チェンジング・オフ

※ この小説は暴力シーンが入ります。パラレルと女体化。大丈夫、未遂設定だから!(本文の後書き・笑)
 
 
 
  CHANGING OFF
* CHANGING OFFは未だ前例が無いので、ここに記す説明文は仮定・推測に基づいている。
 
@ CHANGING OFFを施した脳は未完である可能性が高い。
A CHANGING OFFを施した脳に強い負担をかけてはならない。
B 全ての記憶をCHANGING OFFすることは不可能である。
C CHANGING OFFを施した脳に強い衝撃を与えてはならない。殊に、自分が一度死んだ事を教えてはならない。
D 月に1,2度の脳波検査を必要とする。
E 筋力の衰え、抗体の弱さが著しい場合がある為、最低でも最初の数ヶ月は外泊を避けた方が良い。
F 内蔵がきわめて脆い可能性があるので、生前のものを摘出、使用出来るのなら移植するのが好ましい。
G 未だ研究過程にある為、全ての問題に対処出来るとは限らない。
 
  以下、実際の過程は資料付きで全てMOに記録する。

代表者 : 王 耀
 
 

 1939年に微小電極という仕組みで脳の中から、観測した細胞より発生した脳内を駆け巡る“電気信号”を摘出する事に成功した。それはあくまで電位を確かめる為のものだったのだが、過去1939年のその時代に人間はそこまで進歩する事が出来ていた。それならば今、一体どこまで人間は『創世者』の領域に立ち入ることが出来るだろうか。
 それは禁忌なのか、それとも進歩なのか、私からは何も言うことは出来ないが、エデンを追い出されたアダムとイヴしかり、禁忌だとしたら全ての物事に代償はつきものである。
 
 
 

CHANGING OFF D
 
 
 

 菊の兄が“スラム側”からは3年の内一人取るか取らないかの“ムコウ側”の大学への入学が決定した時、彼女のあの兄から頭を下げられた。もし唯の遊びだとしても、自分は学業で稼げないし、本当に生活が大変な時はせめて菊に王名義で金を貸してくれ、と。きっとアーサー名義だと菊は意地でも借りないだろうから、と。あのプライドの高い彼が頭を下げるのなど、それほど追い詰められているのだろう。今まで金の心配など一度もしたことのない自分にとって、まるで未知の世界だった。自分が持ち得る価値観が、いかに狭い物かを実感せざるをえない。
 王は“ムコウ側”の寮に入ることになり、独りぽっちとなった菊の金銭面での援助を約束した。そしていつもその通りにしてきたし、忙しくない日は時間を詰め込み彼女の所に通い、そのままずるずると“ムコウ側”に泊まる事も多だあった。彼女は孤児院で働いていたから、自然と子供がアーサーにまでまとわりついてくるようになったりもしたが、それはそれで意外と楽しくもあった。
 “ムコウ側”では友人など殆どいなかったし、学校も家庭教師を雇っていた為に行ったことが無かった。両親の仕事の関わり合いで子供同士半強制的に仲良くしなければならないことはあったが、結局今もそれなりの友情が続いているのは変わり者のフランシスぐらいだ。だから勿論、子供と一緒に遊んだ事どころか、フランシスと深夜徘徊した事ぐらいしか自分には遊びらしい遊びをした事もなかった。そしてみんなそんなものだと信じ込んでいた。
 だから菊が子供に囲まれて笑うのも、その中にアーサー自身が混じって高い金をかけて仕立てた服を汚すことも、今まで体験してきたどんな素晴らしい物事よりも、まるでコチラの方が真実な気がしてならなくなってしまう。女は、全員澄ました顔して流行の服を着て、そして時折嫌みか胸焼けを起こしそうな甘い小説の一遍でも言っているだけだと、勝手に思い込んでいた。
 本当は彼女を“ムコウ側”に連れて行きたくなど無かったのに。誰もが自分達に後ろ指を指し、明らかなほどの嫌みや嫉みを彼女に吐露し、きっと酷く彼女を傷つけるのだろう。けれど、彼女の居ない人生を自分は選べるはずもなく。
「……菊」
 空に浮かんでいた“コチラ側”で見るだろう最後の月を見上げていた彼女の名を呼び、振り返った彼女が自分と目が合いふんわりと微笑む。アーサーからプレゼントされた真っ白なウエディングドレスが風に靡き、野原に咲いた一輪の花の蕾みの様に膨らむ。始めて手にした小型のカメラで、アーサーは一枚だけその菊の姿を納めた。恐らく、人生の中、最初で最後のアーサー自身が撮るだろう写真だ。どうしても納めておきたかったのだ。たった今この場に居る、何億と居る人間の中のただ一人だけの彼女を。
 
