チェンジング・オフ

こんな物語だったら幸せだったのになぁ、と考え始めたら止まらなくなった、「CHANGING・OFF」を基礎設定に置いたとことん別な物語です。
“コチラ側”と“ムコウ側”に分かれた世界で、金持ちのアーサーと、スラム側一人残された菊。つまり六年前の状態での設定です。
チェンジング書きながら、「どうしてこんなに暗い物語書いてるんだろ、キャラに申し訳ない……」とか考えてたら降ってきた物語です。どうしても文字に起こしておきたかったので、自己満足と思って見逃してくださいませ。
だからここに書き込みたかった事沢山描いてしまおうとか思っております。
 
 
 
 
 
 
 “ムコウ側”での仕事が忙しくて約二週間もの間“コチラ側”に来ることが出来なかった。お陰で菊との約束を一つ破ってしまった。
 “コチラ側”の一般家庭の事情は詳しく知らないが、少なくとも菊の家には電話の類が無いので連絡のしようがなかったのだ。といえばそうなのだが、若干(?)の申し訳なさが残る。いつも沢山の料理を作って待ってくれる彼女の事だから、その日も大概漏れずに料理を作って待っていてくれたのだろう。
 なんて、未だ玄関の前で、巨大な罪滅ぼしの思いを込めた花束をもってうろうろ悶々と考えていた。菊の事だから約束を破った事を、“コチラ側”の事情も考えて飲み込んでくれるだろう。簡単に笑って許してくれるのだろう、が、いっそ怒ってくれた方がましな気もする。一つ、重い溜息を吐き出して、やっと菊の家の扉を叩いた。
 けれども、いつもだったら直ぐに開く扉が2,3度叩いたのに中々開かないし、足音も聞こえない。確かに今日来るとは伝えられていないが、もう日も暮れ始めているなか、いくらなんでもこの街をこの時間に一人で買い物なんてしないだろうし、外食をする様な場所も無い。
 と、なれば、悲しいかな何かが彼女にあったのかもしれない、とか思ってしまうのが半ば恋狂いである。まさか事故に?いや、どこかの食事のお呼ばれしているだけなのかも……と、どうしていいか分からずに玄関に突っ立ったまま眉間に皺を寄せ、アーサーは懸命に脳内の細胞をフル活動させた。
 どのぐらいそうしていたか、不意にガタリと家の中から物音がし、思わずアーサーは扉にグイと体を近づける。そして彼女の名前を呼ぶよりも早く、あまり元気のない声色で「アーサー様、まだいらっしゃいますか……?」と菊の声がする。
「菊?なんだ居るのか。どうしてさっき……」
「帰って下さい」
 アーサーの言葉を遮って、菊のあまり聞けない冷たい突き放す様な声色で一言言われ、思わず聞き間違いか何かだと思いアーサーは「ん?」と聞き返してしまった。
「ちょ、ちょっと待て。前に約束破ったからか?それとも体の調子でも悪いのか?」
 扉さえ開けて貰えない状況に、半ば焦って扉に手を付けそう問うのだが、直ぐにやはり「帰って下さい」と菊が言う。
「理由ぐらい教えてくれ。……“今日は”会えないのか?」
 一体彼女がどのような様子なのか、顔色も分からないままに、恐る恐るアーサーが問う。と、数秒の沈黙が走った後、ゆっくりと菊が口を開く。
「他に好きな方ができたんです……もう、来ないで下さい。」
 
 菊はそう言い切ってしまった後、思わず後悔の念を抱きながらも胸の辺りで結んだ手を、ギュッと心臓の上に強く当てる。結構な沈黙が落ちてきて、彼が行ってしまったかどうか確認したいのだが、それすら戸惑ってしまい出来ずにいた。と、次の瞬間扉が一つ、ドンッと勢いよく叩かれて思わずビクリと方を震わせる。
「……またくる」
 アーサーの酷く冷静と取れる声が一つ置いていかれると、踵を返しただろう彼の靴の音が遠ざかっていくのが聞こえた。思わずドアノブに伸ばしかけた指先を慌てて引っ込めて、その場に蹲って両手で顔を覆う。
 
 
 
