チェンジング・オフ

※ この小説は暴力シーンが入ります。パラレルと女体化。あとやっぱりちゃんと調べて書いてないので、信じないでください(・∀・)
 
 
 
  CHANGING OFF
* CHANGING OFFは未だ前例が無いので、ここに記す説明文は仮定・推測に基づいている。
 
@ CHANGING OFFを施した脳は未完である可能性が高い。
A CHANGING OFFを施した脳に強い負担をかけてはならない。
B 全ての記憶をCHANGING OFFすることは不可能である。
C CHANGING OFFを施した脳に強い衝撃を与えてはならない。殊に、自分が一度死んだ事を教えてはならない。
D 月に1,2度の脳波検査を必要とする。
E 筋力の衰え、抗体の弱さが著しい場合がある為、最低でも最初の数ヶ月は外泊を避けた方が良い。
F 内蔵がきわめて脆い可能性があるので、生前のものを摘出、使用出来るのなら移植するのが好ましい。
G 未だ研究過程にある為、全ての問題に対処出来るとは限らない。
 
 
 
 記憶。脳の研究を人類が始めて、ある程度の知識は導き出されたものの、誰もがその先端に辿り着いては居ない。記憶を司る海馬、大脳皮質といった箇所ではシナプス、ニューロンから記憶としての“信号”が送られて、沢山の道を造る事自体が『記憶』だと規定されている。記憶とは一体なんなのか、海馬で新しい記憶を取り入れ、それを大脳皮質で過去の記憶と照らし合わせ道を造る、果たしてそれだけが記憶なのか。
 ある作家は言った。記憶は脳にあるだけでは無い。記憶とは人間の細胞一つ一つにも与えられるものだ、と。誰もがその考えを笑えるだろうか。我々が見たことも無い雄大な景色、たとえばメキシコの焼けるような夕陽だとか、日本の寺などを見たときに感じるあの懐古感は何だろうか。代々伝わってきたDNAであり、またその記憶が受け継がれてきた細胞の記憶だとは、違うと言い切ってしまえるのだろうか。胎児はその受け継がれた細胞で、本当に夢を見るのかも知れない。

(文中の作家とはドグラマグラの作者、夢野久作)
 
 
 

CHANGING OFF C
 
 
 

「バッシュ、今日はもう帰ってくれ。」
 こめかみに手を当てて眉間に皺を寄らせていた菊を扉の向こうで見つけ、ルートヴィッヒが些か困った様に見えなくもないバッシュに声を掛ける。中々見つからなくてフェリシアーノとあちこち駆け回った結果、一度家に戻ってみれば玄関の所で彼女を抱え上げたバッシュが一人で突っ立って居たのだ。
 お陰で作りかけだったお昼ご飯は夕ご飯となりそうだ。
「……分かった。また来る。」
 チラリとルートヴィッヒを一瞥してから、バッシュは菊にそう言い残すとまた背筋をピンと伸ばして部屋を後にする。ルートヴィッヒは辛そうに頭を抱えたままの菊に近寄り、そっとその額に手を当てた。
 その額が熱くなっていて、フェリシアーノにぬれタオルを持ってくるように命じてから、菊を抱え上げて、彼女のベッドへと運んでいく。
「熱は無い様だが……よく倒れるな、お前は。」
 別に彼自身皮肉も何も込めていないつもりなのだが、菊はすまなそうに俯いて小声で謝る。と、ルートヴィッヒは片眉を持ち上げて菊を見やった。
「謝罪はいい。それよりもどういう事なのか、本当の事をちゃんと説明してくれ。」
 溜息と共にルートヴィッヒがそう言うと、菊は顔を持ち上げてとことん困った様に眉を歪めて殆ど泣きかけていた。
「分からないんです。……本当に何も、分かりません。なんで、どうしてアーサー様は私をスパイだなんて……」
 その様子がどうにも嘘を吐いている様にも見えないのだが、かといって真実アーサーは彼女を“反抗勢力の一画”として探している。ただ『無傷で連れてこい』という所には引っかかるものがあるのだが……どうせ死刑にするのに……それともアーサー卿には拷問の趣味でもあるのか。
「あの、ルートヴィッヒさん。もしかしなくても私を置いて下さっていたら、きっとルートヴィッヒさん達にまで被害が及びます。今すぐ出て行きますので、どうぞ……その、鞄を一つ貸して下さいませんか?」
 慌てて顔を持ち上げ、申し訳なさそうにそう言う菊を一瞥し、ルートヴィッヒはまた溜息を吐いた。
「どこかあてはあるのか?」
 彼女のこの性格からして、他人に迷惑をかけまいとしてどこにも行けないのは目に見えていたし、バッシュからの話を聞けば既に金目当ての男に追われている様だったらしい。そしてルートヴィッヒに問われて「……はい」と頷いた彼女は、先程と打って変わってどう見ても嘘を吐いてる様子だ。既に家には巨大な厄介者……しかも自分で厄介者だと思っていない人物が一人居るのだ。今更一人アーサーに追われている少女を置いておく程度、なんともな無い、気がしないでも無い……恐らく気のせいだが……
「……今更出て行けなど言わない。なるべく姿を見せないようにしていろ。後は……丁度助手が欲しかったんだ。パスタばっかり食ってない奴で」
 そうルートヴィッヒが笑うと、顔を持ち上げた菊の瞳は、みるみる内に潤んでいった。勿論泣かすつもりなど無かったルートヴィッヒは、目に見えてオロオロと狼狽えながら結果的に顔を覆って泣き出した菊の頭にポンと手を置いた。頬を拭いながら何度も謝罪を述べる菊を、相手が欲しいだろう言葉を発するということにあまり長けていないルートヴィッヒはただ無言のままポンポンと子供でも慰めるかの様に菊の頭を撫でる事しか出来ずにいた。
「……ねぇ、そろそろご飯にしたいんだけどもういいかなぁ?」
 扉からヒョッコリと頭を出したフェリシアーノの声に、ルートヴィッヒはビクリと肩を跳ね上げさせて驚く。見やればいつもの様に締まりのない顔で、ニヨニヨと笑っているフェリシアーノの姿があった。
 
