学パロ

 

メモ用に書いた筈なのにノリノリになった学園パロ(日本総受け)
※ 日本は女の子です。後年齢は実史をまったく考慮してません。

 

 

 初めてその噂話を聞いたとき、取り敢えず目の前の奴を殴ってやろうとしたけれど、ローデリヒに「彼を殴っても意味がありませんよ、お馬鹿さん」なんて言われ、ああそうか。と納得した。
 素直に拳を下げた事を考えると、その時、やはり些かは動揺していたのだろう。いつもなら、取り敢えず一発殴っていただろうに。
 だって、つい昨日まで、何だかんだとからかって遊んでいたというのに。長い髪をつまんでみたり、体が小さいからその事をからかったり、体の凹凸が無いのを馬鹿にしたりなんて、してたのに。
「今回の事で、からかったりしたらあかんよ。」なんて、穏やかな振りをして言ったアントーニョに「しねぇーよ、バーカ!」と噛み付いたつもりが、自分でも驚くほど、どこか情けない声色だった。
 今度会った時、一体どんな顔をしているのか。どんな顔をして会えばいいのか。
 今頃、泣いているだろうか。一見大人しくて、優しくて、虫も殺さなそうなのに、本当は頑固で、そこらの男より筋を通す事を重要視し、そして、やはり泣き虫だった。
 最近は泣いたりしないけれど、昔は割と泣き虫で、その事でからかうと「いつの話ですか。」と、顔を赤くして怒るのだ。それが面白くて……かわいくて……
「まぁ、未遂で良かったじゃん。……お前、そんな顔菊ちゃんに向けんじゃねーぞ。」
 後ろからガバリと、アルセーヌが無理矢理肩を組み、ギルベルトの頬にグリグリと自身の拳を押し当てた。
「今から落ち込んでも意味ねぇだろ。だったら、今度はお前が護ってやれよ。」
 背中を押され、無理矢理一歩踏み出させられて、驚きアルセーヌを振り返ると、彼はパチリと片目を瞑ってみせる。ああ、そんな所が腹立つんだ。
 
 兎に角、何はともあれ、彼女に会いに行くと、呆気にとられるほど、いつもどおりの笑顔で自分を迎えた。
 それでも、あの綺麗だった長い黒髪は、もう短くなっている。
 
 
 
 学パロ  特別編:普日
 
 
 
 歩いている姿を見つけるために、ギルベルトの目線は、校門の前で右往左往する。その事をアルセーヌにつっこまれ、思わず変な声が漏れ、「何言ってんだお前!ばぁか!」と叫び、冷や汗を大量に掻いた。
 これまで、意地の悪い会長や、弟、そして猫好きやら仮面ヤンキーから一歩優勢だったのに、図書委員の終了とともに、その甘い生活も終わってしまった。これからは、全員同じ位置な訳である。
 こうなるともう、ハンターな気分である。ツンデレ会長、奥手過ぎる弟、何を考えているのか解らない猫男に、結局はヤンキーな仮面男、そしてその他諸々。これなら、オレにだって勝ち抜ける!と、昨夜部屋で懸命に計算し、ガッツポーズをとったものだ。
 再び胸中でガッツポーズをしていたギルベルトの背中を、誰かがポンッと叩いて、朝の挨拶をした。と、驚いたギルベルトは、猫のように小さく飛び上がる。
「て、てめぇ!吃驚するじゃねーか!」
「そ、そんなに強く叩いて無いじゃないですか。」
 ぎゃおぎゃお咆えるギルベルトに、菊は目を丸くし、一瞬戸惑っていたのだが、直ぐに少しばかり唇を尖らせてそう返す。
「いきなりくんじゃねぇよ。」
 心臓が大きく跳ね上がり、未だにバクバクと大きな音を立て、いっそ痛い。そんな心臓付近の服を強く掴んでいると、聞くは頬を膨らませて、ギルベルトからそっぽを向いてしまう。
「……解りました。行けばいいのですね、行けば。」
 ふいっと踵を返してしまう彼女に、思わず手を伸ばすけれど、そのまま、いつもの軽い足取りで自身のクラスへと向かってしまった。
 一人、手を伸ばしたままかたまったギルベルトの直ぐ横を、アーサーが鼻で笑いながら通り過ぎていく。
 
