学園パロ

メモ用に書いた筈なのにノリノリになった学園パロ(日本総受け)


あらすじ
※ 日本は女の子です。後年齢は実史をまったく考慮してません。
学パロ
 
 
前回腹を切る勢いで新しい展開(露日です)に挑戦したので怖かったです。
そうしてようやっと瑞日ですか。そうですか。
もういっそ脱皮でもする勢いで書きます。
 
ああ、あとあの覚えてないかもしれませんが、あの体育祭でのピンとか出てきます。本人もあまり覚えてないエピソードを、まるで伏線でも張っていたかのごとくの扱いです。残念ながら伏線とか難しい事はあまりしません。たまにします。でも活きません(´・ω・`)
 
ええっと、一応数秒で分かるピンとスイスと日本と!
ああ、恥ずかしいのですが、文化祭でスイスに助けて貰う → 体育祭で会う → お礼としてピンを持って行かれる → 次に会った時ピンを日本に返す
→ お礼はやっぱりピンよりも一緒に居る事を要求(ちょ、本当恥ずかしい!死ぬ!恥死!)
そんな感じであります。(´・ω・`)
 
 書いてて数回恥ずかしさのあまりマウスを投げつけたくなりました。生まれてきてごめんなさい。
 
 
瑞日
 
 
「どうしてそんなに離れるのだ」
 無言でひたすら歩いていたのだが、その事をようやっと口に出してスイスはつと後ろを、日本を振り返った。後ろの方で一人ポツンと歩いていた日本はその質問に少々狼狽えてから、立ち止まったスイスに意を決した様に歩み寄る。
 “今日は一緒に帰ろう”と言った兄の言葉に首を横に振り、前々から何故か一緒に帰るのが習慣となったスイスと共に帰路についていた。が、つらつらと今日の出来事、つまりギリシャに押し倒された事を思い出すと、どうしてもスイスと距離をとってしまう。ハッキリ言えば、今は自分と身内以外の全ての“男”がとても怖かった。自分よりも身体が大きく、力が強く、いざとなれば全く適わないその連中が……
 それでもなぜかスイスとはこうして距離を取りながらも一緒に帰宅するのは、やはり、そういう事なのだろうか。最早経験の無い日本にはよく分からなかった。ただ傍に居るとそわそわしてしまうのに、一緒に居なくてもそわそわしてしまう。謎、だ。
 ただこんな事を考えるだけで一人赤面しながら、日本は伏せ目がちにしたまま溜息を吐いた。と、不意にグイと腕を引っ張られそのままツイと背筋を伸ばして立っている引っ張った主、スイスの方へよろける。その日本の後ろを自転車が音をたてて通り過ぎていく。
「先程から何を考えているのだ。もう少し気を付けろ。」
