学園パロ

 いつも通りに朝早く目を覚まし、彼女が起こしに来るだろう時間には布団をたたみ始めてしまう。今冷静に考えれば、もしかして昨夜の出来事は夢だったのではないか……なんて、思えてしまう自分が悲しい。
 よく考えれば、まさか自分があんなに積極的に日本に物を言えるとは到底考えられないことだからこそ、夢の中の出来事だった気がしてならない。
 と、今朝も定時刻に障子がノックされ、やはりいつもどおりに返事をすると、やはり開かれた隙間からいつもどおりの笑顔を浮かべた彼女が顔を出した。ふんわりと微笑んで首を小さく傾げる様子は、昨日の朝と変化があるとは思えずに、胸の奥で思わず気を落とす。
「よく、眠れましたか?」
 お玉を片手にそう笑う彼女に、「ああ」と嘘を吐き立ち上がると、視線がガッチリ合ってしまい思わずたじろぐ。いつもだったら直ぐに反らされてしまうのに、なぜか彼女の黒い瞳は懸命に自分を追っていた。
「あの……」
 なぜか黒い瞳が泣き出しそうな不安の色を醸し出しながら潤んでいて、思わずハッと固まりドイツは全身の動きを止めて彼女を見やる。と、日本はようやくそこで俯き、そして困ったような声を上げた。
「昨日の事、夢じゃないですよね?」
 頬を赤くさせ、上目使いがちに日本はドイツを見上げ、そう小さく呟いた。ドイツは喉の奥から「ああ」と一つ唸る様に言うのが手いっぱいだ。
 けれども日本はその唸りに顔を明るくさせて、けれどもやはり気恥ずかしいのかはにかみ、目を細くさせた。それから慌てた様にドイツから視線を外す。
「えっと、ご飯出来てますので、身仕度が終わり次第いらして下さい」
 そこまで言ってから日本は照れた顔を持ち上げてニコッと笑う。そのままきびすを返して走り去ろうとした日本をドイツは呼び止め、向かい合った。
「今度の休み、どこかに行かないか?二人で。」
 躊躇いがちにそう言うと、振り返り日本は目を細めてふんわりほほ笑み、コクリと小さく頷いた。そしてそのまま、まるで逃げるように階段を駈け降りる音がする。
 残されたドイツは、やはりいっそ自らの夢ではないかと危ぶんだ。
 
 
 
独日 
 
 
 着々と荷物の整理を終えていき、ドイツの元来整然としていた部屋は更に小綺麗……というよりストイックと表現すべき程、何も無くなった。ドイツは寒々しい部屋で着替えながら、壁に掛けられた時計を見上げる。
 別段深い理由も無いのだが、やはり気恥ずかしさの為か周りに感付かれない様、日本とドイツは時間を若干ずらして待ち合わせをすることにした。といっても日本が郵便局に用事があるし、自身は片付けがあっての事だから仕様ではないのだが……
 彼女の希望の場所を聞いてもにこやかに「どこでもいいですよ」なんてほほえむものだから、本で見た映画館に決めてしまった。
 映画館など普通すぎではなかろうかと、散々悩んだりしたのだが、やはり最初は王道を行くべきだろう、なんて悩みに悩んだ。その末普通が一番となったのだ。
 
 薄曇りした空を見上げながら待ち会わせ場所に行くと、すでに彼女はポツリと一人で立っていた。ドイツは第一声になんと声を掛けるべきか迷いながら足速に日本の元に向かうと、日本はドイツに気が付いたらしくふと目線を彼に向けて、ほほえんだ。
「悪い、待たせたか?」
 取り敢えずそう声を掛けて歩み寄ると、日本は黒い瞳を細めて首を振る。
「いいえ……さっき着いたところです。」
 そう笑う日本の指先が真っ赤で、思わずドイツは少しばかり目を大きくさせた。が、すぐに言葉は出てこず、しばしの沈黙の後に思い切った様に口を開く。