 
 その日もいつもと変わらずに、アルセーヌは鼻歌交じりにアーサーの元をにこやかに訪れた。別段毎日来るという訳では無いのだが、暇になると適当にやってきては勝手にのんびりして家に帰っていく。そしてソレを嫌な顔をしつつもアーサーは出迎えるのだ、が、その日の嫌な顔っぷりがあまりにも暗くて思わずアルセーヌの笑顔が固まる。
 そういえばお手伝いさんが何か困った顔をしていたし、執事は何か言いたそうにしていた。これはとんだとばっちりを受けかねん。と、登場早々に「オレ用事思い出したわ。」とかいって片手を上げて逃げ出しかける。けれどもそれより早くにがっしりとアーサーがアルセーヌの腕を掴む。
「……飲んでいかないのか?」
 いっそいきなりナイフを取り出してサックリ刺してきそうな程のドスのきいた声で、アーサーが脅すようにそう呟く。ここまできたなら、堪忍するしかあるまいか。そう決心してアルセーヌは笑顔のまま溜息を吐き出す、とても器用な事をしつつ取り敢えずソファーに腰を下ろすことにする。
「夕飯はいいから、酒とつまみ持ってきてくれ。」
 そうアーサーがお手伝いに言っているのを聞きながら、アルセーヌはこっそり「今日オレ昼から何も食ってないのに……」と唸った。
「……どうしたんだ、お前?もしかして例のあの“ムコウ側”の子にふられちまったとかか?」
 半ば、というか完璧に冗談のつもりでアルセーヌはそう言ったのに、酒を口に含んでいたアーサーが毒霧のごとく凄まじい勢いで酒を噴射させる。ごほごほと噎せ返るアーサーと、酒を頭から浴びたアルセーヌはお互いにお互いの言葉(様子)に一瞬固まった。色恋ネタなど決して自分から振ってくる人間ではない筈のアーサーが、どこで見つけたのか“ムコウ側”の女に夢中になってよくアルセーヌに自慢してきていたし、それもほんの何週間前の話だったのに……
 気まずい沈黙の後、どういって良いか分からずにアルセーヌはアーサーの肩にポン、と手を置いた。
「……ま、まぁ、女なんて星の数ほど居るしな。大体お前と“ムコウ側”の女じゃ合わないんだよ。……ところで、理由はなんだって?」
 言わなくても皆様おわかりだと思うけれども、アルセーヌは半ば楽しそうにアーサーに訪ねる。眉間に皺を寄せ、咽せたせいかなんなのか、半ば涙目のままアーサーは溜息を吐き出す。
「……他に男ができた、って言ってたが、納得いかない。第一扉さえ開けてくれなかった……」
 相談相手がかのアルセーヌだという事さえ頭から飛んでしまったのか、取り敢えず聞いて欲しかったのか、アーサーはガックリと項垂れて胸中を呟く。確かに、今までのアーサーの自慢から出来た“ムコウ側”の菊って子のイメージ像ではそんな事は言いそうも無い。けれど結局恋は盲目というし……
「そうか……扉を開けられなかった、っていう事はもしかしてお前と会わない間に顔に大やけどおったとか、事故にあって顔が崩れたとか、五体不満足になっちまったとか……強盗に押し入られてて言わされた、とかな。」なんちゃって、という思いを込めてそう言ったつもりだったのに、アルセーヌが顔を上げると、そこにはみるみる内に真っ青になってしまったアーサーが居る。
「明日、もう一度行ってみる……」
 あっれ?明日は仕事バリバリ入ってなかったか?なんて突っ込みも出来ずにアルセーヌは関所が開いていないのに今にも飛び出していきそうなアーサーをみやって、苦笑を浮かべ「……うん(勝手に行けば?)」と頷いてまたアルコールをすする。そして恋は盲目、とは上手く言ったものだ、と昔の人に密かに拍手を送った。
 
 
 
