チェンジング・オフ

※ この小説には暴力シーンが入っています。パラレルと女体化。なんか完全にオリジナルです。さーせん。 一応…… アルフレッド=米、アーサー=英、菊=日、バッシュ=瑞、ルートヴィッヒ=独、フェリシアーノ=伊、イヴァン=露、耀=中国、ロヴィーノ=ロマーノ、ヘラクレス=希、アントーニョ=スペイン、トーリス=リトアニア  次の次ぐらいから耀さんのターンになる予定。
 

 

 二年ぶりに向かい合った自分と同じ顔をした彼は、昔と変わらずに力の抜ける笑顔ににへら、と笑った。それから少し困った様に己の頬を掻くと、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
「何で帰ってきたんだよ。」
 そう真っ直ぐ見つめたままロヴィーノがフェリシアーノに訪ねると、彼は少しだけ困った様に眉を歪める。
「ごめんね、兄ちゃん。オレだけ逃げ出しちゃって。」
 フェリシアーノのその言葉は語尾が震え、彼の顔に付いていた笑顔がほろりと剥がれる。本当は再会したらまず第一にその頭をぶん殴ってやろうと思っていたのに、その顔を見た瞬間からどうも殴る気さえ起こらない。
 正直、フェリシアーノが我が家を脱走したと聞いたとき、始めに思ったのは羨ましさだった。生まれて直ぐに実家から離れた祖父母の家で育った為にか、自分達兄弟は父親のしている事にあまり同意しきれなかった。それ故にどこまでも自由な弟が羨ましかったし、どこか憎らしかった。
「オレずっと“ムコウ側”で暮らしてたんだけど、みんないい人なんだよ。……だから、オレ、帰ってきたんだ。もう逃げたくないから。」
 顔を上げたフェリシアーノの灰色の瞳は、今まで見続けてきた弟のソレとはまるで違う色を持っていた。

 
 
 
 
CHANGING OFF L
 
 

 床にペタリと座り込んだ彼女を、皆が困った様子で見やり、また彼女、菊自身も酷く困惑し怯えていた。一度“ムコウ側”に菊が帰ったときの状況をそれなりに知っていたルートヴィッヒは、一種の記憶障害であろうとは理解していたが、フェリシアーノ以外の者には詳しく説明していなかった為に誰もが今の状況を飲み込めずにいた。そしてルートヴィッヒは説明したいのも山々なのだが、菊の目の前で説明するのも気が引けるし、第一ちゃんとした病名を知っている訳でもない。
 イヴァンの家をふらふらと出てきた所を、孤児院帰りのヘラクレスが声をかけたらしい。が、その時は体調こそ悪そうな風だったがまだ彼の事は覚えていたらしい。そしてここまで運ばれて目を覚ますまでほんの三十分程だったのだが、起きたらもうこうなってしまっていた。
 前といい今回の事といい、もしかしたらイヴァンがキーなのかもしれない……と、なればやはり彼女を行かせるべきでは無かった。イヴァンとの事を彼女に尋ねてみても、ただ自分を酷く怯えた目つきでただ「兄さんが」とばかりを舌っ足らずな口調で繰り返す。その顔がどうも幼くみえてならない。
「菊に兄なんているのか?」
 この中でそれなりに菊の事を知っているヘラクレスだけを連れ出して訪ねる。ヘラクレスは小さく肩を竦ませてから、少しだけ泣き出しそうに顔を崩した。
「居るよ。オレが孤児院から出る時はまだ菊と一緒に住んでいたんだけど、“ムコウ側”の大学に入学したって聞いた。“ムコウ側”の大学に入ったら情報を漏らされるかもしれないからもう“コチラ側”に帰ってこられないって聞いた。稼いだ分は全部“コチラ側”の家族に回すことは出来るらしいけど……
 オレが知ってるのは、理由は知らないけど菊も“ムコウ側”に行ったって話は聞いた。」
 ヘラクレスはそこまで喋ると口を継ぐんで座り込んでいる菊をチラリと見やると、少しばかり俯く。
「もしオレの知っている菊とお前の言っている菊が同一人物なら、彼女は“ムコウ側”の人間であるアーサー=カークランドと婚約したんだ。」
 二人の会話の中に、急にそこで寝っ転がっていたもう一人、フランシスが割って入った。顎を左手で支えながら面倒くさそうなフランシスをその場で喋っていたヘラクレスとルートヴィッヒは驚いて振り返る。
「オレは“ムコウ側”で初めて菊に会ったんだが……彼女は六年前のあの事件で確かに死んだ。」
 そこまで言ってフランシスは菊の死体を見ていない事を不意に思った。結局あれから一度もアーサーと顔を合わさずに“コチラ側”に来てしまったのだが、彼女の入った棺がけは見た。まだ正式に籍を入れていなかった為に葬式をすることも、また墓を建てる事すら許されなく、彼女は棺に入れられ送られてしまったと聞いたし、実際“コチラ側”で彼女の質素な大理石の墓に行ったこともあった。
 ただ彼女の死体は彼女が撃たれたすぐ後にしか目にしていない。声はかけなかったのだが、アーサーと永眠してしまった彼女の元に一度訪れた時さえ、小さな暗い部屋で椅子に座ったアーサーがただぼんやりと彼女が入ってるであろう棺を眺めていた。
「それなら他人なんだろ。」
 今まで黙って立っていたバッシュふとそう口を挟むが、フランシスは小さく肩を竦めてそれに反論した。
「顔も名前もしていた仕事も、兄の名前さえ一緒だっていうのかよ。」
 再び沈黙が流れたものの、その沈黙をパッと顔を持ち上げたヘラクレスが直ぐさま破る。
「そんなの、今の状況じゃぁどうでも良いよ……菊は菊」
 唇を尖らせたヘラクレスのその言葉に皆が口をつぐむ。確かにこの場で答えが出そうもないのに話し合った所で今の状況を打開することは難しい。いっそその菊の兄の所在が分かればいいのだが、恐らく今でも“ムコウ側”に居るのだろう。
「いっそまたアーサーに連絡するしかなさそうだな。」
 そうルートヴィッヒが独り言を漏らすと、バッシュとフランシスが全く別な感情からだが、ほぼ同時に眉間に皺を寄せ表情を歪ませる。
「でも今の菊はアーサーの事覚えてないんでしょ……?」
 ヘラクレスはルートヴィッヒの言葉に対していつもの様に無表情のまま、軽く首を傾けてそう応えた。確かに目が覚めた菊の記憶の中からスッポリ、彼女の15歳以降の記憶が抜け落ちていた。逆に言うならば彼女の記憶だけが、全てを取り残して15歳に戻ってしまったということだ。
 うんうんと頭を唸らされているルートヴィッヒの横に立っていたヘラクレスはいつのまにやら彼の元を離れて座り込んでいる菊の元に駆け出すと、彼女の隣にペタリと座った。ムコウ側の動きが不確かでない今は、確かにヘタに動きたくは無い。当然、“ムコウ側”の人間とわざわざ居場所を告げるような事をしたくは無かった。
 取り敢えずルートヴィッヒはただ溜息を吐き出すしかなかった。
 