 
 
 菊が姿を消してから十日が経とうとしていた。既に諦めの空気が漂い始めていたのだが、六年間待ち続けたアーサーにとっては諦めきれない。例えCHANGING OFFを施した事によって生まれたという事実があっても、やはり自分にとって彼女は彼女だ。
 それに再び彼女を初めから作り上げるとなれば、最低でも六年……しかも今度は彼女のモノではない内蔵を移植しなければならなくなる。そうなれば彼女は、果たして彼女と言えるのだろうか?
 しかも更に六年待てば、自分は三十路を迎えることになる。彼女は歳を取らずに、合間の記憶も持たずに生まれてくるわけだから、そうなればまた彼女が自分を愛してくれる自信も残念ながら持てない。
 自分は一体何をそれほど強く思って、神への冒涜行為を行ったのか。そう考えれば色々な答えを絞り出す事は出来た。まず子供が欲しかった。彼女がこの世界に居たという、自分が生きていたという証の、彼女と自分の子が欲しかった。それから一緒に歳を取りたかった。彼女を見ていたかった。声が聞きたかった。ただそれだけだったのに、一度手の中に戻ってきてしまうと、今度は絶対に離したくなくなってしまう。
 アーサーはそっと腹部に手を当てた。彼の腎臓の片方は今現在菊の体内にある。六年前、菊に当たった弾は彼女の大腸を傷つけて肝臓の一つに穴を開けていった為、もう使い物にならなくなっていたから自分のを入れてくれと頼んだ。腎臓なんて一つしかなくても人間は生きていけます、と説得を受けたからその説明をその場でまんま返してやった。
 一つ、重い溜息を長々と吐き出しながら、アーサーは机の上に項垂れる。最近あまり眠っていなかった事もあって、目を瞑れば直ぐにうとうと出来るのに、いざ眠りかけると何か得体の知れない恐怖を覚えて目が覚める。毎晩毎夜、それの繰り返しだった。
「お前、いい加減寝た方がいいある。」
 いつの間に入ってきたのか、王の声がしたかと思うと、頭上に電灯に光りが灯った。振り返れば相変わらず無表情のままの彼が、これまたいつもの様に仁王立ちしていた。昔兄妹で話をしている所を見かけた事があったのだが、あの時の彼の笑顔を遂に二度は見ていない。
「いや……眠りたく無いだけだ。」
 アーサーのその返事を聞いても、王は特に何も返さずに白衣を翻しアーサーの机の上にもたれ掛かって持っていたコーヒーを啜る。そして一息ついてから、やっと口を開く。
「構造上でいえば複雑あるが、理論上脳は単純ある。ロコモーション・センターに電極を差し込めば、コチラの指示通りに走り回ったりするし、視床下部に刺激を与えれば感情すら操る事が出来るある。そう考えると人間の感情も酷く単純なものって事になるある。ニーチェなんて目じゃないほどのニヒリズムの極地あるよ。」
 そこで一端話を切ると、またコーヒーを一口、ゆったりとした動作で啜った。チラリとすらアーサーを見ようとしない。
「……それでも脳が未だにハッキリと分かっていないのは、我は感情も記憶も脳だけのものじゃないからだと思っているある。
例えばベジタリアンの内蔵を移植した奴がベジタリアンになったり、角膜提供された子が前の持ち主の大切だったモノが不意に見えたりする事がある。我は……研究者としてあまり他言できねぇが、記憶は脳だけでないと思っているある。」
 アーサーは顔を持ち上げて立ったままコーヒーを飲んでいる王の顔を見上げる。と、そこでやっと王はその黒くて鋭い瞳をアーサーに落とした。一瞬の沈黙の後、今度はアーサーが口を開く。
「何が言いたい?」
「つまりあの子の中にはあの子の記憶を持った臓器が、生きていた時と同様息を吹き返していて、あれらはあの子が目を覚ましていた時間帯なら一緒に目を覚まし、周りの景色をずっと見てきたのだから、あの子の分身だといっても問題は無いね。・・・それに、お前のまであの子の体には収まっているから、きっとお前の事はそう易々忘れないある。正直お前があそこまでするとは思ってなかった。ただ“スラム側”で育った女にちょっと興味が出て、遊び半分ではじめた恋愛ごっこに本物だと錯覚を抱いた程度だろうと思っていたある。」
 そこまで言い終えると、若干、王は微笑んだ気がした。否、暗い部屋だからただそう見えただけなのかもしれないが……。そして当のアーサーは続けて何と言っていいか分からずに、開きかけた唇を閉じる。
「菊は……多分まだ生きているある。あの子だって元々“ムコウ側”で生まれた子ある。」
 王はそう言い終えると、コップをアーサーの机に置いたまま踵を返して出口に向かう。扉を閉める寸前に二人の目線が合い、思わずアーサーは彼を呼び止めた。振り返った王は、やはり無表情だった。
「……すまんな。」
 控えめにそう礼を述べると、ニコリともせずに「お前の為じゃないある。」と一言置いて部屋を後にした。
 