「手、つないでいいか?」
 戸惑いがちに紡がれたドイツの言葉に、日本は持ち上げた顔を綻ばせて頬を赤らめた顔で頷く。躊躇いがちに、ドイツは日本の指先だけを捉えて掴むと、日本は冷たい指先で更に包み込んでくれるようにドイツの手を掴んだ。
 思わず驚いて彼女の顔を見やると、日本は目線を合わせずにはにかんだ様子で口元のマフラーを正している。
 
 こういう時に観るべき映画といえばラブストーリーなのだろうと、映画を選んでいるには鬼気迫る表情で映画の情報誌を睨んでみた。その結果観た映画は、確かにラブストーリーではあった、が……
「その……すまなかった。」
 出て直ぐに肩を落としてそう謝ったドイツに、日本は慌てて顔を持ち上げ、赤い顔でフルフルと首を振る。
「いえ、確かに少々過激でしたけれど……面白かったです。」
 そう、確かにラブストーリーだったのだが、所々に彼女には決して見せたくはなかった様なシーンが展開された。ドイツは日本の隣りに座っていて、思わずその場から逃げ出したくなってしまいたくてならなかった。そして今でさえ逃げ出したくてならない。
 帰りがけにどこかで夕食を食べていこうという話をしながら映画館から出て、日本とドイツは同様に空を見上げ、目を丸くした。雪が降っていたのだ。
 結構積もっているところから考えると、映画館内に入って時刻まで待っている間に降りだし、もうずっと降り続いているのだろう。その内電車も止まってしまうだろう……
「……今日はもう帰るか?」
 隣りに立った彼女に視線をやりそう尋ねると、空に視線をやっていた日本は俯き、キュッとドイツの手を握った。それから俯いた顔のままゆったりと視線を持ち上げ、上目勝ちに彼を見やる。
「もう、帰るんですか?」
 凄く残念そうな顔でそう囁く日本に、思わずドイツはクラリとしながら軽く額をおさえた。
「電車が動かなくなったらどうする?」
「歩けばいいじゃないですか。」
 彼女にしては我を通そうと懸命な様子で、上目勝ちにフワフワ笑って日本がそう言うのを、ドイツはまたクラリとしながら聞く。こちらだって帰りたい訳では無いものだから、ついつい「そうだなー」と頷いてしまう。3駅も歩けるのだろうか。
 取り敢えずパスタ屋に入って二人でゆったりと食事を済まし、いつもより若干楽しそうに日本が懸命に喋るのを、ドイツも懸命にうんうんと頷きながら聞く。1時間半ほど話外に出ると、先程から既に積もっていた雪が更に積もり、歩く度にズボリと沈む。
 で、だ。やはり予想通り電車は一時ストップしてしまっているらしく、駅前には人が集まってゴチャゴチャしていた。数秒無言でその群衆を見やった後、チラリと日本に目線をやると日本は真っ直ぐ向こうを見やったまま無言で立っている。
「歩く、か?」
 そう声を掛けると、顔を持ち上げた日本は、なぜだか嬉しそうに「はいっ」と頷く。『スタンド・バイ・ミー』さながら線路際をずっと歩いていくしかないのだろう……ただでさえ雪が降っているのだから、今更だが家に着けるか若干不安になってしまう。
 一本だけ買った傘を開くと、日本がピッタリとドイツに寄り添うものだかがら、思わず傘の柄を落としかけてしまった。
 
 雪の降る夜の街は酷く静かで、家に灯った家の灯りが、ただそれだけで暖かく感じる。傘の柄を持つ指先まで凍えてしまい、段々と感覚がなくなっていく代わりに、自身に腕を回している日本の体温がすぐそこに感じられた。
