現代パラレル 女体化 オレンジデイズ(笑)
まさかの家出発言に、思わず一度聞き返してしまったが、急いで掛けてあるコートを引っ掴むと、慌てて家を飛び出す。
「取り敢えずそっちに向かうから。」と、言い置き電車の中で苛々と時計を睨む。
家出、というワード自体心配なのだが、それよりもこんな真っ暗な中、いつものあの暗く人通りの少ない公園に一人だという事実が何より心配だった。電車の扉が開くとすぐに飛び出し、いつもの公園まで走る。
公園の電灯の下、白い光を浴びて車椅子に座り俯いていた彼女が、人の気配に気が付いて顔を持ち上げ、イギリスを見つけるとニコリと笑った。イギリスはその様子にほうっと息を吐き出すと、彼女の元へと走る。
「……日本、どういう事だ?」
日本がその細い腕を伸ばすものだから、身を屈めて日本の体を抱きしめた。
「だって……兄さん、イギリスさんと別れろっていうんです。」
耳元で唱えられた言葉に、なぜだか動揺も起こさずに「そうか。」と納得してしまう自分が居る。それならば仕方が無い、と、そう思えてしまう。
魚の泪
それでこれからどうする、と言えずにイギリスは日本に取り敢えず夕飯として用意したスープを暖めなおして手渡す。本格的深夜まで日本がここに居たことなんて初めてだから、どうにも違和感を覚えずにはいられない。
「兄さんには何か言ってきたのか?」
スープをすする彼女に、まさかと思うがそう尋ねると、顔を持ち上げた日本は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「兄さんがお風呂に入ってる間に書き置きして出てきてしまいました。つい勢いで出てきてしまったけど……あの、やっぱりこんなのご迷惑ですよね。」
しょぼん、と俯いてしまった日本を前に慌てて頭を振った。確かにここから色々大変だろうが、家出までしてくれた事が帰って嬉しくもあった。
「別に大丈夫だが、心配をあまり掛けない方がいいだろう、な。」
喋っている途中から急に、彼女の兄が乗り込んできた時の対応をどうしようか、なんて考えだしてしまい喋りが途切れかける。日本は顔を持ち上げて、やはり困った様にイギリスを見やった。
「……取り敢えず今日はここに泊まるか?」
チラリと壁に取り付けられた時計に視線をやると、まだ数本電車は動いていそうではあったが、事態は早めにするべきなのか向こうの怒りが収まってからにすべきなのか、イギリスには計りかねる。そして不謹慎ながら、先日の続きがあったりなかったりするのでは無かろうかと、密かに考えている自分が憎い。
日本は少しだけ動揺するように瞼を伏せると、小さく「……はい」と応える。懐かしいかな、脳内で再びフランス似の天使がGoodサインをイギリスに送った。
「取り敢えず風呂に……」
そう言いかけて、彼女が鞄一つしか持ってきていないのに気が付きふと口をつぐんだ。
「……服は、オレのを着るしかないな。というか、一人で大丈夫か?」
まさか一緒に……とは言えずに、口元に変な笑いを浮かべて尋ねると、真意を理解しきれていないらしい日本は赤くなることも無く、ちょっとばかり首を傾げ笑い頷く。
「そ、そうか。今タオルと服準備するから。」
立ち上がり小さなユニットバスに入ると、タオルと出来るだけ小さな服を選んで置いておく。そして一応洗面所と風呂場を隅々チェックし、リビングで待っていた彼女の元へと帰った。
彼女を風呂場まで送ってから数分後、最初にバシャーンと激しい音がして、思わず駆け込もうか迷ったが、どうにか抑えて外から「大丈夫か?」と尋ねた。直ぐに明るい声で「はいっ」と返ってきて、安堵の息を洩らす。この部屋は当然バリアフリーなど全く設置されていないし、風呂場にもそれは無い。風呂場で足を滑らして頭を打って死んでしまうなんて、良くある話。
