※ パラレルと女体化。後CHANGING OFFの理論は私が授業中に勝手に思いついた物なので、専門的に考えないでください。やっぱり何も調べていませんので。死
嗚呼、愛しきフランケンシュタイン博士へ
人間の脳内(主に海馬、大脳皮質)を駆け巡る電気信号の道。つまり記憶を、死んだ脳に電気による刺激を与え、一時電気信号を活性化させ、その隙にこの電気信号を読み取りコンピューターに記憶させる。そして新しい脳にその記憶させた電気信号の道(記憶)を流す事によって、被写体に疑似的に今まで体験した記憶を与えることが出来る。それがCHANGING OFF。
死んだ人間の細胞からクローンを作り、細胞分裂を活性化させる薬(つまり成長促進剤)を投与する事で死んだ人間を元の姿にまで戻し、CHANGING OFFにより過去の記憶を埋め込む。未だ電気信号をゲノム同様解読出来ていない為、書き換えるのは不可能であるが、埋め込まれた人間の一番新しい記憶、つまり死んだ事であろう記憶はコンピューターに取り込んだ時に消去しなければならない。
CHANGING OFF H
いつもの白衣を身に纏い、王はやはり無表情のままアーサーの前に腕を組んで立っていた。ツン、と尖った瞳が彼女とは正反対だが、頑固だったり濡れる様な黒髪は菊とそっくりだ。
「恐らく……“ムコウ側”で酷い精神的ショックを受けたある。そのことが今回記憶の穴あきと関係してるあるな。元々付け焼き刃な記憶あるから、こうなる事は容易に想像出来たある。」
彼は何でも無さそうにそう言うと、一口コーヒーを啜った。アーサーは眉間に小さな皺を寄せると思わず王から視線をズラす。
「今は所々新しい順に記憶が掠れていってるある。だが記憶というのは古い道に新しい道を上書きしていく様なものだから、絶えず新しい情報を加えていけば新しい事を常に思い出すことができ、古い記憶は消えていく事もある……しかしそのうち全部消えてしまうのも、時間の問題ある。」
それまで無言だったアーサーは、額を手で押さえると、半ば絞り出す様に呟いた。
「もう、思い出さないのか?」
アーサーの言葉から数秒、沈黙が走る。王は今まで無表情だったのが嘘の様に眉間に深い皺を刻み込み、少しだけ辛そうにさえ見えた。
「いや、何かしらの衝撃で思い出す事はあるだろうが……それも一時的な物になっちまうある。」
王は小さく溜息を吐き出す。
ノックをし、部屋に入る前に深く息を吸い込んで自分の心を落ち着かせた。王いわく、そこまで進行していないだろうから、まだ自分の事は覚えているだろうと言っていたが、それでもどこか恐怖心がわだかまる。それでもやっと会えた彼女に会わない訳にもいかない。そっと扉を押し開けると、真っ白な部屋に置かれたベッドの上でちょこんと座っていた。
「菊、もう体は大丈夫か?」
どこか人形の様な様子で座る菊に声を掛けると、彼女はその真っ黒な瞳を少しだけ持ち上げてアーサーの顔を確認すると、次の瞬間ベッドから飛び降りた菊がアーサーの首に腕を回すように、まさしく、飛びついた。暫く見なかったが、やはり六年前からまるで変わらない細くて小さな体に、よく知った体温が宿っていて、思わずアーサーも強く掻き抱く。彼女独特の甘い香りが鼻孔をついた。
その頬を両手で包んで上を向かせると、彼女の両方の目に、いまにも零れてしまいそうな涙が溜まっている。
「アーサー様、このままだとヘラクレスさんもバッシュさんも……もしかしたらルートヴィッヒさんやフェリシアーノさんまで死んでしまうかもしれません。」
「だから」と彼女が言うよりも早く、アーサーが「オレにはどうにも出来ないんだ!」と声を荒げた。アーサーの胸の中で菊がビクリと驚いて体が跳ねる。
「すまない……」
アーサーがそう苦々しげに言った瞬間、外で爆発音が一つ鳴り響き、菊はパッと窓を振り返った。が、すぐにアーサーに向き直ると再びピッタリと体を貼り付ける。細やかにその体が震えていた。
