チェンジング・オフ

※ この小説には暴力シーンが入っています。パラレルと女体化。なんか完全にオリジナルです。さーせん。 一応…… アルフレッド=米、アーサー=英、菊=日、バッシュ=瑞、ルートヴィッヒ=独、フェリシアーノ=伊、イヴァン=露、耀=中国、ヘラクレス=希、トーリス=リトアニア
 

 

 “ムコウ側”への憧憬の念が無かったと言えば嘘になるけれども、それよりも自分の手をギュッと握りしめる妹の存在が自分の全てだった。もしも、自分が彼女の指を離してしまったりしたら、きっと彼女は一人で戸惑い泣き出してしまうのだろう。そんなのは、想像するだけで自分をキリキリと締め上げる。
 自身が医学の勉強をしていて、これからの事を考えたときだって、自分の頭には“ムコウ側”の学校に行くこと等微塵も考えとして無かった。けれども、いつしか彼女の隣には“ムコウ側”の令息であるアーサーが居て、自分の手を離してもきっと笑っていられる様になった。
 だから、自分はその令息が菊との一種の遊びに冷めてしまう時の事ばかり考えて、“ムコウ側”に渡った。自分が“ムコウ側”に渡ることでお金を出来るだけ稼ぎ、“コチラ側”に住んでいる菊が絶対飢えたりしないように。
 その妹が実際に“コチラ側”に来たとき、本当はとても複雑だった。彼女が果たして“コチラ側”に馴染むか否か、きっと“コチラ側”では嫌味を言われるだろうし、その内アーサーは自身の心が彼女から離れてしまうかもしれない。そしてそう思うのと反対に、また彼女と会う機会が出来るのでは無いか、という希望も抱いては居た。
 けれども彼女は、まるで蝋人形の様に真っ白になり、触った指先から痺れてしまう程に冷たい、いうならばタンパク質の一個の塊として自分は彼女と再会したのだ。まるで彼女の死体は、自分の死体であるかの様だった。
 耳が痛くなるほどの静寂に包まれながら、自分は酷く冷静に絶望した。
 
 
 
 
CHANGING OFF M
 
 
 

 困った表情を浮かべる菊、気分むっつりとしたヘラクレスに、腕を組んでだんまりを決め込んだアーサーを前に、ルートヴィッヒは本格的な溜息を一つ吐き出して顔を両手で覆った。こんな時こそフェリシアーノが居ればまだ楽なのに、ああ、アイツは無事だろうか……痛む頭を冷やすために、そっと胃薬を取り出して飲み込んだ。
 ルートヴィッヒが待っている人物は今日に限って中々やっては来ないし、ただ刻々と気まずい雰囲気ばかりが流れる。その空気を打破する為にか、元来寡黙を絵に描いた様な男であるルートヴィッヒからまず口を開く。
「最近“ムコウ側”の攻撃が無くなったんだが、どうしてだか知っているか?」
 その問いにアーサーはルートヴィッヒに、その緑色の瞳を向ける。ルートヴィッヒらしく、か、らしからぬか、彼の知りたい質問からはかなり遠回しな質問であった。
「……フェリシアーノの兄がもう『ヴェラ狩り』の支援はしないと言ったんだ。」
 アーサーがそう言ったが早いか、もの凄い勢いで彼等が居るガランとした大きいだけの部屋の扉を一つの影がが蹴破って飛び込んできた。けたたましい破壊音を発しながら、眉間に深い皺を寄せたもの凄い形相で飛び込んできた主、バッシュにそこに居た人々は一様にビクリと震えて注目する。
「何しに来た、アーサー=カークランド!」
 咆えながら駆け込んできた彼の手には機関銃が握られていて、銃口は真っ直ぐにアーサーに向けられていた。『ヴェラ』のバッシュにとってアーサーは正に敵であるのだから当然と言って良い反応であろう。
 バッシュを見やったアーサーは、ゆったりとした動作で立ち上がるとバッシュと向き合い、相手を落ち着けるためにかゆったりとした諭す様な口調で話す。
「我々……いや、オレは全力で“コチラ側”に付くつもりだ。もうこれ以上お前の仲間を殺させるつもりは無い。その覚悟でここまで来た。」
 アーサーの言葉が終わるか終わらないかの所で、今度はバッシュが声を荒げる。
「嘘をつくな!」
 バッシュの鋭い言葉が辺りを一瞬沈黙に沈めるが、また直ぐにアーサーは口を開く。
「ならばオレを撃てばいい。」
 逃げる仕草など微塵も見せずに、逆に胸を張った様子でアーサーはバッシュから目線を外さない。二人の尋常ならぬ様子に震えた菊の肩を、少しばかり離れた所でヘラクレスが抱きながらこの緊迫した様子を見つめていた。
「“ムコウ側”の連中の言葉を、信じられるものか。一体お前は何が望みなのだ。」
 銃口をアーサーの胸に向けたまま、バッシュが鬼気迫る表情で問いかけるが、アーサーは自身が追い詰められているのも構い無しに無表情を保っていた。
「オレの望みは一つだけだ。」
 ふ、と、アーサーはそこで言葉を切って口をつぐみ、どこか少々悲しそうに眉を歪め、その緑色の瞳を曇らせて黙り込む。再び重い沈黙が訪れるのだが、誰もが言葉を紡げずにただ固まって事の成り行きに見入っていた。
「拳銃を降ろせ、バッシュ。そいつは多分嘘なんか吐いて無い。」
 その場に声を上げたのは、何時の間にそこにいるのか蹴破られた扉の向こう側で、走ってきたらしく軽く肩を上下させ、苦しそうに胸に掌を押し当てて息を整えているフランシスだった。
「よう、アーサー……六年前からお前はまるで変わってねぇなぁ。」
 眉をハの字にし目を細め、そして何だか苦しそうフランシスは片手を上げてアーサーに挨拶をする。フランシスの姿をみとめたアーサーも同様に片手を持ち上げて挨拶をすると、「お前もな」と静かな口調で返す。
 それは実に六年ぶりの再会であった。
 
