学パロ

 

メモ用に書いた筈なのにノリノリになった学園パロ(日本総受け)
※ 日本は女の子です。後年齢は実史をまったく考慮してません。

 

 

 いくら朝日が強かろうが、暖かろうが、心地よかろうが、冬の朝に目を醒ますという動作は、得てして難しいと相場が決まっている。当然、ギルベルトの様な青年にとっては、尚一層至難の業であった。
 当然連日、彼は布団にくるまり頑として起き上がってこようとはしない。それでも彼を起こし、学校へと向かわせるのは、最近毎朝掛かってくるモーニングコールにあった。
「おはようございます。起きてください。」と、柔らかい口調なのに、どこか有無を言わせない声色に、毎度布団の中から抜け出している。勿論、不平不満を口にしながら、であるが。
 電話口の主は本田菊と言う。かの王耀の妹で、弟と仲が良くて、そして今年に入ってから同委員会(図書委員など、楽だと思ってギルベルトは入った。というか、出るつもりなどなかった。)で、一緒に仕事をしている。
 彼女との付き合いは意外に長く、弟と一緒に居た時に知り合ったものだから、ヘタしたらフェリシアーノよりも知り合いの年月は長いのかも知れない。
 それにしても寒い。と、震えるからだを自身で抱いてやりながら、まだ半分寝ている頭をフラフラさせ、ようやくギルベルトは図書館の前に辿り着いた。それと同時に、まさにそれを待ちかまえていたかのようなタイミングで扉は開く。
「おはようございます、ギルベルトさん。」
 にっこりと微笑んだ菊の鼻の頭は、まるでこの寒さを示すようにうっすらと赤く染まっていた。
 
 
 
 学パロ  特別編:普日
 
 
 
 大体こんな朝っぱらから誰もこねぇーよ。なんて高をくくっていたのだが、どうしたことか、朝早くに会長やらなんやらが、割と沢山図書館に訪れる。そして大抵、ギルベルトを一瞥していく。
 その理由が分かるのに、あまり時間を要することは無く、そして分かってしまえば、意地でも出てやる、と思えた。向こうも向こうで、ギルベルトはあまり続かないと思っているらしく、なんだか長期戦になりつつある。
 それもまぁ、放課後になれば委員会や部活に来る人も居なくなるものだから、後は図書館が閉まるまで長い間2人きりとなる。当番は一週間、残る日は後一日、明日ばかり。
「でも、ギルベルトさん毎日来て下さって良かったです。」
 ふわふわと笑う彼女は、来なかったら来なかったで、その柔らかい笑顔のまま冷たい雰囲気を背後からモクモクと醸し出す。それは「否」と言わせない様な強さを持っていた。
「ははん、そんなんオレに出来ない訳無いだろ。」
 はっはっはっ、と高らかに笑うギルベルトの横で、菊は眉尻を少しばかり下げて、笑みを保っていた。その時、 図書室には有り得ない騒音をたてながら、突然フェリシアーノが転がり込んでくる。
「菊!部室に菊が居ないと寂しいよ。」
 漫画研究部の楽しみの一つである可愛い女の子が抜けてしまい、どうしてルートヴィッヒと2人っきりでなければいけないのか。6日経って、遂にフェリシアーノは勢い余って図書室に転がり込んできたのだ。
 菊は驚き立ち上がると、そのまま「ヴェー」と鳴き声を上げてそのまま菊に抱き付いた。
「お前!ちゃんと躾しておけよ。」
 菊に引っ付いたフェリシアーノをベリッと剥がしながら、ギルベルトは出入り口でコチラを見ていたルートヴィッヒにそう声を荒げる。
「ちょ、フェリシアーノ君もギルベルトさんももう少しお静かに。」
 なんて慌ててみせるけれど、図書室はもう既に誰も居ない。居るとすればこの4人だけである。
 ルートヴィッヒはキャアキャア声を上げる三人を見やりながら、小さく肩を竦めた。唯一無二の協定者であるルートヴィッヒは、意地の悪い笑みを小さく唇に浮かべる。
「さて、そろそろ委員会もお終いだろ?帰るか、三人で。」
 今のところ三勝二敗、そして今日、更に一敗。彼女は彼女で嬉しそうに「はいっ」なんて頷いてしまうし、ギルベルトは素直に誘えるほど素直では無い。
 ギルベルトは悔しそうに眉間に皺を寄せると、そのまま唇を尖らせて弟を睨んだ。ルートヴィッヒは彼から故意に視線を反らすと、剥がされたフェリシアーノを受け取り、菊に今日の部活動の内容を語る。
 
