チェンジング・オフ

※ この小説は暴力シーンが入ります。パラレルと女体化。あともし分からない方がいたら困るので……
    ヘラクレス→ギリシャ,トーリス→リトアニア,バッシュ→スイス,アルフレッド→アメリカ ですっ(´∀`*)
 
 
 
  CHANGING OFF
* CHANGING OFFは未だ前例が無いので、ここに記す説明文は仮定・推測に基づいている。
 
@ CHANGING OFFを施した脳は未完である可能性が高い。
A CHANGING OFFを施した脳に強い負担をかけてはならない。
B 全ての記憶をCHANGING OFFすることは不可能である。
C CHANGING OFFを施した脳に強い衝撃を与えてはならない。殊に、自分が一度死んだ事を教えてはならない。
D 月に1,2度の脳波検査を必要とする。
E 筋力の衰え、抗体の弱さが著しい場合がある為、最低でも最初の数ヶ月は外泊を避けた方が良い。
 
 
 
 
 真っ白な、あまりゴテゴテとした飾りの無いウェディングドレスを彼女にプレゼントした。数日後に控えた挙式など、どうせ自分達を本当に祝福している者なんて居ないのだろうから、いっそ自分達二人だけでこれからの人生を祝った方がましだろう。
 本当の事を言えば、自分達から見て“ムコウ側”に住む人間は、えてしてみんな無教養で、馬鹿で、何も考えていない野蛮な人間共なのだと考えていた。ただ自分達は金がある世界に生まれてきただけなのに、勝手な優越感を抱いて、凝った庭園一つ持たない彼等と自分達は圧倒的に違う生き物なのだと信じていた。
 本当の幸福など気が付かずに、そして今の自分が本当に幸福なのだと、愚かにも信じて死んでいくところだった。彼女と出会わなかったら。
 全く手の入っていない野原が、こんなにも美しいのだとも、農家が育てる麦の波が月光に照らされて揺れる様が、こんなにも美しいなんて、そして財産も家柄もない筈の人間が、これほどまでも愛しいなんて、きっと“自分側”の人間は誰一人気が付かずに死んでいくのだ。彼等こそ、本当の不幸を持っている。
 人っ子一人居ない“スラム側”の果ての野原には、内部にオレンジ色の光を持った教会がポツンと一つ置かれていて、後はただ月光ばかりだった。彼女が着た白いドレスが、その微かな光を反射させる。
 今日最後の、鐘が鳴った。
 
 
 
 

CHANGING OFF B
 
 
 

 アーサー=カークランドが彼女、菊を探しているという事は、少なくとも彼女本人が言っていた通りに、アーサーと彼女は何かしらの関係を持っているという事になる。問題はその“何かしら”である。彼女の言っていたとおりの仲であれば、アーサーの方が勝手に騙されたと誤解をされている可能性があるし、もし本当に彼女がスパイとして“ムコウ側”に侵入していたのなら……そのどちらにしても彼女は見つかれば死刑になる事は確実だ。
 思わずルートヴィッヒは頭を抱え込んでいたが、取り敢えず菊に外出をしないように、と注意をしようと思い台所に向かうと、そこにはリゾットを作っているフェリシアーノ一人の姿しか見受けられない。嫌な予感と共に眉間の皺を深く刻みこみ、そこに一人でいたフェリシアーノに菊はどうしたのかと力ない声で訪ねれば、たまねぎを切っていた彼は涙を流しつつクルリと振り返って若干不思議そうにニパッと笑った。
「菊ちゃん?ホルマッジオ(チーズ)買いに行ってもらってるよー切れてたの。」
 その返答に、当然ルートヴィッヒは見るからにガックリと項垂れ、思わず額に手を押し当てる。それを見てフェリシアーノが笑顔のまま首を傾げて「どったのー?」なんてのほほんと訪ねてきた。
「フェリシアーノ、火を止めろ!今すぐ菊を探しに行くぞ!」
 ルートヴィッヒの剣幕に、フェリシアーノは軽く飛び上がると思わず敬礼をしてみせる。
 
 
 
