花見
コナ様へ捧げます : リクは英日で花見
花見
イギリスの朝はまず目を覚まして一通り支度を済ますと、紅茶を啜りながら郵便物をチェックする。
それは日課であったが、その日はそれで終わらなかった。
郵便物の一つにあまり見かけない長細い封筒を発見し、思わず椅子を後ろに転がしながらガバッと立ち上がると、椅子と共に机からパンも転がり落ちる。
「準備しろ!今すぐ出かけるぞ!」
そう周りの者に言いつけ一度着た服を脱ぎつつ新しい服を探しつつ髪をセットし直しているイギリスを、イギリスの声を聞きつけてやって来た人達が呆然と眺めていた。
手紙は日本からで、中身は辿々しい覚え立ての様な誤字だらけの英文で、恐らく彼自身が書いたのだろう墨でしかも縦書きだった。
中にちゃんとした清書が入っていたのが彼らしいといえば彼らしいが、コッチはその墨で書かれた手紙に思わず悶絶する。可愛さで。
内容はどうやら日本の国花が咲いたので見に来ないか、というお誘いの手紙だった。
自国の自慢をそう大っぴらにしない彼なのだが、何故か国花の事となると大層嬉しそうに「綺麗なんです」と微笑む。
それが見たくて何度も何度もその花について尋ねた結果が、コレだ。と、高々と手紙をライオンキングさながら天に翳したい気分だった。ついでに手紙を抱えたままグルグル回りながらメリーポピンズの歌でも歌いたかったが、流石に時間が無いから両方止めた。
「ハナミって、何か菓子とか持っていくべきなのか…!?」「服装は?!」「土産は?!」と一通り騒ぎに騒いでグッタリした所を部下によって飛行機に詰め込まれる。
そして飛行機が乱気流に揉まれながらも一人押し殺した笑顔のまま数十時間。いつもは飛行機から降りればフラフラになるのだが、今日は取り敢えずぶっ倒れずにこらえる。頑張れ、精神!
日本は春の心地がそこら中に広がっており、フラフラになった自分の頬を柔らかな風が撫でていく。まるで彼だ、と知らずまた笑みが零れた。
が、イギリスの幸せ満タンこんにちは一人春は、次の瞬間ぶっ壊れる。
「よっ、お前も招待されたのか!」と、変態髭王フランスが自分の肩をポンッと、日本の家の前で叩いたからであった。
もう何百年来の付き合いであるフランスの声を、イギリスは間違える筈無い事にまたガックリと全身の力が抜け落ちる。
まさか、と思いつつ扉を叩けば、ピョッコリと中国が顔出して唇を尖らした。
「お前等、遅いね。」
そりゃあ、お前の家が近すぎるんだよ。と言いかけた反論を無理矢理飲み込んで、フンッと顔を横に背け悪態をついてやる。
機嫌は燕も吃驚な程の急降下。このままいけば、恐らくハンバーガー頭と堅物男、それからヨーロッパ一の脳天気男も居るだろう。(ロシアと韓国は恐らく…否、絶対招待されていない)
もしかして自分だけ招待されたのでは…!? と甘い想像をしていた為に、思わずその場に蹲ってしまいたいが、どうにか耐え抜く。
「あ、いらっしゃいませ、イギリスさん、フランスさん。お待ちしておりました。」
戦場に咲く一輪の花よろしく、イギリスの目には確かにそう映った可愛らしい笑顔で、日本はトタトタと廊下の奥から駆けてくる。
立てば芍薬座れば牡丹、刀を持てばまさに荒武者。一体その正体は何なのだ。東洋の神秘だ。
と、ついついお目当ての奴が駆けながら自分の名(プラス何か髭的な奴の名前)を呼ぶものだから、変な雑音が文章にまで混じった。
「荷物、持ちますよ。あ、靴脱いでくださいね。」
にこにこと微笑んで言われ、どうやらちょっと自失したらしい。忘れかけていた靴を脱ぎ、鞄を渡そうとした瞬間ハッとしたが、それよりも素早くバチリと中国によって頭を叩かれる。
「鞄ぐらい自分で持つよろし。」
フンッ、と偉そうに見下げてくる中国に青筋を立てつつ、確かに紳士らしからぬ行動だったと、思いっきり顔を顰めると日本が中国を咎めた。
ざまぁみろ、と内心で罵っていると、そうこうしている内にフランスはたったか廊下に上がり胸元から少々萎れた赤い薔薇を日本と中国に差し出す。
「花言葉はジュ・テームだ。」と。それはオレの国花だ。
日本は(儀礼的な)笑顔で礼を言い、中国は叩き落とすと笑顔のままその赤い薔薇をスリッパで踏みつけた。
キュウ、と鳴き出しそうな薔薇の花が、なんだかちょっと切なく見えるのは気のせいか。
家に上がると、庭が見える部屋に通された。
開いた大きな窓から、庭の一本の樹齢数百年という巨大な桜の木がドシンと佇んで薄ピンクの花を絶えずハラハラと、緑の厚い絨毯の様な苔に散らしている。それは、自国の庭とはあまりに違う無秩序さであったが、酷く美しい景色でもあった。
「凄いな」
思わず呟いた台詞に、隣に立っていた日本は満足そうに少しだけ目を細め微笑した。
「此処でハナミをするのか?」
振り返って尋ねれば、暗い室内なのにも関わらず彼は明るく微笑み首をふる。サラサラと黒く細かい髪が揺れた。
「此処は苔があって桜の下に降りられないので、みなさんが揃ったら場所を移動しようと思います。」
特別な場所をキープしていたのだろうか、大きな大きな桜の木には一人の人間の姿も無く、敷かれたシートの上にただハラハラと桜が舞い落ちるばかりである。
「わぁ、凄くおっきいね!」