 ずっと遠くから落ちているにもかかわらず、雪は地面に当たっても一つの音だってさせないから、ただ二人分の足音ばかりが聞こえてくる。延々と続く線路の向こうは、もう暗くて見えない。
 流石に途切れ途切れになってしまった会話の合間に、彼女の吐き出す息の音が聞こえ、思わずドイツは視線を下に向けた。日本が吐き出すその息の音さえ、耳ざとく聞いてしまう自身が、なんとなく嫌になったのだ。
「遠い、ですね。」
 どこまで進んでも一駅分までさえ歩けずに、日本は白い息を吐き出すのと同時に、小さくそう囁いた。ドイツがふと日本に視線をやると、日本は黒い瞳を持ち上げてドイツを見やるとニコッと笑ってみせる。寒さからか、その頬のと鼻の頭が赤くなっていた。
「寒いな。」
 ドイツが小さくそう呟くと、日本は不思議そうな顔でドイツを見てから、更にキュッと体を密着させると、「そうですか?」と明るい声を出して笑う。彼女の笑い声は、いつだって柔らかくて暖かかった。
 
 駅一つ分歩いたときには既に日本とドイツの足は雪の所為もありクタクタになっていたのだが、やはり電車は動いていないらしく何人かが駅で足止めをくらっている。ドイツはふと日本に目を向けると、日本は少々困った様に眉尻を下げた。
「……すみません、ちょっと待って下さい」
 歩きだそうとするドイツの腕をひっぱり引き留めると、日本はブーツを脱いで水が染みこんでしまった指先をキュッと握って温める。
「コンビニがあったらホッカイロ買っても良いですか?」
 申し訳なさそうな顔でドイツを見上げる日本に、ドイツは一つ頷きながらも眉間の皺を少し深くさせた。
「歩けるか?」
 キョトンとしてから日本はコクンと頷くと、にっこりと微笑んだまま自分のしていたマフラーを外してドイツに差し出す。ドイツはドイツでどう応えて良いか分からずに、顔を顰めた。
「ドイツさんのほっぺた、真っ赤です。」
 そう笑う彼女の鼻の頭だって真っ赤だ。きっと足の指の先だって真っ赤に決まっている。
「いや、いらな……」
 いらない、と言おうとするも、日本は眉尻を更に下げて切なそうな顔をするものだから、グッと喉の奥が詰まって何も言い返せずに兎に角素直に受け取る事にする。白い毛糸製で少々自身には愛らしい作りになっているのだが、人が居ないこの道でなら着けていられるだろう。首に巻くと、日本のぬくもりが残っていて、暖かい。
 また歩き始めると、日本は寒そうに肩を震わせ手を摺り合わせながら少々辛そうだ。
「……日本」
 ドイツが小さな声で名前を呼ぶと、雪が降っていて辺りが静かなせいか、小声で呼んだはずなのに大きく聞こえて自分でも驚いてしまう。日本は不思議そうな顔を持ち上げ、小さく首を傾げる。
「休んでいくか……?」
 自身にしては思い切った事を言ったものだと、感心せずにはいられない。駅裏の怪しげな店が建ち並んでいる中、二人の目の前に建っていた寂れたホテルを見上げて日本もピタリと動きを止めた為に、ドイツも居たたまれなくなって「いや……行こう。」と日本の腕を引っ張る。
 が、日本は立ち止まったままドイツを見上げて照れたように笑う。
「あったまるだけならいいんじゃないですか。」
 瞬時、またクラリと目眩を感じてドイツは微かに意識が遠のく気がした。
 
「風呂、入ってこい。」
 タイツを脱いで干し、赤い足の指先を擦っている日本の背中姿に声を掛けると、日本は顔を持ち上げて頬を朱くした。ドイツが慌てて「深い意味は無いぞ!」と弁解すると、日本はコクリと頷く。
「風呂上がったら家に電話した方が良い。」