 
 
 
 にっこりと微笑んだイヴァンと名乗った青年は、手足を縛られ、テープで口を塞がれたアルフレッドの前で満足そうに口を開く。
「こんな所に君が居るなんて、驚きだよね。ね、トーリス!」
 イヴァンに名前を呼ばれて、酷く申し訳なさそうな顔をしたトーリスが二人の居る部屋にそっと入ってくる。困った様に俯き加減にチラリとアルフレッドの様子を窺う。
「紹介するね。彼の名前はトーリスで、僕の組織『ペチーカ』では“ムコウ側”のスパイとして働いてくれてるんだ。」
 黒い影を落としてニッコリと微笑むイヴァンの灰色の瞳が怪しく光る。
「彼はね、君たち“ムコウ側”による『ヴェラ狩り』に巻き込まれて両親を亡くしたんだ。だから僕の祖父が引き取ってあげたんだ。」
 クスリ、とイヴァンは喉を鳴らすとアルフレッドの前に置かれた椅子に腰を下ろす。
「さぁ、これからは僕の正義だ。」
 重低音でイヴァンが、囁いた。
 
 
 
 
 前はそうでも無かったのに、菊は記憶をどんどん失うにつれて早く眠りについてしまったり、舌の趣向が急に変わったり、またボキャブラリーが大分少なくなっているらしい。これからどうすべきなのか、アーサーが頭を抱えながら溜息を吐き出したその時、首筋になにやらひんやりとしたモノが当てられ、思わずビクリと体を大きく震わせる。
「よ!久しぶりに話でもしようじゃ無いか。」
 後ろに立っていたのはフランシスで、彼は欠けたグラスに入った酒をアーサーの首筋にピタリと当てていた。アーサーはフランシスからの酒を素直に受け取ると、そっと口を付ける。安っぽい味だがアルコールの度数が高く、疲れ切った今ならこの一杯で完璧に潰れてしまいそうだ。
「……まぁ、なんだ……その、元気だったか?」
 考えあぐねた末に、そうフランシスは肩をすぼめて問うと、アーサーも軽く肩を竦めてみせて、小さく笑うだけで応えようとはしなかった。二人の間で暫く会話は無く、ただ遠巻きで彼等を気にしながらも遅めの夕食に付いている人々の声だけが聞こえる。
「……なんかオレ、話術には長けてるって思ってたんだがなぁー」
 フランシスはそう呟き固く瞳を閉じ、額をそっと触ってからまた頭を上げてアーサーを見やる。夜の為の小さな灯りとして置かれたランプが、無精髭が生えた彼の顔を、それでも綺麗に映し出す。
「あの子は、本当は誰なんだよ。お前の菊は……六年前に死んだ筈だろ。」
 再び降りる沈黙の中、彼等二人の間だけでは、ただバタバタとランプの周りを飛ぶ蛾の羽音だけしか聞こえはしない。最近攻撃が無くなったせいか、また“コチラ側”独特の陽気な雰囲気が此処にいる人々には盛り返してきているのか、誰かが酒に酔い歌い出し、二人以外は笑い声さえ上げていた。
「……お前には、関係無い。」
 アーサーがそう言うと、フランシスはギリっと奥歯を噛みしめて眉を歪め、勢いよく立ち上がった。その時、フランシスの持っていたコップが床に叩き付けられ、中身諸共ガラスの破片が勢いよく床を滑る。
「関係無いわけねぇだろ。オレが殺したようなモンじゃぁねぇか!」
 笑っていた人々もフランシスが声を荒げた為に、会話を止めて二人を見やった。が、アーサーはその周りの雰囲気をまるで気にせずに、立ち上がったフランシスを下からキツイ目で見やった。
「お前が殺した?オレの父親に脅されてやって、それでお前が殺したって事になるのか?」
 アーサーは手に持っていたグラスを床に強く置くと、ピシリとグラスに一本の線が入った。
「じゃあオレには罪が無いって言うのかよ……」
 眉間に皺を寄せてフランシスが呟いたその表情は、どこか泣き出しそうにさえ見える。遂に二人の周りに居た人々さえ黙り込んでしまい、気まずい沈黙が瞬時に走った。
「六年前“ムコウ側”を逃げ出すべきだったのは、オレだ。菊と一緒に“ムコウ側”なんて出れば良かったんだ。そうすれば、お前の人生だって曲げずに済んだ。」
 伏せ目がちにアーサーは俯くと、先程床に置いたグラスをそっと持ち上げた。軽く線の入った跡から、ポツリポツリとアルコールが漏れ出してコンクリートの床を塗らすが、特に気にせずに一口飲み込む。
 フランシスも口を結ぶとアーサーの横にそっと腰を下ろす。
「……オレが六年前“ムコウ側”を逃げ出したのはさ、お前と顔を合わしたく無かったんだ。情けない話だが、お前とあのまま会ってたら、きっと何も知らない振りをしたんだ。そんでそのうち、お前にも笑顔を向けるんだ。作り笑いを。」
 いかに世間を上手く渡る為に作り続けてきた笑顔を、実は自分が一番嫌悪してきたモノだった。子供の頃から常に自分にまとわりついて習慣付いたその張り付く様な笑顔を、絶対に何も知らない振りなどして彼に晒したくはなかった。
「……お前は、凄いな。」
 ジッとフランシスを見ながらグラスに口を付けていたアーサーが、ふと口元を緩めて笑みを浮かべる。そして床にもう一度グラスを置き、絞り出すように言葉を紡ぎ出した。辺りは二人の言い合いが和らいだのを感じたのか、再び騒ぎ始める。
「実は菊は……」
 ランプの周りでバタバタと蛾が二匹、忙しなく飛び回っていた。
 