 
 
 目に見えて怯え始めるものの、珍しく瞳を鋭くさせた菊にフェリシアーノすらもただならぬ気配を感じたのか、ルートヴィッヒから離れて菊に近寄った。沈黙は相変わらず続き、ルートヴィッヒには笑うことすら止めてしまったイヴァンの存在が恐ろしくてならない。先程の言動から考えるに、フランシスもそうだがもしかしたらイヴァンと菊は顔見知りなのかもしれない……どうしても状況が掴めないルートヴィッヒとフェリシアーノは恐る恐るイヴァンを見上げた。
「……帰る。」
 が、イヴァンから出たセリフはあまりにも意外なものだった。あまりにもアッサリと引いていく彼に拍子抜けするのと同時に、ルートヴィッヒは思わず抱いた質問をイヴァンに投げ掛けた。
「結局お前は何しに来たんだ。」と。
 言ってから後悔をするが、イヴァンは別段どうでもよさそうにチラリと振り返ると「だからその子を見に来ただけだよ」と軽く肩を竦めてみせる。そして何事もなかったかの様に、先程来た様に猫っ毛の少年と眼鏡の青年を引き連れて再びイヴァンはブーツを鳴らして出て行った。バタン、と扉が閉められるのと同時に、ペタンと真っ青になっていた菊は床の上に座り込んでしまい、そこに慌ててフェリシアーノが駆け寄る。
「大丈夫、菊。……イヴァンと知り合いなの?」
 心配そうにフェリシアーノが菊の顔を覗き込めば、菊は無理矢理誤魔化すかのように笑顔を作ってはぐらかす。まぁ “コチラ側”で一番権力を持っているマフィア『ペチーカ』の総長と対峙したのなら当然震えもするだろうが……しかし少々菊の態度は異常でもあった。
 そこまで考えてルートヴィッヒは顔を持ち上げてフランシスを見やると、彼までもが真っ青な顔をしているのに少なからずギョッとする。
「どうしたフランシス。お前顔色悪いぞ。」
 そのルートヴィッヒのセリフに、心ここにあらずという風体だったフランシスはピクリと体をほんの小さく跳ねらせてから額に手を当ててうっすらと自嘲気味に笑う。
「オレも……もう帰るわ。」
 来た時の威勢を微塵もみせずにフランシスは踵を返すと、イヴァンと同じ様に扉の向こうへと消えていった。一瞬菊が彼を追いかけようとして立ち上がりかけたが、どうにも腰が立たずにまたペッタリと座り込んでしまった。
「大丈夫か?」
 そう言って手を伸ばしてきたルートヴィッヒの腕に掴まり、やっとこ菊は立ち上がるも顔を酷く曇らせている。今巻き起こった嵐の様な出来事と、壁に空いた二つの穴、そして菊と訳ありげな雰囲気を思ってルートヴィッヒは頭が痛くなるのを感じた。
「菊、イヴァンと何か前にあったのか?」
 やっとこ立ち上がった菊の顔を覗き込んで訪ねると、ギュッと下唇を噛み、眉間に皺をよせたまま菊は俯く。アーサー卿に追われながら更にペチーカのボスとまで関わり合いを持っているのか……やはりもの凄くやっかいな物を拾ってしまったのではないだろうか。ルートヴィッヒは心から重たい溜息を吐き出した。
