学パロ

 

メモ用に書いた筈なのにノリノリになった学園パロ(日本総受け)

 

※ 日本は女の子です。後年齢は実史をまったく考慮してません。
   それからここに登場した人物のみ設定公開です。

 

 

学パロ

 

学園祭編  二日目 : ひたすら英日
 
 
 美しい黒の長い髪。
 少々朱の入った、白い、けれども自分とは違う、白い頬。
 長い睫は、その黒い瞳を縁取って、小さな鼻の下に形の良い唇。
 別段抜群なスタイルでは無いし、胸もそこまで大きいとはいえない。
 それでも、自分はいつのまにか彼女ばかりを目で追っていた。
 それはこの学校の入学式から、ずっと。中学生の頃からだから、もう四年間。
 あの細く絹糸の様な髪が、サラサラと春の風に吹かれ、散りゆく桜の花びらと共に揺れる。
 あの時は恋だなんて、少しも思わなかった。否、気が付かなかった。
 
 
 第七話 
 
 
 最近馴染みになりつつあった生徒会長のイギリスが壇上に上がり、日本はあの翡翠色の瞳を整列している中からジッと見つめた。
 彼の挨拶は酷く簡潔で分かり易く、生徒内に人気があった。
 壇上のイギリスを見つめながら、今になっても彼と自分が面識がある事自体が少々不思議だ、なんて、恐らくイギリスが聞いたら項垂れてしまう様な事を日本は考える。
 学園祭二日目。昨日も大変な目にあったけれど、やはり自分はお祭り好きらしい。みんなの浮き足立っている姿に思わずわくわくしてしまう。
 ウィッグや袴の着付けは大変だけれども、その分非日常的で面白い。
 ただ残念なのは、一緒に回る人が居ない事だった。
 中国さんは委員会、イタリア君とドイツさんは美術部の当番、韓国さんは部活で出し物。ポーランドさんを誘えばリトアニアさんに悪いし…
 ボンヤリと袴を着込んだまま、廊下の壁を背に思考を回す。一人で回るのは流石に恥ずかしいし……
数分考えた後、店番をやってしまおうと思い歩き出した正にその時、不意に右手を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには先程朝会で見た生徒会長が立っている。
「イギリスさん!……顔赤いですよ?風邪じゃぁありませんか?」
 
 何をとんちんかんな!と思う間もなく、彼女の細く長く、そして少々冷たい指が自分の額にあてられ、益々体温が上がった。
 これはウイルスとかそんなものじゃない。有る意味病といえば病なのだが…と、何恥ずかしい事を考えているんだ、オレは!
「…大丈夫、身体は正常だ。それよりお前、文化祭一人でまわるつもりかよ」
 ハンッ、と片眉を上げて笑いながら、内心頭を抱えて転げ回りたい心地だ。どうして自分はいつもこうなのか……
 自分が可哀想になる程、彼女はキョトンとして、結構どうでもよさげに「ハァ……」と呟く。
 しょうがねぇから、一緒に回ってやる の最初の「し」の字を懸命に言おう言おうと脳から命令を出すも、口からは中々でない。
 そんなオレを見かねてか否か、(恐らくそれは無い)彼女は顔をパッと明るくして、
「もしかしてイギリスさんもお一人ですか?それなら一緒に回りませんか?」勿論だ!と声が出るより先に、思わずその手を取るより先に、
「なっ!だ、誰がお前なんかとっ…!」と180度もいいとこな、まるで妖怪の妖術にでもかかっているんじゃ無いかと思ってしまう程裏返しな言葉が思わず飛び出た。本当に、思わず。しかもカナリなオーバーリアクションと共に。
「そうですか……」
 明らかにシュン、とした彼女が、悲しそうにその瞳を伏せる。ああ、違う、違うんだ。と、浮気した男並に弁解したいが、それすらも出来ない。
 オレが浮気男だったら、離婚だな。なんてくだらない事を考えている間に、彼女は小さく頭を下げて踵を返し自分から遠のいていく。
 