 
「……兄さん、今日これから暇か?」
 暇だろ?という意味を込めて、帰りの廊下で弟のルートヴィッヒがそう、声をかけてきた。その顔は不機嫌そうで、不機嫌な顔をしていたギルベルトも驚く。
「実は今日、菊は日直なんだ。だから、その、帰り、付いていって欲しい。」
 何か他に、外せない予定があるのか、心底悔しそうなルートヴィッヒに対して、ギルベルトは目をきらきら輝かす。「しょーがねーな。」と言いながらも、ギルベルトの口元はにやついていた。
 今度こそ残りの奴を出し抜ける!そんな思いにうきうきしながら、ギルベルトは菊のクラスの前に立った。廊下や教室内は、帰りに向けて人々でにぎわっていて、その中で、彼女は未だ席について何やら書いている。
 みんなしてギルベルトを恐る恐る見やりながらも、その横を通り過ぎて、更に振り返っていった。ギルベルトはギルベルトで、ぼんやりと菊の姿を突っ立って見やっている。彼女はいつでも、とても一生懸命だ。
 クラスに入って話しかけるべきか、それともここで待っていた方がいいのか……朝の事、実はほんの少しながら気にしていたギルベルトは、ここで出て行って邪魔をしたら、菊をもっと怒らせてしまう気もする。
 仕方なくぼんやりとしていた所、金髪クリクリ頭の、小さな少年がほんのりのぼせて菊に何やら話しかけている。菊は首を傾げて、自身に向けるよりも柔らかな笑みをその少年に向けていた。
 思えば、なんだか、菊は自分に対してばかり厳しい気がする。フェリシアーノやヘラクレスの事は甘やかしている癖に、ギルベルトが仕事をさぼれば怒り、文句だって言ってのけた。
 そんな事を考えていると、段々むかっ腹がたってきた。むかっ腹ついでに教室に入っていくと、ギルベルトの長身の所為か、はたまたその経歴が荒い所為か、みんなギョッとしてギルベルトに目線を寄越すが、彼は勿論、そんな事気にしない。
「よう、菊。帰るぞ。」
 机に手を置いてそう声を掛けると、それまでギルベルトに気が付いていなかった2人は、ギョッとした様子で顔を持ち上げる。金髪の少年なんて、既に目に涙が浮かんでいた。
「……え?」
 ぽかん。として口を開けた菊は、ギルベルトがどうしたいのか解らないらしく、ただ瞬きを繰り返す。が、菊の腕を掴みギルベルトがグイと引っ張り立たされた時、ようやく己を取り戻した。
「あの、私まだ仕事が終わってません。それに、どうしてあなたと……」
 ルートヴィッヒから何も聞かされていないのか、訝しそうな様子の菊に、ギルベルトは再びムッとして、そのまま引っ張り歩き出す。
「ちょ、私まだ帰りの準備もしていません。」
 ギルベルトの手を振り解くと、菊は唇を尖らせて、自身の机の上を指さす。そこには、先程の記帳と数冊のノートがのっかっている。
 それを見やり、ギルベルトは一つ舌打ちをすると、持っていた菊の腕を、投げ出すように離す。
「本田さん、僕がやっておきますので……」
 金髪の少年が、慌ててそう言うと、菊は眉根を下げて小さく首を傾げてみせる。と、再び少年はスポポポポとのぼせ上がり始めるが、菊はまるで気が付いていない。
「いいえ、申し訳ないです、そんな。」
 菊が片付けるのを手伝ってあげていた少年に、菊がそっと触れて首を振った。