 いつもどおり不機嫌な顔でスイスがグッと日本に顔を近づけ、思わずその勢いに飲まれて日本は困った様な表情で数歩後ろに下がる。よく種類の分からない汗がじんわりと首筋を塗らすのを覚え、顔を赤くしたまま「すみません」と蚊の羽音の様な声で返事をすると、フイとスイスから目線を反らした。
「む」と、日本のその様子を上からジッと見つめていたスイスが小さく唸り、俯いてしまった日本の首筋にそっと指先を当てて、その髪の一房を摘み上げる。
「虫さされか?」
 もう蚊がいるのか。と、スイス本人からすれば世間話の一旦でもするかの様に発したその台詞に、瞬時にビクリと身体を硬くした日本は、素早くその細くて白い首筋を自らの掌で覆い隠し、バッとスイスを大きく開けた黒目勝ちの目で見上げた。その恐れとも驚きともとれない日本の様子に、スイスもまた不穏をかぎつけ鋭い瞳を尚鋭くさせる。
「……ご、めんなさい……」
 先に言葉を発したのは日本で、けれど何故謝るのか自分でも分からなかった。その上一体何が首もとに付けられたのかも良く分からなかったのだが、スイスに指し示されたそこは、確かに先にギリシャが彼の唇を押し当てた場所だったが故に、きっとそれが関係しているのだろうと日本は瞬時に理解しての謝罪だった。
 スイスの手が日本の肩を掴んで、グイと引っ張り顔が向かい合う様にしようと力をいれたその時、不意に日本の脳内に先程ギリシャに掴まれた感覚が鮮明に蘇り、パシッと音を立てて気が付けばスイスの手を振り払っていた。
 驚いて見開かれた地中海にそっくりな色をした瞳が、咄嗟の自分の行動にこれまた驚き、見開かれた黒い瞳と数秒見つめ合い、そして日本が反らす。
「今日は……一人で帰ります。」
 日本は一つ、そう言い置いて家に向かい走り始める。まだ少ししか走っていないのに、酷く動悸が速まり体中が熱くなった。どうにも泣き出したくなる程に、考えが纏まらない。
……嫌われただろうか?きっとあんな風に無骨に手を振り払ってしまったのだから、少なくとも呆れただろう。しかも彼はきっと“何か”を知ってしまった。そっと首筋に手を当てれば、一体何の印が残っているのか良く知り得ないが、きっとそこにはギリシャが自分に付けた跡でも残っているのだろう。
ふと歩みを止めると、上がりきった息を懸命に平らにしながら纏まらない考えを巡らせて考える。火照った頬に両手を押し当てて、どうしてあの時謝ったのか、手を振り払ったのだろうかと自分を責めた。責めたものの、本当に望んだ自分の答えなど出てきてはしない。ただ泣き出してしまいたいのを我慢して、笑顔を作り家の扉に手をかけた。
どうしてだか分からないけれど、胸の奥が酷く痛いが、もし次にスイスに会ったときにはまたこの笑顔を作ろうと思った。例え何を言われようとも。
 