 いくら自分みたいなつまらない華の無い女と歩くのがイヤだからといって、あそこまで否定する事無いのに。
 と、普段あまり抱かない小さな怒りを持ちつつ、日本はツカツカとブーツを盛大に鳴らしながら歩く。
 前は一緒に帰っていただけて、本当にいい人だと思ったのに…!人を嫌った事が無いのに、どうにもイギリスの自分に対する態度には苛々してしまう。
 いやだな。と自分に自己嫌悪を抱きつつ、どうにもイギリスへの怒りも消せない。
 目の前の階段を上ろうとして、そこに見たことのない制服姿の男達がたむろしていた。
「どいてください。」
 と、自分でも吃驚する程トゲトゲしい言葉と口調が不意に飛び出る。思わず口を押さえたとき、彼等の視線が一斉にコチラに向いた。
 ふと不穏な雰囲気が流れた瞬間、誰かが自分の頭にポン、と手を置く。
「連れだ。悪かった。」
 そう言ったイギリスに掌を掴まれ、先程の道を引きずられるかの様に戻る。
 階段がまったく見えなくなったあたりで、彼が自分と向かいあった。翡翠色がキラキラ光る。
「バカかお前は!喧嘩売るつもりかよ。」何度も注意しろって言ってるだろ! と彼が声を荒げた。
 そんなこと、初めて言われ……いや、初めてじゃないかもしれない。けれど、だって、
 
「あなただって私に喧嘩を売りました!」
 予想外に彼女が怒った声を出すものだから、自分は恐らく酷く間抜けな顔をしているだろう。
「だからって、お前な…それにオレは、別に…」
 尻すぼみする言葉が情けない。喧嘩を売ったつもりは勿論無かった。それどころかひざまずいてでも一緒に今日一日回ってくれ!という言うつもり、だった。つもりだった…
「分かった……悪かった。」
 思わず右手で額を抑え、呻くように謝罪を述べるも、彼女は眉間の皺を取り去ってくれはしない。
「私と歩くのはそんなに恥ずかしいですか?」
 ジリ、とにじり寄ってくる彼女を右手で制し、(あまり近付かれると狼狽えるから)思わず横に顔をそらす。体中冷や汗まみれだ。
「だ、誰がそんな事言ったんだよ!」声を荒げて言い返すと、眉を吊り上げた日本も「遠回しで言いました!」と反撃してくる。
 周りの生徒は全員、この不思議な組み合わせの二人組が口論しているのを珍しがって振り返る。
「お前を傷つけるつもりじゃ無かったんだ」という自分のセリフは、やはり説得力に欠けていた。でも、真実だ。
 もういいです。 と、吐き捨てる様に言った彼女が、再び踵を返し自分から遠ざかる。思わず伸びたのは自分の右手だった。
 さっきの様に彼女の右腕を掴み、呼び止めてしまった。振り返った彼女の不機嫌な瞳を見て、無意識に目をそらした。
 
 一体なんなんですか?と問いかけるより前に、彼が口を開く。
「…やっぱり、一緒に、回らないか…?」と。
 
 またいつもの様にキョトンとするとばかり思っていた日本の顔を、イギリスが恐る恐る見上げて思わずビクリと肩を震わした。
 彼女の顔が、あまりにも赤いから。
 ブワッと自分の体温もひたすら急上昇。鰻登り。春先の筍。
 思わず出掛かった恥ずかしさ紛れの悪態を飲み込んで、無言のまま二人で向き合うこと約3分。
 少しだけ目を伏せた彼女が、囁く様な小さな声で「はい」と言う。林檎の様に赤い頬から、目が離せない。
 湿ってきた彼女の腕を掴んでいた手を慌てて振り解き、それじゃぁ行こうか!と妙に明るいが掠れた声を飛び出させ、最初の一歩を踏み込む。
 
 ああ、何だろうコレは。と妙な心地で自分の頬を自分の手で包むと、イヤに熱い。
 彼は引きつった笑みで それじゃぁ行こうか! とやはり引きつった感じで言い、右手と右足を同時に出す。
 やはり自分と共に歩く事を無理してるのだろうか?否、そんな事は無いと、思う。
 どこに行くんですか? と問いかけると、逆に どこに行きたい? と返ってくる。
「そうですね、そういえば昨日からお化け屋敷が凄い人気らしいですよ。行きませんか?」
 そう言った瞬間、彼の顔が盛大に引きつった。
 
