魚の泪

現代パラレル 女体化 オレンジデイズ(笑)
 
 
 
 もしかして夢だったんじゃないか、そう次の日目が覚めたときをは思った物だった。そして今、いつになったらこの状態に慣れるのだろうと、目の前で自身と目を合わせようとしない彼女を見やる。
 照れて恥ずかしいのだろうなんて、そんな事は勿論理解しているのだが、折角堂々と恋人として扱える様になったのだから、そりゃあ色々アレコレソレとやりたい事はあった……が、目を合わせてくれないのに無理強いする訳にもいかまい。
 イギリスは眉間に皺を寄せ、ちょっと伏せ目がちにそう考えながら、日本が持ってきてくれた弁当をつつく。明日から冬休みに入るというのに、まるでいつもの日と変わらない様だ。
 その一見憮然とした表情のイギリスを、日本はチラリと盗み見た。自分の態度が悪いのだろう事は分かってはいるのだが、どうしても恥ずかしくて顔を凝視など出来ようもない。日本は箸を咥えたまま、聞こえないように小さく息を吐き出した。それから大きく息を吸い込み顔を持ち上げ、やっとイギリスを真っ正面に見やる。
「あの」
 そう、やっとの思いで口に出したはいいが、イギリスが小さく首を傾げてコチラを見やるから、思わず頬を赤くして俯く。
「あの……クリスマスの事なのですが。」
 まるでイギリスの動向を探るように出されたその単語に、イギリスまで思わず体を硬くしてしまう。口ごもる彼女へ助け船を出したいのは山々なのだが、何と言いたいのかまるで分からなかったから何も言わずに小さな日本の姿をジッと見やった。
 クリスマスの事は自分も色々考えていたのだが、どこに行ってもカップルでごった返しているであろうし、その中を車椅子で通るのはあまりしたくもない。勝手な思い込みかも知れないが、恐らく、彼女自身もそういう事を嫌っているような気がしたのだ。
「……前々から約束していた、イギリスさん宅で紅茶の煎れ方、教えてくれませんか?」
 やっと自分の目を見てくれた彼女が、そう言って、ぎこちなくはあるがにっこりと微笑んだ。
 聖夜、恋人、自室。ただその三文字が重なっただけで、フランス似の天使がガッツポーズしている図が浮かんだ。思わず脂汗を額に感じながら、口を真一文字に結んだまま、コクリとイギリスは頷く。
 日本はイギリスの葛藤(?)など微塵も感じ取る事は無く、ただ嬉しそうに微笑んだ。
 
 
 
 魚の泪
 
 
 
 イギリスがプレゼントした羽をモチーフに作られたシンプルなネックレスを胸元に光らせ、日本はその長い睫を付けた瞳を持ち上げた。華奢で白いその存在は、どうみても童顔だというのに、鼻孔をつつく華の香りの様な妖美さを内に秘めていると、最近ようやっとイギリスは理解した。
 時折頬を上気させるその色の様に、彼女の唇は柔らかそうな色を称えている。その唇にそっと己のソレを合わせると、思わず体の芯が震えるような快感を覚える。少々掠れた声色で彼女が自身の名前を囁いた。
 出来るだけゆったりとした動作で、昨日これでもかってぐらい綺麗にシーツを敷いた己のベッドに押し倒す。不安げな黒い瞳が震えながらイギリスを見上げた。一気に上がったのは愛しさか、加虐心か。
 そして世界は暗転。
 
 なんて、そんな事を期待していなかったと言えば嘘になる。勿論嘘になる。が、まだ付き合ってそんなに月日が経っていないのだから、きっとそこは自粛しただろう自信もあった。手を出して嫌われるぐらいなら、まだ耐えてみせる。
 ただ、ただ今の様な状況だけは望んではいなかったと、イギリスは眉間に皺を寄せ、ガックリと項垂れながら自室に居る変なメンバーを目にした。
 
