魚の泪

現代パラレル 女体化 オレンジデイズ(笑)
 
 
 
 2月12日。現在大学生は長期の冬休みで、日長一日アルバイトに勤しんだり、休みの日は一日ボーっとしたり、そして恋人と連絡をとったり……イギリスは喜ばしい事にか、その全てに当てはまっていたりした。
「……は?昨日誕生日だったのか?」
 会えない日は電話をよくしたのだが、電話口でイギリスは初めて知った、あまりにも驚愕な事実にただ呆然と口を開く事しかままならない。
 狭いアパートの一室、イギリスはあぐらをかきながら電話をしていた癖に、日本からの言葉に思わず正座をした。
「何で言わないんだ。」
 額を押さえ、絞りだすため息の様な言葉に日本はキョトンとした声色で返す。
『そんなに大切な事じゃない気がして・・・』
 そんな、彼女の性格から考えれば確かに、自分から聞くべきだった。そうひどく後悔を覚え、イギリスは眉尻を下げる。記念日をやたらつけたがる女は確かにうざったいが、日本程無頓着だと逆に悲しい。
「取り敢えず明日、いや、明後日会えないか?」
 明日のバイトはどうにか休みを貰って、彼女のプレゼントを買いに走らなければなるまい。そう決心をすると、微かな間の後に日本が「・・・はい」と小さな声色で返してきた。
 
 
 
 魚の泪
 
 
 2月14日、久しぶりという程では無いが久しぶりに彼女に会った。やはりまるで変わらない姿で、日本は微笑みながら迎えに来たイギリスに手を振る。日本の家の近くの公園で落ち合う、というのがこの二人にとっては最近の暗黙の了解となっていた。
 本当は家まで送り迎いしたいのだが、もし彼女の兄に会ってしまったら、という戸惑いがある。まさかそれを日本に言えなかったが、察しがよすぎると言える日本、彼女が取りはからってくれたのだ。……実際の事を言えば兄に、恋人が出来たと言う事が恥ずかしかったのだけれど。
「イギリスさん、お久しぶりです。」
 ほふっと彼女の口から漏れた息が白いもやとなってフワフワ空に飛んでいった。寒さで頬が赤くなり、鼻の先も少々赤い。
「……待ったか?」
 手袋がはまった手の先でその赤い頬を包み込むと、彼女は微笑む。
「いいえ、ちょっと早く来てしまっただけです。」
 じゃあやっぱり待ったんじゃないか、と、口の中で呟き破顔する。が、あまり人気があるとはいえないこの時期の公園に一人待たせる、というのもやはり心配ではある。ならば、今度こそ日本より早く来よう、と密かにイギリスは心の中で決心した。
「取り敢えずこんな寒いところに居るのもなんだから、オレの家に来ないか?」
 電車で少々時間が掛かるが、一番安上がりで暖かく、周りの目も気にならない所という訳で、二人の定番デートスポットといえば最近は専らイギリスの部屋であった。「はい」と笑う日本の車椅子を押しながらイギリスも笑う。
 