 
 昨日と同様の場所に立ち、取り敢えず昨日と同様に扉を叩いて彼女の名前を呼んだ。仕事を早めに切り上げたからと言って太陽は大分沈んできていて、外は夕日に揉まれながらも確実に暗くなってきている。
「……菊、顔を見せてくれないか?もう一度だけでもお前の顔が見れたら、もうここには、いや、“コチラ側”には来ない。」
 そう扉を叩きながら言うと、微かな沈黙の後にゆっくりと扉が開けられた。そこには、心配していた傷跡も無ければ別段普段と変わらない……瞳だけは泣いたかの様に赤い彼女が立っている。
 久しぶりに見やった彼女に、安心するのとほぼ同時に今度は怒りがこみ上がる。
「……あまりに、勝手すぎないか?」
 酷く苛つく口調でそう言うと、菊は眉尻を下げて俯いた。その姿は、いつにも増して小さく見える。
「本当に他に男ができたのか?」
 そのアーサーの問いに、若干間をおいてから菊はまたコクリと頷く。嘘だ、と瞬時に思ったものの、それよりも早くカッと頭に血が上るのを感じた。扉に付いた手が戦慄き、奥歯を強く、ギリっと噛みしめる。
「……殴ってくださっても、構いません。」
 アーサーの怒りの気配を嗅ぎ取ったのか、菊はそういうとキュッと瞳を閉じるとジッと既に衝撃を耐える準備をした。眉間に皺を寄せ、怯える彼女を殴れるなど……やはりそんな事はどうしてもできそうも無い。ここまでくると大した馬鹿だと罵られそうな物だが、やっぱり彼女を殴れない。けれどもそれで腹の虫が治まらないのも事実ではあった。
 扉に付けていた震える拳を、ふと扉から離すと、その気配を感じたのか小さく菊の怯えた肩が震える。が、そのアーサーの大きな掌がそっと菊の頬にあてがわれた時、驚いた菊はゆったりと瞳を開けると、不思議そうな、泣き出しそうな表情でアーサーを見やった。
「……殴るんでは無くて、抱きしめてはだめか……?」
 実際今にも本当に暴力を振ってしまいそうだったというのに、それよりも彼女を抱きしめるという欲求が不意に沸き上がった。……結局、おめでたいことに未だに彼女が自身を裏切る筈がないと思ってしまうのだろう。
 ちょっとだけ目を大きく見開いてから、泣きそうな表情のまま菊は一度頷く。最後になってしまうかも知れない抱擁は酷くゆっくりと彼女を包むことから始められる。初めてそうしたのはいつの事か、例え何をプレゼントしても笑ってさえくれなかった彼女が、決死の覚悟で言った自分のたった一言の素直な告白に、照れたように微笑んだ時だった。返事さえ返していないのに抱きしめられ、酷く彼女は狼狽していた。
 後は幸せだったし、ずっとこの幸せが続くのだろうと勝手に思っていたのだ。……いっそ、彼女を殺してしまいたい程に、やりきれなさが胸に籠もる。また明日から“ムコウ側”というモノクロな世界で暮らさなくてはいけないのかと、それは耐え切れそうもない絶望感だった。
 小さな体をギュウギュウ抱きしめながら、アーサーの心臓が酷く痛む。…どれほど彼女の存在が大きいのか、大切なのか、どうしてもっと手っ取り早く彼女に伝えられないのだろうか。
「……もう、“コチラ側”には来ない。」
 いつまで玄関先でそうしていたのか、やっとアーサーが菊を離そうと身をひいたのだが、いつの間に掴んだのか、菊がしっかとアーサーの服を掴んでいて離れない。微かに震える肩を見て、思わずアーサーはそっと菊の震えるその肩に掌を乗せる。そうしてようやく彼女が声を殺して泣いているのだと気が付いた。
「…菊?」