 仕方なく待っていたギルベルトが、「ぎゃっ」と胸中で叫び声を上げる。その事に気が付いていないのは、やはり菊ばかりで、少年は既に林檎の様になってしまっていた。
「やってくれるっつーんなら、やってもらえばいいだろ!」
 菊の首根っこを掴むと、彼女は小さくキュッと身を縮めて、文句を言うよりも先にそのままずるずると引きずっていく。少年の手から、彼女の鞄を奪っていくことも忘れない。
「もう、どうしてあなたって、いつもそんなに強引なんですか。」
 ぽこぽこと怒りながら頬を膨らませる菊を横目に、ギルベルトは大股でズンズンと進んでいく。彼女は、小さな体で懸命に付いてくるものだから、小動物を連想させる。
 聞いてるんですか? と問われ、ようやく、ギルベルトは意識を取り戻して、菊の方へと視線をやったら、彼女はやはり怒っていた。
「オレだって、別にお前のお守りなんてしたくねぇんだよ。おれの愚弟に頼まれて、仕方なくやってんだよ。」
 『仕方なし』に力を込め、負けじと怒った様子を見せると、菊は眉間に皺を寄せたまま、それ以上何も言わずに俯く。懸命に自身に付いてきているのだと気が付き、ようやく歩く速度をゆるめてやった。
 学校を出ると、既に人影は少なく、空は随分とオレンジ色に焦げだしていた。菊は、夕日に染まり、いつもよりもずっと大人っぽくみえる。
 ギルには勿体ない、なんて、馬鹿にして笑ったのはどこのどいつだっただろうか。不意に、少しばかり、似つかわしくもなくセンチメンタルを覚え、更に歩調が緩くなった。
「ギルベルトさん。」
 それまで黙り込んでいた菊が、あまりにも急に声をかけるものだから、体をビクリとさせてギルベルトは彼女へと視線を向ける。菊は、やはりギルを見てはいなかった。
「あの……みんな、心配症なだけです。だから、お嫌ならば、断ってくださっていいのですよ。」
 そこまで言って、ようやく、彼女は自分に視線を向けた。その顔が、笑っているのに酷く傷ついている様子で、瞬時、ギルは腹立たしさを覚える。勿論、自分に。
「……な、んだよ。本気にすんじゃねぇよ。」
 語尾は誤魔化すように呟くと、菊は聞き取れなかったのか、不思議そうな表情を浮かべ、ギルベルトを覗き込む。が、ギルベルトは言及しようとせずに、再び歩調を強める。
 いくつもの映像が脳内を駆け巡り、何度も何度も、彼女の姿が映り混む。初めて会ったときから、その映像は始まる。もしかしたら、一目惚れだったのかもしれない。
 喧嘩をしたギルベルトに、心配そうにハンカチを差し出す菊。各イベントをサボろうとしたギルベルトを咎めた菊。みんなが遠巻きに見ていても、彼女だけは、どんなときも真っ向から向かってくる。
 いつの間に思考に捕らわれていたのか、気が付けば足は更に速くなっていて、彼女はギルベルトの少しばかり後ろを歩いていた。繁華街に入った所為で、少しばかり後ろの彼女は、人に紛れて確認し辛い。
「……あの、もうここで平気です。」
 不意に伸びた菊の腕が、ギルベルトの服の裾を掴んだ。そこは、ギルベルトの寮と彼女の家に向かう道の、丁度枝分かれになっている道である。
 いつもならば、本田荘にまで送り届けているし、その事について何も言わない菊だから、少々ギルはギョッとする。なぜか、突き放されたような気がしたのだ。
「え。」「平気ですから。」