 
 
 帰りの支度を済ませて、いつも通りに帰路につこうと教室から一歩踏み出して、日本はピタリと歩を止め体を硬くさせた。そして見開いたその黒い目を、ゆったりと壁に背を付け腕を組んでいる主、スイスに向けた。
「……帰るぞ」
 目線が会うと、勿論にこりともせずに、いつもの調子でスイスは一言そう言っていつもの様に先頭を切る様に歩き出した。が、その後ろに日本が付いてこようとしないのに気が付くとふいと後ろを振り返り日本に目線を送る。
「どうした、帰らぬのか?」
 ギリシャ以上に無表情で、何を考えているのかも分からなく、そして、やはり怖かった。否、恐怖と言うには些か大袈裟で、けれどそれ以上にピッタリした語彙が見つからない。ただその手に触れられるだけで、瞬時に体が緊張する。
「あの……怒ってないのですか。」
 言葉を探しあぐねて、あまり適切だとは思えない言葉が出てきてしまった。立ち止まって恐る恐るスイスを見上げている日本に向かって、スイスはほんの少し顔を傾けてから日本とキチンと向き直る。
「別に怒ってはいないのだが、気にはなっている。誰だが知らんが、日本はこの跡を付けた奴の事が好きなのか?」
 手を伸ばし、スイスにツイとその首筋に付いた赤い跡を撫でられ、思わず日本は肩を竦めて目を強く瞑る。ただもうスイスと距離が近いだけで顔が火照り、背中に冷たい汗が滲んだ。もし彼とずっとずっと傍に居たら、コチラが死んでしまうのでは無いかと、思わず危ぶみたくなる程だ。けれどもかの日本にとってこの感情の起因は、前のギリシャとの事件であり、そして根底は男性に対する恐怖心の一種だと思い込んでいた。否、多少それもあっただろう。
「それなら吾輩も手を引こう。強引に一緒に居るだけだからな。」
 まったく感情の読めない声色と表情でスイスがそう言い放つと、不意に何かが日本の胸の奥にチクリと引っかかった気がした。思わずその痛んだ箇所を手でグッと押さえ、思わず眉を歪めると、スイスはほんの少しだけ屈んでその首をゆるやかに傾げる。
「何故そんな顔をする?」
 本気で不思議そうなその物言いに、日本自身も自分の内部がどうしてこう揺れ動くのか理解出来ずに困って言葉が出てこない。不意に降り立った沈黙に、ただ二人を遠巻きに盗み見ている人達や、窓の外の下校中の生徒の会話だけが響いた。
「あの……私、スイスさんの事……自分がどう思っているのかも、良く分かりません。」
 俯いたまま日本がそっと呟き、その言葉のすぐ後に「ごめんなさい」と付け足して一度ペコリと頭を深く下げる。すぐにでも顔を持ち上げてスイスの顔を見たかった反面、このまま顔を上げたくもなかった。実際、どうしていいのかも、どうしたいのかも分からなかった。このまま宙ぶらりんで居続ける程、申し訳のないの無い事は無いだろう。
「……ピンを。」
 数秒の重苦しい沈黙を破ったのはスイスで、その言葉に日本は驚いて顔を持ち上げ、そして不思議そうに聞き返す。先程は呟く様に言ったその言葉を、スイスは今度はジッと日本の目を見たまま繰り返した。
「吾輩が返したピンを。」
 今度はハッキリと理解したのだが、それでも不思議に思いながら日本は慌てて体育祭の時に彼に渡り、そしてもう一度自分のもとに帰ってきた白い花の付いたピンを鞄の内ポケットから探り当てる。冷たい鉄の感触が指先に当たり、取り出すと体育祭の時そのままの姿でソコに存在していた。……手渡しながら、もしかしたらまだこのピンの代償、文化祭で助けてくれた時の代償を払いきれていない、という事を暗に示唆しているのだろうか、と少しだけ不安になる。
 けれども彼の事だから、その為に何か他の物を要求してくるなんてことは無いだろう。……では何で?
 質問と答えを日本自身の中で繰り返している内に、スイスは差し出されたそのヘアピンを受け取ると大儀そうにそっと生徒手帳に挟み込んだ。
 そしてそこで別れてから、時折廊下で見かけても一言すら交えずにスイスは日本を見かけてもたった一言さえ交え無くなった。
 