 お化け屋敷!よりにもよって……!お化け屋敷自体は何ともない(寧ろ愉快だ)のだが、確かあのお化け屋敷はフランスの所のヤツだ。
 いくらエスカレーターの学校だからって三年は家で勉強してろ!といいたくなる。(因みに他校へ転学の生徒は文化祭に参加しなくて良い)
 日本を連れた自分を見たら、きっと彼はどんな変装をしていても笑い転げ、その上30年後ですらその話をしてきそうだ。
 しかし今更 お化け屋敷は嫌だ。なんて言ったら、自分が幽霊を恐れているようで情けなさ過ぎる。
「嫌ですか?」と心配そうに尋ねてくる日本に、無理矢理笑顔を作って「誰が!」と答えてやった。
 フランスの教室の前には、確かに大勢の人が列をなしていて、その人たちが一斉に自分達をみやる。
 生徒会長の自分とあの中国の妹が二人で居ることがよほど珍しいと見える。恥と優越感が同時に沸いた。
 風紀委員長のオーストリアが、余裕綽々という笑みを浮かべながら僅かに青ざめているその後ろに並ぶ。恐らく彼を誘ったのはハンガリーだろう。
 気の毒に、と自分とさほど立場の変わらない彼に心底同情の念を送る。
 廊下に並べられた椅子の、空いた最後の一つに彼女を座らせて自分は立ったまま腕を組んだ。
 どんな話をすればいいものかと、懸命に頭を巡らせる。そういえば、彼女が何を好きだとか、嫌いだとか全くもって知らない。
 その上、誰も彼もが耳をダンボの様にして自分達二人の話を盗み聞きしたいらしい。そんなに珍しいか?
「次はお茶でも飲みますか?」
 と、彼女も気を遣ってか、先程からしきりに話しかけてくるが、未だにどのように話を繋げたらいいか分からなく頷くばかりだ。
 やがてやってきた順番に、二人連れだって入ると、真っ暗な中にたった一つの懐中電灯を持たされる。
 はぐれないためか、彼女の掌が自分の洋服の裾を掴みピッタリと身を寄せた。激しさを増した動機は、その為。
 
 お化け屋敷、という言葉にもっとおどろおどろしいモノを想像していたのだけれども、実際はマネキンの首が降ってくるとか、突然物音がするとか、どちらかと吃驚系だった。
 彼はこの雰囲気が苦手なのか、と思っていたが、どうやら全然平気の様で、懐中電灯で自分達の足下を照らしながらエスコートしてくれる。
 と、不意にイギリスさんの持っていた懐中電灯の前に何かが躍り出た。
 
 いきなり飛び出した陰に、思わず日本を背後に庇い光を当てると………そこには人体模型の肉襦袢(?)を着せられた、フランスが居た。
 
 驚いて声を上げるより早く、目の前の眉毛はおもっくそ吹き出した。
 まさや、彼がわざわざ此処に来るだなんて思ってやいなかったのに…!その上一日目逃げ出した罪としてこんなモンを着せられている時に限って…!
 しかもかの日本を連れているし…畜生、羨ましいぞ馬鹿野郎!
 腹を抱えて笑い出したイギリスにつられたのか、日本までもが肩を震わせて笑いを必死に耐えている。
「セクハラも自分の臓物を見せるまでになれば天晴れだな。」
 ヒィヒィと目に涙を溜めた笑いの合間にイギリスがそういうと、遂に日本が吹き出した。
 
「クソっ!二度と来るな、ヘタレ野郎!」
 フランスの怒声を聞きながら、日本の手を取り出口へと駆けていく。
 これ以上アイツを見ていたらその内笑い死に…運良く言っても腹の筋肉痛で明日は起き上がれないだろう。
 出口まで突っ走り、やっと明るい所に出ると再び笑いが込み上げてくる。隣に居る日本までもが楽しそうに笑っていた。
「次は喫茶店だったな。オレの所のがいい。本場の葉で煎れてるんだ」
 
 酷く愉快気に彼がそう笑う。文化祭で本場の葉を入れるなど、職権、もとい、会長権乱用にもほどがある。
 たったそれだけで、日本は再び笑いが込み上げてきた。
 彼とこんなに気さくに笑い合う等とは全く思っておらず、下手したら今日は居心地の悪い一日になるのではという考えは杞憂だったらしい。
 
 随分歩いた頃、目の前から歩いてくる生徒が一様に驚いている事に気が付き、ようやっと自分と日本が未だに手を握っている事に気が付いた。
 そして気が付いてしまえばひたすらその事が気になるのが人間の性。
 振り解くには勿体なく、その上また彼女を傷つける事になるだろうし、振り解かないとなると精神が保たない。
 そして考え始めれば、今度は酷く手が湿ってきた気がする。
 チラリと日本を盗み見れば、思い過ごしかどことなく彼女の頬も赤味を帯びていた。
「こ、ここだっ」
 耐えられなくなったのは、イギリス。
 手を振り解き、そこまで変になっていないつもりの仕草で自分のクラスを指さした。
 