 そう言うと日本はもう一度コクリと頷くと、日本は立ち上がり「それではお先に失礼します。」と立ち上がりガチャリと扉が閉められる音を背後に聞いた。ああ、なんで風呂の壁がガラス張りなんだ、と、ドイツは項垂れてしまう。
 不思議世界だと、ホテルの小綺麗な室内を見回しながらドイツはいたく感心していると、シャワー音が止んで衣擦れの音がして、またハタリとドイツは動き止めてしまう。
「ドイツさん、次どうぞ」
 声が不意に掛けられて、思わずドイツはギクリと肩を揺らして思わず焦って振り返り、日本の姿を見つける。先程の服を着込み、風呂上がりの姿をいつも見ている筈なのに、なぜだか濡れた黒髪が見てはいけない物の気がして視線をずらす。
 ああだめだ、早く出なくては……と頭を抱えてシャワーを浴びてどうにか心を落ち着かせようとする、が、風呂の中から大きなベッドの上にポツンと座っている彼女の姿を見つけ、また頭を抱える事となる。
 風呂から上がったドイツが声を掛けようとして、日本が携帯電話を片手に持っているのに気が付き口を噤む。日本は顔を持ち上げてふんわりと微笑んでから、また携帯電話に意識を向ける。
「はい……電車が止まってしまい身動きが出来ないんです……だから、駅前のファミレスで時間潰して帰ります。」
 ピッと携帯電話を止めて日本がドイツと向き直ると、ドイツはどうしていいか分からずに困った顔をしながらベッドの端っこに座る。ギシリとベッドが鳴り、自分で鳴らした癖にドイツは驚いて肩を揺らす。
「……これからどうしましょうか?」
 雪は止みそうもないし、電車は動きそうも無いし、このままだと終電で朝まで動かないだろうし……困惑しながらドイツは眉間に皺を寄せていると、日本は眉尻を下げて小さく首を傾ける。
「で、でも凄いですよね。テレビも付いてるなんて……」
 沈黙に耐えかねて日本が明るい声を出して室内のテレビを指さすから、慌ててドイツもコクコクと頷き、そしてまた会話が無くなる。日本は焦って顔を持ち上げると、ガッチリドイツと目線が合ってしまい慌てて顔を下げた。
「あの……すみません、私が我が儘言ってしまったから……」
 項垂れた日本に、ドイツは慌てて顔を向けながら視線は外すと、頬を掻きながら気恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、口を開く。
「いや、オレもあの時帰りたくは無かった。」
 ドイツのその言葉に日本はパッと顔を持ち上げ、黒い瞳を微かに震わせてから慌てたように俯き目線だけドイツに向ける。ドイツは身を乗り出し日本の白い頬を包むと、戸惑いがちに一度口づけた。ゆったりと顔を離すと、ドイツは慌てて額に手を当て、立ち上がる。
「……この雪じゃもう帰れないだろ。取り敢えず今日オレは床に寝るから……」
 ドイツがそう良いながら慌てて日本から視線を反らすのを、日本はくすりと喉を鳴らして笑いながら見やる。
「凍え死んでしまいますよ」
 微かに首を傾けてそう笑いながら、日本は体を少しズラして隣りにスペースを作ると、ふんわりと微笑んで、ドイツに来い来いと手招きをした。寒いというのに額に脂汗を垂らしながらドイツは半歩後退しつつ、眉間の皺を深くさせる。
 キョトンとした日本の顔とベッドを暫し交互に見やってから、やはりそれは……と口ごもるドイツをやはり若干眉尻を下げて日本が悲しそうな顔で見るものだから、またもやグッと息を喉元で飲み込んで頭を抱え込みたくなってしまう。
「……きっと」
 不意に日本が口を開くから、慌ててドイツがそちらに視線をやると、日本は黒い目を微かに細めた。