 引っ付いて離れないフェリシアーノを右横に、そして我が儘なギルベルトを左横に、相変わらず菊はニコニコと微笑んでいた。寒さの所為か、やはり鼻の頭がほんのりと赤くなっている。
「本当寒いですね、今夜雪が降るかもって、テレビで言ってました。」
 ホウッと吐き出した息が白く染まるのを見やりながら、菊はまるでもっと幼い子供にでも成ったかのような、屈託のない笑顔を浮かべた。妖美さと幼さを併せ持った彼女は、見ていて飽きない。なんて三人が同時に思う。
 ルートヴィッヒ、フェリシアーノは菊と王耀兄妹が経営しているという、本田荘に下宿している。ギルベルトが実家に嫌気がさしたのと同様、ルートヴィッヒもそうだったらしく、ギルベルトの後を追うようにこの街に来た。
 ギルベルトは弟の下宿先を一目見るなり、なんてボロいのだと声高に笑ったものだった。勿論、羨む日が来るなどとは、微塵も想像していなかったのだ、あの時は。
「それではギルベルトさん、さようなら。」
 冬の夕方の日の入りは早く、それほどの時刻では無いだろうに、とっくに辺りは薄暗い。彼等が帰るべき場所は、ボロいなりに暖かなオレンジ色を灯して、遠目に見ても堂々と立っていた。
 片手を上げて別れの挨拶を済ませると、そのまま踵を返して寒々しい自室へと足を向ける。途中フト振り返ると、三人の影はオレンジ色の灯りに照らされ、長く伸びていた。
 
