魚の泪

現代パラレル 女体化 オレンジデイズ(笑)
 
 
 
 テレビの裏に落ちていた高そうなピアス、隠しているつもりだろうアダルト雑誌とビデオ、用途不明な手錠等……
 春休み残り一ヵ月半を切った頃、日本はイギリス宅のベッドの上に横になり、小さくため息を吐き出した。
 
「おーい日本、判子取ってくれ。そこの上から二番目の棚だから。」
 チャイムが鳴り向かい、玄関先で宅配の相手に対応をしていたイギリスが声を上げる。ベッドの上に横になっていた日本は、「はぁい」と返すとベッドのすぐ横に置かれた棚、上から二番目を探った。
 中々見当たらない為、眉間に小さく皺を寄せて封筒等が溜まった棚の中を漁る。と、英語が書かれた見慣れないシンプルな箱を見つけて、手を伸ばした。持ち上げて中身を確認しようとした瞬間、玄関先に立っていたイギリスが「あぁぁッ!日本、それは!」と悲鳴を上げるものだから、驚いた日本の視線も自然彼に向かう。
 日本がイギリスに目線をやっていたその時、手元がおろそかになっていた日本が持つ箱の中からパサッと音を立てて何かが落ちた。向こうで悲鳴をあげるイギリスをよそに日本は落ちたものを見やる。
 
 
 テレビの裏に落ちていた高そうなピアス、隠しているつもりだろうアダルト雑誌とビデオ、用途不明な手錠等、そして箱は開封済みなコンドーム……
 またため息を吐き出す日本に、イギリスは泣きだしそうな声を上げた。
 
 
 
 魚の泪
 
 
 
 まさか本人に前の彼女はどんな方でしたか?など聞ける筈も無く、日本はぼんやりとイギリス宅に遊びにきていたフランスを見やった。が、やはり友人にも尋ねられない事だろうと目を細める。
「なんだぁ?考え事か?」
 ジィッと顔を見られ続ける事に耐えかねてフランスが声を上げるも、心ここにあらずな日本は「はぁ」と気の抜けた声をだした。不思議そうに眉を曲げたフランスは、コンドームについての釈明をしたいそわそわとしたイギリスを見やって小さく肩を竦める。
「なんかよくわからんが、今日はもう帰るわ。」
 居たたまれない雰囲気だという事は、その手については神がかっているフランスはすぐさま嗅ぎ取ったのか、来たばかりだというのにさっさとフランスはイギリス宅を後にしてしまった。
 本当の事を言えば、いつもは邪魔なフランスが、今日だけは少しばかり有り難かったりした。それもその筈、言い訳というものにあまり慣れてはいなかったから。
 一年半ほど前に別れた女のピアスが今頃見つかるのも、今日のコンドームも、なんてタイミングが悪いのだろうと思わず泣いてしまいたくなる。実際本当に何一つだってやましいことは無いのだが、ここで何も言わない訳にはいかないだろう。
 何より、この事件が起こった時から彼女の様子が少し変でずっと上の空だし、ここまで酷くは無かったものの、最近はよく何か考え込んでいる様子だった。
「なぁ、日本」
 フランスが出て行った後をぼんやりと眺めている彼女に声を掛けると、小首を傾げた彼女の瞳がイギリスに向く。その無垢な色と向かい合うと、どうにもイギリスはその場を逃れたくなってしまっていけない。
「さっきのアレなんだが、その、あれは……」
 言い訳はすればするほど怪しくなるわけだが、イギリスは日本の前にしっかりと正座しつつ脂汗を拭う。と、日本は益々不思議そうに首を傾げた。
「だからな、つまり……昔色々あっただけで、別に今は会ったりとかしてないからな。」
 言っててあまりの説得力の無さに思わず自分自身ガッカリせざるを得なく、語尾が軽く萎えてしまう。が、不思議そうに首を傾げて目を少しだけ大きく見開いた日本は、クスリと喉を鳴らして笑った。
「そんな事分かってます。」
 軽く肩を竦めて見せた彼女が笑顔のままそういうものだから、イギリスはちょっとばかり眉根を下げる。
「じゃあ何をそんなに考え込んでいるんだ?」
 イギリスがそう、身を乗り出して問うと、困った様に俯く。それからゆったりとした動作で顔を持ち上げると、小さく笑った。
「特に大した事じゃありません。……それより、今日は泊まっていっていいですか?」
 にこっと笑う日本に、思わず「うっ」と退きかけてふんばる。ちょっと前からちょくちょく泊まっていったりする日が出てきたのだが、結局一晩中話していたり映画を観たりと過ごしてしまう。なんというか、寸前で手を出してはいけない様な気がしてしまうのだ。なんだこれは。
「全然いいんだが、兄の方は平気なのか?」
 この間の事件以来口を出したりはしてこないのだが、一番の心配所の名前を出すと日本は笑顔でフルフルと首を振る。
「大丈夫です、今夜は。」
 