「きっと、私があなたの事を好きな方が、あなたが私を好きでいてくれるより、ずっと大きいです。」
「……そんな事無い。」
 ベッドに片膝を付け、彼女の顔を覗き込むと、日本は泣き出しそうな顔でジッとドイツを見やり、固まる。それから無理にふわりと微笑んで
「ドイツさんはお優しいですから……」
 と、その笑顔がなんだか悲しそうで、ドイツ些か戸惑った後、日本の髪にそっと触れた。日本は腕を伸ばすと一回りも大きなドイツの手の平を自身の手の平で包むと、頬を寄せる。
「あの……」
 日本は何かを口ごもりながら黒く潤んだ目を右往左往させた後、赤い顔のまま目をドイツに向け、キュッと目を瞑り思い切った様に言った。
「その……だ、抱いて下さいませんか?」と。
 数秒遅れて「……へ?」とドイツから間の抜けた声が漏れる。
 
 取り敢えずジリジリと向かい合い、どうしていいかお互い分からず無言に眉を上げて取り敢えず見つめ合う。いや、見つめ合うというより睨み合うと表現した方がいいのか……兎に角ベッドの上で日本とドイツは向かい合っていた。
 ドイツは日本を説得すべきか否か向かいあったまま悩みながらも、本心ではどうしたいか決まっていて、それが自身で少々嫌だった。
 ドイツはゆっくりと日本の頬を手の平で包むと、彼女の肩がビクリと震えるし、名前を呼んでも瞳を震わせるだけでこちらを向いてくれない。仕方なくちょっとだけ力を入れて上を向かせ、唇を合わせると、また彼女の体が震えた。
 数度合わせると、ちょっとだけ悩んで舌を差し入れると、一瞬逃げようととした彼女の舌先が、意外にも懸命差し出してきて、ドイツを少々ギョッとさせた。ドイツの腕もとに置かれていた日本の手の平が、舌を絡ませていく合間にいつのまにかギュッとその袖を掴んで、声が漏れそうになるのを懸命に耐えている。
 暫く舌を絡ませ部屋に妙にねっとりとした水音だけが響き、感触にもその音にも耐えられなくなりドイツが唇を離し、上気した日本の顔を覗き込んだ。赤い唇が唾液で濡れ、まるで紅でもさしているかの様に艶を持ち、黒い瞳が今までの姿からは想像出来ないほど妖艶に光っていた。
「あの……あまり見ないでください。恥ずかしいです。」
 ちょっとだけ眉を歪め日本は俯き、その黒い瞳はドイツから反らされる。いつだって向き合えたと思うと反らされ、そして反らし、近寄ったり離れたりを繰り返している気がした。何度もその悪循環を経験しているというのに、それでもまた、離れてしまう。
 名前を呼びその首もとに唇を落とし、服の裾から手を入れると、指先が冷たかったからか日本はビクリと体を震わせる。スルリと服を捲り上げて脱がすと、顔を赤くして身を縮める彼女を前にシャツを脱ぐと彼女の服と纏めて横にあった棚に置く。
 これからどうすればいいのかしばし戸惑った後、柔らかな白い肌を下腹部から撫でブラジャーを押し上げた。大きいとは言い難いが上向きで形が良く、手の平で包むとドイツの手では少し大きすぎる程だ。
 身を屈めて舌を這わせると、日本の手がドイツ頭の上に置かれ微かに力が込められる。舌先で弄るとほんの少し日本は身を捩り、小さく甘い息を漏らす。
 片腕で日本を支えながら優しくベッドに横たえると、戸惑いながらものし掛かり日本の顎先を甘噛みしつつ、指先を布の上から秘部に潜り込ませた。本人も意識していないのか、太ももを摺り合わせてドイツの指を拒もうとしているのだが、強引に押し入っていく。
 布一枚の上から擦るだけで、羞恥心か快感か日本は体を震わせきつくその目を閉じた。一つ名前を呼び、その瞼に唇を落とすと、泣き出しそうに潤んだ黒い瞳が現れ、ドイツの顔を見やる。