 そんな訳で最近は信じられないほどに美しく整頓された部屋に彼女を招き入れ、紅茶と昨日買っておいたケーキを取り出す。
「二人でワンホールは流石にどうかと思って、こんなに小さいが……」
 苦笑いを浮かべながら彼女の前にそのチョコケーキを置くと、パッと目を輝かせる。来る度に種類を変えて菓子を出すのだが、前に一度出したこのチョコケーキが一番目を輝かせていたのを、はっきり覚えて脳内でメモしておいていたのだ。こういう時にと思って。
「……本当はもっと色々してやりたいんだが、何分貧乏学生だからな。」
 がっくりと肩を落として素直にそう言うと、ケーキにフォークを差し込んでいた日本はクスクスと笑った。
「そんなのいいです。一緒にいて下さるだけで嬉しいです。」
 ほわほわと、恐らくお気に入りのチョコケーキを食しているからこそだろう上機嫌で日本はイギリス自慢の紅茶を啜る。イギリスもつられて笑顔を浮かべ、やっとケーキにフォークを差し込む。
「じゃあ今度、どこにでも好きなところ連れて行ってやる。」
 そう、イギリスが何気なく言うと、顔を持ち上げた彼女は目を瞠った後、「本当ですか?」と声を上げた。
「どこか行きたい所あるのか?」
 少々身を乗り出して問うと、彼女は少しだけ戸惑ってから怖々と「遊園地に、行ってみたいです。」と呟く。
「昔、ずっと小さい頃に一度だけ行ったことあるのですが、この足なので家族に迷惑ばかりかけてしまった記憶が無くて……」
 恥じるように笑う彼女に、幼い頃ならそんな事気にすること無いのに、と口ごもり小さく目を伏せる。この間のギリシャという青年と彼女の会話で、確かに自分は日本の過去を何も知らないのだと実感させられた。しかし!必要なのは今と未来では無いか、そうじゃないか、と自分を慰める。
「そうだな。今度のデート先は遊園地に行こう。」
 パッと彼女の黒い瞳が和らぎ、本当に嬉しそうに微笑んだ。
 
 夕飯は買っておいた(自身でやりくりしている学生にとっては)豪勢な食事を出し、夜の八時までついつい話し込んでしまった。大学三年生としてはどうなのか、門限として次の日になる前に彼女を家に帰さないと彼女の兄が包丁を持って乗り込んでくるだろう。
 やっと小箱を差し出し、パカッと開く。こいつのお陰で折角の誕生日だというのに相も変わらず自宅デートにしてしまった。
「誕生日、おめでとう。」
 ゴホン、と一つ咳払いをしてから恭しくそう言い、ちょっとばかり頬が熱くなるのを思う。
「オレはお前に……日本に会えて良かった。」
 少々重くはないかと危ぶみながら購入した指輪が、電気の安っぽい光でも綺麗に輝かせる。クリスマスにプレゼントした羽をモチーフとしたネックレスと対になる様な、シンプルだがそれなりに品があるのを、確かに選んだつもりだ。
 小さな沈黙の後、そっと日本はやっと小箱に手を伸ばした。
「ありがとう御座います。何か私、貰ってばかりですね。」
 小箱を抱いて嬉しそうに笑うのだが、少しだけ申し訳なさそうにその形の良い眉を曲げる。その胸元にはプレゼントしたネックレスが光っている。
 いや、見返りを期待してやっている訳では無いから……。と言おうと口を開きかけ、それよりも早くに
「だから」と日本が直ぐに口を開く。顔を持ち上げて彼女を見やると、ちょっとだけ視線を外していた日本が大きな潤んだ瞳を持ち上げてイギリスを上目がちに見やった。
「だから、その……実は、今日兄は、出張で帰ってこないんです。」
 一度イギリスに向けられたその視線は再び外されて、その白い頬が瞬時に赤く染まる。イギリスは、言おうとしていたセリフなど当然の様に忘れ去って、ただぼんやりと一気に乱雑になった脳内の整理に懸命に勤しむ。それは、つまり、そんな……
 時計の針がただ、長い夜を告げる。
 