 ぎこちない、を体現したかの様な仕草で彼は自分のクラスを指さす。
 その行為は、中国や韓国以外と手も握ったことの無い日本にとって、大変有り難かった。もしかしたら凄く湿っていたかも…
 思わず顔を覆いたくなるのを我慢して、彼のクラスへと入っていった。
 そこは凄く上品な調度で、一介のクラスが文化祭でやっているとは到底思えないセンスの良さである。
 瞬間、自分が凄く場違いな気がして、日本は思わず体を縮ませるが、イギリスはそんな自分をお構いなしで近くの椅子を引いて座るよう促す。
「紅茶は分かるか?」
 メニューを手にとっても、良く分からない名前ばかりがズラリと並んでいる。下手しても自分の家の戸棚の中には一つとして無いだろう。
「いいえ」素直に言うと、彼は嬉しそうに笑い近くの人を呼んだ。
「あれ?会長さんの彼女?ええなぁ」
 ッハッハ、と気さくそうに笑ってから、なぜか肩をビクリと震わせて紙とボールペンを構えた。
 
 彼女、と言われて悪い気はしないが、だからといって恥ずかしくない訳では無い。
 思わずスペインを一睨みしてから、紅茶を二つとガトーショコラを一つ頼む。
 紅茶は彼女が好きそうなレディグレイ。恐らく、気に入ってくれるだろう。
 暫くこれから行く所の打ち合わせをしていると、ようやっと果物の香りを漂わせた紅茶が二つとガトーショコラがやってきた。
 とたん、彼女の大きな黒い瞳が驚きで更に大きくなって、目の前のガトーショコラに注がれている。
「嫌い、だったか?」
 そんな筈は無いと、この間家に行ったときに出されたチョコレートケーキをおいしそうに頬張る彼女の事を思い出す。
 
「い、いえ、嫌いじゃないです……寧ろ、大好きです。」
 まさか、この間の事を覚えていたのだろうか…?
 出されたチョコレートケーキを目の前に、思わず動きが止まってしまった。彼の翡翠色の瞳が心配気にコチラを覗く。
 小さなフォークで一欠片崩して口に運ぶと、とろけるような甘さが一斉に口内に広がった。
「!…おいしいです!」
 悲しいかな、女の性というべきか、甘くておいしいモノを口にすると、もう思わず笑ってしまう。
 
 日本の星でも輝き出しそうな笑顔を見た瞬間、思わず自分までも顔が綻び、慌てて引き締めた。
「そうか。それ、オレの行きつけから呼び寄せたんだ」 本当は、一個だけ。
 嬉しそうに微笑む彼女が、あの果物の芳香高い紅茶を一口口に含み、またもや驚きに目を瞠る。
 料理はフランスにバカにされつづけているのだが、紅茶だけは誰にも負けないだろう。と、心の中一人で笑った。
 
 それから昼まで適当な所に入り、昼飯は文化祭に来る前から贔屓にしているパン屋でお気に入りのヤツを購入。
 お金を払う、と言って聞かない日本を宥め、別段高くもない昼飯とクレープを済ました。
 
「ばっか!男が女に奢られてたまるか!」
 と、「割り勘しましょう」という自分の言葉を全く聞いてないらしい彼が、顔を真っ赤にしたまま言うモノだから、ついつい甘えてしまう。
 いくら財産があるからといって、そこまで贅沢出来る身では無いし。
 全く買い食いをしない自分にとって、代わりに何がおいしいか教えてくれる彼は有り難かった。……たまに外れたけれど。
 それから吹奏楽の演奏を聴き、後夜祭の間までまた子供の様な遊びをして回る。
 彼自身壇上では酷く気むずかしそうだが、慣れれば結構理解出来る。結局、素直では無いのだろう。
 そう思い至り、思わず美術部の絵に見入る彼の横顔を眺めながら密かに笑ってしまった。
 
 よぉく見知った人物と、時折見かける人物が、じっと自分の絵を眺めていた。
「にほーーーん!!」
 大きく彼女の名前を呼ぶと、いつもの様に後ろから彼女の小さな体にガバリと抱き付く。
「わっイタリア君っ」
 驚いた日本が振り返った。可愛いウィッグと、可愛い赤いハカマというヤツを着た彼女はやっぱり可愛い。とにかく可愛い。
 ひとしきり 可愛い可愛い と繰り返した後、ふと後ろに立っている人物に気が付いた。
 どこかで見たことのある緑色の目をした、金髪の人。どこか怒っている様だ。(怒りの感情だけちょっと敏感)
「ええっと……」
 名前を思いだそうとするも、どうも出てこなく、思わず本人の顔をジッと眺めながら手を口に当てる。
「……この学校の生徒会長のイギリスだ。」青筋を立てた彼が、酷く不機嫌な声を出す。ちょっと名前をど忘れしてしまっただけなのに。
「あっ!イギリス!そういえば一緒にご飯食べたね。」
 