「私……きっと今“ムコウ側”で起こっている出来事すら忘れてしまうんですね……」
その菊のセリフに驚いてアーサーは目を見開いた。彼女の名前を呼ぼうとするも、どうしても胸が詰まって言葉が出ては来なく、思わず菊から顔を反らし眉間に皺を寄せて斜め下を見やる。泣き出してしまったのか、菊の肩がわななきはじめた。
「……私、今にアーサー様の事まで……」
菊がその世界で一番恐ろしいセリフを皆まで言う前に、アーサーはその涙で濡れきった頬に両手をあてて上を向かせると、グッと押し当てるかの様なキスをする。急に言葉を奪われたのに驚きながらも、菊は目を瞑りアーサーを受け入れた。外からの風を受けて膨らんだ白いカーテンが二人を包み隠しながら遠ざかる。
フェリシアーノはその灰色の瞳で黒煙を巻き上げる己の街を屋根の上で見つめ、彼らしからぬ無表情のまま小さく目を細めた。“コチラ側”と“ムコウ側”を分け隔てる巨大な壁が今日もまるでモンスターの様に立ちはだかっている。暫くじっとその壁を見つめていたフェリシアーノは、小さく溜息を吐き出してそっと立ち上がる。
もうじき“ムコウ側”の連中がここを発見してしまうだろう。立ち上がったフェリシアーノは部屋に戻ると、紙切れに数行の文字を書き込み裏の扉から家を抜け出した。ルートヴィッヒは連日連夜の診察で疲れ切ってすっかり寝入ってしまっている。菊が“ムコウ側”に言ってしまってもう五日も経ち、流石に街を逃げ出す人が増え、医院は人手不足になりつつあったのも原因だろう。
自分は、そのアーサーがコチラに来た時その場に居なかったから分からないが、アーサーは菊を殺したりしないと言ったらしい。あの生真面目でいつも不機嫌そうなアーサーの顔を思い出し、少しだけフェリシアーノは不安になる。それでも奥さんともうまくいってないらしい彼が、過去に一度だけ本気で女の人を愛したって聞いたけれど、結局その女の人も死んでしまったと聞いた。あの六年前の事件で。
「フェリシアーノ!」
裏手の細い路地に飛び出した時、後ろから不意に声をかけられて振り向くと、そこには片手に包帯の束が入った袋を抱えたフランシスが驚いた顔でフェリシアーノを見やっていた。フェリシアーノはにっこり微笑み右手を大きく振ってみせる。
「フランシス兄ちゃん!ルートヴィッヒの事、よろしくね。ご飯作ってあげてね。」
「あぁっ!?」と驚いてフランシスが目を剥き驚いてフェリシアーノの腕を掴もうとするものの、それよりも早くにフェリシアーノは駆け出し、その姿を路地の奥に隠してしまった。
体をわななかせて隣に寝入っていた彼女が目を覚ますのを感じる。このところ、殆どの時間をベッドの上で過ごしていたものだから時間感覚が大きく鈍っていて、一体今が何時かなんて分からなかったが、とうに夜も更けているのが分かった。
それでも時折発砲音が鳴り響き、それまでどれだけ深く眠っていたとしても二人の眠りを妨げる。そして目を覚ます度に、自分の胸に抱き寄せた菊の体が細かく震えている。
「……菊」
耳元で名前を囁き、その体を抱き寄せると、軽く冷え始めた素肌がピタリとくっつき、長い髪がアーサーの腕をくすぐり生暖かい菊の涙が胸に落ちてくる。震えた菊の泣き声が暗闇に震えた。それでも彼女は次の日にはどんどん記憶を落としてしまって、今夜の事も忘れてしまっているのだろう。発砲音などで不意に“ムコウ側”に居た時の事なども思い出したりするのだけれど、王曰く思った以上に記憶が後退していっていた。そして毎朝起きて名前を呼ばれる度に、アーサーは心底ホッとするのだ。けれどもいつかは彼女は自分の事を忘れてしまうのだ。
その時だった、不意に扉が激しく打たれた。驚いて二人とも体を起こすと、扉の向こうで召使いが大声でアーサーの名を呼ぶ。その剣幕に普通でないのを感じ取り、アーサーはベッドから降りると近くに落ちていた衣服を集めて腕を通す。
「アーサー様?」
不安そうに眉間に皺を寄せていた菊がアーサーの名を呼ぶが、もう五日も業務を放置していたのだから、そろそろ少しでも顔を出しておかなければ誰かが乗り込んでこないとも限らないだろう。それだけは勘弁だった。