 まごつくギルベルトに対して、菊は頑として譲らない、あの、彼女が得意とする笑顔を浮かべて見せた。ギルベルトは数秒立ち尽くすのだが、舌打ちを一つすると、「勝手にしろ。」と言うと、そのまま雑踏の中へと進んでいく。
 歩き出して直ぐに、『振り向くな』と何度も胸中で唱えながら、振り返るのを懸命に押しとどめる。そうでもしなければ、歩みを止めてしまいそうだったのだ。
 そりゃぁ、暴言を吐いたのは自分であったのだが、平気だと言ったのは彼女だ。それに、菊だって子供じゃあるまいし、家に帰れないはずが無い。
 振り向くな。振り向くな、ギルベルト。なんて、何度も唱えながら数歩歩き出したところで、遂にその歩みを止める。
 ああもう、畜生。そう唱えながら振り返ると、案の定と言うべきか、早速知らない男に話しかけられ、彼女は酷く戸惑っていた。
 ギルベルトは溜息を吐き出すと、そのまま数歩で2人の傍に寄り、驚く菊を余所に、ギルベルトは男の襟首を掴む。三十代半ばだろう、脂っぽい男は目を剥いて驚いていた。
 間など一切持たせず、そのままギルベルトは男の頬を殴りつけた。鈍い音が鳴り、周りにいた人々が驚き、口々に悲鳴を上げる。混乱している隙をついて、ギルベルトは菊の腕を引き、駆け出す。
 沢山の人間を掻き分けて、そのままずんずん進んでいく。背後が騒がしくなるが、後ろを振り返ることもなく、そのまま繁華街を駆け抜ける。
 繁華街を抜けかけたところ、ようやっとギルベルトは足を止める。平素な表情のギルベルトに比べ、菊は荒い息を繰り返し、顔を朱く染めて苦しそうに己の胸を押さえた。
「……も、もう、信じられません、な、殴る、なんて!」
 荒くなった息を、一生懸命に整えながら、菊は、眉間に深い皺を寄せてギルベルトを睨み付ける。対してギルベルトは、感謝こそされるべきで、怒られる謂われはない。と、本気で思っていた。
 そんな訳だから、ギルベルトはギョッとした後、ムッとして眉間に皺を寄せる。
「そんなんだから、襲われたりすんだよっ」
 頭に血が上っていたせいか、勢いに任せて、言葉が思考より先に口から飛び出した。そして直ぐに、まずい。と思って自身の口を手の平で塞ぐけれど、当然後の祭りである。
 ギルベルトを心配そうに見上げていた菊の表情は、ギルの言葉で一瞬にして凍り付き、やがて怒りにその黒い瞳が揺れた。否、怒りというよりもそれは悲しみに近く、ギルベルトの心の中は直ぐに焦りと後悔と、恐怖で一杯になる。
 急いで訂正をしようと口を開きかけるのだが、それよりも早くに、菊は身を翻して雑踏の中へと駆け出してしまった。
「おい、待てよ!」
 思わず手を伸ばすけれど、彼女の服さえ掴めずに、ただ虚しく空気を掴んだ。追いかけようと駆け出すけれど、雑踏の所為で、体の大きいギルベルトはうまく前に進むことさえ叶わない。
 名前を何度も呼んだのだが、菊は一度も振り返ることなく、夜の闇と人間の中に溶け出してしまう。虚しく伸びた指先は、何も引っかけることさえ出来ない。
 今度こそ掴まえておくのだと思った矢先だというのに、直ぐに彼女は姿を消し去ってしまった。
 その場で暫く立ち竦むが、直ぐにギルベルトは再び、人を掻き分けて駆け出す。菊がどこに向かっているのか、予想はつかなかったけれど、彼女の住まいの方向では、明らかに無い。