 昼過ぎに日本を迎えに行き、帰りがけ一緒に買い物を済ませ、イギリスの部屋で一緒に紅茶を飲みながら会話を楽しむ。最初はただそれだけで、そりゃあもう幸せな心地にどっぷりだった訳だが、その後がいけない。四時を過ぎた頃になり帰りがけに夕飯を食ってから家まで送ろうという事になり、上着をとる為にイギリスが立ち上がった時だった。ピンポーン、と望んでも居ないチャイムが鳴り響く。
 もの凄く嫌な予感にとらわれながらも、そっと覗き口から外を見ると、やはりというべきか、見知った二人組が大荷物を手ににこやかに立っている。思わず見てはならない物を見たかのように一度扉から体を離すと、後ろで座ってコチラを不思議そうに見ている日本に「ちょっと待っててくれ」とにこやかに一言述べた。それから日本に向けていた笑顔を一瞬で掻き消すと、もの凄い不機嫌顔で扉を開ける。
「……何の用だ。」
 日本には聞こえない様に小さな声で、それでも低くドスをきかせて取り敢えず目の前に立っていたフランスに一言そう尋ねた。と、彼はイギリスが怒っていようがいまいがどうでもいいのか、にこやかに
「クリスマスは家族で祝うもんだろ?」と、いけしゃあしゃあと言ってのける。去年は女と出かけて行ったというのに。
「いつからお前とオレは血縁関係を持ったんだよ。」
 そうイギリスは腹立たしげに舌打ちをしてから返すと、フランスは傷ついた!という表情を瞬時に作り出して大きく肩を竦めて見せた。
「オレ達は家族みたいなもんだろ、なぁ?」
 そして隣に立っていたセーシェルに声を掛けるが、彼女は彼女で二人のやりとりなどどうでもよさげに、自分が持っている大きな袋を見つめて今にも涎を垂らしそうになっている。
「みんなで食おうと思って食材も買ってきたし、ケーキも用意したんだぜ。……て、ことでお邪魔しまーす。」
 ニヤリ、と笑ったかと思うとイギリスが止めるのもむなしく、フランスはさっさとイギリス宅に乗り込む。そして、「あっ」とわざとらしい声を上げた。
「初めまして、おれフランスっていうんだ。よろしく。もしかしてイギリスの彼女?」
 ニヨニヨしながら彼女の横に座り、酷く楽しそうにそう尋ねる。(言ってはいないけれど)知ってる癖にこの野郎!と、もしも日本がこの場にいなかったら殴りかかっているのだが……イギリスは悔しげに奥歯を噛みしめ、取り敢えず日本の横からフランスを引きずり下ろす。
「あの、私は日本と申します。一応イギリスさんとは、その……」
 頬を染め、困ったように伏せ目になった日本が、助けを求める様にチラリと上目勝ちにイギリスに視線を送る。
「か、かわいいな、あんた。」
 そう、思わずという感じでフランスが身を乗り出して日本をハグした。確かにあの動作は申し分が無い程愛らしかった。そしてその為に反応をする事が遅れたイギリスは慌てて日本からフランスをバリッ、と引き離す。
「もうフランスさん、私にばっかり荷物持たせておいて可愛い女の子とハグしてるなんてずるいです。」
 後から大荷物を持って入ってきたセーシェルがぷっくり頬を膨らませ、その形の良い唇を尖らせた。それからニッコリと笑って日本に自己紹介をした後、テーブルに大きな買い物袋を置く。
「……ちょ、ちょっとまて。一体何をはじめるつもりだ?」
 不安げにイギリスが何か準備を始めるフランスとセーシェルに問いかけると、二人はにんまりと笑って声を揃えた。
「「鍋だ!・です!」」と。
 