 その表情を見た瞬間、チラリとドイツの胸の奥で何かが顔を覗かせる。
「日本、足の力を抜いてくれないか?」
 いつも通り、他人が聞けば淡々とした口調でドイツがそういうと、日本はフルフルと首を振った。と、ドイツは少々キツイその目を細め、首を小さく傾ける。
「じゃあ止めにするか?」
 ドイツのその言葉に、日本はまた首を振ると、戸惑いながらも足の力を抜き、泣き出しそうな瞳に手の甲を押し当てる。だがドイツはその日本の細い腕を掴み、顔から引き剥がす。
 黒い瞳一杯に涙を溜め込み、眉を盛大に歪めたその日本の顔を覗き込み、その頬に頬を寄せた。直ぐ耳元で名前を呼ぶと、日本は小さく頷く。
 白い太ももをさすり最後の布を取り払い、一糸まとわぬ日本の姿を前に、ドイツは小さく息を飲み込むと一瞬動きを止める。日本は黒い瞳を微かに揺らしながら、ドイツを見上げた。
「……ドイツさん?」
 泣き出しそうな声に押され、ドイツはやっと日本の秘部にまた腕を伸ばす。まだあまり潤っているとは言い難く、指先を埋める事も出来ずに一度諦め引き抜くと、細い腰をさすり首から鎖骨に舌先を這わせ、塩の味をうっすらと舌先に感じる。
 日本の腰を軽く持ち上げ、膝裏に手を差し込むと自身の方向へと引き寄せて、身を屈めた。日本の姿からはまるで分からない、女の匂いがドイツの鼻先をかすめる。
 顔を近寄せ、舌先を伸ばして体内に侵入させると、生暖かな体温と共に彼女の小さな叫びが聞こえた。
「ド、ドイツさん!そこは……」
 声を上げるとすぐに語尾を「ふぁっ」と上擦らせて、小さく息を漏らし微かに体を弓やりに曲げ腰を浮つかせる。その腰を掴んで引き寄せ、指先で茂みを分け入り舌先で突起を刺激すると、日本は小さな声を漏らして体を震わせた。
 舌を抜くき薬指を体内に侵入させると、今度はすんなりと第一間接まで埋めることが出来た。日本はは小さく息を飲み込み、体を堅くする。
 彼女を宥めるつもりで、片方の手の平をその額に当て、ゆっくり体内を傷つけないように押し入れていく。すると菊の腕が伸びて何かに縋り付こうとするから、ドイツは身を屈めて日本の腕が自信の背中に回るようにしてやる。
 キュッと密着した所から熱が生じて、耳元で彼女が吐き出す息が熱く、ドイツは自身が興奮を覚えていると、酷く冷静に感じた。
 埋める指を増やしていこうとするも、酷く狭くて無理矢理入れるのもいかがな物かとドイツは眉間に皺を寄せながら考える。指先で擦りながら広げていくが、こんなに狭い膣に到底自身が入るとは思えない。
 と、耳元で上擦り熱が籠もった声で一つ、彼女が自分の名前を囁くのを聞いた。甘く優しいその声色が、いつだって自分の背筋をゾクリと粟立たさせ、優しい心地と同時に加虐心を覚えてならない。
 嫌な業だと眉根を微かに下げながら、その汗ばんで吸い付くような彼女の鎖骨付近に唇を落とし、強く吸い付き赤い跡を一つ付けた。どうせすぐに消えてしまうだろう一時の印しに微かな満足感さえ感じる。
「もう……」
 菊の上擦った声がその熱い吐息の合間に聞こえ、ドイツは菊の頬に唇を落としながら指を引き抜きベルトをカチャカチャと開ける。けれども焦っていて中々上手くいかずに、指を動かしていると、日本が指を伸ばしてドイツがもたついているのをドイツの手の上から手助けする。
 ドイツは日本に任せて彼女の頭に手を伸ばし、その額に顔を寄せた。甘い彼女特有の香りが漂う。
 コク、と頭の下で日本が唾を飲み込むのを聞き、彼女が微かに怯えているのだろう気配が分かる。思わずドイツは目を瞑ると、ベルトが取れたらしく腰の辺りが緩まるのが分かった。