 
 スイスとのその一件があってから、スイスの行動に一々傷ついたりしていたのだが、もう一週間も経つ頃にはそろそろ度ごとに落ち込むことも無くなった。第一、曖昧なままの自分がいけないのだから彼を責める権利など無いだろう。ただ、あそこまでアッサリ引かれてしまって、自身も怯んだのかも知れない。
 落ち込むことは無くなったものの、未だにスイスの事が頭から離れなかったのは確かだ。そう、日本は溜息を一つ吐き出し、重く黒く染まった雲を憂鬱げに見上げた。
 その日は諸用を済ましていたら随分帰る時刻が遅くなってしまい、校舎にはもうすっかり人の影も少なくない。そして先程まで小雨だった雨が、いつのまにか本降りになってしまっていて、傘を持ってきていなかった日本は下駄箱でぼんやりと雨が弱まるのを待っていたのだ。と、
「傘、持ってないの……?」
 そう背後から不意に声をかけられて、否が応でもビクリと震え体が硬くなるのを覚えた。条件反射となってしまったのか、勿論意識などしない内に彼からそっと距離を離し、震える足でジッと崩れない様にふんばる。
 声を掛けてきた主、ギリシャは、そんな様子の日本をじっと数秒見下ろしてから、フイと顔を背けて暗く染まった外に目線をやった。
「……日本、もう絶対、あんな事しないから。別に許してとは言わないけど、そんなに、怯えないで……」
 激しく建物にぶつかる雨音だけが静かな二人の空間に響き、ただ気まずさだけを増長させていく。そんな中最初の口を開いたのはギリシャで、再び日本は心臓が酷く揺れるのを感じる。
「……日本は、スイスが好き?」
 どうしてそんな事を聞くのだろう、と、何もかもが訝しく思われて仕方なく、鞄を握った掌にじっとりと冷たい汗が滲む。
「……よく、分かりません」
 微かに震えてしまった声で応える。不意にそらされていたギリシャの視線が、日本に向かったのを感じまた少しだけ縮こまる。
「じゃぁオレに押し倒されたとき、誰のこと考えた?」
 それは……それは確かにあの涼しい目をした彼、スイスの事だった。一番安心出来る中国でも、ドイツでもイタリアでも無く彼だった。
 好き、なのだろうか、スイスが。でも考えれば考える程胸が痛くなるし、泣きたくなって追い詰められていく様な気がするコレが、好きだというのか。ならばいっそ、こんな心地など無い方が良い気さえする、コレが。
「……スイスは日本の事が好きだよ。」
 まるで感情が読み取れないその声色に、思わずカッとして日本は顔を持ち上げるとあの事件以来始めて真っ直ぐにギリシャと向き合った。眉間に皺を寄せてジッと彼、ギリシャを睨んだその姿は、それでも微かに震えている。
「そんなの……私には分かりません。口では何とでも言えますし……だって……」
 信じられないほどアッサリと彼は自分から手を引き、今は会ったって会話を交わしたりもしない。元から遊び半分だったのか、それともこんなものなのか。良くは分からないが、ただ自分が酷くショックを受けのは確かだった。じんわりと下の方の視界が歪み始めたのに気が付いて、慌てて服の裾を目元に押しやった。
「……日本……」
 後ろに立っていたギリシャが、日本の肩に手を置こうとしたのだが、彼女が微かに震えているのに気が付いて、伸ばしかけた掌をギュッと握りしめるとそのまま引っ込める。彼女の手首を締め上げたこの手で、どうして今更慰める事が出来るのだろうか。けれども、この不器用で愛しい人に言わなければならない事は確かに在る。その為に、今自分はここに居るのだから。
「日本が、もう喋りかけるな、って言ったらオレはもう日本にしゃべりかけない。近寄るなって言ったら近寄らない……日本が本当に好きな人が出来て、その人と一緒になるのなら、オレは……日本から、ちゃんと手を引くよ…?」
 小さく間をおいて、それから少しだけ何かを考え、ようやっとギリシャはそのいつも眠たそうな顔を日本に向けて目線を会わせた。
