チェンジング・オフ

※ この小説には暴力シーンが入っています。パラレルと女体化。なんか完全にオリジナルです。さーせん。
一応…… アルフレッド=米、アーサー=英、菊=日、バッシュ=瑞、ルートヴィッヒ=独、フェリシアーノ=伊、イヴァン=露、耀=中国、ヘラクレス=希、トーリス=リトアニア、ライヴィス=ラトビア、アントーニョ=スペイン  よっしゃ!徐々に耀さんのターン!

 

 

 兄と惜別の別れとなるかもしれない時、菊は終始笑顔で耀に手を振っていた。菊の傍らに立っていたアーサーは所在なげに目線を反らすしかない。振り返った耀は、些か不安げにこの二人を見やるのだが、菊はまるで気にしない様に笑っている。その指先を微かに震わせながら。
 やがて彼の姿が門の向こうに消えてしまうと、菊はまるでいつもの見送りでも終えた様子で踵を返して歩き始めた。いつものように握った指先が、彼女の鼻歌が、いつもよりもまるで彼女を少し浮かせているかのような錯覚さえ覚えさせた。けれども、その日の内夜もあまり更けない頃に帰宅しようとしたアーサーの服の袖を引っ張って悲しげに微笑んだ。

 
 
 
 
CHANGING OFF N
 
 

 真っ暗な部屋に転がされてどのぐらい経っただろうか、そんな中でもウトウトとしていたアルフレッドは、ふと人の気配を感じて目を覚ました。扉の向こうでピョッコリと誰かが一人コチラを覗いているのに気が付くのに、勿論そんなに時間は要さなかった。
 アルフレッドを見やっていたのは、やけに辺りを気にしながら片手に懐中電灯を持ったトーリスが足音を立てずにそっと室内に侵入してくる所だった。彼は人差し指を己の唇に当てながら、そっとアルフレッドの言葉を遮っていたテープを剥がす。ベリッと勢いよく剥がされた所為で思わず声を出しかけるが、慌ててトーリスはそれを制した。
「……ここに居たら本当に殺されてしまいます、アルフレッドさん。」
 声を落とし、後ろをしきりに心配しながらトーリスがそういうのを、アルフレッドはポカンと大きく目を見開いたままの阿呆面で見つめている。
「“ムコウ側”の人間なんて大嫌いだけど、あなたの事はそんなに嫌いじゃありませんでした。」
 困ったように、トーリスが笑う。
 
 
 
 朝の光が自分の眠りを遮り、深い深い泥の様な眠りの底から菊は酷くゆったりと浮かび上がった。まだ微睡みから抜け出せずに、菊はうつろな瞳のまま窓の向こうに目を向けながら、ゆっくりとした動作で体を起こす。それから今日は一体何をしようかなんて、回らない頭でぼんやりと思った。暫くそうして外を見やっていたのだけれども、やがてガバリと身を起こすと辺りをキョロキョロと見回す。
 見覚えのない壁、窓、ベッド、床も家具一つとってもまるで見覚えない世界で、菊は慌ててベッドから降りかけ、ふと地面に置いた自分の足を見やって動きを止めた。ゆっくりとした動作で、その自身の足にしては異様に大きな指先をそっと動かしてみる。
 
 
 