 この学校の問題児イタリアは、過去一回仮にも一緒に食事を食べた人物の事までも忘れたのか…!
 思わず戦くのも忘れて、思わず口をあんぐりと開けてしまう。
 この美しい絵達を描き出したのが本当に彼なのか自体、怪しい。
「でも丁度良かったよ、日本。もうすぐ中国がコッチに来るって。一度オレの絵が見たいんだって。」
 にへへ。と笑う目の前の男とその男に笑顔で話す日本をよそに、サァッとイギリスの顔色が真っ青に彩られた。
 中国、というのもあったが、元々今日彼は生徒会長としての仕事があったのだが、それを全てサボってここにいるのだ。
 もし中国に会ったら、きっと弓道の的にされるだろう。
「何時に来ると言っていた?!」
 思わず食い付くかの様に尋ねると、驚いたイタリアは「六時だけどー?」と不思議そうな声を上げる。
 後三分ではないか!
 ああみえて中国は時間には至極真面目なヤツなのだから、きっと今回も一分一秒の誤差だって無いだろう。鉄道も見習って欲しい。
 とにかく「いくぞ」と声を掛けて日本の手を引っ掴み慌ててこの小さなアトリエから飛び出した。
 
 また手を取られ走り出すと、後ろでイタリア君が自分を呼ぶ声がする。
 中国さんにちょっと会いたかったけれど、また変な勘違いをされそうなのでこの方が良いのかも知れない。
「あの!次は何処に行くんですか?」
 美術室が見えなくなったところでようやっと立ち止まったので、肩を上下に動かしながら尋ねれば、彼は無表情で
「オレの部屋」
 と言った。脳裏で、神妙な顔をした中国さんが『男は狼ある』と呟く。
 
 突然、酷く狼狽した様に日本が固まった。
 そこでようやく言い方が悪かった事に気が付き、ブンブンと両手を振って懸命に否定する。
「ち、違う!オレの部屋だと後夜祭のだな、は、花火が…!」
「あ、そ、そうですよね。」今度は羞恥の所為か、更に顔を赤くした日本が自分の掌で己の両頬を抑えた。
 
「今なら警備も甘いから、行くぞ」
 と、自分の変な勘違いから気分を悪くしたのか、イギリスはぶっきら棒にそう告げ、グイグイと先に進む。
 寮自体入った事が無かったから、そこまでの道のりすら不思議で、見たこともないモノの連続で思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。
 学園祭中という事もあり、閑散とした廊下には大きな絵が数枚飾られ、両脇にズラリと部屋が並んでいた。
「此処だ」
 階段を三つ登り、左奥の扉の一つの前で彼が立ち止まりポケットから鍵を出す。
 中は昨日掃除したからなんか変なモノは無い……筈。
 
 開け放たれたまず一番に紅茶の香りがフワリとここまで漂ってきた。彼の香りだ。
「綺麗なお部屋ですね」
 思わずわぁ、と声を上げてしまう程片付けられた室内に、彼らしく趣味が良く調度品が並んでいた。
 隣に立っていた彼が鼻高々なまま「そうだろ」と胸を張る。
「適当に座っててくれ。ちょっと夕飯を買ってくる。」
 そういうと彼は、自分が返事する前に扉の向こうへと出て行ってしまい、慌てて部屋から顔を出すともう既に姿は小さくなってしまっている。
 仕方がないからベッドに腰を落とし、ふと枕元に置かれた文庫本を見つけ悪いと思いつつもそっと手に取った。
 それはこの間一緒に本屋に行き購入した文庫本で、どうやら何度も読み直しているらしく、角が丸くなっている。
 ひっくり返すとカバーの裏に日付が記されており、それは一緒に本屋へ行った日付であった。もしかして一日で読んだのだろうか?それとも…
 ふとドアがノックされている事に気が付き、思わずビクリと肩を震わせじっと扉に目を向ける。
「オレだ。開けてくれ。」
 それは、彼の声だった。慌てて開けると、両手にカレーを持ち手がふさがったイギリスが立っている。
 
