卿菊
※ この小説はかの有名な貴族英×女体日パラレル(卿菊)の設定を少々拝借させて頂き書いております。私の妄想満開ですので、あしからず。
知らない方はいらっしゃらないと思いますが、一応、貴族英(アーサー=カークランド)と日本の商人(貿易商)の令嬢菊という身分違いの結婚のお話しで、舞台はイギリスです、よ、ね……?
日本の足は悪くて歩くのも杖が必要とか。あと時代背景は一切調べてません。ごめんこ(・∀・)
子供はアル設定ですー
『 luglio 』 目覚めの七月
出産に耐えきれなかった菊は産後一週間ほど意識を手放し、目がやっと覚めてからも暫く体力は戻らずに食事もろくに喉を通らなくなっていた。体力が完全の戻る様になるまで、それから更に数週間を要する。
まだ少し不安が残る中、それでも絶対に子供は自分が面倒を見るといって聞かない菊に、アーサーは不承不承に子供の世話を、一応乳母も付けるという条件で呑んだ。菊も何やら納得がいかないという様子ではあったが、子供の世話が出来るならばと頷く。
子供はまだ夜泣きをしているから、と、寝室まで別にする彼女に多少切なさを覚えながらも、ここに来てようやく日々楽しそうに子供の世話をしているのだから、それでいいでは無いかと最近は暖かく二人の様子を見守ることが出来る。
泣く子供を嬉しそうにあやしている菊の姿を遠くから見やると、自身の家族であるという不思議な心地に襲われた。あの小さな体が力一杯泣くと、信じられないほどの大きな声が出るのだ……
もうそろそろ仕事に復帰せねば、と、アーサーはいつもの廊下を足早に歩いていると、フト赤ん坊の声が響いてくるのに気が付き、そちらに視線をやる。開け放たれた室内では、泣き出した小さなアルフレッドをあやしている乳母の姿が直ぐに見えるけれど、そこに菊の姿が無い。
「……菊はどうした?」
いつもだったら飛んでいって嬉しそうにアルフレッドをあやしているというのに……扉口でアーサーが訝しそうに乳母に問うと、乳母は小さく首を振る。
最近夜泣きの所為であまり寝ていないし、まだ病み上がりなのだ。アーサーは今度は自身の寝室の扉を開けて中を見た。と、ソファーの背に身を預けて、菊がグッタリとしているのに気が付き、瞬時一週間ほど目を覚まさなかった姿を思い出し、胸中がひやりと冷たくなる。
「……菊?」
思わず歩み寄ってそう声を掛けるが、やはり菊の体は微動だにしない。思わずソッと腕を伸ばして菊の頬に触れると、暖かく、アーサーはホッと胸の奥底から息を吐き出し、そこでようやく菊が呼吸をしているのを確かめる。
「菊、こんな所で寝ると風邪を引くぞ。」
寝ているのを良いことに、その額と瞼に唇を落とした所で、ふと菊の黒い瞳が現れアーサーの顔を映し出す。そして数秒微睡みの中ぼんやりとアーサーの顔を見た後、直ぐに動揺として頬に朱を混じらせ体を起き上がらせようとするが、それをアーサーが押しとどめる。
菊は起き上がるのを諦めてまたソファーに手を付き、深く俯いてからふと、また顔を上げてアーサーを見やった。 どこか決心でもする様に、キュッと細い形が良い眉は持ち上げられている。
「あの……ちょっとうたた寝してしてしまっただけです。だから、あの、アルの面倒は見れます……」
シュン、と肩を落とす菊を見やり、アーサーは思わず苦笑を浮かべて菊の白い頬にそっと指を当てると、こちらに向けられた彼女の瞳は不安そうに微かに歪められていた。
「そんな事気に病まなくても、別に止めろなんて言うつもりは無い。だが、病み上がりなんだから無理はするな。」
素っ気なく出てしまう言葉に、思わずアーサーは菊から視線を反らして開いたままになっている窓の向こうに視線を送った。が、すぐに沈黙に耐えられず、口を開く。
「……この部屋で何をしていたんだ?」
別段咎めるつもりでも無いし、どちらかと言えば寝室を別個にされていたので、自分の寝室に来てくれるのは逆に嬉しいぐらいなのだが……最近、極端に言葉数が少ない者同士、段々に相手の考えが分かってきたらしく、菊は直ぐに、無意識下に咎められている訳では無いと理解する。