 すみませんすみません……と心の中で何度も何度も唱えながら、菊はフェリシアーノから受け取ったチーズ代を切符代に変えていく。行き帰りでギリギリ足りる程の金額だったので、やっぱり使ってしまったらチーズは購入出来ないだろう……何と言い訳しようか、素直に頭を下げる以外無いだろうけれど。
 男物の服を着て、絡まれると危ないと、更に上から、フェリシアーノに借りたボロボロのローブを目深に被る。まだ肌寒い季節という事もあって、変に思われないのが救いだ。
 やがて汚れたホームに巨大な音を鳴らしながら、人を満杯に詰め込んだ列車が飛び込んでくる。いかにも体に悪そうな空気がもの凄い勢いで体にぶつかった。
 その様子は、自分の知っている時代とは少々変わっている気もするが、どうやら人々の貧困さにはまるで変わりがない様だ。乗り込むと直ぐにアルコールと安い煙草の匂いが鼻についた。そしてそこから人混みに揉まれる事数分で、自分の目的地である二つめの駅に辿り着くと、人波を掻き分けてホームに降り立つ。
 ここまで田舎になると殆ど人家も無くなり、ただ小さな教会と自分が働いていた孤児院、そして幼い頃兄や友人と遊んでいた野原が続いている。自分が一番好きだったこの場所は、あまり変わっては居ないのだが、やっぱり記憶が酷く曖昧でいくつも抜け落ちてしまった気がして成らない。もしかしたらその中に、絶対に忘れてはいけないモノがあったのかもしれないのに……
 ぼんやりと野原を眺めてから、一番気に掛かっていた孤児院を見やって酷く驚いた。そこにあったのは、やはり自分の知っているボッロボロな建物では無く、コンクリートが使われたそれなりの建物に変わっていたのだから、当たり前である。しかも遊具まであるのだから思わずポカーンとしてしまう。 景色をみやって、思わず菊は動きを止めた。そこにあったのは、自分が育った世界ではなかったからだ。
「……菊っ!?」
 暫く孤児院の前で呆然としていた菊に、誰かが園内から自分の名を呼んだ。驚いてそちらに目線を送ると、若干昔の面影を残した長身の男の姿が目に映った。が、もし自分の知っている彼ならば未だ15歳だというのに、その姿は明らかに成人している。
「……ヘラクレス、さん?」
 一瞬戸惑ったのだが、その黒い髪も程良く日焼けした褐色の肌も、そして何より笑顔がまんま昔自分が世話をしていた少年で、思わずその名を呼んでいた。名前を呼ばれた彼、ヘラクレスは嬉しそうに笑って駆け寄ってくる。金網を掴んで彼はニッコリと微笑み、菊の顔を覗き込んだ。
「オレ、今はここで働いてるんだ……」
 14歳の頃一度この孤児院を出て働きに出た彼は、泣きながら「また戻ってくるよ……」と言っていたのを不意に思い出した。
「去年帰ってきたんだけど、みんなに菊の事聞いても“ムコウ側”に行ってから消息が無いって言ってた……菊は、全然変わってない。」
 そのヘラクレスの一言に思わず肩を震わせて菊は俯いた。笑い返そうと思ってもうまく笑顔が出てこないし、本当は聞きたいことだらけなのに口が開けない……思わず泣き出しそうになっている菊の顔を、不思議そうにヘラクレスが覗き込みながら困った様に眉を歪めた。
「菊……?なんか怒った?……オレ、菊に会いたくて戻ってきたんだ。」
 不安げなヘラクレスの顔をパッと菊は見上げて、にっこりと微笑んだ。
「いいえ、帰ってきて下さって嬉しいです。……私も、久しぶりにコチラに来たのですが、すっかり風変わりしていて驚きました。」
 笑った菊に安心したのか、ヘラクレスもつられて微笑みを返す。
「うん……なんか“ムコウ側”で必ず寄付してくれる人が居るんだって……六年前なんて桜の木まで貰ったんだって。春になると咲くよ……」
 嬉しそうにそうそう話すヘラクレスと対照的に、菊は瞳を大きく開くとその表情を強ばらせた。必ず寄付してくれる人物なんて、考えなくても想像がついた。アーサーだ。……けれど一番菊が引っかかったのはヘラクレスの発した年数だった。やはり、六年。
 カタカタと震えだした手をギュッと掴むと、黙ってしまった菊をまた不安げに見つめてそっと彼は顔を傾げた。
「菊?どうしたの?」
 数秒の沈黙の後、やっと顔を持ち上げた菊は、顔を強ばらせたままヘラクレスとも目を合わせようとしない。ただ自分を自分で抱きしめるかの様に、震える腕をそっと掴んだ。
「……私、そろそろ戻らなくてはなりませんので……また来ます。」
 やっとヘラクレスの顔を見てそう笑った菊を、不安そうに眉を歪めたヘラクレスが金網越しに見やる。
「本当?絶対にまた来てね……」
 ヘラクレスは何かを言いたげにするけれども、どうしても口に出せずにただそう約束を取り付けた。菊が「はい」と笑うのを満足そうに頷いてみせる。
 