 一瞬躊躇してから、本当に触れるか触れないか程のキスを落とす。たったそれだけで、見つめた彼女の黒く大きな瞳が揺れた。
「……日本」
 自分でもそれと分かる上擦った声色で彼女の名を呼び、今度はもっと深く唇を落とした。体重の重心が変わったせいか、安っぽいベッドのスプリングが軋んでなるのを聞きながら、彼女の微かに開いていた口の合間から舌を忍び込ませると、驚きでか彼女の体がビクリと震える。
 口内の上あごをなぞり、少々逃げかけていた彼女の舌と重ねる。彼女の指先と違い、ずっと体温の籠もったその感触に既に意識が飛びかけた。ぎこちない動きの彼女の舌を絡めさせながら、何度も何度も角度を変えて執拗ともいえるほどにキスを繰り返す。時折出来た隙間から、彼女が小さく甘い吐息を漏らすのを聞きながら、彼女の胸の膨らみに手を伸ばす。
 一度唇を離し、その不安そうな顔と潤む黒い瞳を見つめる。もう一度、囁く程に彼女の名前を呼び、右の首根に顔を埋めさせそっと舌の先でなぞった。
 ふ、と小さく息を漏らして彼女がピクリと震えた。右手で器用に日本のブラウスのボタンを外しながら、首、鎖骨、と、滑らかな肌を舌先に感じる。ブラウスのボタンを外し終え、露わになった白いブラジャーを指先で少しだけズラしたとき、
「あの……電気を。」
 と、熱っぽい声色で、小さく喘ぎの様な言葉をやっとという様に日本が漏らす。怖いのか微かに体が震え、その震えが声にまで伝わっていた。
「……ああ」
 返事をし、彼女の体から離れて電気のコードに手を伸ばそうと体を伸ばした正しくその瞬間だった。鍵をシッカリ閉めたと信じ切っていたイギリス宅の扉がもの凄い勢いで開くと、既に泥酔状態のセーシェルとフランスが転がり入ってきた。
「イギリスさぁーん、お酒のみましょ、おさ……」
 一瞬その場の全員が状況を飲めずにシン…と嫌な沈黙が走る。いち早く日本がブラウスを手繰り寄せて胸元を隠す、それがやっと出来た事だった。
「イ、 イギリスさんのハレ……ムグッ」
 顔を朱くして叫びかけた泥酔状態のセーシェルの口を慌てて後ろに居たフランスが塞ぎ、青い顔で空笑いを浮かべる。
「いやぁ、まぁ、なんだ……ゴムはつけろよ!」
 苦し紛れにフランスは親指を立ててそういうと、右腕を上げセーシェルを抱えて素早く扉を開き出て行った。イギリスは立ち上がって今度こそしっかり鍵を閉めようとするのだが、それよりもふと日本の顔に目線を落として動きを止める。日本が顔を耳の先まで真っ赤にして、眉を歪め、大きな目に一杯の涙を溜めていたからだ。慌ててその頬に触れようと腕を伸ばすと、軽く俯くように身をひかれ避けられた。
「日本」
 身を屈め名前を呼び目を合わせようとするも、それすら俯いて応えてはくれない。ただ小さな声で「今日は帰ります……」と呟き、手早くブラウスのボタンをかけ直す。
「日本、怒ってるのか……?」
 怖々尋ねるが、日本は俯き無言のままウンともスンとも言ってはくれない。ベッドの横に置いてある車椅子を無言で引き寄せると、イギリスの手を借りずに乗り換えようと身を乗り出すが、その指先も震え、うまく出来なかった。転んでしまうよりも早く、イギリスは慌てて手を貸し彼女を車椅子に移す。
「オレもちゃんと鍵を閉めてなかったのが悪かった。」
 許しを請う様にイギリスが日本の顔を覗き込むが、相も変わらず泣き出しそうなその顔に閉口するしかない。あくまで貞淑を美徳とする彼女だからこそ、この場面を見られてしまったことに対する恥ずかしさは尋常で無いらしい。
 何も口を聞いてくれない彼女に聞こえない様、小さく小さく溜息を漏らしてイギリスは顔を覆う。嗚呼、悲しきかな動物の性。
「……分かった。ちょっとトイレに行ってくるから待っててくれないか?」
 そう一言言い置いて、申し訳ないことながらトイレに駆け込み、何事も無かったかの様な顔をして出てくる。そしてやっと帰りの支度を済ませて家を出た。
 
 未だそこまで時間が過ぎていないからか、それなり人の多い電車に乗って、彼女の家の前まで送り届ける。その間一言も何も喋らない日本を気にしつつ最後まで送ると、いつもの様にそのまま別れようとした、のだが、それよりも早く、
「あのっ」
 と、それまで怒っていたのか恥ずかしかったのか黙り込んでいた筈の日本は、まるでその気色もなくイギリスと目があった瞬間、ニコッと笑う。思わず固まってしまったイギリスに、ちょいちょいと手招いて家を指さす。
「まだ電車ありますよね。ちょっと、寄っていきませんか?……ここなら誰の邪魔も入りません。」
 そう笑う彼女に、まさか「何の?」と聞くことも出来ずに、思わずただコクコクと無表情で頷いてしまった。
 