日本の隣にいたイタリアはピョンピョンはね飛びながら桜の木に近づくのを、眉間に皺を寄せたドイツが抑止する。
イギリスの隣に立っているアメリカは、遅刻した癖に未だブーたれた顔を崩さず唇を尖らせていた。彼は此処に着くなり開口一番に「えー!オレ、日本と二人っきりだと思ったのに!」と、イギリスが言いたかったセリフを堂々と言ってのけたのだ。
そのあまりにもな素直っぷりに何だか少々の羨ましさを抱きつつ、日本に無表情で「そんな訳ありませんよ」と言い放たれているのを見て、内心ホッとしている自分が居た。
ハナミ、とは結局は花を見ながら酒を呑むモノらしい。それなら何処で呑もうが別に良いじゃないか、という事は決して口にしないでおく。
出された日本酒とやらは結構喉に辛く、アルコール分もそれなり高いらしく、ワインでですら酔っぱらってしまうイギリスにとっては結構辛かった。
お弁当なんて不思議なモノ(しかし結構旨い)を広げてぼんやりと春の風に当てられるのもそう悪くは無いが、「あと何をするんだい?」とアメリカに尋ねられて日本が「国民のみなさんはカラオケなんかをします」と、和製英語と共に出された黒い機械の所為で全てが一変した。
酔っぱらったイタリアがマイクを握り、更に酔っぱらったフランスが脱いだり中国を口説こうとして斬りつけられ、アメリカが持参した青いケーキに日本が戦く。正にカオス。
そしてイギリス自身、ベロンベロンに酔っぱらい唯一人黙々としていたドイツに泣きながら自分が生まれてから起こった不公平だと思い込んでいる出来事について愚痴り始める。一番の被害者はもしかしなくてもドイツだろう。
お花見が始まってたった三時間で日本とザルの中国以外が見事に酔いつぶれ、アメリカが桜の木によじ登り枝を折った為に、日本が背中からスルリと木刀を抜き取った事によりお花見はお開きとなった。
寝入ってしまったイタリアをドイツがおぶり、殆ど裸のフランスは中国が足を掴みズルズルと引っ張り、アメリカは酷く陽気に歌を歌いながら日本の家へと駆けていく。
残った日本はイギリスの背をさすりながら心配気に彼に水を手渡した。
桜から些か離れた野原で口を押さえ真っ青になっているイギリスに日本は声を掛けるが、相当キているのか、四つんばいのまま動こうとはしない。
「吐いてしまって良いですよ。楽になりますから。」
と日本が宥めるも、イギリスは首を振っていうことを聞こうとはしない。既に相当の醜態を晒しているのに、まさか其処までは出来ないらしい。
仕方が無いと日本がイギリスに肩を貸すが、いくらイギリスが欧米人にしては小柄だからと言って日本にはちょっと無理があった。
他のみんなには先に帰って貰ったといっても(主にアメリカの素行が)心配であったし、まだ日が暮れればそれなりに寒くなるのが心配でもある。
聞かれない様な小さな溜息を日本が吐くと、イギリスの眉毛がピクリと動き顔を持ち上げた。
不意にイギリスの真っ直ぐな緑の目と合い、日本は少しだけ慌てるが何故だか目を反らせない。
にゅっ、とイギリスの腕が伸び日本のふんわりとした頬を両方から挟むと、思わず逃げようとする日本をがっちり掴む。それからそっと唇を寄せ、少しだけ微笑んだ。それはいつもの勝ち気な笑顔では無かったし、突然の事だったし、そしてアルコール臭くて……日本は目をまん丸に開いて驚いた。
「イ……イギリスさん…?」
眉を情けなく曲げ、そして顔を赤くして頭を傾げた日本に、イギリスは軽く肩を竦める。
それから日本から目線を反らし、右斜め下を見つめながらその頬を酒のモノよりも更に赤らめて呟いた。
「今度は、二人で呑まないか」と、そう言うとガクリとイギリスから力が抜け落ち慌ててその身体を掴もうと日本はしたものの、彼の身体はボスンと地面に落ちた。
目を瞑り、頭打ったのにも関わらず心地よさそうに寝息を立てているモノだから、日本はホウッと呆れとも安堵ともつかない溜息を吐く。
目が覚めた時酷く頭痛いし気持ちが悪く、その上此処がどこかすら解らなくなっていてサアッと顔から血の気が引いた。
目が覚めて直ぐに夕陽が見えるし、もしかしたら路上で寝ているのかもしれない。記憶は自分がドイツに愚痴りはじめて直ぐに消えている。
思わずガバリと身体を起こすと、誰かが わっ と驚いた声を上げるので、そちらに目を向けると正座したままの日本が巨大な桜の木を背景に驚いた顔をしていた。
数秒の沈黙の後、ようやっとイギリスは事態を把握し、それと同時に顔が青から赤へと変化する。
ほんの少し前まで、どうやら彼の膝の上で眠っていたらしい。
あちゃー、と言わんばかりに掌でこめかみの上の方を押さえ、羞恥で今にも泣き出しそうなイギリスを余所に、日本は軽く頭を傾げて微笑んだ。
「今度は二人っきりで桜の紅茶を飲みましょう。」
予想もしていなかった日本の言葉に、イギリスは自分が酔っぱらった所為の幻聴なのかとさえ思えてならなかった。
彼の上には彼の国花がハラハラとまるで惜しむこともなく散るモノだから、それは雨なのかはたまた涙なのか、そんな事ばかり考えてしまう。
まさかこんなに遅くなるとは思いませんでした……遅筆でごめんなさい!orz
千ヒットってお前……!しかもイギリスが変な子でごめんなさい…
でも愛は込めました!こんなんで良かったら、是非……!
穀物 鮎煮