 
 帰りの列車に揺られながら、菊はジッと目を閉じた。新聞の数字や、先程会ったヘラクレスの言葉から考えれば、六年間という空白の年月が浮き彫りにされる。しかしそれだけでは無く、鏡に映った自分の姿が一番不可解なのだ。どう見ても幼く、絶対に19には見えない容貌をしていた。もしも階段から落ちて眠っていたという事が本当ならば、まさかとはいえ六年間目を覚まさなかったという可能性だってあるのだけれど、自分の顔が幼くなるなんて事は無い。
 じゃあ一体自分はなんだというのか。酷い混乱で泣き出しそうになるのを、昔からそうしてきた様に下唇を噛む事でジッと耐える。
 
 やっと元来た街に着くと、後ろで数人が自分の後をつけてきているのに気が付いた。一応この世界で育ったのだから、護身術ぐらい出来る。それでも最近はすぐに疲れてしまうし、目が覚めてからなんて直ぐには歩けないほどだった。
 小走りに大通りを目指す、が、なにせこの街に来たのは数日前なのだから大した土地勘すらない……
 ただの小走りだというのに、走り出してから直ぐに息が上がり始める。この街(というより“コチラ側”)では女が襲われていても助けてくれる様な人間は本当に希だ。
 どうにかしなければ……と焦り始めたその時、もう既に重くなっていた足が縺れ、そして転倒した。汚れたアスファルトに叩き付けられた菊の体は、その衝撃で膝のてっぺんが破け血が滲んだ。思わず唸ると、後ろを付いてきていた男の一人が菊のローブをはぎ取り、その髪を掴んで顔を持ち上げさせた。
「この女か?」「ああ、写真の通りだ」と、菊の頭の上で男達が会話をしているのを、どこかボンヤリと菊は聞いた。腕を掴まれて無理矢理起こされると、そのまま路地裏へと引きずられていく。酸素不足で朦朧とする意識の中、取り敢えず男の人数が三人なのを確認する。どうにか逃げ出す方法を考えるのだが、どうすれば逃げ出せるのかも考えが纏まらない。
「無傷でって事は、用は外傷が無ければいいんだろ?」
 ペタリと座り、後ろ手を掴まれたまま暗く狭い路地で、菊は下卑た男の顔を見上げる。何だかどうでもいい気がして、そっと菊は目を閉じた、正にその時だった。パンッと何かが弾ける様な発砲音が響き、菊の目の前に立っていた男が自らの足を押さえて泣き叫びながら地をのたうち回る。残りの男も驚いて音がした方を向けば、“コチラ側”には似つかわしくも無い程に気品のある顔で金髪の男が一人、路地の入り口で拳銃を構えて仁王立ちしていた。
「大人しくその人を渡さねば、次はお前等の頭を吹っ飛ばさせていただく。」
 凜、とした声色で、真っ直ぐに立ったまま本気だろう言葉で彼等を脅しつけ、そのコバルトグリーンの鋭い瞳で睨み付ける。男はその姿を一目見ただけで驚き、狼狽え、目の前の青年の名を口々に呟いた。
「オレ達だって金が無いからやっただけなんだ……」
 両手を上に上げて、情けない声で言い訳を始めるが、拳銃を構えた青年は一つ舌打ちをすると、忌々しげに眉間の皺を更に深いものとする。
「貴様等は貧しすぎてプライドまで食い尽くした様だな。虫酸が走る、さっさと消えろ。」
 その言葉が終わるか否かで、もう一度青年が壁に向かって発砲すれば、男達は一斉に蜘蛛の子を散らすようにその場から駆け出した。その姿が完全に消えるのを確認して、青年はやっと銃を懐に仕舞い込んで菊に向かって歩み寄った。
「今日からあなたは我が虚無主義者達、ヴェラの仲間……否、我々があなたの意志に従う仲間である。勇気のある我が同胞よ。」
 まるで何かの儀式の様に青年は一語一語ハッキリと、そして恭しく言い上げると菊の前に片膝を付いて菊の右手甲に何かの印を付ける様に唇を寄せる。青年が言っている意味も分からぬまま、どんどん全ての景色が遠ざかっていくのを感じた。ああもうダメだ、と呟くよりも早く菊の体は重力に従う様に地に倒れた。
 