 日本の指先がドイツのズボンを下げ、反り立つ自身を布の上からさする物だから、思わずドイツは体を震わせた。指先が這わせられ、その感触にドイツは目を瞑り耐える。
 ドイツは日本の肩を軽く押して引き剥がすと、ゆっくりとベッドの上に引き倒し彼女の足を掴み、引き寄せ、彼女の額に手を当てた。
「力を抜いておけ」
 到底無理なのだろうが一応そう言っておいて、ゆっくりと先を挿入させるが、一気にいれる訳にもいかないし経験がない物だからどうしていいかも分からない。
 日本は背を弓なりに曲げて辛そうに眉を歪めて顔を顰め、下唇をキツク噛む。日本の腰を掴みグイと引き寄せた瞬間、ビクリと日本の体が大きく震えて大きな黒い瞳を盛大に震わせた。
 それでもまだ全然入っていないのだが、一瞬ドイツは戸惑い「やめるか?」と問いかけようとしたのだが、どうせ首を振るのだろうとゆっくりと腰を落としていく。
 日本の手がドイツの厚い胸板を力なく押しやろうとするかの様な動作をするが、弱い力ではドイツにとって何ともない。宥めようとドイツは彼女の頬に唇を落としながら腰を落としていくと、辛そうな声が日本の喉元から漏れる。潤んだ目から涙が零れ、その白い頬を濡らす。
 体を持ち上げて日本の顔を覗き込み、ドイツは眉間に皺を寄せると思わず引き抜くと、ビクリと彼女の体が震え、大きな瞳がまた震える。赤い色が白いシーツに付く。
「日本、悪いが俯せてくれないか?」
 とてもじゃないが日本のあんな顔を見ながら続きを出来なく、日本はぼんやりとした顔で何か考える前に頷くとドイツに背を向ける。白い肌の腰に手の平を当て掴むと持ち上げ、後ろからゆったりと挿入していく。
 顔は見えない物の微かに体を震わせているから痛いのには変わりはないのだろう。あまりゆっくりやっても痛いのかもしれない……グイッと腰を掴み最後まで差し込むと、シーツを掴んだ日本の拳が震える。
 腰を動かしながらピストン運動を激しくさせると、日本は体を震わせながら辛そうな声を漏らす。可哀想に、と思いながら満足感を覚える自身に苦笑をしながらも、腰の動きを止めない。
 どのぐらいそうしていたのか、それでなくとも狭くて熱い日本の体内が心地よくて、動きを止められない。かといっても体位を変えられ卯ほど彼女にも自分にも余裕はない。
 水音とぶつかる音が聞こえ、ドイツは興奮し思わず日本の体内に吐き出しかけて、慌てて抜き出して白濁色の液体が日本の体に降りかかる。ドイツは荒れた息を整えながら、日本の体を抱き上げて腕の中に収めた。
「もう終わりだ。泣くな。」
 涙が流れた跡がついた頬を拭きながらドイツが日本の耳元でそう言うと、日本はスンと鼻を鳴らし「泣いてません」と声を震わせた。思わずドイツは頬を緩めて汗ばんだ額に口を寄せる。
 
 
 始発の時間にホテルを後にし、少々歩き方がぎこちない日本の腕を取りながらキラキラ光る雪の中を進んでいく。駅に着く頃にもまだ太陽は昇りきって居らず、辺りは薄暗くて一人っ子一人見あたらない。
 まだ電車が出てはおらず、始発を待つ間二人でぼんやりと駅の改札前に立って壁に寄り掛かり少々気恥ずかしいまま会話を交わす。
「あのな……オレはお前がオレを好きでいてくれるよりずっと、お前のこと好きだと思うぞ。」
 ドイツが視線を外して赤い顔でそう呟くと、日本は目を大きくさせてハッとドイツの顔を見やる。そして眉根を下げて泣き出しそうな顔をすると、微かに微笑んだその瞳を潤ませた。