 
 菊の言ったとおり、昨晩は雪が降っていたが、それも厚く積もるほどでは無かった。ただ、雪の降った明朝は、いつもよりも寒く、そして驚くほどに静かである。
 もしも彼女の電話が無ければ、ギルベルトは委員会どころか学校さえサボっていたのかも知れない。けれど支度を調え、素直に部屋から出てくるあたりは、自身でも情けなくなってしまう。
 吐き出した息は白く、吸い込んだ空気はいっそ肺に突き刺さったかのように、冷たく感じる。
 早朝という事もあり、まだ雪は誰にも荒らされて居らず、どこもかしこも真っ白な銀世界で、振り返れば自身の足跡だけが点々と付いていた。カシュ、カシュ、とほんの少し積もった雪を踏みしめながら、雪の鳴き声に耳を澄ませる。
 幾分行った所で、見慣れた後ろ姿を見つけ、ギルベルトはしゃがみ雪を一握りとると、自分では当てるつもりもなく投げた。が、弱くではあったが、それでも彼女の後頭部にポスンと当たり、「げ。」とギルベルトは小さく呻く。
「つめたっ……もう、ギルベルトさん。」
 驚き、少々濡れてしまった自身の綺麗な黒髪を手の平で拭いながら振り返り、眉間に小さな皺を寄せた菊が後ろに居るギルベルトは睨む。
 即座に謝ればいいものの、どうしてか笑みを浮かべて片手を上げるだけで、何も言わずに菊の横に付く。いつもだったら自身より早くに学校へ着いている筈なのだが、家事もやってるとのことだから、何か用事があったのかもしれない。
 菊は納得が行かない様子で唇を尖らせていたけれど、子供っぽいながらにもこういう時には我慢が効く彼女らしく、やがて諦めたように深い溜息を吐き出す。
「そういえばギルベルトさん、一人暮らしなのですよね。ご飯はちゃんと食べてますか?」
 それまで怒った様相をしていた菊は、そう尋ねると同時に表情を変えてふんわりと微笑み、下からそっとギルベルトは上目勝ちに見上げた。
 その目線に一瞬戸惑い、照れ隠しに菊から視線を反らすと、ポケットに手を突っ込んで、「まあな」とつっけんどんに応える。本当ならば、自身の弟が暮らしている場所が羨まし……くなんか無い。事にしている。
「ちゃんとご飯、食べていますか?」
 返事が来ないことに瞬時に心配そうな表情をする菊に、一旦視線をやり、再び慌てて視線を反らした。
「食ってるって。」
 そう言って簡単に嘘を吐き、足下にあった雪を蹴る。中々田舎な為か、雪はサラサラとしていて細かく、蹴って舞った細やかな雪は、光ながら落ちていく。
 彼女は料理が上手だという噂はかねがね聞いていたのだが、口にしたことは一度もない。弟は、手作りのお弁当さえ持っているというのに……
「……お昼はいつも、学食で召し上がってますよね。」
 ポツリと漏らすようにそう呟くものだから、ギルベルトはギョッとしてそちらに視線をやった。
「なんで知ってんだよ。」
 そう言うと、菊は顔を持ち上げてギルベルトの顔を見やると、いつもの柔らかい笑顔を浮かべる。けれどいつものそれよりも、どこか誇らしげな様子で笑みを浮かべてみせる。
 つい先日まで長かった彼女の黒髪は、今や肩ほどしか無く、いくら美容院で整えて貰ったからといっても、無理矢理自身で切ったせいか、その長さは僅かにずれたりしていた。
 目の前で、雪が嬉しいのか飛び跳ねるように軽い足取りで歩く彼女の髪が、サラサラと揺れる。髪の隙間から、真っ白なうなじが時折見え、思わず指を伸ばし、「ひゃっ」と菊は小さく飛び上がった。
「髪、短くなったな。」
 指先で黒髪を梳かしそう言うと、目を真ん丸にさせ振り返った菊は、その桃色だった頬を今は林檎の色に染めている。そんな様子を見るとどうした事か苛めたくなり、鼻をキュッと摘む。
「鼻先、あけぇよ。」
 そう指摘すると、彼女は目を細めて唇を尖らし、恨めしそうな目を向けながら自身の手の平で己の鼻を隠した。
「赤く無いです。」
 頬を膨らませていじけた様子でそう言うと、それまで隣を歩いていたというのに、急に歩む速度を速めていくものだから、慌ててその後を追いかける。歩幅が短いから、直ぐに追いついてしまう。
 なのに、細くて機敏だからか、ギルベルトが腕を伸ばすも、いつのまにか彼女はその手の中をすり抜けていく。
 