「でも、好きである事を止めろって言われたら、止められない。……日本、コレ。」
 大きく目を見開き、じっとギリシャの顔を見つめていた日本と真面目な顔で対峙していたギリシャが、不意に顔を柔らかにすると、そのポケットから白熱灯の下で輝く一本の小さく細い棒を取り出した。それはあの、スイスとの繋がりともいえる白い花の付いたヘアピンである。
「……なんで、ギリシャさんが?」
 差し出されたそのピンを、狼狽えながら見やって訪ねる。確かにこのピンはスイスが持って行った物で、ここには無い筈のものだったから。
「廊下で拾ったの……スイスがずっと探してたから、日本に渡しておくね…」
 おずおずとしながらもゆったりとした動作でそのピンを受け取る彼女の指先が、この六月の夕立で冷えて赤くなっているのを見つけた。見つけて、何でも直ぐに忘れてしまう自分が、日本との思いでは少しも欠けていない事を再認識し、何か燃え立つ感情が一瞬ギリシャの胸中を支配するのを感じた。ただ、それは一瞬怒りの様にも思えたのだが、直ぐに幼い頃に覚えた切なさだと気が付く。
「スイスね、きっとまだ校舎の外でコレ、探してると思うよ……行っておいでよ、オレ寮だから、オレの傘も持っていっていいよ…」
 いつもいつも日本に向けてきた笑顔を、ここでも確かにしようと努力した。けれども出来たかどうかは分からない。
 ただ、日本はそのギリシャの努力とは無関係な所で……スイスが未だにこのピンの行方を捜している、という事で驚いてパッと顔を持ち上げる。困った様な、不思議そうな、泣きそうな……今までみたこと無い表情だった。思わずハッとして彼女に見入る自分に、思わず自嘲的な笑みが走る。
「ありがとう御座います。」
 傘を受け取ってから、やっと待ち望んだふんわりとした彼女独特の暖かな笑顔を浮かべてくれた。それから暗い空の下に傘を開くと、地面に出来た幾つもの水溜まりを踏みつつ歩き出した。
 あの寒椿を受け取った指先は、今も又赤く染まって、そしてやはり自分から離れていってしまうのだ。あんなにも焦がれて、『好き』という一つの単語に絞れないほど、思わずにはいられなかったのに。……本当は、ピンだって渡すつもりも無かったのだが、どうしてもまたあの笑顔を向けて欲しい一心だった。彼女を無理に触れるという禁を犯したのは、自分だったのに。笑いかけて貰う資格すらももう望んではいなかったのに、それでも会えばただ、また幼い頃とまるで変わらない彼女の笑顔を欲した。
 どんどん離れていく彼女が、不意にコチラを振り返ってその顔を傾けジッとコチラを見やり、そして雨音に少し消された声で問いかけてくる。
「……ギリシャさん?……泣いていらっしゃるんですか?」と。
 暗い日本の立ち位置からは、もはやギリシャの顔色までも見えないだろうに、こんな時ばかり鋭く彼女はそんな事を言う。
「もうオレは、日本にはさわれない。」
 ジッと棒立ちになったまま、やけに明るい蛍光灯の下でジッとギリシャの深く黒い瞳が、訝しげな日本を射る。鉛色の雲からざあざあと激しい雨が屋根を打ち、その泣き声を大きく響かせているものだから、二人の距離を広く広く感じさせた。
「さよなら、日本」
 コチラに歩み寄ろうとした日本に向かって、ギリシャは出来うる限り明るい声で笑い、最後の挨拶を述べる。幼い頃の別れにも言わなかった、否、あの時は別れるつもりでは無かったのだから、敢えて言わなかったとっておきの悲しい台詞だった。けれども日本は、ちょっとだけ不思議そうにしたのだが、にこりと微笑むと「はい、また。」と一言置いて雨空の下を駆け出す。
 生暖かな感触が頬を伝い、無表情のままギリシャはそっとその水滴を手の甲で拭う。いつの間にか、自分があの幼い時に戻ってしまって、あの時の自分の代わりに泣いている様な気さえした。酷い虚しさが胸に蓄積するのだが、自分の分まで泣いている空には少しだけ、救われた。
 