「すぐ帰る。」
不安げな菊に唇を落とすと、直ぐさま服を綺麗に着直してそのまま菊を一人残して扉の向こうに消えた。彼自身、すぐに戻れると思ったのだろう。
ドンッとまた爆発音が“ムコウ側”で響き、シーツを一枚だけ手に持って菊は窓際に走った。が、“コチラ側”からだとただ平穏な夜があるだけで、高い高い壁の上に満月がくっついている。胸の奥がザワザワと並だった。今反抗勢力が蜂起している所は自分が先日まで働いていた孤児院からは随分離れていると聞いたものの、それにしては胸の奥に詰まった不安が拭えない。異様に心臓がバクバクし、この暗い世界が恐くて恐くて堪らない。
取り敢えず自分も服を着ようと思い服をかき集めて持ち上げたその時、一枚のMOがカシャーンという音を立てて滑り落ちた。ハッと顔を持ち上げて、その見覚えのないMOをじっと見つめて菊が固まる。ただただ酷くそのMOの存在が恐ろしくてたまらない。伸ばしかけた指をキュッと握りしめ、頭の奥が一瞬ズキリと痛む。
『……流石、クローンだね。こんな所も同じなんだ。』誰かがそう耳元で囁いた気がして、ビクリと大きく肩を震わせ手に持っていた衣類を全て落として己の耳を塞ぐ。脳裏にパッと鷲鼻の男の顔が映り、少し前に彼に襲われかけた事を思い出し思わずその時に掴まれた喉元に自分の掌をあてた。その時不意に、それが彼と会った最後だったのか分からなくなる。
『菊、おれね、背が大きくなったんだ』不意に声がした様に思い振り返ると、にっこり笑ったヘラクレスが……否、最後に別れた頃よりもずっとずっと大きくなった彼がそこに居た、気がした。本当に一瞬だけだったのだが、それでも菊が一ヶ月あまり“ムコウ側”に居た事を思い出すのには十分な時間だった。思わず菊は口元を自分の手で覆うと、胸元がグングン冷えていくのを感じる。どうして、こんなに大切な事まで忘れてしまったのだろうか。自分がここで生きている間に、誰かが“ムコウ側”で死んでいくのだ。
そしてその事を、ここで一人座り込んでいたらまたすぐに忘れ去ってしまうし、もしアーサーが帰ってきてどんなに頼み込んだとしても、きっと自分を“ムコウ側”に連れて行ってくれないだろうし、詳しい状況を話してくれるかも分からない。
そして、そしてヘラクレスだ。もし捕まっているとしたら、こうしている内に彼は殺されてしまうかも知れない。“ムコウ側”に居る間に辺りに聞き回ってヘラクレスの事を聞いたのだけれども、誰も知っている人が居なかったし、死体で発見されたという話も遂に聞かなかった。となれば、きっとヘラクレスは捕まったのだろう。
手に持っていた衣服を素早く身につけると、扉に手を当ててフト戸惑う。自分が行ったところで何かの役に立つとは思えないし、もしかしたらお荷物になってしまうかもしれない……でも、それでもやはりどうしても駆けつけたい。どうなっているのか知りたい。キュッと一度目を固く結んでから、ゆっくりと見開くとドアノブに手をかけた。が、開かない。
驚いて強くドアノブを引いたり押したりするものの、扉はびくともしなかった。閉じ込められている……。サッと血液が引いてしまうのを感じながらも、菊は間髪いれずにバッと後ろに設置されている窓を見やり、そして駆け寄る。上から下を覗き込み、その高さに一瞬怯みながらも、ベッドに取り付けられていたシーツを剥がして近くに置いてあった花瓶を落として割り、その破片を拾い上げてシーツに切り込みを入れて縦に長く引きちぎる。それをつなぎ合わせて二枚のシーツでおよそ6メートル程のヒモを二本作り、それを編んで強度を高めると、4メートル弱と地上に着くには少々短めなヒモが出来上がった。
残りは飛ぶしかない……と息を飲み込んで下を見やる。地上までは六メートル程あるだろうし、下は固いコンクリートで手を滑らせて落ちたら無事では済まない。