 
 アーサーが全てを話終えたとき、宴もたけなわというべきか、アーサーとフランシスの周りに居た人々は、アーサーという闖入者の存在も忘れて陽気に酒を煽っていた。が、いつもはその輪の中心に居るはずであるフランシスは、顔色を悪くさせ、自身の口を覆っていた手を戦慄かせている。
「お前の話が本当なら、菊は……」
 フランシスはそれ以上続けられないのかそこで言葉を切ると、心底気分が悪そうにキツク目を瞑り眉間の皺を深くさせた。瞬時に思い出したのは、六年前フランシスに向けてくれた彼女の笑顔と、胸部から血を流し死んだその姿だ。
 その二つの姿がいつだって重ならなかったのに、今話を聞いた時妙なほどリアルに死というものと直面した気がして、思わず吐き気に見舞われた。どこか現実離れした自分を追い詰めていた事実が、今やっと自分と向かい合ったのかもしれない。
「オレは……納得できない。それは冒涜だろ。」
 フランシスは怒りか否か、震える拳を懸命に抑えて声を落としながらそう言うと、アーサーはフランシスに目もやらず酒を口に含む。
「そうだな」
 あっさりそう返すアーサーに、思わずフランシスは立ち上がり口を開くが、直ぐに言葉は出てこない。数秒立ち上がったままフランシスはアーサーを睨み立ち竦んだままだが、やがて懸命に抑えた声色で言葉を紡ぐ。
「お前は!……お前は、可哀想だとは思わなかったのか。」
 落ち着かせていた声色を一瞬だけ爆発させると、周りにいた人々が一様に二人を見やり静かになるが、二人はまるで気にする様子もない。
 そこでようやくアーサーは顔を持ち上げて険しい顔をしたフランシスを見上げるのだが、やはり特に感情を持ち合わせていないかのように冷静そのものな風体である。
「何の障害も出ないと、本気で思ったわけではないだろ?!……今みたいな状況になると、分かった筈だ。ただのお前のエゴで、無理矢理起こしただけだ!」
 声を荒げるフランシスの顔は何故だか少しばかり泣き出しそうで、思わずアーサーはその翡翠色の瞳を少しばかり大きくさせた。そしてようやくその無表情だった顔を歪ませ、そしてようやく立ち上がって真っ正面からフランシスと向かい合った。
「お前に何が分かる!毎日毎晩思い出し、後悔ばかりに苛まれるあの感情をどうすればいいのかさえ分からない。それがお前に分かるのか?!」
 もう誰も居ない部屋のベッドに腰をおろし、ジッと身動き一つせずにその両手で顔を覆いジッと発作の様な感情を抑え込む。その肌も黒い瞳も髪も、直ぐそこに感じることすら出来るというのに、肝心の彼女はもうどこを探しても居ない。もう泣く意義さえ見つけることは出来ないのだ。
 あまりにも静かな彼女の部屋に座り込むと、静寂が酷く恐ろしくてたまらなかった。中々会えに行けなかった時期、こんな寒い世界の中彼女を一人で待たせていたと考えると、ただそれだけで居ても立っても居られなくなる。それは酷い後悔だった。