 
 雨で遮られた視界の中を駆けながら、スイスの姿を探すのだけど灰色の一面に中々彼の姿は見あたらない。バシャバシャと水溜まりを踏みつつ校庭を走り抜け、少々上がり始めた息を誤魔化しつつ校門を抜ける。と、雨の水温とは少々違った音を道路の横から聞きつけ、フト目線を横にずらすと、不意にあの美しい金髪を見つけた。
 彼は道路のすぐ横を流れている雨の所為で少々水量が増えた用水路に、ズボンを捲し上げてスネまで水に浸して辺りを見回し何かを探していた。その姿に慌てて日本は用水路の階段上まで駆ける。
「……なに、しているんですか?」
 用水路の上から日本が泣き出しそうな声で訪ねれば、スイスは日本の姿に一瞬驚いてから「ピンを探しているのだ。」と事も無げに返す。
「……なんで……」微かな声の日本の問いかけに、顔を上に持ち上げたスイスはその地中海の様な色をした瞳を細くさせ、それから雨水が滴る顔を少しだけ傾げ、心底不思議そうな様子で応えた。
「お前から貰ったものだからだが?」
 スルリと日本の手から傘の柄が離れ、一つ吹いた風に傘は攫われ曇って薄暗い空の中、一羽の鳥の様に舞い上がった。スイスは思わずその舞い上がった傘を目で追いかけていた為に、日本が用水路の階段を駆け下りてきたのにも気が付かなかった。ただ雨の音に紛れて大きな水温が聞こえ、ふとそちらに目を向けた瞬間、何かがトスンと胸の辺りに飛び込んできた。
 空に上げていた目線を、緩やかにその暖かな存在に移しながらスイスは日本の名を呼ぶ。いっそ激しさを増した雨も、もう気になるほどの物事では無かった。名を呼ばれても尚日本は抱き付いたスイスの胸元に押し当て、ただ小さく数回謝罪の言葉を述べるだけでコチラを見てくれない。無理にでもその顔を覗き込もうとしたのだが、その手があまり綺麗だとは言えない水に浸された事だと思いだし、諦める。
「ごめんなさい、ごめんなさい」とスイスにとってはよく分からない謝罪と共に、彼女もスイス同様降りかかる雨水に晒され、元から濡れる様だった黒髪をさらに濡らす。細い体にも容赦なくまだ冷たい雨水が晒されて、芯から崩れ落ちそうだと思えて怖かった。
 やがてフワリと顔を持ち上げると、寒い中だというのに軽く桃色に染まった頬をコチラに向け、雨か涙か、潤んだ黒目勝ちの瞳をまっすぐにスイスに向ける。それからポケットを探り彼の探していた白い花の付いたピンを取り出すと、彼の顔面に翳して、そしてちょっと躊躇ってから口を開いた。
「ピンは、私が持っています。ギリシャさんが拾って下さっていました。……もしも、あなたが許して下さるなら、まだ私が持っていてもいいですか?
あなたが、私に飽きたなら、私ともう喋りたくもなくなったら取り上げて貰っても構いません。」
 構いません、という割に語尾が震えてあからさまにその両目に涙の膜が張るものだから、思わずスイスはその頬を緩めた。「あ」と、そのスイスの表情を見やっていた日本が驚いて呟くのだが、本当に一瞬だけ見せた表情にそれ以上何の言葉も出てこない。
「それならお前が、一生持つことになるな。」
 酷く荒い雨に遮られながら告げられた言葉を聞き返す為に日本は顔を持ち上げたのだが、その言葉を発するよりも早くグイと顔が寄せられる。初めての時とはまるで違う、一度合わさった唇が容易に離れないように彼の掌が日本の耳元と後頭部に添えられる。雨粒が体に痛い程ぶつかるのだが、もはやそんな事どうでも良い。ただ互いにココに存在するのなら、何等問題など在りはしなかった。
 