 
 雑踏を抜けると、細い道は既に人影が無く、静寂が辺りを包んでいた。ただ人家の明かりばかりが伸びていて、公園などただの黒い塊である。
 名前を呼んでみても返事は無く、広い空間に自身の声がこだまするばかりであった。
 焦燥感が胸を響き、汗ばむ手の平で鞄の中の携帯を引っ掴むと、慌てて登録されている番号を押す。それは、菊と耀兄妹が経営する民宿に住んでいる、自身の弟の番号である。
「「おい、菊がどこに居るか知らないか?」」
 電話口と同じ質問を口にし、互いにハッとして思わず受話器を見やる。ギルベルトは軽く舌打ちをすると、そのまま携帯の通話を切った。
 直ぐに弟から電話が折り返し掛かってきたけれど、それを無視して鞄に詰め込み、再び駆け出す。
 一体どこまで行けばいいのかなんて、そんな事はやはり分からなかったけれど、取り敢えずどこかへ行かなければ行けないという心地が、ギルベルトを支配していたのだ。
 彼女が襲われた場所は、話には聞いていた。本田荘に帰るまでの道のりであり、喫茶店の横の、人通りのない行き止まりの路地であったらしい。
 走っている最中に、街灯に照らされて一軒の店を見つけ、ギルベルトは思わず足を止めた。何となく、菊はこの前を一人で、しかもこんな暗い中、通れる筈が無い気がしたのだ。
 ギルベルトは先程まで歩いてきた道へ踵を返し、首をキョロキョロとさせながら、辺りを見回す。その中に小さな公園が見え、躊躇わず足を踏み入れた。
 暗がりの中で、ベンチの上、小さくなっている一つの影を見つけ出し、ギルベルトはギョッとして足を止めて、そちらを見やった。その影が菊だと気が付くのに、そう時間はかからない。
 怒りでカッと胸の中が熱くなるが、懸命にその衝動を抑え込み、大股で菊の傍へと近寄る。目の前まで行っても、ベンチの上で膝を抱えて膝頭に顔を埋めている彼女は、ギルベルトにさえ気が付かない。
「何やってんだよ、お前。」
 そうギルベルトが声をかけても、菊は蹲ったまま顔を持ち上げようとしない。最初は怒っていたくせに、その様子を眺めていたギルベルトは、もしかして調子が悪いのではと不安に思い、しゃがみ込み、恐る恐る菊の様子を覗き込む。
「おい、どうした。調子でも悪いのか。」
 ギルベルトの問いに、ようやく菊は首を横に振るが、やはり表を上げようとはしない。
 忍耐が足りないと、特に弟からよくいわれいた為か、ギルベルトも暫くは我慢し、黙って聞くを見やっていたのだが、とうとう我慢が出来なくなり、声を上げた。
「じゃあ一体なんだって言うんだよ!いい加減にしろよ。」
 ギルベルトが声を荒げたことに驚いたのか、菊はハッとしてようやくその顔を持ち上げ、ギルベルトを見上げた。その黒い瞳が潤んでいる物だから、ギルベルトはギョッとして思わず一歩さがる。
「……大丈夫です。放って置いてください。」
 ギルベルトを確認すると、彼女の瞳は下の方へと向けられ、ギルベルトから顔を背けた。ギルベルトは下唇を噛みしめると、眉間に深い皺を寄せる。
「なにふて腐れてんだよ。こんなに震えてる癖に、どうやって帰んだよ。」
 微かに震えている菊の肩に手を乗せると、瞬間、反射で菊はギルベルトの手を払い除ける。そして同時に、微かにその目を大きくさせた。
「あ……ご、ごめんなさい。でも、あなたの手を煩わせたくは、無い、ですから……」
 項垂れた後、菊は顔を持ち上げてギルベルトを見やると、ふんわりと、けれどもどこか悲しそうに笑う。その笑顔は、いつでもギルベルトを苛々とさせた。
「あーもう、本当面倒くせぇ女だな!」
 ギルベルトはそう一声咆えるように言うと、ギョッと驚き菊は顔を持ち上げ、彼を見やった。伸ばされた腕は菊の肩を掴み、赤くなった顔をグイと寄せられる。
「なんで笑うのだけそんな得意なんだよ。苦しいとか、辛いとか、怖いとか、そんな時はちゃんと言えば良いじゃねーか。
 お前みたいに、オレは他人の気持ちなんて感づく事はできねーけど、言ってくれたら、オレなりになんとかしようとか、思ったりだってするんだよ。」
 今までに無いほど真剣な様子でそう言われ、菊は目を丸くさせたまま暫く呆然と、ギルベルトを見つめていた。けれど、やがてその大きな目が潤んだ。