 耀が“コチラ側”にやってきたのは次の日の朝になってからだった。 もうみんな市場や『ヴェラ』の会合などに出張ってしまって、数人の怪我人と病人、そしてルートヴィッヒとフランシス、ヘラクレス以外誰も居なくなった『ヴェラ』の避難所で、この場にはあまりにも異質な“ムコウ側”からの客を迎えている。
耀の顔は昔と比べると大人っぽくはなったものの、基礎の姿形はまるで変わらない。が、性格は酷く変わってしまっている様に、ヘラクレスには思えた。昔はそれなりよく笑う人だったし、またよく喋る人だったのに対して今の彼は眼光鋭く、まるで昔と比べると他人である印象さえ受ける。
「……これ。これさえ飲んでおけば少しは記憶をなくす歯止めになるある。」
 アーサーに向かって耀は袋を差し出しながらそう言うのを、アーサーは目を伏せ受け取った。
「それじゃあ我はこれで帰るある。」
 クスリだけ置いて踵を返そうとする耀の腕を、アーサーは思わず掴んで止める。直ぐに振り返った耀が、ギロリときつくアーサーを睨んだ。
「菊に、会っていかないのか?もうお前の事しか覚えてないぐらい記憶が退化してるんだ。」
 耀から若干目線をズラし、眉を歪めて酷く苦しそうにアーサーはそう言葉を絞り出した。が、耀は軽く肩を竦めてみせるとアーサーの手をパシンと弾き、首を少しだけ傾け顔に陰を落とす。
「姿形は確かにあの子だけど、もうアレは我の菊じゃ無いある。会う理由も無い。」
 そう飄々と言ってのけた耀に対し、アーサーの後ろでフランシスが奥歯を噛みしめ眉間に皺を寄せ耀に詰め寄ろうとするのを、すかさずアーサーが右手を出して遮る。
「……分かった。無理に会ってくれとは言わない。が、もし突然体調が悪化するかもしれないから、出来れば“コチラ側”に居てくれ。」
 そうアーサーが言った後、幾分の重苦しい沈黙が流れ誰とも無しに息を飲むが、ようやっと耀は渋々小さくコクリと頷いた。
 
 
 
 イヴァンは随分長い間机上の地図とにらめっこをしていて、その表情の険しさに部下は誰一人として彼に声を掛けないようにしていた。やがて恐る恐るライヴィスが彼の元へコーヒーを運んできたその時、不意にイヴァンは勢いよく机をバシンと叩き、小さな声で「決めた」と呟く。あまりに急な事に心底驚いたのか、哀れかなライヴィスはコーヒーカップ共々地に落ちかけた。
「ライヴィス、話があるからみんなを集めておいで。」
 口から心臓が飛び出しかけているライヴィスに対しては妙に落ち着いた様子で、イヴァンがニッコリと微笑んで言う。お盆に半分中身を零してしまったコーヒーを慌ててイヴァンの机の上に置くと、「はい!」と元気よく返事をしてライヴィスは部屋を飛び出していく。
 やがて集まった部下達を机の周りに立たせ、イヴァンは机の中央に地図を広げる。そしてゆっくりと、言った。
「壁を破壊する」と。
 
 
 
 最低限しか話そうとしない菊を前に、ぼんやりと椅子に座ったアーサーは彼女と初めて会った時の事を思った。確かに、初めてあったときから酷く人見知りで、どうやっても目をジッと見つめて話してはくれなかったし、いつまでも警戒され続けていた。どうにかやっと笑いかけてくれるようになるのに、一体どのぐらいの時間が必要だっただろうか。
 初めて笑ってくれたのはいつだっただろうか、六年も前だというのに、彼女が死んでしまってから続けた六年間の人生の方がずっとずっと霞んでいる。まるで気の遠くなる様な過去であった。否、自分にとって本当に空白だったのかもしれない。
 そしてやっと会えたというのに、やはり彼女は自分の傍になんて居ない。こんなにも近くにいるのに関わらず、だ。
 アーサーがグッと拳を握って俯くと、ジッと下を見ていた菊が顔を持ち上げてアーサーを見やると、不思議そうに顔を傾けた。
「……どうかなさったのですか?」
 舌っ足らずだというのに今昔もまるで変わっていないのだろう口調で、心配そうにアーサーの顔を覗き込む。綺麗な髪が彼女の一つ一つの動作にサラサラと揺れ動く。
「いや、大丈夫だ。……それより、耀は今日中にここへはこられないらしい。」
 アーサーがそう言うと、菊は目に見えてしょんぼりと項垂れて「そうですか」と呟く。きっと明日になったらまた菊はこの記憶さえ無くしてしまい、また同じ会話を繰り返し、きっとまた落ち込むのだろう。アーサーはまた小さく、彼女に気付かれない耀な溜息を一つだけ零した。
 