 
 
エピローグ
 
 結局衣服を乾かす為に一度本田荘にまで帰ると、まだ運良く誰も部活動から帰ってきていないらしく兄の妨害は取り敢えず避けられた。コッソリと兄の服を拝借しスイスに手渡して、互いに(勿論別室で)着替えを済ませてからお茶を煎れて二人でポツンと客間に座った。
「あの……スイスさんはどこにお住まいなのですか?」
 本当に今更なのだが、前々から気になっている上に話題も気恥ずかしくて何の話をしていいのか分からないので、取り敢えず緊張する自分に喝を入れて問う。と、やはり感情の変化があまり無い調子で返す。
「寮だが?」と。
「りょ、寮なんですか!?それなのに毎日家まで送って下さったのですか?」
 驚きと呆れと、そして何より嬉しさとない交ぜになった恥ずかしさで日本は体温が上がるのを感じる。ほっぺたが熱くなった。
「なんだ、寮に住んでいては日本を送る資格すら無いのか?」
 驚きというよりも不愉快そうに彼が眉間の皺を深くするその様子に、顔を赤くした日本は思わず笑いながら「いいえ」と肩を竦めてみせる。なぜ笑われたのか理解しかねるのか、スイスはそっぽを向き緑茶を一口啜る。それからまた目線を日本に向けた。
「……吾輩も、聞きたいことがある。その跡をつけたのは、誰だ?」
 真面目な顔に一瞬ビクリと震え、少し考えてから「ああ、」と思い出した様に首筋に触れた。そしてそれから困った様に顔を傾けて眉を歪め、大きく躊躇ってから意を決して口を開いた。
「あの……コレってそもそもどうやったら付くんですか……?」
 まず沈黙。後にスイスの溜息が続く。
「それも知らずにこの間は謝ったのか……?」
 それは質問というよりは呟きに近く、そして諦めに似た響きだった。日本は恥ずかしそうに小さく謝った。
「……腕を」
 スイスに促されるがままに、そっと日本はスイスに腕を差し出す。と、ちゃぶ台の向こうから身を乗り出して引っ張った日本の腕の二の腕裏に唇を寄せ、小さな音を立てて吸い付く。柔らかな金髪が軽く腕の触れ、くすぐったさに軽く日本の体が揺れた。それから直ぐにスイスの体が離れれば、白い日本の二の腕にしっかりと赤い跡が一つ刻まれていた。
 その跡を確認してからちょっと感動し、そして直ぐに泣き出しそうな程真っ赤になり慌てて自分の首もとを抑える。
「あっ、あの、でも、何もされなかったと言ったら語弊がありますが……ほとんど何もされませんでしたから……」
 言い訳というのにすらほど遠い程どもり、焦り、真っ赤になって更に泣き出しかけながら日本は困って目線を下にズラし姿勢を正す。が、ここは流石にスイスというべきか、直ぐに
「ほとんど?後は何をされた?」
 と切り返しつつ、しかも先程よりも体を乗り出し眉間の皺を深くする。追い詰められた日本は、俯き加減にスイスをジッと見上げ、それでも視線を微かに反らす。
「あ、あと……少々、その、む、胸を……」
 どんどん真っ赤になってその内沸騰して水蒸気となって空気に気化しそうな日本ジーッと見やりながら、またスイスは大きな溜息を吐いて元の位置に戻り、ちゃぶ台に肘を突いて掌の上に顎を乗せた。
「……それ以上は?」
 スイスのその問いに、日本はガバッと焦って顔を持ち上げてからフルフルと首を振る。普段は感情が読めない時があるのに、こういう事柄になると一挙一動が面白いほど分かりやすい。お陰で嘘か否かはすぐに分かってしまう。
「逃げて来たのか?」
 コクンと日本が頷く。正しく言えば逃がして貰ったのだが、この際そのような細かなことはどうでもいい。
「……そうか、ならいいのだ。」
 微かにしか表に出さないのだが、確かにその語に安堵の色を見つけてジッと下を見つめたまま、また日本は顔が熱くなるのを感じる。遠くで時計の針の音がやけに大きく響く。
「あ、雨止みましたよ。」
 そっと顔を持ち上げて窓を確認すると、割れて薄くなった空の向こうで沈みかけた夕陽のオレンジの光線がキラキラと近くの家の瓦を輝かせていた。
 
 
 夕食まで随分時間があったし、その前に夕食など今日は食べるつもりも無く、ベッドに横になるとずっとうとうととしていたらしい。夕陽に照らされて目が覚める瞬間まで、瞼の裏で真っ白な雪がチラチラと降り、幼い頃の彼女、日本は自分が手渡した寒椿をしっかりとその両手で持っていた。抱きしめた瞬間の、あの暖かさがそのままリアルに帰ってくる。
彼女に背を向けて走り始めた瞬間、後ろから彼女が自分の名前を呼んだ。慌てて振り返った自分に、彼女は今まで見せてくれた事は無い程の笑顔を自分に向けて、それでもどこか泣き出しそうな顔で言った。
「ギリシャさん、また」と。だから自分も振り返って叫ぶ。
「日本、またね……」と。大きく振った手に、彼女は満足そうに笑った。そして、自分と同じく泣いていた。