 
 
 結果菊とフェリシアーノ、そしてルートヴィッヒの三人の共同生活が始まってから十日が経とうとしていた。やはりフェリシアーノ以上の働きを菊は見せていたが、結果菊に会いに来る奴まで出て、彼女が隠れている事になるのか、段々と怪しくなってきた。と、そんな訳で今ルートヴィッヒは、患者と名乗った男の前でガックリと項垂れている。
「で、お前んトコに居着いているかわいこちゃんはどこに居るんだぁ〜?」
 朝から酔っぱらっているとしか思えない程にヘラヘラと笑い、柔らかそうな金髪を指で掻き上げながら彼は楽しそうにそう言った。この辺りでは有名な女たらしで遊び人の、フランシスだ。一体仕事は何をしているのか……元“ムコウ側”の人間だというのに“コチラ側”に居着いてしまったとかいう、相当な変わりモンだった。
「ソレを一体どこで知ったんだ?」
 午前から軽傷の癖にわざわざ訪れる奴が多発し、ルートヴィッヒはいつにも増して苛々としていた。もうフランシスに構ってられるほどの余裕も寛大さも無い。
「みんな噂してるぜ?アーサー卿が探している女はルートヴィッヒのトコに居るってな。でもバッシュが怖くて金目当てで近付くのは割にあわんらしい。」
とことん楽しそうにニヨニヨと笑う奴をあらん限りに眉間に皺を寄せて睨むが、やっぱり相手はあのフランシス、勿論効果など無く変わらずニヨニヨとしていた。
「帰れ」
睨みも全く効果が無いなら、やはりキッパリと拒絶するに限る。が、拒絶をすれば直ぐに帰らないのがフランシスがフランシスであるという事なのか、唇を尖らせてぶーぶーと文句を垂れ始めた。と、その時不意に扉が開け放たれ、ふとそちらを見やった二人の顔に緊張が走る。が、そんな二人の態度を気にも止めない部屋へ入ってきた主は、にっこりと微笑みながら片手を上げた。
「……イヴァン、何しに来た。」
 カタリ、と音を立てて静かにルートヴィッヒが立ち上がると、イヴァンの後ろにいた猫っ毛の小さな少年がそっと身を乗り出しかけてイヴァンに止められた。それからいかにも柔和そうな笑顔を作り上げる。
「僕にも見せてよ。君が拾ったっていう子猫をさ。」
 ふふふ、と全く何を考えているのか分からないその笑顔に、今度は先程のヘラヘラ笑いを一切消したフランシスが立ち上がってイヴァンと向かい合った。
「こんなトコ歩いてたらバッシュに穴あきチーズにさせられちまうぞ。」
 片眉を上げて作った笑い顔は、ついさっき自分と話をしていたあのフランシスかという程に堂々としている。“ムコウ側”でそれなりの地位を持っていたというが、詳しい話は聞いたこともなかった。
「君こそ、元々“ムコウ側”の人間でしょ?的になるのなら君じゃない?」
 相も変わらずの笑顔を止めないイヴァンとフランシスの静かな戦いを、ルートヴィッヒは胃がキリキリと痛むのを感じながら顔を歪める。出来れば表でやってもらいたいが、口を挟むほどの勇気も無い。
「もう六年前から“ムコウ側”には帰ってねぇよ。」
「ふぅん。どうだかね。」
 六年前……その単語を聞いたルートヴィッヒは苦々しげに眉間に皺を寄せた。あの時当時のヴェラが“ムコウ側”に突入したのだが、酷い数の怪我人と死人が出た、今でも時折悪夢にでも見そうな程の光景だった。
「とにかく、僕はあの子に会いに来たんだ。……出して貰えるかな、ルートヴィッヒ君」