 ギュッと口を閉ざして斜め下を睨んでいた菊は、そのルートヴィッヒの顔をチラッと見上げ、今度は泣き出しそうに瞳を歪めて見せる。今度ばかりは問い出さなくてはこちらの生死にまで関わるというのに、菊のその表情に思わずルートヴィッヒは「うっ」と一歩退いた。顔は怖いのだが、どうにも根本的にはいい人……否、近所の住人曰く人が良い彼にこれ以上に効果のある物があるだろうか。無いだろう。確実に。
「……分かった、もういい。」
 今日何度目か数えれば切なくなるだろう深い溜息を吐きつつ、ルートヴィッヒは菊の頭に手をポンと置いた。まさにその時、菊が口を開く。
「前に、襲われたんです。」
 その一言に溜息を吐いていたルートヴィッヒがギョッとして菊を見る。
「お、襲われた?!あいつはお前みたいな子供にも手を挙げるのか!」
 声が思わず上擦るのを懸命に抑えながら、ルートヴィッヒが驚きで目を剥く。その一言に菊はムッと眉間に皺を寄せてルートヴィッヒを見上げ、頬を膨らませる。
「こ、こう見えても19歳です!……多分」
 最近色々あって自分の記憶さえも当てにならなくなっていたのだが、確かに自分は19歳まで歳をとっていた筈だ。そしててっきり14,5歳ぐらいだと思っていたフェリシアーノとルートヴィッヒは更に飛び上がる程驚く。ルートヴィッヒなんてもしかしたらアーサー卿はロリコン趣味が……とまで考えていたものだから、思わず頭が痛むような気さえした。東洋人の顔は分からない……
「イヴァン……さんとは、前から一応顔なじみだったんです。」
 未だ驚きを隠せない二人を置いて、菊は懸命に昔を思い出すかの様にちょっとだけ瞼を伏せて話を続けた。黒いサラサラの長い髪がその肩に垂れる。
「理由は、結局良く分からなかったんですが……」
 眉間の皺を更に深くし、少々辛そうなその顔に思わずルートヴィッヒは菊の肩を掴んで「もういい」と小さく呼びかけるが、聞こえていないのか菊はまだ話すのを止めない。
「兄が“ムコウ側”の大学に行ってしまって、家で一人だった時……」
 菊の黒目勝ちな大きな瞳の下に、ぐんぐんと涙が溜まってくるのを見やり、耐えられなくなったのか、ルートヴィッヒは思わず菊の肩を掴んで声を荒げる。
「もういい!」
 ルートヴィッヒの声に、ビクリと菊が大きく震えて、その衝撃に遂に溜まっていた涙がポロポロと零れた。それから恐る恐るルートヴィッヒの顔を見上げると、眉間に深く刻まれた皺と、その眉の下の鋭い瞳が苦痛で歪むのを見た。
「過去は過去だ。今は兎に角、オレとフェリシアーノでお前を守ってやるから。」
 そう言ったルートヴィッヒの後ろで、彼の精一杯だろう勇ましい顔でフェリシアーノが「うんっ!」と大きく頷く。その勇ましいつもりらしいフェリシアーノの顔に、思わずつられて菊は笑った。
 