 改札がもうそろそろ開こうとした時、恥ずかしさをまぎわらす様に券売機に向かう。人々は改札から出て行ってしまい、静まりかえった駅には日本とドイツと、酔って寝たままの人の数人しか居ない。
 券売機に向かっているドイツの後ろから、誰かがキュッと抱き付き、それが誰かなんて振り返らずとも直ぐに分かる。甘い香りがした。
「ドイツさん。」
 日本の声がして、思わず振り返ろうとすると日本が「そのままで」と呟き振り返ろうとしたのを拒否する。
「あの……私が今から言うこと、聞かないで下さい。」
 「え?」とドイツが思わず目を大きくさせて振り返ろうとするが、それをせずにドイツは券売機を見たままコクリと頷く。と、日本がドイツの胸元に回した掌をギュッと握る。
「……行かないで下さい。ずっと傍に……」
 震えた彼女の声を聞きながらボタンを押そうと思うのだが、何も頭に入ってこずに指先がうろうろと空を迷い、最終的に下に落ちてしまう。
「日本」
 切符を買うことを諦めたドイツは、振り返りざまに日本の自身を掴んでいた日本の細い腕を掴み引き寄せ、手を添えて唇を合わせた。柔らかな感触と共にあの彼女独特な甘い薫りを直に感じて、ドイツは昨晩のあの柔らかな彼女の肌の感触を思い出して微かに身震いする。
 離そうとした瞬間、二人の後ろで誰かが「あーーーー!!!」ともの凄い叫び声を上げる物だから、日本とドイツは思わずバッとその身を離して慌ててそちらに目線をやると、日本を迎えに来たらしい中国が顔を青くして二人を指さしていた。
「あっと、これは、その……」
 あわあわと日本が弁解をしようとするのだが、ドイツはその後ろで額に手を当てて溜息を吐き出す。
「……一緒に映画に行ったのだが電車が動かなくて、仕方ないからファミレスで時間を潰してたんだ。」
 ドイツがあわあわとしている日本に代わりそう言うと、中国は眉間にしわ寄せ唇を尖らせて「へー、で?」と淡々とした抑揚の無い口調で言う。「で?」と言われても……
「まぁ……こういう訳だ。」
 そう言いつつドイツが日本の肩に手を回すと、日本も「そういう訳です。」と赤い顔をして珍しく眉を上げると、コクッと勢いよく頷く。どうやら吹っ切れたらしい。
 暫し中国が頭を抱えていたが、「ま、まぁ、ドイツなら……」と酷く苦しそうな声を漏らしながら更に頭を抱える。うんうんと自答自問を繰り返しながら幾分そうしていたか、不意にバッと顔を持ち上げドイツをバッと指さした。
「お前、自国に帰っても浮気なんかしたらゆるさねぇある!」
 相当口惜しいのか泣き出しそうな声を上げてどこかへ走り去っていくのを、手を繋ぎ二人でぼんやりと眺めた。小一時間帰ってこない所をみるとよっぽど傷心なのか、仕方なく二人だけで帰ることにした。
 朝焼けの道をサラリーマンの波と逆流し歩いて本田荘へと向かう。もうあそこに居るのもあと僅かなのだろうと思うと感慨が湧く。
「中国さんはああ言いましたが……」
 不意に日本が小さく漏らすのを聞き、ドイツはチラリと日本の方へと目線をやるが、日本はドイツに目線をやらない。黒い瞳がちょっとだけ潤んで揺れる。
「私は、大丈夫です。ドイツさんはドイツさんがしたいように過ごして下さい。」
 ドイツの顔を見てふんわり微笑んだ日本のその目から涙が零れそうになる。思わず手を伸ばしてその目元に指を当ててその雫を拭ってやると、日本は慌てて自身でその頬を拭う。
「……向かいに行く。絶対に。」
 そう強く手を引く朝日を浴びたドイツの後ろ姿を見やり、日本は目を細めて微笑んだ。
 家はもうすぐそこ。