 カレーをみて彼女は、少しだけ意外そうに首を傾げた。
「カレー嫌いか?」大抵の日本人はカレーが好きだという偏見を持っていたイギリスは瞬時、不安になった。
「いいえ。でも、イギリスさんがカレー好きなのは意外でした。」
「そうか?」眉間に皺を寄せつつ、彼女の手にカレーライスを手渡すと、自分もベッドの隣に腰を掛ける。
 丁寧な事に靴は脱いで扉の横にチョコンと置かれていて、思わず吹き出しかけるのをグッと飲み込んだ。
「本、読んだのですか?」
 彼女の視線を追いかけていくと、そこにはいつだか一緒に行った時購入した文庫本が置かれている。
「いや…それがまだ読んでいない。あの時学校の方の仕事が忙しくて暫く手に取れなかったからな。」
 変な見栄を張って窮地に陥るのなら、正直に言ってしまった方が楽だろう。
 が、そう自分が言うと、彼女が少しだけ目を見開き固まった。何か変な事でも口走っただろうか。
 取り敢えずモグモグとカレーを頬張ることにしてこの変な沈黙をやり過ごす事にした。
 
 カレーライスの三分の二をやっと食べ終わった頃、背後の窓からドーン、と一つ爆発音がする。
「花火ですね」
 飛び出た自分の声が思っていたよりも浮かれていて、思わず驚いた。
「窓を開けてもいいぞ」
 隣で彼が立ち上がり、自分が持っていたカレーライスの容器を持ち自分の容器と共に机の上に置く。
 それから窓を開け放った私の後ろで電気を消す音がした。
 
 もう一つ、大きな赤い花が大空に咲き誇った。
「綺麗」と彼女のはしゃぐ声が嬉しくて、隣で座る彼女の顔をチラリと盗み見る。
 髪こそ短くなってしまっていたが、そこには四年前とまるで変わらない、ずっと見てきた少女が一心に花火を眺めていた。
 ふとあの髪の質感を思い出し、思わず窓の桟に肘を付けたまま、じっと彼女の顔を眺めた。
 ずっと空を眺めていた彼女が、不意に自分に、自分一人だけにあの黒い瞳を向ける。
 
 横から視線を感じ、見ていた花火から視線を反らすと、いつの間にかジッと彼がコチラを眺めていた。
 思わずその緑色の瞳に吸い込まれそうになり、じっと動きを止めてしまう。
 やがて彼はゆっくりと口を開いた。
 
 身体全身が心臓になったかの様に動悸が激しくなる。
 今か!今言うべきなのか…!?
 
 数秒の沈黙。空には花火。そして、
 
『ゴルァイギリス!!一体どこをほっつき歩いてるあるね!くそヘタレ野郎!我を過労死させる気か!
 今すぐ出てきて仕事やらないと全身の皮剥がしてミキサーにかけるあるよ!!!』
 
 流石中国、と言うべきタイミングで(どこかで本当は見ているんじゃないか?)イギリスの動きを止める名演説を全校放送で流して下さった。
 いつもはクールぶってやがる癖に、昨日から相当怒りが溜まっていたのだろう。
 色々後ろめたい事がありまくったイギリスは、その放送にビクリと身体を震わせて完全に動きが停止した。
 日本は驚いた表情で上の辺りに付いている放送が流れてきた所を見上げる。
 
「一緒に帰るヤツは居るのか?」
 寮生の秘密の抜け道、非常階段まで日本を送り、イギリスは心配そうに少女を見やる。
「はい。ドイツさんとイタリア君がまだ居る筈です。」
 にっこりと微笑んだ日本は 今日は楽しかったです と一度イギリスに頭を下げて、再び顔を上げるとにっこり笑う。
 イギリスにとってはずっと遠くに居た筈の彼女がこんなにも近くに居るのなんて、少し前には想像もしていない事だった。
 手を振って帰路につこうとする彼女を思わず呼び止める。
「……また、本紹介してくれ」
 振り返ったまま日本は、夜の暗さの所為で良くは見えなかったが、少しだけ顔を赤くして微笑んだ。
「はい」
 澄んだ声で返事をし手を振る日本を見送りつつ、これから彼女の兄の所に行かなくてはならないのを思い出し、思わず溜息を吐く。
 
 
 兎に角残ったカレーライスの容器の処理をしようと一度自室に戻り、先程まで二人で見ていた窓から、もう花火の咲いていない空を見上げた。