 俯いてしまうものだから、どうしていいのか分からずに固まってしまっていると、頬を濡らした菊が顔を持ち上げギルベルトを見ると、潤んだ瞳を三日月にして、微かに笑う。
「あなただって、天の邪鬼の癖に。」
 すん、と小さな音をたてた菊のその鼻を摘み、ギルベルトも苦笑を浮かべる。
「鼻、赤くなってんぞ。」
 そう指摘すると、菊は頬を膨らませてギルの手を軽く叩く。一瞬本気で怒ってしまったのかと内心焦ったけれど、直ぐに菊は笑顔を浮かべるから、思わずつられて頬を緩めてしまう。
 緩めてから、直ぐに引き締めて菊の腕を引っ張り歩き出した。菊は慌てて足を動かし、ギルベルトの動きに懸命についていく。
「お前、周りにどれだけ心配かけてんのか、分かってんのか?オレだって、一応心配なんだよ!お前がどっかで泣いてんじゃねぇかと思うと、し、心配なんだよ……」
 ラスト尻すぼみになりながら、相手に届くか届かないかぐらいで「だから、オレから離れんじゃねぇ」と言った後、その顔が茹でダコの様に真っ赤に染まる。
 つられて菊は思わず笑みを浮かべた後、ボロボロと視界が崩れる。泣くつもりなどまるで無かったのに、いつの間にか涙が零れてしまい、菊自信も焦ったのだが、それ以上にギルベルトがあわあわと手を差しのばした。
「ちょ、なんで泣くんだよ……オレが泣かしてるみたいだろ……」
 先程人を殴った癖に、その手で菊の頬を包み込んでその涙を拭ってやる。それでも零れてくる物だから、焦って菊の顔を抱え込む様に抱きしめる。
 抱きしめた後、ギルベルトさえもギョッとして固まり、菊も固まってギルベルトの胸の中で身を縮めてから、彼の服の裾を掴んで、驚きのあまり涙さえ止まった。
 暫くそのまま2人くっついたままになっていたが、意を決したのか、それとも吹っ切れたのか、ギルベルトは菊の頭をゆるゆると、ぎこちなく撫でる。己の兄とはあまりにも違う様子に、思わず菊は苦笑を漏らす。
「あ、お前なに笑ってんだよ!」
 オレが、オレがどれだけ……そう口ごもるギルベルトの顔が、真っ赤になって、その上泣き出しそうなものだから、菊は更にクスクスと楽しそうに笑う。
「泣いたり笑ったり忙しい奴だな。」
「……あなたの前だけですよ。」
 今まで、自分を殺して生きていく事ばかり考えていた。他人に迷惑をかけないように、我が儘などもっての他、口答えさえせずに生きていた。
 こんなにも気軽に会話が出来る人など今まで居らず、いや、こんなにも子供っぽい人は今まで居らず、何も構えずに隣に居られる。
 菊の言葉にあれこれと思惑を巡らせ、少々赤い目でにこにことしている菊の隣で、ギルベルトは顔を真っ赤に染め、寒いというのに脂汗を流していた。菊は不思議そうにギルベルトを見上げ、小さく首を傾げる。
「なぁ、あのさ……これから、ずっと一緒に帰ってやるよ。」
「え?すみません、聞こえませんでした。」
 一世一代の告白を聞き逃し、やはり不思議そうな表情でギルベルトを見上げる菊に、ギリギリと奥歯を噛みしめると、頭のてっぺんにある彼女のつむじをペシリと叩く。
「きゃっ」と声を上げた菊は、理不尽そうにギルベルトを見上げ、眉を歪めて唇を尖らせた。その様子を、非常に満足そうに、ギルベルトは「けけけ」と声を上げて笑い、突然真面目そうな顔になり小首を傾げた。
「お前、瞼になんか付いてる。」
 ギルベルトの言葉に、菊は慌てて瞼を擦るけれど、中々とれないのか、ギルベルトはニヤニヤ笑いながら肩を竦めてみせる。
「しょーがねーなぁ。ちょっと目を瞑れ。」
「は、はいっ」ギルベルトに促され、菊は素直に目を瞑り顔ギルベルトに向けた。菊より背の高いギルベルトは身を屈め、目を瞑っていても、菊の目の前に彼が居るのが分かる。
 暫くそのままの体勢で待っていたのだが、中々来ないものだから、思わず目を開いた瞬間、目の前に彼の顔があり、思わず固まる。そのまま軽く唇が合わされたものだから、更に固まった。
 一瞬何をされたのか分からず、「え?え?」と菊が狼狽していると、ギルベルトは踵を返し再び歩き出した。
「普通小学生でもだまされねーよ。」
 軽口を叩くギルベルトの後ろ姿を、暫く複雑な表情で睨んでいたが、不意に、彼女らしからぬ悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「ギルベルトさん、耳、赤いですよ。」