 にっこりと笑いながらコートの懐に手を突っ込むと、銀色の拳銃をスッと取り出し、何の躊躇もなく壁に向かって一発撃ちはなった。ダンッ、という爆発音と共に消毒液が入っていたガラスが粉々に砕け散り、辺りに火薬の匂いとアルコールの匂いが立ち込めて、フランシスまでもが眉を歪めた。イヴァンはそのニッコリと微笑んでいた瞳を細い細い三日月型に開き、口元には白い歯が覗く。
「どうしたんですか?ルートヴィッヒさん!」
 発砲音の直ぐ後に廊下をパタパタと駆けてくる音が二つし、ドアノブが半分捻られた所で扉を振り返ったルートヴィッヒは叫ぶ。
「開けるな、菊!」
 ピタ、とドアノブの動きが止まり、木造で作られた素っ気のない扉の向こうに居る人物も押し黙って沈黙がその部屋を支配した。ただツンとした匂いだけが三人を取り巻く。思わずルートヴィッヒは体を乗り出して扉に自らの背をピタリと付けて、まるで守るかのように立ちはだかる。
「……なんで邪魔するのかなぁ。僕はただあの子に会いに来ただけなのに。」
 イヴァンの笑っていた口元がつまらなさそうに尖らされてすぐに、彼は三日月型にしていた瞳を開き無表情に打って変わる。凍て付くようなその顔に、思わずルートヴィッヒは息を一つ飲み込んだ。
「それじゃぁ仕方無いね。」
 無表情を保っていたのは時間にしてほんの数秒。イヴァンは再びにっこりと微笑み、ルートヴィッヒの額にその銀の銃の銃口を向けて直し、何の躊躇もなく引き金を引いた。が、撃ち出された弾は寸前で飛び出してイヴァンに体当たりしたフランシスのお陰で大きく反れて今度は何もない床に盛大な音を立てて穴を開けた。
「お前、何してんだよっ!」
 思わず自分よりも背の高いイヴァンの胸ぐらを掴みフランシスが咆え掛かると、イヴァンは眉間に深い皺を作り穏やかそうなその瞳を吊り上げてフランシスを睨み上げ、全身に纏わせた雰囲気を一気にどす黒く変える。
「君こそあの子に会いに来たんだよね?六年間引きずり続けて、似てるっていう理由だけで会いに来きたのか!バッカみたいだね!」
 胸ぐらを掴んできたフランシスを、逆に床に叩き付けてイヴァンが怒鳴り声を上げる。床に叩き付けられたフランシスは、己の胸を掴んでゴホゴホと急き込んだ。気のせいか、ルートヴィッヒには家がミシミシと揺れている気さえする……
 と、そこでルートヴィッヒの守っていた扉が威勢良く開き、三人の驚く視線を一心に浴びながらまず、フェリシアーノが鍋をかぶりお玉を手に、その後ろで料理中にやって来たせいか菊がほうれん草付きの包丁を手に立っていた。
「ル、ル、ルートヴィッヒ!!撃たれちゃったの!?」
 ヴェーっとフェリシアーノの特別器官から発せられる声を出しながら、お鍋の妖怪の様なフェリシアーノがコチラに向かって駆けてきた。これで一気に雰囲気が壊れたかと思えば、イヴァンとフランシスは菊を、菊は二人を見合ったまま動きをピタリと止めている。重苦しい空気が合間を流れ、一本の張り詰めた糸にでも保たれているかの様にルートヴィッヒも、フェリシアーノさえも一言も発せずに棒立ちとなった。
「……おい、こんな事ってあるのか?」
 先に口を開いたのはフランシスだったが、それからも空気は重たくのしかかり誰一人として暫く何も言えずにいた。ただ、軽く震えだした菊の手から包丁が落ちて、木造の床に勢いよく突き刺さった。