 なぜ彼女を連れてここから逃げ出さなかったのか、もっと安心させてあげる事は出来なかったのか、なぜ、一人で逝かせてしまったのか……
 答えなど出ないし、考えれば考えるほどにどつぼにはまっていく筈のその疑問に取り憑かれ夜も眠れずにただ深い闇に落ち込んでしまう。そしてもう、抜け出す方法など、彼女がもう一度自分の傍らに来ることしか思いつかない程に追い詰められた。
「わからねぇよ!そんな事、オレは分かりたくない。」
 俯くフランシスに従って、柔らかそうな金髪が揺れてその顔にかかる。泣いているのかと、一瞬そう思わせるほどに彼の肩は震えていた。
「……大切な人が死んだことがあるのは、お前だけじゃないんだよ。生きてれば誰だって、経験する事だろ……」
 震えたフランシスのその言葉に、アーサーは少しだけ瞼を降ろし自身の足下を見やる。
「……きっと、そうだろうな。でも、オレは後悔はしないつもりだ。」
 アーサーは俯いたフランシスにそう言い放つと、踵を返して静まりかえった部屋を歩き出し、勝手に開いていく人の波を縫って菊が眠る部屋にその姿を隠した。
 
 
 
 アーサーとアルフレッドの姿が見えなくなってもう数日経ち、周りの人間はこの状況に焦り始めていた。ただでさえ“コチラ側”の人間はが望んでいた『ヴェラ狩り』の活動が突然休止したり、一部の人間だけしかしらないのだがフェリシアーノが帰ってきたりと、酷く混乱していた。
 彼、耀が思うに、この平和ボケをし、兵器の扱えさえろくに知らない此処の人間達は、恐らく今“ムコウ側”人々が責めてきたら一溜まりもないだろう。一つ溜息を吐き出し、窓の向こうに見えるどこまでも背の高い壁を見やった、その時だった。夜中だというのに電話の高いベル音が辺りに響き渡り、そっと受話器を耳に当てると、直ぐにここの番号を知っている唯一の人物の声が響く。
「耀、すぐ“コチラ側”へ来てくれ。許可はとっておく。」
 電話口のアーサーは酷く酔っているらしく、舌が回りきってはいなかった。アーサーの後ろでは沢山の人間の話し声が響き、どこか懐かしい雑音がする。
「……分かったある。」
 恐らく、アーサーは菊を見つけたのだろう。耀は承諾してから、軽く後悔の念を抱くのだけれども、電話の向こうでアーサーは勝手に切ってしまう。呼び出し音だけが続く受話器をそっと本体に戻すと、耀は小さく目を細める。
 一体今更、どうして自分が彼女に会えるだろうか。何と言えばいいのか。もし、彼女が自分を忘れていたならば、どうしたらいいというのか。
 そこまで考えてから、ふと耀は自嘲的な笑みをその顔に浮かべた。
 
 “ムコウ側”を後にした時、始終菊は笑って彼を見送った。その姿に、自分が思っていた程自分という存在が菊には大きく無いのかも知れないと、そう、思った。窓の向こうには、どこまでも高い壁が立ちはだかっている。