「本を読んでいたら、ついウトウトとしてしまい……」
照れて俯く彼女のすぐ横、ソファーの上にちょこんと、最近アーサーが彼女に買った、最近ロンドンで女性を中心に流行っているらしい本が乗っている。アーサーは特に興味も湧かなかったのだが、やはり女性は恋愛小説が好きなのだ、と笑って言ったアルセーヌの言葉を聞き、悩んだ末に買ってきた。
外出をする機会が、最近頓に無い菊の、ほんの暇つぶしにでもなれば……と思い、女性達に混じって手にとって物だ。
「それ、面白いか?」
アーサーは腕を伸ばしてその青い革カバーの本を手に取ると、菊はその動作につられるように顔を持ち上げ、本に目線をやる。
「はい。」
アーサーがこの本を彼女に渡した時、嬉しそうに顔を綻ばせた、その笑顔と同じ笑顔を彼女はまた浮かべ、いつもの大人っぽい動作とはまるで違う幼さが不意に表情に表れた。時折、こんな子供の様な笑顔を不意に彼女は浮かべる。
未だにそんな表情にさえ動揺をしてしまう自分を隠すように、アーサーは慌ててその本をペラペラと捲る。文字列の合間に、時折挿絵が入るのだが、やはり何やら恋物語らしい。
「でも……私あまり、色恋の事が分からないので……」
当の菊は、まるで取るに足りない事を言ったつもりだったらしく、先程と同じ照れた笑顔を浮かべているのだが、アーサーは思わずハッとして顔を持ち上げ、菊に視線をやった。
パタリとアーサーは本を閉じると、ソファーの上にまた放る。そして目線を菊から反らし、窓の向こうに向けるから、菊は小さな不安を抱き、思わず眉を歪めてアーサーの顔を覗き込もうと微かに首を傾げた。黒い髪がその動作につられ、サラサラと揺れる。
「前に、どうして自分を娶ったのだと、聞かれた事があったな。」
不意にアーサーに言われた言葉に、菊は小さく苦笑を浮かべる。
「そうでしたか?」
思わずはぐらかそうとする菊に対して、アーサーはそこで言葉を切ると暫く黙り込む。その沈黙が重苦しくて、菊はどうして彼のご機嫌を損ねてしまったのか分からず、そっぽを向いたアーサーの耳元をジッと見上げる。
どのぐらいそうしていたのか、窓の外から聞こえてくる鳥の囀りすら重たく感じて、菊が唇を開きかけたその時、それよりも先にアーサーが口を開く。
「……結婚しよう、菊。」
アーサーの、少々上擦った言葉を聞き、思わず菊は目を真ん丸にさせた瞬間、開けたままになっていた窓から風が入り込み、レースのカーテンが大きく膨らみ、部屋一杯に青い薫りが舞い込んだ。
そんな今更、と菊は思わずそう言おうとしたのだが、先程見ていたアーサーの耳が今は真っ赤になっている事に気が付き、思わずフッと小さく噴き出してしまう。その声につられ、真っ赤な顔をしたアーサーが恨めしそうな緑の瞳を菊に向けた。
「いいですよ、アーサー様。私でよければ。」
クスクス笑いながらそう応えると、振り返ったアーサーが、照れた様子で素直に微笑むのを、光りの中で見つけて思わず菊は目をほんの少しだけ大きくさせる。自分の、こんなに暗く重たい色とはまるで違う、柔らかな髪の毛に、輝く色。まるで光りがそこに閉じ込められている様だ。
こんな様子をみると、どうして彼が自分を選んだのか、不思議に思えてしまう。菊が俯きかけた時、遠くで赤ん坊の泣き声が聞こえ、菊は伏せかけた目を大きくさせ顔を上げる。
「……私、もう行きますね。」
立ち上がろうとする菊の腕を掴み、アーサーが彼女の動きを抑える。立ち上がることさえ困難な菊は、そのままソファーから動けずに、無表情で感情が読み取れないアーサーを見返す。
「今は、乳母に任せれば良い。」
身を乗り出すアーサーの影を受け、菊は困り顔で瞼を伏せ気味にさせ目線を反らした。その両頬を包み込み、柔らかな感触が唇に降ってくる。
遠くで赤ん坊の泣き声が響き、午後の光りが窓から際限なく漏れ、部屋は暖かなその光りで一杯に染まり、目を瞑った菊の瞼越しにも、オレンジの光りは暗い世界を一つだって作ろうとしない。
みじかっ!す、すみません……