 
 自分にとって世界はいつでも凍えているかの様で、自分の周りには花一本咲かない気がしていた。イヴァンは、自分が大きく吐き出した息が冬の時と同様に白くもやとなって天に向かって舞い上がっていくかのようにすら見える。自分の住む世界はいつだって冬で、冬は、いつだって沈黙している。
 街を歩きながら、全ての住民が自分を遠巻きに見ている事を、彼は生まれてすぐに理解した。彼の祖父はやはり『ペチーカ』の頭領で、父親は後を継ぐ前に“ムコウ側”の連中に捉えられて死刑になった。けれどもイヴァンは別段その死刑にした“ムコウ側”の人間を恨んでいないし、“ムコウ側”と仲良く要領よくしようとしなかった父親が悪いのだと思っている。
 ……六年間。長かった気がするし、とてつもなく一瞬の間だったようにも思えた。時間は全てを薄っぺらにしていくものだと勝手に考えていたし、六年もの間はやはり一人の女の事なんて自分の脳内から葬り去ってくれていた。と思い込んでいた。それなのに結果的にあのフランシスと同様、自分までもがルートヴィッヒの所まで出向いてしまった。
 彼女、菊が扉を開けてイヴァンと目線があったあの瞬間、一体どれ程膨大な彼女への記憶が自分の中に埋まっていたか……思い出すという事は一種の胸苦しさを伴う事だ。……何かが胸の奥に突っかかったかの様に苦しくて、ただひたすら自分を責め立てる。
 けれどもアレは彼女では無い。あの時、あの場所で自分が彼女を殺したのだし、その事で安心した自分も居たはずだ。長く使われずにきた己の心では、果たしてその“安心”がなんなのかすらもう分からなくはなっているが、開放感と喪失感が混ざり合ったあの感情をまだ忘れずに生々しく覚えている。
 
「今帰ったよ」
 そう言いながら扉を開けると、そこには久しぶりに見る顔が椅子から勢いよく立ち上がってイヴァンに頭を下げる。
「あれ?今回は早く帰ったんだね、トーリス。おつかれさま。」
 さっきまでの顔から、サッと笑顔を作り上げてその名を呼ぶと、トーリスもぎこちないながらに笑顔を作って勢いよく返事を返す。それから今回“ムコウ側”へ忍び込んでとってきた資料をズラリと机の上に並べ、そして最後に大量の札束が入った巨大な鞄を重たそうに持ち上げて一緒に机に置いた。
「今回はどれぐらい売れた?」
 その重たそうな鞄から推測するに、新記録達成かもしれない。イヴァンは脱いだコートを後ろに居た猫っ毛の少年に持たせると、近場のソファーに身を沈める。
「15sは売れました。」
 ニパッと笑ったトーリスの返答を、嬉しそうにニッコリと微笑んでイヴァンは聞く。
「そう。それならきっと“ムコウ側”は薬中で一杯だね。」
 イヴァン率いる『ペチーカ』が始めに始めた仕事は、薬物を作ることだった。“コチラ側”でも流行っていた薬物の、最も純度の高いものを大量に生産し、トーリスの様に“ムコウ側”へと忍び込んでいる部下達に売らせる。金なら腐るほど持っている癖に、生きることにヒマしている彼等は面白いほどにその新しい遊びに食い付いてきた。資産の貯まりようには思わず笑いが止まらなくなる。
「……そういえば、例の物は見つかった?」
 イヴァンがそういうと、先程まで少々誇らしげだったトーリスの顔が瞬時に曇った。
「あの……それがアーサー卿の家の警備はとても厳しくて……これしか持ってこられませんでした。」
 そう良いながらトーリスは、ポケットの中から一枚のMOを取り出す。ラベルも何も張っていない黄色のMOを受け取り、イヴァンは大きく眉を歪める。
「まだコンピューターに入れてませんので、中に何のデーターが入っているか分かりませんが……」
 チラッとイヴァンの顔色を窺うようにトーリスは彼を見上げるが、イヴァンは別に怒る気も無いらしくそのMOを机の上に置いた。
「後で見てみるよ。」
 そう言い終えて同士の為に用意していたウォッカを並々とコップに注ぐ。
 
 自分が生まれたその瞬間から闘争は世界中に起こっていて、自分が死ぬときまで人は人を殺すのだろうか。祖父は言った。誰も愛するな、と。