 車椅子を自分で動かしながら、日本は暗い廊下に光を灯して寒い室内の暖房を入れていく。大きな一軒家の中はやっぱり整理されていて、リビングから見えた和室の中に置かれた仏壇に二つのまだ若いだろう遺影を見つけて思わず押し黙る。
「何か飲みますか?」
 台所から聞こえた日本の声に思わず弾かれた様に顔を持ち上げ、慌てて「コーヒー以外だったら何でもいい」と返し、テレビの前に置かれたソファーに座る。本当になんとなくだが、台所が見える使い古された椅子に座るのは何となく躊躇われたのだ。
「すみません、こんなのしか無くて。」
 そう照れたように差し出されたアップルジュースを受け取ると、そっと口を付ける。まさか家の中に招かれるなんて微塵も考えていなかった為に、そのジュースが酷く緊張し渇いた喉に有り難かった。
「……お隣、良いですか?」
 自身の家だというのに遠慮する様に、照れて笑った彼女がそう言うものだから手を伸ばして立ち上がるのを手助けする。ポスン、と隣りに座った日本が、彼女にしては珍しく自分からちょっとだけ体をすり寄せ、その甘い香りを舞わせた。
「に、日本?」
 腕に自分のそれを絡ませ、イギリスの肩に頭をもたげさせた日本に、半ば驚き、半ば嬉しくてその名前を呼ぶ。と、数秒の沈黙の後、ポツリと日本は口を開いた。
「……本当は私、ちょっと悔しかったんです。」
 予想もしていなかったその言葉に、驚いてイギリスは日本を見やる。日本は顔を少しだけ上げてまたにっこり笑った。
「だって、私達手を繋いで歩く様な、普通の恋人がする事がまるで出来ないから……だから、いつかイギリスさんが私のこと飽きちゃうんじゃないかって、そう考えると怖くて、悔しくて……私の方から誘うなんて、はしたなかったですよね。」
 眉尻を下げて申し訳なさそうにしている日本に、慌ててイギリスは首を振る。
「い、いや、こっちも無理強いはしたくない……」
「……イギリスさん」
 ふと良い雰囲気が流れ、時間にしてほんの数秒見つめ合った後、顔を赤くした日本は半ば慌てる様にイギリスから視線をそらした。
「あ、あの、映画見ませんか?前に見たいっておしゃってた映画のDVD、兄が買ってたんです。」
 日本がそう言うとイギリスも慌てて「あ、ああ、そうだな」と慌てて返し、立ち上がる。そして手渡されたDVDをセットし、自分で取りに行くと主張する日本を宥めて指定された押し入れから毛布を一枚取り出した。
 二人でその毛布にすっぽりと包まれると、先程までの肌寒さも無くなりぬくぬくと暖まる。このままここで映画を一本見たのなら必然的に電車も無くなってしまうだろうが、朝一で目を覚ませば彼女の兄と顔を会わせなくても帰れるだろう。やがて始まった映画だが、これが中々に面白くない上、隣りで密着する日本が気になって内容が頭に入っては来ない。中盤までは。
 