 放課後の暇な時間になると、暖房が効いている上に、日の光は暖かかった為か、カウンターに肘を付き、菊はいつのまにやら舟をこぎ始める。家事をしているので疲れているのかも知れない。
 ギルベルトも肘を付き菊の顔を覗き込んでいると、それまで穏やかに寝息を立てていた彼女の形の良い眉が歪み、眉間に小さな皺が出来た。
 そして苦しそうに肩を震わせて、すん、と小さく鼻を鳴らす。なんだかその様子が酷く苦しそうに思えて、ギルベルトは不審そうに顔を顰める。
「おい。」
 小さな肩を揺すってそう声を掛けると、菊はビクッと体を震わせて菊は目を醒まし、キョトンとした様子で黒い瞳をギルベルトに向けた。それからゆっくりと目を擦り、申し訳なさそうに眉根を下げる。
「すみません、すっかり眠ってしまいました。」
 慌ててそう謝罪をする菊を、やはり肘を付いたまま見やり「夢見てたのか。」と問いかけると、菊は一瞬眉間に皺を寄せて下唇を噛みしめた。が、直ぐにふんわりと笑い首を横に振る。
 菊の送りは頼むと、ルーイから直々に頼まれていたのはこの間の事件の所為だろう。自分を隠すのが得意な彼女は、何事も無かったようにニコニコと笑い、周りの人を誰しも誤魔化し続けていた。
 ギルベルトは溜息を吐き出し窓の外に目線をやると、再び雪がチラチラと降り始めていたらしく、空は飴色に染まっていた。真っ白な雪は地面も建物も覆い、一面見渡す限りの銀世界となっている。
「……あまり積もると帰れなくなってしまいますね。」
 困った様子で眉根を下げる彼女を見やり、ギルベルトは微かに肩を竦めた。
「なら帰ろうぜ。どうせ誰も来ねぇだろ。」
「そんな、でも……」
 戸惑う菊に向け手を広げて見せても、それでもやはり菊が戸惑っているものだから、そのまま腕を掴んで外へズルズル引きずり出す。どうせこんな雪の日に残っているのなんて、そう多くもないだろう。
 結局菊もギルベルトが引っ張るとおりに図書室を出ると、図書館の鍵を掛けた。そこまで来て、この図書委員の役割が最後なのだと、ようやく気が付く。
 一歩外に出ると、雪はしんしんと、それこそ一切の音もなく天上から降り注いでいる。コートを身につけていても、身はピリピリと切る様に痛く、吐く息は煙となって昇っていく。
「今日はお鍋にしましょうかね。」
 落ちてくる大粒な綿菓子の様な雪に、菊は眼を細めて嬉しそうにそう言うものだから、思わずギルベルトも顔を持ち上げて空を見上げた。
「ギルベルトさんもいらっしゃいますか?きっとルートヴィッヒさんも、お喜びになられますよ。」
 喉を鳴らして嬉しそうにそう言う彼女に、全くそんな気はしないのだが、ただ飯も食べられるし、弟にちょっかいも出せると思うと少しばかり心も弾む。
 ただ、彼女の兄の嫌そうな顔がありありと思い描ける。だが、そんな事は関係無い。こうして送っても行くし、買い物にも付き合うのだから、無理矢理居座っても文句あるまい。
「しょうがねぇから食っていってやるよ。」
 ギルベルトは「ふふん」と楽しそうに鼻を鳴らすと、菊はその笑いにつられるように、小さく喉を鳴らして笑った。
 
 見送る際も、終始にこにこと手を振っていた菊の後ろで、本田荘の残りの住人が渋い顔をしているのを見やりながら、ギルベルトは軽く肩を竦める。特に弟の顔の疲れ切った様子が、たまらなくおかしかった。
 彼女が「また明日」と、幻覚か少々寂しそうに笑って見せた時、ようやくもう会う機会は無理矢理作らなくてはいけないのか、と思い出す。
 初めて弟が合宿する先を見たときは、なんてボロイんだ!と盛大に爆笑してやったものだが、先程の様な食事風景が毎日送られているのかと思うと、やはり悔し……くなんか無い。
 足下に転がっていた石をけっ飛ばしてやると、闇の中どこかへ飛んで行ってしまった。痛いほど冷たい息を吸い込むと、全て吐き出してしまう。
 そんな闇夜を見ていると、昼間に見た、苦しそうな菊の表情をヒョイと思い出す。あの時、もっと何か言葉を掛けられたのでは無いだろうかと、自然と思考が沈んでいくのがはっきりと分かった。
「ああ、クソッ」
 そんな思考など自身に似合っていないことは分かっている。悔し紛れに小さく声を上げると、ギルベルトは両手をぽっけに突っ込み、そのまま大股で家路を急いだ。