そう、色んな意味でドキドキしながらジッと待っていると、やがて風呂場から呼ばれた。出向くと、洗面台につかまって立った全く無傷である彼女がニコッと笑う。
「すみませんが、杖を取ってもらえますか?」
促されるまま、慌てて杖を取ってくると日本に手渡す。いくら小さめと言えど、身長の差がゆうに15センチはあるのだから、自身のTシャツはちょっとしたスカートだし、ズボンは幾重にも折られている。なぜだかその姿に軽くドギマギしつつ、かの腕をとってリビングまでエスコートする。
「次オレ入ってくるから、好きにしててくれ。」
ニコリと笑う彼女を見届けてから風呂に入るのだが、時間が経てば経つほど淫夢なのでは無いかといっそ自身の道徳心まで危ぶんでしまう。そんな訳でいつもより随分ゆったりと風呂を済ませ、ドギマギしながらリビングに着いて、思わず頬を緩めた。日本はソファーに身を沈めて、既に寝息を立てていたのだ。イギリスは音を立てないように身を屈めて彼女を抱き上げると、いつも自分が使っているベッドに横たえた。
昨日の今日でさぞ疲れていたのだろうと、思わず安堵に似たため息を吐き出して彼女の滑らかな頬をなぞった。それから身を屈めてキスをその額に一つ落とし、明日の準備を軽くしてから予備の毛布を引っ張りだす。
途中一度、毛布を出すのと同時に、一緒に入れていた枕が落ちて微かな音を立てる。まさかこれぐらいの音で目を覚まさないだろうと思ったのだが、一応として日本にそっと目線をやった。と、ベッドの中の彼女の真っ黒な瞳が、重たそうにゆっくりと開かれる。
「悪い、起こしたか?」
慌てて声を掛けると、日本はベッドの布団にすっぽりと埋まったまま眠たそうに数回瞬きをする。
「ベッド……イギリスさん、どこでお休みになるおつもりなんですか……?」
ほわほわと、完全に寝呆けた口調の彼女に、イギリスは思わず苦笑いを浮かべた。
「ソファーだが?」
とろん、とした日本の目が、イギリスのその言葉でパッと開かれる。イギリスはイギリスでその反応に驚き、言葉を無くして立ちつくす。
「そんな所で寝たら風邪を引いてしまいます。私がそちらに寝ます。」
上半身を持ち上げ、日本は慌てて立ち上がろうとした。が勿論イギリスはそれを手のジェスチャーで制す。
「オレは日本に風邪を引かれたら困る。」
そう言うイギリスに、納得しきれない様子で日本は唇を尖らせてみせてから、あっ、と目を開く。
「二人で寝ればいいんですよ。つめれば二人入りますよ。」
手を打ってそう笑う日本にイギリスはひどくギョッとした。恐らく、否、高確率で彼女は未だ寝呆けているのだろう。そういえば目が泳いでいる。
「そ、それは出来ない。」
イギリスがそう首を振ると、瞬時日本はひどく悲しそうに眉を歪めてから小さく肩を竦めた。
「……私たち、恋人ですよね?」
泣きだしそうなその声色に、思わずイギリスはオロオロと慌てる。
「ああ、まぁ、そうなんだが……」
そう言われれば正にその通りじゃないか。昨日あそこまでしたのだから、いっそこれは普通の流れじゃないか?……そう、自分自身を懸命に説得する。ただ、この状況でヤッてしまうというのには、少しばかり戸惑いを覚えた。こうなれば認めてくれるまで我慢すべきではないか?と、考えてしまう。
ただ我慢しきれる程、自身のベッドに横になる彼女の誘いは安いものではない。無垢な表情で小首を傾げるその姿にふらふらっと近寄ると、誘われるまま暖かいベッドに潜り込んだ。これでいいのか、思わず表情を固くするイギリスに対して、日本は楽しそうに笑う。
「私、修学旅行って行った事無いんです。きっとこんな感じなんですね。」
弾んだ日本の声色に「ソウダナ」と全く同意しきれないまま返すが、日本は気にしないらしくにこにこと笑っている。日本はちょっとだけ身を捩ってイギリスの胸元に頭を寄せ、眠たそうな声で話し始めた。
「私、イギリスさんと会ってから色んな事、沢山出来ました。私には関係無いとばかり思っていたのに。」