窓の付近にあったベッドの脚に強く結びつけると、クッションを上からこの部屋に合った限り、五個下に落としてささやかな予防策を作り窓の桟に足をかける。風が少々強くてあおられるが、どうにか降りられそうだと決心を固めてシーツを固く握ったまま体を外にゆっくりと投げ出した。瞬間、ズズッと軽くベッドが動いたものの壁に当たったのか動きを止める。瞬間的に酷い重力を覚えた菊は真っ青になり、しばらく宙ぶらりんのまま動かずにジッとしていた。それからおもむろに裸足を滑るコンクリートの壁にかけて、ゆっくりゆっくり焦らない様に降りていく。じっとりと全身に汗を掻きながら、風に吹き曝されながらももうすぐヒモの端につくだろう頃に、下で誰かが「何やってんだい!?」と大声を上げた。
そのお陰でビクリと震えた瞬間、掌でギュッと握っていた筈の力が緩まり、否応無しに体は重力に負けてもの凄いスピードで落下していく。慌ててもう一度縄を掴もうとするものの、もう長さの無かったヒモはもう一度菊が掴むよりも早くに彼女から遠ざかっていく。
「しっ、下の方、よ、避けて下さいっ!!」
ブワッと持ち上がる自分のスカートを懸命に抑えながら(当然無意味だが)そう菊は叫ぶものの、そう叫び終えるよりも早く、菊は着地した。人間の上に。
「ぐはっ」と何かが潰れる様な音がして、思わず数秒放心していた菊は慌てて下の人物を見やる。
「ごめんなさいっ……大丈夫ですか?」
完全にコンクリートに横倒しにしていた人物から飛び降りると、彼(?)を引き起こしてガバッと頭を下げた。菊の下に居た人物は、ルートヴィッヒより在る意味顔の恐い人物であり……というかその人物(?)に色々と不安な要素を見いだした菊は青くなる自分の頬を覆って泣きたくなった。彼(?)は、仮面、変な丸い帽子、それから見たこともないぶかぶかの洋服を身に纏っているし……とにかく潰しておいてこいうのはなんだが、酷く怪しかった。多分夜道で見かけたら泣きながら逃走するだろう怪しさだ。
菊のそんな思惑も全く気が付かずに、その仮面男は訝しげに菊が降りてきた建物と菊、それから菊の素足を数回眺め、それからにやーと笑った(様な気がした)
「なんだい、おめぇあれかい、アーサーの所から逃げ出すところか。」
心底愉快そうにそういう彼に、まぁそういう事になるんだろうと菊は一度頷いてみせる。と、益々楽しげに頷き腕を組み、彼は声を弾ませてみせる。
「そうかそうかーアーサーはあっちが不能だとか実はゲイだとか聞いてたが、なんだい、女が居るんじゃーなぇか。」
それから嬉しそうに「それが逃げられちまうのか」と数回呟き、バッと菊に顔を向けさせるものだから菊は思わずビクリと体を震わせた。
「オレの名前はサディク・アドナンってぇんだ。あんたが逃げ出すの、手助けしてやるよ。」
弾んだ調子でそう言った後、もっと楽しそうに「おもしろそうだからな」と付け加える。菊は思わず首を傾げて「はぁ……」と頷いた。
サディクと名乗った男は、どうやら名家の出なのに結構な変わり者で、菊に靴と彼と同じ様な大きめな服、それから不思議な仮面を渡された。が、仮面はお礼を言いながらそっと懐に仕舞い込む。二度と付けることは無いだろう。もしかしたら六年前に知り合った人物と出会うと色々面倒なので、渡された服に付けられていたフードを目深に被ると、歩く度に頭を下げられているサディクの横にピッタリとくっついて歩く。
彼に洋服を借りている時、手渡された服を広げていると、サディクは暫くジッと菊の顔を見つめてから、やおら腕を伸ばして菊の顎を捉え上を向かせる。数秒しげしげと菊の顔を眺めてから、何かを思い出したように小さく頷いた。
「どこかで見たことあると思ったら……アーサーが“ムコウ側”で探し回ってた女じゃねぇか。」
ドキッと心臓が跳ねる、が、どうにか平静を装って黙って彼を見返す。
「あんた、目的は何だい?」