 頭上にクエスチョンマークを浮かべたままのイギリスと日本を残して、フランスとセーシェルはまるで我が家の様に、実に手際よく着々と鍋の準備を進めていく。予約していたレストランの事も忘れ、ただイギリスは深い溜息を吐き出す。
「あのなぁ……」
 イギリスが苦々しげに口を開いたその時、チョンチョンと袖口を引かれる。引いた本人の日本を、思わず顰めっ面のまま見やるのだが、日本は怯まずにふんわりと微笑んで見せたのだからたまらない。
「折角来て下さったのですから。」
 いや、こいつ等はいつも来てるんだが。という出掛かった言葉は、日本の顔がやけにワクワクしている風で飲み込みざるを得ない。仕方なしに大人しく(膨れっ面ではあるが)席に腰を下ろし、二人の動向を見ていることにした。
「お邪魔す……あー!女の子やん!!」
 今度は突然、チャイムも無しに扉が開け放たれて、嫌にテンションの高い男の声が狭いこの部屋に響き渡った。と、続けざまにもう一人の声が聞こえる。
「女の子!?どけ、スペイン!」
 そう、スペインの後ろから声が聞こえたかと思うと、にょきっと日本も見知った顔が突然現れた。
「イ、 イタリアさん」
 否、どこか違うぞ、と感じるよりも早く、日本は思わず口にしてしまうと、彼はその場にいる男陣は見たこともないだろう満面の笑みを浮かべて見せた。
「オレはロマーノ。弟の知り合いなのか?」
 いつもだったら弟と間違えられると大激怒する癖に、ロマーノは女の子相手となるとてんで調子が良い。
「イタリアさんのお兄さんなのですか?イタリアさんには仲良くさせていただいております。私は日本と申します。」
 照れて笑う日本に、ロマーノは満足そうな笑顔を向けると、スペインよりも早く部屋に上がり込み、さり気なく日本とセーシェルに近い席をとった。日本の横に座っているイギリスは、突然の闖入者とこれからの展開に考えを巡らせ、そして深く重い溜息を吐き出す。
「さ、そんな訳で乾杯しましょーよ!」
 どんな訳か、セーシェルは高らかにそう言うと、天高く己のグラスを掲げたものだから、みんなもつられて酒がつがれたグラスを持ち上げる。ただイギリスだけは日本を送ること考え、グラスの中身は烏龍茶である。
「イギリスさん、祝・彼女が出来ましたぁ!乾杯!」
 満面の笑みでセーシェルはコップを持ったままそう言い放つと、日本はセーシェルの言葉に驚き少しだけ瞳を大きくさせた後真っ赤に染まり、イギリスは動揺したのか烏龍茶を飲み損ねて思いっきり咽せた。瞬時、フランスが笑い出し、ロマーノが勢いよく立ち上がる。
「か、かのじょ……」勢いよく立ち上がった割に、力なく呟き、眉間に皺を寄せてそのまま無言で座り込んだ。散々イギリスの事を性悪だ眉毛だと陰口(?)を言っていたのに、自身より早く彼女とか作ってしまうのが憎らしかった、のかもしれない。そうスペインは勝手に解釈し、笑いながら配られた酒に口をつけた。
「……これはお兄ちゃんに報告しないと、ね。」
 不意にテーブルの下から声がし、その場にいた日本以外の面々の背筋が冷たくなったと言っても過言では無いだろう。恐ろしくてテーブルの下を覗けないまま、笑っていたフランスまでもが言葉を飲み込む。
 その気配とは真反対に、クスクス喉を鳴らしながらテーブルの下からヌッとロシアはその巨体を現す。
「初めまして、僕は院生のロシア。君のお兄さんとは昔仲良くして貰っていたんだよ。」
 誰かがその出現に突っ込みを入れるよりも早く、ロシアは腕を伸ばして日本との握手を求めた。その巨体、笑顔に圧倒されていた日本も、差し出された手を思わず握り返す。そしてその光景を、後ろでイギリスが顰めっ面で眺めていた。
「っていうかお前、いつ入ってきたんだよ」
 半ばあきれ顔でフランスがそう問うと、ロシアは小さく肩を竦めて「スペイン君たちと一緒にだよ。気が付かなかった?」と飄々と笑った。それならばなぜテーブルの下に居たのか、なんて、勿論誰も聞けずに酒に口をまた付ける。
 
 イギリスは眉間に皺を寄せ、ガックリと項垂れながら自室に居る変なメンバーを目にした。夜中の11時を超える頃にはみんなすっかり出来上がってしまって(ロシアの顔色は一切変わっては居なかったが)各々泣いたり笑ったり歌ったり、そしてもう鍋などつつくものすら無いほどだ。
 日本はそこそこお酒に強いらしく、ふんわりと笑って出来上がった人間がはしゃぐ様子を見つめている。ただその頬は少々赤い。ただ一人、完璧なシラフであるイギリスだけが、ただ冷静に事の成り行きを見ることが出来ていた。
「あのね、良いことを教えてあげるよ」
 不意に、本当に不意に、全く背後に来ていた事など気が付かない内に、耳元でロシアの声がし、全身の鳥肌がザワッと立つ。慌てて耳を押さえ後ろを振り返ると、そこには誰が持ち込んだのか、ウォッカを持っているロシアがにこにことしている。
「君、確か学校は彼女のお兄さんと同じ学校だったよね?」
 イギリスは眉間に皺をよせるものの、聞いておいて損はないだろうと何も言わずに先を促す。
「だったら知ってると思うけど、彼、一度だけ問題起こしたんだよ。喧嘩でね、相手をぼっこぼこにして病院送りにしたんだって。」
 酷く楽しそうにそう話すロシアは、いったんそこで切って、もっと体を乗り出してイギリスに近付いた。思わずイギリスは後退する。
「彼は高校1年生、相手は3年生でね、理由は相手が妹にちょっかい出したから。ここら辺は噂でしかないけど、足が動かないことを良い事に絡んでたのを見つけて、それで相手側三人全員病院送りだよ。」
 まず一番に覚えたのは、中国に対する恐怖心では無くて喧嘩したという相手に対する、チリッと点火するマッチの様な怒りだった。それからすぐに、ロシアが「次に君に会うとき、集中治療室じゃないことを望んでるよ」という至極楽しそうな声色でそんな事を言う物だから、思わず青くなる。が、自身は勿論その時の男達と心持ちは違うのだから、きっと話せば分かってくれるだろうと、一生懸命自分に喝をいれてやる。
 