 名を呼びかけても菊はこちらを見ずに、自身に引っ付いたままただただ泣いている。
「ごめ…なさ……ごめん、なさい……」
 ようやくそう呟く菊に、眉尻を下げながらも眉間に皺を寄せながらアーサーは菊の頭にポン、と手を置いた。
「謝られると余計惨めになる。」
 唯でさえ惨めだというのに……苦笑を浮かべて言ったアーサーのそのセリフに、菊はフルフルと首を振る。
「ちが……ちがうんです……」懸命に息を整えながら、ボロボロ零れる涙をそのままに菊がそっとアーサーを見上げた。その瞳にこんな状況でありながら不覚にもアーサーはドキリとして瞳を若干大きく見開く。
「……私、実は身ごもってしまったんです。でも、アーサー様のお立場だと厄介な御子だから……“コチラ側”の女との間になんて……でも、でも私、堕ろしたくなくて……」
 ボロボロ泣きながら、そのしゃっくりで若干聞きにくい言葉で菊が懸命にそう告げるのを、アーサーはあまりに予想外な言葉に思わず再び「ん?」と聞き返す。
「…だから、一人で育てようと……でも、本当はアーサー様に捨てられるんじゃないかって、怖くて……」
 グズグズ鼻を啜り、右手をお腹にあて、左手で零れる涙を拭いながら懸命に菊が言葉を紡ぐ、が、そんな事よりもっとアーサーは混乱していた。
「ちょっ、ちょっと待て!もう一度言ってくれないか?!」
 ガシッ、と菊の肩を掴み、眉間に皺を寄せ鬼気迫る表情(可哀想に見ようによっては怒気を含んだ様子)で問われ、菊は目を大きくさせて更に悲しげに表情を崩して声を絞り出す。
「あの……アーサー様の方から…」
「じゃなくて、もっと前だ。」
 途中でアーサーの言葉に遮られ、菊は困った様に眉を歪め震える掌で拳をつくり口にあてがい、パチパチと瞬きをする。
「ここに、何がいるって?」
 菊の腹部に手をあて、彼女の顔を覗き込んだままそっと聞き返す。ちょっとだけ悩む様に、ちらりと一瞬その置かれた掌に目線をやり、菊が不安そうな小さな声で呟いた。
「……アーサー様の、御子です。」
 どんな返答を思ったのか、俯く菊と真逆にみるみる内にアーサーの顔が輝く。俯いていた菊の体が、突然フワリと持ち上げられ、思わず悲鳴を上げながら彼女を持ち上げた主であるアーサーを見やる。
「やったな、菊!」
 嬉しそうに笑い、アーサーは高く持ち上げた菊を自身の胸元に戻すと、またギュッと抱き寄せる。
「そうとなれば“ムコウ側”に……否、“ムコウ側”に身重のお菊は置けないな。やはりオレが金だけ持って“コチラ側”に来るか……いっそこの国を逃げ出してもいいな。」
 頬を上気させ、早口にそういうアーサーの顔を困った様子で菊が見上げた。
「“ムコウ側”からそんなに簡単に出るのですか……?きっと、数年後きっと後悔します。」
 俯いた菊に、先程まで笑っていたアーサーは笑顔を消して真面目な表情をすると、そっと菊の顔を覗き込む。
「そんなにオレが信用ならないか?」
 アーサーの言葉にパッと顔を持ち上げた菊は、泣き出しそうな表情のままフルフルと首を振る。
「……でも」
 人間というのは心変わりするものだから、そう小さく呟く彼女と、彼女の兄が“ムコウ側”に行ってしまい泣いていた彼女が不意にダブった。「自分が年老いて醜くなっても……」そういって自嘲気味に頬を緩めたその姿が、脳裏を過ぎる。
「今のオレにとっては、“ムコウ側”には何も無いんだ。」
 彼女は意味を全てくみ取れなかったのか、不思議そうな目線を送りながら少しだけ首を傾ける。それにつられる様にアーサーも少しだけ顔を傾けて笑った。
 