 菊の兄が家を出た夜、それまでずっと平気な顔をしていた菊は、その夜ベッドの上に蹲ってまさしく慟哭といっていい程に泣いた。その姿に、ただ自分は抱きしめることぐらいしか出来なかった。普段感情をひた隠しにしている彼女のその姿が、そして何も出来ない自分自身が、ぼんやりと世界から浮き上がって切り離された気さえした。
「私、きっと一人になってしまいます」と、嗚咽に切れ切れとなった言葉で紡ぐ。いつまでも渇かない瞳からボロボロ零れる涙を、いつまでも手の甲で拭い続ける。真っ暗な部屋でただ月明かりが酷く曖昧に、そして真っ白に彼女を浮き上がらせた。
「オレはここに居る」
 そういう自分に、彼女は若干自嘲気味に、それは悲しげに微笑んだ。
「私が、歳をとって醜くなってもですか?……そうしたらあなたは、きっと来なくなってしまう。きっと、来ては下さらない。」
 そう菊が、まるで思い切った様に言うと、彼女の見開かれた大きな黒い瞳に映り込んだ自身が、大きく揺れ動いてやがて雫となって再び落ちていく。このままでは彼女が枯れて死んでしまうのではないだろうかと、不安にならずにはいられない程に、胸が詰まって死にそうだった。
「そんなこと無い」と否定する事さえ出来なくて、ただジッと押し黙って彼女の肩を抱き続けた。そしてやがて昇った朝日に照らされながら、真っ赤な瞳で昨夜なにも無かったかの様に、笑った。
 
 
 