「そろそろ帰った方がいいな。」
 チラリと時計を見やり、終電一時間前である事を確認すると、イギリスは日本に向かってそう言った。と、その場にいたロシア以外の面々は不満げな顔をするが、文句は口に出さない。
「今日はとても楽しかったです。また機会が御座いましたら、是非お声を掛けてください。」
 酒の所為か、やや頬を朱くさせた日本は一つお辞儀をすると、イギリスに差し出された自身の上着に袖を通し、差し出された腕に捕まり、やっと立ち上がった。アルコールが入っている為だろう、いつもよりも言うことを聞いてくれない足を懸命に動かして玄関に置かれた車椅子にやっと腰を下ろした。
「オレが居ないからって暴れたりするなよ。」
 顔を顰めてそう忠告するイギリスに対しては、全員軽く肩を竦めるだけ。代わりと言ってはなんだが、各々日本への別れの挨拶を口にして手を振る。そうしてイギリス邸でのクリスマス一応一幕おりたのだった。
 
「今日は悪かったな、あいつらにつき合わせてしまって」
 彼女の家のすぐ手前、およそ天の頂上に居る丸い月を見上げながら、イギリスはまずそう切り出した。しゃべればしゃべるだけその吐き出された息は白い靄となって、空中にかき消される。
「いいえ、すごく楽しかったです。あんなに大人数でご飯食べたりするの、初めてです。」
 心なしか弾んだ調子の彼女の声色に、思わずイギリスは頬を緩めずにはいられなかった。実際当初は予約していたレストランもおじゃんとなり、少々腹立たしかったのだが、日本の楽しそうな様子が見られたのでOKとする事にした。
 前に水族館で聞いた話からするに、ちょっと高いレストランよりも鍋パーティーの方が彼女の憧れだったろう。
 イギリスは笑みをたたえていたその唇を、キュッと閉めポケットの中の箱を握った。本当はレストランで渡そうと思っていたのだが、機会を逃してしまったためにいつ取り出そうか先ほどからずっと悩んでいる代物だ。今しかないのは確かなのだが。
 そしてイギリスが口を開くよりも早く、日本が「あの」と声を上げた。
「……なんだ?」
 出鼻をくじかれて少々戸惑いながらそう返すと、
「すみませんが、こちらに来ていただけますか」
 と、酷く申し訳なさそうな様子で日本はそう呟く様に言った。車椅子を押していたイギリスは、グルリと日本の前にやってきて目線が合うようにしゃがみこむ。
「あの、これ……」
 白い手袋をはめた日本の手のひらの中に収められた品物を、彼女は不安げに自分に差し出す。長方形をしていて、綺麗にラッピングが施されていた。
「あ」と声を漏らし、慌てて自身のポケットの中から彼女宛のプレゼントを取り出す。目の前に翳されたソレに、日本は少しだけ瞳を大きくさせてから、ガラス細工を扱うようにそっと手にした。
「……開けても、いいですか?」
 その箱がまるで神聖であるかの様に、日本は小さな声色でイギリスに許可を請う。
「ああ、その為に買ってきたんだ。オレも、開けていいか?」
「はい。」
 にっこりと微笑んでイギリスの言葉に返事をすると、徐に、そして丁寧に包み紙を自分の膝の上で剥がしていく。対してイギリスが、包み紙などまるで無視して開けている様子みて思わず喉を鳴らして笑った。
 やがて外装が剥がされた白い箱が、二人の手の中に月に照らされて姿を現す。どちらともなく、そっと宝箱を開けるように開かれたその中身を見やり、二人とも同時に小さく息を飲む。
「……綺麗」
 先に言葉を発したのは日本で、イギリスはその声につられるように彼女に目線をやった。顔を綻ばせた彼女の目線の先に、寒い中、もの凄く恥ずかしい思いをして選び抜いた、シンプルな羽を象ったネックレスがキラリと光っている。
「ありがとうございます。大切に、します。」
 胸元にそっと抱いて彼女が笑う姿を、イギリスも頬を緩めて見やった。あれ程恥ずかしい思いをした甲斐があったと、その笑顔を見られるだけでそう感じる。
「こちらこそ大切に使わせて貰う。」
 箱に収められていた腕時計をそっと取り出し、彼女の前に翳すと、日本は照れたように笑う。その姿に、身を乗り出して一度口づけると外気に晒されていたせいかお互いいつもより随分冷たかった。
「……それじゃあな。また後でメールする。」
 名残惜しいのを気取られないように出来るだけ軽く手を挙げてそう合図すると、日本も柔らかい笑顔を浮かべて「お休みなさい」と頷く。そしていつもどおり彼女が家にはいるまで見届けてから、家に残してきた奴等の事を考えて足早に帰路に着いた。
 途中見上げた空は、冬だからか星が酷く綺麗だった。