どこか猫を彷彿させる様な、細いその体をすり寄せ、彼女の髪の毛からは自分と同じシャンプーの香りがする。クラクラと目の前が揺れる様な心地を覚えずにはいられない。
「……だから、今回だけは兄さんの言うことを聞きたくないんです。あなたの傍に居たいんです。……迷惑、ですか?」
その真っ黒な瞳が、少しだけ揺れて不安そうな色を灯した。
「……日本。」
漫画で例えるなら、イギリスの後ろに効果音としてキュンキュンという言葉が入るだろう。日本が小さく首を傾げて身を乗り出すのに合わせて、イギリスも身を伸ばす。
そんなかつて無いほど良い雰囲気の中、二人の唇が今まさに付こうとした時、不意に机の上にのった日本の鞄の中からバイブ音が響く。唇が触れ合うまで後ほんの少しだったのだが、携帯に電話してくる主の姿が実にリアルに想像出来たものだから、思わずイギリスは身を退いてしまう。
しつこい程に鳴り続けたバイブ音がやっと止んだ時、恐る恐るイギリスは口を開いた。
「いいのか……?」
イギリスのその問いに、日本は微かに頬を膨らまさせ、視線をちょっとだけ外して頷く。
「いいんです。」
これは本格的に中国に殺されるんじゃなかろうか……日本の膨れた表情を見て、イギリスは密かにそう思う。
「兄さんが認めてくれるまで、私は帰りたくありません。お金は沢山持ってきました。……ダメ、ですか?」
ああ、この黒く大きな双方の瞳で見られると、もうどうにもたまらない。もう一度体を乗り出そうとした瞬間、再び携帯のバイブ音が怒った様に声を上げ、やはりイギリスは驚いて顔を持ち上げた。いっそこの状況を中国が見ていない、という方が恐ろしい気さえしてきるのだから凄い。
「……いいんです、気にしないで下さい。」
イギリスが電話を気にしていることに、日本は膨れたままそう言うのだが、そんな彼女を見やっていたイギリスはため息を吐き出した。
「……そうか。じゃあオレがでる。」
イギリスのその言葉に、日本は驚いて顔を持ち上げ、何か言おうと口を開くのだが、それよりも早くイギリスはベッドの中から抜け出ると、机の上に置かれた鞄に腕を伸ばした。
「鞄、勝手に開けるぞ」
そう言うと返事を待たずに鞄を開け、中から震える携帯を取り出した。日本が慌てて自分の名前を呼ぶが、イギリスはそれを敢えて無視して通話のボタンを押し、耳にあてる。
『日本!今どこ居るあるか!?』
真っ先飛び込んできた中国の怒声に、イギリスは思わず身を退きかけた。
「に……妹さんだったらオレのトコに居ます。」
根性を入れて話しはじめるが、いきなり冒頭で躓いてしまった。過去のトラウマか、額に若干の冷や汗を感じる。
『……イギリス、あるか?何でおまえが出る。』
「日本が出たくないと言うから、代わりにオレがでました。」
腹を括って話しはじめると、つい口が滑っても大したことでは無い気がしてくる。
「今日は電車も無いので、明日、ちゃんとそちらに送り届けます。」
『……わかったある。』
随分の沈黙の後、中国はポツリと返し、別れの言葉も無く突然電話が切れた。数秒、切れた後の音を聞いてからこちらも通話を切り、泣きだしそうな日本と向き合う。
「……心配してくれる人は、大切にした方が良い。」
ベッドに座り込んで俯いてしまった彼女の頬を包み持ち上げ、目線を合わせた。
「取り敢えずオレからも掛け合うから。それでダメなら、また考えよう。」
言い聞かせるに言うと、日本はその黒い瞳だけ持ち上げ、上目がちにイギリスを見やった。それから微かに戸惑い、口籠もる。
「……もし兄さんがダメだと言っても、私の傍に居てくれますか?」
泣きそうな声色につられ、イギリスまでひどく辛い心地がして目を細めた。
「ああ、そんな事で離れたりしないから。」
イギリスのその言葉に、日本は目を細めてイギリスに身を寄せる。
「……明日、兄さんとちゃんと話あってみます。」