 イヴァンを取り囲んだ人々は一様に息を飲み込み、イヴァンが冗談でも言ったのだろうと彼を凝視する。“ムコウ側”への通行は、スパイが通っている道がいくつも掘られているし、今まで“ムコウ側”で売ってきた薬の金でコツコツ作ってきた爆発物はあくまでも壁を破壊する為に作ってきたモノでは無い。脅しであり、また殺戮のモノなのだ。
「勿論、全ての壁を壊す程の威力は無いから、ここ一体の壁を壊そう。」
 そうイヴァンが指さしたのは“ムコウ側”の軍備施設に一番近い壁であった。
「……でも、壁を壊したからってどうするんですか?攻撃しやすくなりはなりますが……」
 ライヴィスが言葉に詰まりながらもそう言うと、イヴァンは軽く肩を竦める。
「……話し合いに行くんだ。僕たちの組織にこの壁を壊すほどの力がある、と誇示して出来るだけ見下されないように出来るし、“ムコウ側”も酷く混乱するだろう。そこにつけこんで交渉する。普通に行っても“ムコウ側”にさえ入れてくれないからね。その上今僕らの手中には“ムコウ側”の大ボスの一人息子が居るんだ。彼を人質にさせてもらうよ。」
 イヴァンの言葉にトーリスだけがこっそり青くなるが、その他の人々はまだ納得いかずにざわざわとざわつく。
「けれどそんな事をしたらイヴァンさんが殺されてしまうんじゃ……」
 眉を歪めて困った表情をする一群を見渡して、イヴァンはいつもの様にニッコリと微笑んでみせた。
「残りの爆薬はいくつか僕が持っていくよ。撃たれたら“ムコウ側”の軍備施設は大爆発するからね……それから後は、君たちに任せる。武器を持とうが、争いのない場所にいこうが、それは君達の自由だ。」
 机に置かれた小さなグラスに、火を灯せばそのままユラユラとアルコールで燃え出す程にアルコール濃度の高い酒を注ぐ。
「君達はあまりにも長い時間を壊され続けてきた。でも、それももうすぐ終わる。例えどんな形であろうともね。」
 並々に注がれた酒を更に沢山並べられたグラスに、ほんの少量ずつ人数分注ぎ分けていく。
「これから時間は君たちのモノだ。壁を破壊したら……この組は解散する。」
 少量の酒が注がれたグラスを全員が手に持ち、一斉に口の中に放った。舌が痺れて痛いほどのアルコールになのか、それとも違う感情にか、全員顔を歪めてまた一斉に机上にグラスを置く。誰も彼もが俯いて下唇を噛みしめているなか、人一倍フルフルと震えていたライヴィスが、その涙が溜まった瞳のままガバッと顔を持ち上げた。
「ぼ……ぼく、ずっとイヴァンさんが、こ、こ、恐かったです。い、いまも。……で、でも、ぼくは、ずっと、イヴァンさんが僕をこの組に入れてくれた時言った事、覚えてます。」
 カタカタと震えた握り拳で両脇の服をグイと掴みながら、小柄で細くて弱々しい少年は、昔と何等変わらぬ姿で震えていた。正直初めて観たときからこの組には明らかに不向きであったその少年は、それでもこの数年間で変わっていたのだろう。
「『生まれた日は違えど、死ぬ日は一緒だ』って、言いました。だから、あなたが死ぬなら、僕は、武器を持ちます。」
 不意にイヴァンの周り風が吹いた気がした。いつも自らにまとわりつく暗くて、しめっぽくて、かび臭い灰色の風ではない風が。
 ライヴィスが言葉を言い切ってすぐ、そこに集まった昔ながらのイヴァンの部下達は顔を持ち上げるとライヴィスを小突き、そして腰にかけた己の拳銃を我も我もと抜き取り掲げて見せた。そして口々「もし後があったら、後は任せてください」と言って笑う。
 祖父は、誰も愛してはならない、と、幼きイヴァンに教えてきた。そしてイヴァンもそれを実行してきた……と思っていた。自然、イヴァンの顔に泣き出しそうな、それでも生まれてこの方感じたことも無い様な感情で微笑が浮かぶ。
 その時だった。彼等一群から若干離れた扉の方から「オレも行く」と聞き慣れぬ声が上がり、一同は驚いて振り返ると、そこには縛って部屋に叩き込んでいた筈のアルフレッドが腕を組み仁王立ちしていたのだ。思わず目ではトーリスを睨みながらも、イヴァンはアルフレッドの方へと向かい合う。
「壁を破壊したら直ぐに、オレの方から“ムコウ側”に君がそっちに行くから撃つなって連絡を入れる。交渉も手伝ってやるよ。」
 眼鏡の奥の瞳の色を変えずに、まるで無表情のままそういうアルフレッドにイヴァンが眉間に皺を寄せながら歩み寄った。
「何、それ?一体全体どうして君が介入してくるのか分からないんだけど。」
 すかさずいつもの笑顔に戻ったイヴァンがそう言うと、アルフレッドは組んでいた腕を解いて自らイヴァンにきちんと向かい合う。
「君の正義が出来るだけ人を殺さないようにする、っていうんなら、オレも協力するって言ってるんだよ。……まぁ、ロヴィーノ、フェリシアーノ、アントーニョ、フランシス、アーサー、そんでオレまで“コチラ側”の味方となった今、オレ達が集まれば君の作戦は成功する可能性がグッと上がってるだろうね。」
 もう一度「ね!」と言ってアルフレッドはニッと笑ってトーリスを見やる。トーリスは慌てて顔を背けた。数秒の沈黙の後、イヴァンも怪しくではあるが口を曲げて笑った。
「……そうだね。どうせ死ぬんなら、最後ぐらい他人を信じてやってもいいよ。」
 イヴァンはそう言って残り僅かだけ残っていたアルコールをグラスに注ぐとアルフレッドに手渡し、アルフレッドはソレを一気にあおった。
 
 

 
 
 
 
あと一話……です、多分