 
 
「あっれぇ、おっかしーなー、無いなぁ……」
 ブツブツと呟く事で不安を掻き消そうとしながら、トーリスはがさがさと机の中を散策する。見つけたいモノ自体を頭の中で把握していないものの、何かしらのモノが無いと困る……焦って机の上に手を伸ばした瞬間、その先にあった事すら気が付かなかったペン立てを盛大に落としてしまった。激しい音が鳴り響き、「あ」と思う間もなく扉が開け放たれ、一人の男がそこに姿を現した。
「ここで何をしてる」
 咎める口調でそう言ったのは、ここの家の主、アーサーであった。トーリスは何ビクリと体を震わせてから、今日の収穫であるMOをそっと自らの袖の中に隠した。
「すみません……アルフレッド様が忘れ物をした、とおっしゃるので探しに戻って来たんです。」
 居心地が悪そうにそうトーリスが言えば、アーサーは片眉だけ上げて不審そうにトーリスを見やる。
「ああ、お前そういえばアルフレッドの隣にいつも居る奴か……アイツはこの部屋には入っていない。ペン立てはそのままでいいからサッサと出ろ。」
 クイ、と顎で急かしながらアーサーが言うと、トーリスは頭を下げながら足早に部屋から出た。その姿を不審げにアーサーが目だけで追いかける。
「……この部屋で何か見たか?」
 一度アーサーに頭を下げて、逃げ出すように廊下の向こうへ歩き出したトーリスの後ろ姿にアーサーがそう声を掛けると、トーリスは慌てて振り返ってブンブンと音がしそうな程首を横に振った。……物言いからして大層なモノがあった様なのだけれど、結局手に入ったのはラベルさえ付いていないMOが一枚ぽっちだ。トーリスは溜息を吐くと、にこやかに怒る自分のもう一人の主を思い出して重い溜息を吐いた。
 
 
 
 
 再び目を覚ましたとき、それは半ば見慣れてきた景色だった。もしかして夢だったのか、と思うけれども、右足が軽く痛み、包帯が巻かれている事に気が付く。やはり夢では無かった様だ、と、あの金髪の青年の事を思い出す。助けて貰ったのに名前すら聞いていない上、一体自分がどうしてここに戻っているのかも分からない……その時、扉の向こうで小さな物音がする。
「……ルートヴィッヒさん?」
 この家の主の名前を少しばかり頭を傾げて言いながら、ベッドから降りる。そこでやっと自分が“コチラ側”に来たときとはまた違う白いワンピースを着ている事に気が付く。思えば、一体誰が自分を着せ替えているのか……
 スカートの裾を引っ張って見下ろしていると、ガチャリと扉が開け放たれ、あの自分を助けてくれた主が端正な顔を現した。思わずビクリと動きを止めると、彼はその底の厚いブーツを鳴らして近付いてくる。
「目が覚めたか……吾輩の名はバッシュ・ツヴィンクリ。“ムコウ側”の反抗勢力、ヴェラの大頭である。」
 ヴェラ、このスラム街の人々だったら誰でも知っている、それこそずっと昔からあった勢力であったが、今はこんなに若い人が指揮をとっているなんて知らなかった。それよりも、なぜそんな人が自分を訪ねてくるのかは、理解できない。驚いてジッとバッシュを見つめたまま固まってしまっていた菊を、バッシュも不思議そうに見やる。
「アーサー=カークランド卿の屋敷に忍び込んだのは本田菊、あなたであろう?」
 バッシュのその一言に菊は息を飲んだ。忍び込んだ?自分が?
 酷い頭痛が脳の側面を叩き、耳鳴りがする。自分に一体何が起こったのかすらもう、何も信じられない。バッシュと名乗った青年が自分の名を呼ぶが、果たして自分の名が本当に彼の言う名なのかすら、今はもう信じられなくなった。