈なのに変に焦った。
「……いえ、そうですよね。」
フイッと菊がアーサーから視線をそらして俯くのを見やり、なぜかまたよく分からずに戸惑う。だがここで何を言うべきか分からないし、何を言っても聞いてくれなさそうだ。なんだこれはどうしろというのか。
と、そんな沈黙が少し降った中、アルフレッドとピーターが進んでいった方角から、火が点いた様な子供の泣き声が響き、驚いて二人は顔を持ち上げる。
「アルフレッドの声じゃ無い……」
菊はそう呟くと杖を手に立ち上がろうとするものだから、アーサーは菊よりも早く立ち上がり、ヒョイと軽く彼女の体を抱き上げた。
もういい加減慣れたのか、それとも子供たちが心配でそれどころじゃ無いのか、彼女は体を強ばらせることも、抗議の声を上げることも無い。その代わりキュッとアーサーの服を掴み、バランスをとろうとする。
アーサーが進んでいくと、すぐに二人の子供の姿を見つけられ、池の横でピーターが声を上げわんわん泣いているのが見えた。アルは彼の前に立ち、別段慰める様子も、声を掛ける様子も無くただぼんやりと泣いているピーターの事を見ていた。
「どうしたんですか?」
菊がまだ下ろされるのも待たずにそうピーターに声を掛け、両腕を大きく広げ、地面に座り込み彼の小さな体を抱き締める。驚いたのか、抱き締められた瞬間、一度ピーターは泣き止んだのだが、すぐにまた肩を震わせて泣きだした。
「何したんだ、おまえは。」
相変わらずの不機嫌な仏頂面でアルフレッドは菊がピーターを抱き締めているのを見ていたが、アーサーがそのぷにぷにとした頬を摘み上げると、アルは唇を尖らせる。
「オレ、何もしてない」
アーサーを下から睨みながら、アルフレッドが声を荒げるが、アーサーは摘んだ頬を離さずにムニューとのばす。
「じゃあ何でピーターは泣いてるんだよ。」
アーサーにとったら別段咎めるつもりも無く、ただ聞いただけなのだが、アルフレッドはアーサーを見上げた威嚇的な視線のままの大きな瞳の下に、じんわりと涙を溜めるとキュッと唇を結び、軽く鼻を啜った。
「な、何で泣くんだ。」
泣かせるつもりなど皆無だったので、思わずアーサーはギョッとしてそう問いかけるが、フルフル震えて涙が出そうになるのを耐えているアルフレッドは何も言わない。彼としたら、久しぶりに帰ってきた父は知らない子供を連れてくるし、自分を構ってくれないし、自分の定位置である筈の母の胸の中まで取られ、その上冤罪で責められたとなったら、不当だと思わないでなるべきか。
「泣いてない」
瞑ると涙が零れてしまうものだから、懸命に目を瞑らないようにしているものだから、下にたまった涙が揺れて、ついには膨らませた頬にポロリと一粒零れてしまい、慌てて拭う。
「オレ、何もしてないもん」
涙声で俯き、そう言うアルにどうしていいか分からずにアーサーが菊に目線をやると、彼女はピーターの背中を撫でて落ち着かせながらも苦笑を浮かべると、腕を伸ばしてアルフレッドの頭に手を置いた。
「そうですよね、アルフレッドはそんなこと、しませんよね。」
にっこり笑って菊がアルフレッドの頭を撫でると、キュッと唇を結んで顰めっ面をしていたアルフレッドの瞳からポロポロ涙が零れる。ピーターの手前泣き声を漏らさないのだが、慌てて手の甲でゴシゴシ頬を擦った。
菊がアーサーに苦笑を浮かべたまま目線をやると、アーサーも苦笑を浮かべて後ろからアルフレッドを抱き上げ、彼の涙で濡れた頬に鼻先を寄せる。彼は微かに体を捩ったが、逃げようとはしない。
「オレが悪かった、アル。」
菊がピーターを宥めるのを真似て、その背中をポンポンと叩き宥めさせていると、アルフレッドは小さな手の平でアーサーにしがみつくと、その肩に顔を擦り付けてスンスンアルフレッドが泣くのが聞こえる。確かにこの光景は、彼等がまるで兄弟であるかの様に見えた。
すんすん鼻を鳴らしていたピーターが顔を持ち上げると、その涙で潤んだ瞳で菊を無言のまま見上げる。それから微かに唇を尖らせて、そっと自分の頭に手を伸ばした。
「……転んだんです。」
涙とシャクリで聞きにくい声でピーターはそう言うと、菊は目を大きくしてから微笑む。そして彼が自身の手を置いたところにそっと触れ、そこにタンコブが出来ている事を確認した。
「痛いの痛いの、飛んでいけ。」
ゆったりと呪文の様に唱えられた菊の言葉に、その場にいた全員が目を丸くする。アルフレッドだけは自分だけに使われた呪文が使われた事に、少々頬を膨らました。
「私の国では良く使うんです。痛いのがどこかに行ってしまう呪文なんですよ。」
優しく笑う菊を、アーサーはなぜか誇らしげに、アルフレッドは頬を膨らませて、そしてピーターは未だ目を丸くさせ驚いた様子で、ジッと見やっている。菊はピーターのタンコブを、痛く無い様にそっと撫でた。
と、暫く黙っていたピーターは彼女の鼻先に向けてビッと指先を向けた。
「決めました!今日からピーター君のお母さんにしてやるです!」