その柔らかい声色を、イギリスは日本の肩を抱きながら聞いた。柔らかな、そして美しい髪が首に掛かり少しばかりくすぐったい。
「もう寝るか。」
日本の頭にポンと手を置き諭すようにに言うと、日本はいつもの柔らかい笑顔を浮かべた。
「……やっぱりオレはソファーで寝るから。」
ベッドから立ち上がるイギリスを、何か言いたげな目線でみやっていた日本も、渋々こくんと頷く。
その夜、彼女と同じ部屋にいるせいか、明日への不安か、結局一睡も眠ることも出来ず、二日に渡って寝不足が続くはめとなった。
まだ午前の時分、二人は家を出て日本宅へと向かう。腹は括っていたものの、イギリスはどうにも腹痛がきそうで恐ろしい。一度深呼吸をしてから、日本はインターフォンを押した。軽い音がし、不機嫌そうな中国が出てくるまでそう時間も経たなかった。
「……おかえり。」
「……ただいま」
今だかつて見たことも無い程ひどく無愛想に交わされる挨拶に、密かにイギリスは胸中悲鳴を上げた。日本と中国は暫し二人で睨み合ったまま動かず、数秒後にやっと中国が口を開く。
「おまえ、我に言う事あるね。」
眉間に皺を寄せた中国が怒りを向けたのはイギリスでなく、日本であった。けれどもさすが中国の妹と言うべきか、日本は特に引く様子も無く中国に視線をやる。
「確かに迷惑をかけてしまった事は謝ります。けれど兄さんこそ言う事ありませんか?」
……ここまで他人に強く物事を言う日本を初めて見たものだから、思わずイギリスは言葉を無くす。この二人の間に立ち入っていいものか、イギリスはポツネンと日本の後ろに立ったまま居場所を失う。
「昨日電話に出たことは見なおすが、我はやっぱり反対ある。」
仁王立ちしたままそう告げる中国に、眉を微かに歪めて日本は幾分悲しそうな顔をする。
「……そういえばそいつの意見は聞いて無いある。」
そう、いきなり話題を振られたイギリスは驚き肩を跳ねらす。何か言わなければとおもっていたのだが、いきなりこんな『お嬢さんを下さい』状況になるとは夢にも思っていなかったので、意図せず目が泳ぎかける。
が、ジッとこちらを見つめる日本を見た瞬間、そんなことも言ってられなくなった。黒い瞳が、こんなにも不安げに揺れるなら。
「オレは……日本に関しては本気だ。例え許してくれなくとも、傍を離れるつもりは無い。」
言い切ってしまうと玄関先のせいか冷や汗のせいか、自身に吹き掛けられる風が異様に冷たい。いやに重い沈黙にのしかかられ、イギリスは眉間に皺をよせたまま息を飲み込む。
沈黙を破ったのは中国の深いため息で、瞬時、それまで生きるか死ぬかだった緊張が、ほんの少しではあるが解けた。
「おまえの頑固にも参ったもんある。」
ポン、と日本の頭に手を置いた中国が、微かに笑いを浮かべて言った。
「もうわかったある。おまえらの好きにするよろし。」
中国の言葉に日本はパッと顔を輝かせ、イギリスは安堵のため息を吐き出した。いっそ殺されるのではなかろうか、なんて考えたりまでしたのだから、彼にとっては奇跡の生還だ。
「ただぁし!」
急にビシッと中国に指を指され、イギリスはその肩を大きく跳ねさせて、驚きおののいた。その真ん前に立った中国は、イギリスより身長が低いのだということすら嘘の様に堂々と立ち、顔に濃い影を落としている。
「可愛い我の妹をちょっとでも裏切ったら鯉の餌にしてやるある。」
キシャー!と顔に影を落とした中国の後ろに、どこからやってきたのか龍が飛来しイギリスに向かって激しく火を吹いた。が、その龍が一通りドスを効かせたなら、そのまま天に昇ってしまう。その龍を見送ってから、中国は少しだけ淋しそうに笑いイギリスに右手を差し出した。
「日本をよろしくある。」
その中国に若干感激したイギリスもその手を握り返す。当然、うれしそうに笑った日本には、握られた右手の骨が軋む音がしたなんて、言える筈も無かった。