 
 
 
後日談
 
 
 騒がしく扉が叩かれ、もう夕食(芋)にしようと思っていたのに、と思わず顔を顰めながらルードヴィッヒは扉を開けた。と、そこには前に暗い顔をして一人訪ねてきた少女と、高そうなスーツを身に纏い明らかに“ムコウ側”の金持ちオーラを醸し出している金髪で緑色の瞳をした男が立っている。
 “ムコウ側”の人間が時折男女構わず“コチラ側”で愛人を作ることがある、なんて話もたまに耳にするが、正しくその類を目の前にして思わずギョッとした。しかも少女は相も変わらず俯いて困った顔をしている(真実は気恥ずかしいだけなのだが)し、男は憮然とし(生まれつき)どこか不機嫌そう(色々緊張しているだけ)だ。
「一週間前、診断したらしいが、間違いないかもう一度診てくれないか?」
 どこかぶっきらぼうに言われ、男の少し後ろで若干心細そうに立っている少女にチラリと目線を送る。彼女の腕に付いた青あざを見つけて、知らず眉間の皺を深くした。勿論さっきただ転んでぶつけただけだし、当然一番焦って菊を抱き起こしたのはアーサーなのだが、ルードヴィッヒの脳内では直ぐに「妊娠した」と告白した為に殴られ、再び医者に引っ張って連れてこられた、なんて図式が瞬時に成り立つ。
「……分かった、あんたは出てってくれ。」
 町医者として人数が少ない分、どんな患者にも対応出来るように沢山の医学書を漁り、外科内科はもとより妊娠や堕胎まで勉強をしているのだが、“コチラ側”での生命誕生は別段喜ばれない事の方が多い。売春婦なんかは何度も子供を堕ろしたりし、堕ろす度に泣く人も居た。ついには子供さえ出来ない体になってしまう。
 この少女もまたそういう一人なのかもしれない、前に診察した時もそう心地が沈むのを感じた。それで前回の診察の際、「あんたは産むつもりか?」と聞いた時、彼女は真っ直ぐに自分を見やって「そのつもりです」とハッキリ言った。
 
 診断の結果はやはりおめでたで、外で待っている男にその事を素直に伝えるべきか悩みながらそっと診察室の扉を開けると、仁王立ちで腕を組み待っていた男がバッとこちらを向く。そのあまりにも鬼気迫る様子に思わず扉を閉めかけるのだが、それよりも早く男の手が扉に伸びる。
「で、結果はどうなんだ?」
 相手の様子次第で言葉を選ぼうと考えていたのに、今にも食い付いてきそうの程の憮然っぷりにすぐに言葉が出ない。と、
「まさか……なんか問題があるのか?母体が危ないだとか病気があるとかか……?」
 パッと表情を曇らせ青くなった男に「いや、詳しいことはまだ一ヶ月だから分からないが、今のところは順調だ」と首を振ると、瞬時に彼の表情が和らぐ。そしてちょっと口を噤んで何かを考える仕草をしてから、斜め下を向いたままふと頬を緩ませる。が、また顔を上げれば先程同様に無表情で憮然どした態度のまま懐を探り財布を取り出した。
「診察代はこれで足りるか?……菊、行くぞ。」
 “コチラ側”では決して見られないだろう、そして勿論ルードヴィッヒが今までみたこともない量の札束を財布から取り出しルードヴィッヒに握らせると、未だ診察室のベッドの上にちょこんと座ったままの少女の手を取り立たせる。すれ違いざまに菊と呼ばれた少女は微笑んで一つ礼を述べ頭を下げた。
 一体真実は何だったのか、理解しきれずに結局二人はこの家の外へと出て行ってしまった。あの男の様子からは、彼は子供が出来たことを喜んでいたようである。が、なぜ“ムコウ側”の令息が……とルードヴィッヒが頭を捻っていたその時、家の外で何かがガシャンと音を立てて倒れ、先程の少女の短い悲鳴じみた声が聞こえた。
 やはり!と扉を開け、すぐに後悔して閉めた。路上には倒れたゴミ入れのポリバケツと、先程の仏頂面が嘘の様な満面の笑みで少女を抱え上げる男が居たからである。
 
 その出来事から数年後、元“ムコウ側”の令息を拾う。いつもパスタを啜るだけで心底幸せそうな顔をするそいつを見ていると、どうにも上記の出来事を思い出してしまう。そう、妙なほど静かなお昼にパスタを頬張るフェリシアーノの向かいでルードヴィッヒはコーヒーを口に含んだ。
 
 
 
 
 
 
あと本編に入れ損ねた菊とアーサーの出会いの話、その後のヴェラの話とかまだまだ脳内に蓄積されているのですが、一向にチェンジングが終わらないのでこのまま封印しとこと思います。
妊娠ネタが多いのは、私の中で最も神々しい存在が妊婦さんだからです。例えどの様な理由があったとしても、妊婦さんを見かけると駆け寄って「おめでとうございます!」とむせび泣きたい衝動に駆られます。生命の神秘の塊が妊婦さんだから。
小さい頃新聞で妊婦さんの絵を見て酷く感激したのが切っ掛けかと……小さい頃って単純で感動=神仏化してしまう上に大人になっても結構抜けない。