 
 
   “ムコウ側”にやって来てから三日目、パッタリと止んだ攻撃に“コチラ側”の人々は取り敢えず一安心したのか、元々市場があった場所には、少ないながらも品物が並べられる。その中を、品物の数とはまるで合わない大量の人々が押し合いへしあい声高に何かを叫んでいた。今までの静けさが嘘の様に、この小さな安泰を人々は懸命に生き延びようとしているのだ。
 取り敢えず服から変えてみたものの、やはり品格とでもいうべきか、何故かすれ違う人々が自分に目線を向けてくるのに、アーサーは思わず居心地の悪さを感じる。ごろつきに声をかけられるのも時間の問題だろう、と、服の中に隠し持つ拳銃を服越しに指で触れ溜息を吐いた。
 否、この溜息の最も大きな原因はソレではなく、自分の隣を気持ち楽しげに歩く人物にあった。
「……なんでお前が付いてくるんだ、アルフレッド」
 自分よりも何故か“コチラ側”に馴染みながら、アルフレッドは「ん?」とアーサーの顔を見やる。が、アーサーが小さく肩を竦めただけ黙ってしまったので仕方なしに再び辺りをキョロキョロと見回し始めた。アーサーが“ムコウ側”に乗り込む準備などをしている間に、アルフレッドは“ムコウ側”との境界に先回りして待ち伏せをしていた。
 未だ黒い煙が燻る街を見やり、知らずアーサーは身震いを覚えた。彼女が“ムコウ側”に行った時分は、自分達側の攻撃は止んでいた頃だろうけれども、それでも此処は随分荒れていただろう。堂々巡りだ、と、アーサーは重い溜息を吐き出した。また何日も不安に苛まれたりするのかと思うと、ハッキリ言っていっそ全てを投げ出したい気分にさえなる。
「ところで君の捜し物って何だい?」
 不意にかけられたアルフレッドのそのセリフに、やはりアーサーは何も応えずに沢山の人々が揉みくちゃになっている市場をグイグイ進んだ。包帯を巻いた人、腹を空かせて道ばたで一人眠りこける子供、ありとあらゆる人々がここに集結し、そしてじっと恐怖を底に隠し持っていた。
 