「ぎゃぁぁぁぁぁああああああ!!!」
 朝目が覚めたのは携帯の目覚ましアラームでも、清々しい鳥の鳴き声でも無く、あまり聞き慣れていない男の叫び声だった。その叫び声でぼんやりと目覚めてから、隣で寝ていた日本に気が付き、思わず飛び上がった。彼女も彼女でゆったりと目を覚まし、まず一番にイギリスを見つけてぼうっとイギリスの顔を見やった。
 そこでようやく昨晩映画を観ていた途中で寝入ってしまっていた、という事を思い出し、バッと腕時計に目線をやって瞬時に青くなる。そして、じくにゆっくり、叫び声が聞こえた右斜め前方に目線をやった。
 そしてそこに、予想通り(あまりそうあっては欲しくなかったが)、スーツに身を包んだ彼女の兄、中国が形容しづらい顔をし、わなわなと震えながら立ちつくしていた。
「に、兄さん!」
 やっと目の前の人物に気が付いた日本が慌てて立ち上がろうとするが、勿論立ち上がれずに倒れかけた所を思わずイギリスが抱き留める。と、その瞬間また中国は「ぎゃっ」と叫ぶ。
「に、に、に、日本。これはどういう事か、説明するある……」
 上擦って掠れたその中国の声に、日本はキッと目線を真っ直ぐに向ける。
「イギリスさんとは、お付き合いさせていただいてます。私の大切な方です。」
 彼女の発言にはあまりにも真っ直ぐなその言葉に、イギリスは思わず赤面し、中国は更に青くなった。しがみついている彼女の、その力が若干強くなる。
「お、おま……この間我が言ったこと忘れたあるか?!こいつは高校の頃……」
 うっ、と昔のことを出されると弱いイギリスは思わず顔を反らすが、日本は眉を上げたまま、中国が言い切る前にたてついた。
「元ヤンだか何だか知りませんが、そんな昔のこと今とは関係ありません。」
 弁護されている事よりも、彼女にまで元ヤンとか知られている事に泣き出しそうになりつつも、この不可思議な兄妹げんかに冷や汗を垂らす。どちらも宥め様にも、この会話に参加していいものかさえ戸惑われる。
「私もう大人です。兄さんに口を出して欲しくありませんっ」
 日本のその言葉に、ムッとして中国は眉を吊り上げた。
「肉親が、兄が妹の心配をして何が悪いか!いいから早く帰って貰え。」
 日本も日本で頬を膨らませて納得しきっていない様子なのだが、これ以上エスカレートしてしまっては、と、慌ててイギリスが「オレ、もう帰るから」と日本に言う。まるで逃げ帰るみたいで情けないのだが、こうするのが一番ましだと、そう思うことにした。
 イギリスを見上げた日本は、少しだけ目を細めて泣き出しそうな顔をする。
「……では、そこまで送ります。」
 ぽつんと言われた言葉に、なぜだか酷く罪悪感を覚えて「ああ」と頷く。玄関先で見送る日本は、半ば泣き出しそうな顔で手すりに掴まり、小さく
「ごめんなさい」と呟いた。
「寝てしまったオレも悪かった……後で直ぐメールするから。大丈夫か?」
 不安げに日本の顔を覗き込むと、顔を持ち上げた日本は眉を歪めたままだがふんわりと微笑んだ。
「大丈夫です。」
 
 確かに、そう言ったのに、家に帰ってからすぐに送ったメールの返信が無いままやがて日が落ちてしまった。まさか、まさか、と、まるで小説の内容にでもあるかの様な妄想が頭の中で繰り広げられ、風呂に入る時まで携帯をすぐに取れる所に置いていた。
 そうして夜の八時を超える頃、急に携帯が鳴り、台所に立っていたイギリスは慌ててテーブルの上の携帯に手を伸ばす。主はやはり待ち望んでいた日本で、慌ててイギリスは通話のボタンを押して耳に押し当てる。
「……日本か?どうしてメールに……」
 言葉を続けようとした時、向こう側の彼女の異変を感じて思わず口を噤む。名乗りもしないし、ウンともスンとも言ってくれない。もう一度彼女の名前を呼ぼうとしたが、不意に日本の声がした。
「イギリスさん……」
 くすん、と彼女が鼻をすする音がし、思わずイギリスはギクリとさせられる。
「どうした?風の音がするが、もしかして外に居るのか?」
 慌ててそう問うと、精一杯明るい声色で彼女が、ごく軽いのを装って言った。
「実は、兄に内緒で、家、出てきちゃいました。」と。