やけに楽しそうなサディクの声を聞きながら、菊は小さく唾を飲み込んで真実を言おうか言うまいか少しだけ悩み、この男が相手だと、ここで嘘を吐いたところでいつかばれる気がした。菊は顔を真っ直ぐサディクに向いたまま、「捕まった『ヴェラ』の人々を助けに行きます」とキッパリ宣言をする。
数秒の沈黙の中、全く表情の読めないサディクと向き合っていると、彼が何を考えているのか全く分からないために、段々と菊は不安になりじっとりと冷や汗をかき始めるのが分かった。と、不意に無言で菊を見ていたサディクが吹き出し、その事に驚いて菊はビクリと震えたが、サディクは以前一人だけで大爆笑。
「なっ」なんですか、と菊が言いかけて、それよりも早くにサディクが身を乗り出して菊の顔を覗き込んだ。
「なんだい、随分面白そうじゃぁねぇかい。じゃぁ、『ヴェラ狩り』の本部まで連れて行ってやる。」
腕を組んでちょっと偉そうにサディクが仁王立ちしているのを、菊はそっと上目勝ちで見上げた。と、彼はその右手をビシッと菊に向けると、にやっと笑う(様に見えた)。
「ただし、一緒に行ってやれるのは中まで。そんで、やるからには成功させんだ。」
楽しそうな、そしてどこか否と言わせない口ぶりの彼のセリフを聞き、思わず菊は頷いた。
そうして今、その本部の中にまで菊はいとも簡単に侵入してしまった。本当はよほど偉い身分なのか、みんなが一様に菊の事を不審そうに見やるが、その格好からしてサディクの連れだという認識はされているみたいだ。お陰で誰も菊の事を話題に出そうとすらしない。
ホッと菊が内心安堵の溜息を漏らしたその時だった。廊下のムコウ側からやってくる人物を見つけ、フードに隠れて微塵も見えないものの、菊の顔が真っ青になる。向こうからやって来たのは、どうやったら見間違える事ができようかアーサーだったのだ。それに気が付いたサディクは菊の肩を掴み体を寄せ、楽しげに仮面の下で鼻歌を歌い始める。明らかに状況を楽しんでいた。
アーサーはコチラをチラリと見、そしてサディクの隣に居るのがどうやら女性らしいことを感づくと、思いっきり顔を顰めてみせる。が、何も言わずにサディクと菊から視線をずらすとそのまますれ違おうとして、なんとした事か菊の肩とアーサーの腕がぶつかり彼の懐から銀で出来たネックレスらしき物が音を立てて落ちた。
ここで拾わないのもおかしいだろうと思い、すかさず菊は手を伸ばしてロケットらしきソレを拾い上げるとアーサーに手渡そうと腕を伸ばした、その時だった。指の先まで服の裾を伸ばして見えないようにしていたのにも関わらず、不意に少しだけ裾の奥でキラリと小さく何かが光るのをアーサーは目敏く見つけだし、ロケットを掴んだままの菊の腕を掴むと、自分の目の前に引っ張る。露わになった菊の指にはまった指輪を見つけ、何かを言うよりも早く菊のフードを捲し上げた。
「……!何してんだ、菊!?」
ギョッという風にアーサーが目を剥いて声を荒げる、と、菊は慌ててまたフードを掴み自分の顔を隠そうとするが勿論後の祭りだ。慌ててサディクの後ろに身を翻し隠れる菊の後を追って腕を伸ばすも、サラリと揺れる長い黒髪にさえ触れられない。
「おぉっとカークランド卿、オレの女に興味でも?」
サディクが身を乗り出して菊を進路方向に押しやりながらアーサーと向かい合う。恐らく、仮面の下は満面の笑みだろう。なんてったって、あのいつだってすましているアーサーが感情を露わにしているのが楽しくてたまらない。
「な、何言ってんだ!菊、どうやって部屋から出た?!」
サディクに阻まれながらも真っ直ぐに菊を問い詰めようとするアーサーから逃れながら、菊は涙目になる。
「す、すみませんアーサー様。すぐに戻ります」
そう言って駆け出しかけた菊の腕を掴みサディクがグイと顔を近づけた。一枚布を隔てていても分かる柔らかな感触が触れ、思わず菊は固まり見ていたアーサーも固まった。
「がんばってきな。」
知らず唇を押さえていた菊はコクコクと無言のまま頷き、向かっていた廊下の方向へと駆け出した。次いで後ろからアーサーの素っ頓狂な叫びが聞こえたものの、今は足を止める訳にもいかなかった。