 生まれてから一度も、こうして自らの足で“コチラ側”の道を歩いた事なんて、本当は一度も無かった。アルフレッドは一見すればこの見たこともない世界に酷く浮き浮きとしているかの様に見えるのだが、三日ももう街をアーサーと一緒に周りながらその状況に大きな衝撃を受けていた。
 六年前、自分の母と姉が死んだ劇場を遠目にだが見たとき、あれ程酷く建物が炎上し壊れるものかと思ったのだが、その焼け跡が此処にはどこにだって見えた。今まで机上の地図ででしかきちんと見たことが無かった“ムコウ側”の世界を、実際に目にする機会など一生無いと思っていたのに。
 この三日間ずっとこの市場をウロウロしているアーサーにずっとくっついていたのだが、未だに彼の捜し物……恐らく探し人は見つかっては居ないし、なんだか見つかりそうも無い気がしてきた。それよりも単独でもっとこの街を見てみたかった。
 その時、ふと人混みにまみれて見覚えのある茶色い髪をした人物の後ろ姿を見つけ、慌てて振り返る。
「トーリス……?」
 今自分の家で仕事をしている筈の使用人の名を、思わずアルフレッドは呼んでいた。と、反応する筈が無いその人物は驚いたかの様に振り返り、そしてアルフレッドを見やった。
 その顔は、どうみてもアルフレッドの付き人である筈のトーリスだった。
「なんでこんな所に居るんだい?」
 慌てて人々を掻き分けて彼に近付こうとすると、彼も慌てて人混みを掻き分けて走り出す。後ろからアーサーが自分の名を呼んだが、それよりもアルフレッドにとって今はトーリスの方が驚きの対象であった。人混みを抜け出しても、土地の利が彼の方にあるのか、暗い路地、廃墟と化した家々の合間を駆けるトーリスにアルフレッドは全く追いつけぬまま腐臭のする街を駆け抜けていく。
 やがてまるで見覚えない、アルフレッドにとって住宅と認識することすら困難な、暗くじめじめとしたスラム街の一角、行き止まりに行き着いた。そこに居るはずのトーリスの姿は見えない。肩で息をしながら落書きをされた大きな壁を見やりながら、アルフレッドは呆然と立ち竦んでいたその時、やや低めの、それでも穏やかな声が彼の背後で聞こえてきた。
「おやおやおや。誰かと思えば君は確かアルフレッド君、だったよね?」
 灰色の風と共に、マフラーに顔を半分埋もれさせた長身の男が、後ろに数人の部下らしき人々十数人を連れ立って笑顔で歩いてくる。カツン、カツンとブーツの底が鳴いていた。
「誰だい?」
 眉間に皺を寄せ、いきなり自分の名前を言ったこの人物に向かって眼光鋭く訪ねかけた。
「……どうしてここに迷い込んだかは知らないけど、ここは僕たち『ペチーカ』の縄張りだよ。君の様なよそ者が勝手に潜り込んできていいような場所じゃあ、無い。」
 そう言った瞬間、彼は灰色の瞳をギラリと光らせて歪んだ笑みを黒く染める。アルフレッドが持っていた拳銃を抜こうとベルトに手を掛けたその時、喋っていた長身の男以外全員が拳銃を抜きアルフレッドに向けた。厚い灰色の雲の中で、ゴロゴロと雷が重い音を立てる。
「僕にその拳銃で穴でも開ける?君が穴だらけになる?……それとも、僕と一緒に来てくれる?」
 
 
 
 
 完全にアルフレッドを見失ったアーサーは、溜息を吐き出してまた前を向き直った瞬間、ドンッと誰かが前からやって来た人物にぶつかる。軽い、前からやってきた人物は見事に尻餅を付いて倒れた。
「すまない」と、手を伸ばし倒れた彼女をおこそうとしてハッとする。黒い髪、白い肌に、そして自分を見上げた真っ黒で綺麗な瞳……固まってしまったアーサーを、少しだけ不思議そうに見やってから彼女、菊はにっこりと微笑んだ。
「いいえ、こちらこそすみません。」
 菊はペコリと頭を下げてそのまま駆け出しかける、が、その腕をアーサーは咄嗟に掴む。驚いて振り返った菊の瞳が動揺と恐怖で揺らいだ。
「……菊」
 やっとの思いで吐き出せたのは、彼女の名前だけで、心臓がまるで凍り付いてしまったかの様に全身が冷えて、周りの喧噪さえ夢の一片の様だと言っても過言では無かった。菊は菊で、彼女にとっては見知らぬ人間に自分の名前を呼ばれた事に不安を見いだして体を縮める。
「あの……どなた、ですか?」
 菊は眉を歪め、少々申し訳なさそうに首を傾けて、そう、小さくアーサーに向かって訪ね返した。アーサーはアーサーで言葉を全て見失って、ただ菊の腕を掴んだまま少しも動けずに止まる。
 曇り始めた空が、ゴロゴロと重低音を鳴らした。
 
 

 
後数話でおしまいです。長い。