……あまりにも急なご指名に、菊とアーサーは思わず「え……?」と固まり、アルフレッドは驚き緩んだアーサーの腕の中から飛び降りると、これでもか、という程に頬を膨らませている。
後ろからアーサーが引き留めなければ、アルフレッドはピーターに飛びかかっていただろう。
泣き疲れたのか、ピーターの昼寝につられて寝付いた二人の子供をソファーに寝かして、菊は楽しそうにその顔を覗き込んだ。アーサーはピーターの頬を指で突くと嬉しそうな菊の顔を見やった。
一時はどうなるのかと思ったけれど、結局はどうにかまた泣き出しそうになったアルフレッドを宥め、やっと今に至った。
「……あのな、ピーターは体があまり丈夫じゃ無いらしく、家族と離れて田舎で暮らしていたんだ。それが今回、実家に一時戻ろう事になって、それで中間地点として一度我が家で休ませて欲しい、と言われたんだ。」
柔らかい頬をふにふにしながらそう言うアーサーの方に菊は視線をやり、今までの笑顔がその顔から消え去った。それから何かを悩むように俯くと、腕を伸ばしてピーターの柔らかな金髪をそっと撫でる。彼は、心地よさそうに軽く身を捩った。
そして顔を持ち上げた彼女は、いつもどおりふんわりと優しい笑顔を浮かべ、小さく頷く。
「私、アーサー様の妻ですもの。半分は私の子供みたいなものですよね。」
なぜかそう、一人でえらく納得をした彼女に、一度頷きかけて「え?なんで?」とアーサーは慌てて顔を持ち上げた。けれども決心したかの様に眉をキュッと持ち上げる彼女に、何も言えずに頭を心の中で抱える。
「アーサー様、奥様。お客様です。」
扉の向こうからフェリシアーノの声がして、二人は顔を同時にそちらにやった。微かにピーターが小さく声を漏らす。
小さなお客様の次は、少し小さなお客様がやってきて、二人に丁寧に礼を述べた。その動作につられて長いアホ毛がぽよよんと揺れるのを、菊はぼんやりと眺める。
彼の名前はマシュー、ピーターの兄だという。歳はアルフレッドと同じ程だろうが、アルフレッドよりは遙かにしっかりしていて、更に性格も温厚そうである。が、菊が一番に驚いたのは勿論その点では無く、彼の容姿だった。
それが、驚く程にアルフレッドにそっくり……否、双子と言われても納得するほどに似ていたからだ。思わず菊は眠たそうなピーターとアルを見てからマシューに目線をやり、そしてアーサーを見やる。彼は、菊の意図が掴めずにまた戸惑った顔をした。
「弟がお世話になりました。」
マシューは丁寧に頭を下げると、腕を伸ばしてピーターに来い来い、と合図を送るが、ピーターは菊のスカートにピッタリくっつき顔を顰めたまま離れようとはしない。
「ピーター?母さんも待ってるよ。」
困り顔でマシューはそういうのだが、ピーターはマシューから顔を反らすとキュッと、菊のスカートを掴んだ手の平に力を入れた。
「ピーター君、母さんの事良く知らないです……」
泣き出しそうな顔で俯いてそう言ったピーターの頭にポンと菊が手を置く。彼は不思議そうな顔で菊の顔を見上げると、ピーターがそこに母を見たその優しい笑顔を浮かべる。
「大丈夫です。親はみんな、子供が一番大切なんですから。」
菊がそう言いながらピーターの背中を押すと、いまだ不安そうな顔をしながらもピーターはマシューの腕をとり、仏頂面のアルとアーサー、にこやかな笑顔の菊と向き直り、精一杯表情を引き締めた。
「また、来てやるです。」
若干いつもより威勢無い声でそう言うピーターの目が、少しばかり潤んで直ぐに下を向いてしまう。その前にアルフレッド歩み出た。
「……たまにはキクの事貸してやらない事も無いんだからな。」
照れた口調で、ピーターから視線を反らしたアルに、菊とアーサーは思わず苦笑を浮かべた。マシューだけがいまいち状況を掴めて無さそうな、ちょっとばかり困った表情を浮かべている。
「それじゃあ、姉さんによろしく伝えておいてくれ。」
アーサーのマシューに向けられたその言葉に、菊は驚きパッと顔を持ち上げてアーサーの顔を見やるものだから、意外な反応にアーサーも驚き菊に目線を向けた。
「な、なんだ?」
「いえ、何でも……」
アーサーの問いかけに菊は頬に朱を交えて、焦った様に苦笑を浮かべ、自身の頬を手の平で包み込んで俯く。アーサーは納得しきれないのを無理矢理納得させ、それでも微かに首を傾げた。
子供一人でも居なくなると、まるでデカイ屋敷が更にデカクなったかの様な気がしてしまうから、子供という存在のやかましさ、大きさを改めて認識せざるを得ない。アーサーは多少疲れでもした様にソファーに腰を下ろすと、隣りに座った菊と、その菊にピッタリくっつくアルフレッドを見やった。
それなり疲れていたのか、それとも陽気が心地よいのか、いつの間にかアルはもとより彼女まで寝入ってしまい、二人分の微かな寝息が聞こえ、アーサーは思わず微笑を浮かべ、読みかけの本を手に取った。
遠くで雲雀の歌声が、声高く聞こえてくる。