 取り敢えずいつもの様に先にお風呂を頂くと(毎度遠慮するのだが、頑としてなぜか先に入れられる)、日本はベッドで横になって暇を持て余していた。まだ話し相手になるイギリスは出てこないだろうし、特にテレビを見ていてもつまらないのだろう。眠たげにベッド横に無造作に積まれた雑誌に手を伸ばす。
 数冊メンズものの雑誌が続き、一番下から二番目に風俗雑誌が置かれていて、これで隠したつもりかと思わず笑ってしまう。この手の本に別段腹も立たなければ、軽蔑の念も抱かないのだがが、表紙に書かれていた『巨乳特集』という文字に思わずその笑顔が凍り付く。
 表紙でポーズをとる女優を見た後、そっと自身のBカップの胸に手を置いてみて、結果深い沈黙に襲われる。
 その時、お風呂場の扉がガチャリと開き、濡れた金髪をガシガシと拭きながら顔を日本に向けたイギリスと、彼の秘蔵雑誌を今まさに捲ろうとしていた日本の目線がガッチリとあった。
「そ、それは……!!」
 イギリスが半ば泣き声な叫び声を上げるのと、そのままベッドにスライディングをかまして雑誌を奪い取るのはほぼ同時だったと、後々日本は思ったことだろう。
「こ、これはフランスに貰っ……いや、あいつが勝手に置いていっただけなんだからな……!」
 顔を真っ赤にさせて泣き出しそうなイギリスに、日本は肩を戦慄かせてグイとイギリスに向かい身を乗り出した。その鬼気迫る様子に、思わずイギリスも身をひく。日本が怒ったのかと、恥ずかしさで死にたくなりながらイギリスは本気で涙目になってしまった。
 が、こちらを見上げて言い放った日本の言葉はさすがに予想もしていない事だった。
「……もしかしてイギリスさん、やっぱりその事が問題なんですか?この間は私が無理矢理誘ったみたいな形でしたし……」
 泣き出しそうな、申し訳なさそうに表情を歪めた日本に、そのすれ違いが理解出来ずにイギリスは変な笑いを口に浮かべることしか出来ない。
「私は確かに胸も小さいですし、鼻も低いし、こんな黒くて陰気な髪だし、細いばかりで全然女の人の綺麗な体系では無いです……」
 日本があまりに近寄るものだから、裾から伸びる白くて柔らかそうな足、首筋と、いっそ妖美ささえ感じさせる、白い顔に栄えた赤い唇が動くのを、クラクラする心地でイギリスは眺めながら彼女の台詞を聞いていた。日本当人は悲しそうなのだが、イギリスとしてはそれどころではない。
 確かに今まで見てきた女性の体と比べたら体格的には貧相なのだが、自己でその甘い薫りを発酵させているのではあるまいかと、そう思える程独特な色っぽさを感じずにはいられない。が、その反面、大きな黒い瞳や童顔、侵しがたい清潔さがそう欲情を覚えることさえ、自分は罪深い存在なのだと思えてしまう。
「ちょ、ちょっと待て……一体何の話だ?」
 クラクラと頭の回転が鈍るのを感じながら問うと、日本は少しだけその悲しそうな瞳を持ち上げてイギリスを上目勝ちに見やる。
「だってイギリスさん……いつまで経っても私のこと、その……」
 口ごもる日本の顔が、下から上へとカーッと赤くなるのを、気が遠くなる思いでイギリスは見やった。なんだこの展開は。
 自然、自身の顔まで赤くなっていくのを感じる。
「だから、その……軽々しく扱っていると思われたく無かったんだ。」
 お互い視線を外したまま赤い顔で俯いている中、イギリスがポソリと呟いた。一番最初にタイミングを失ったときからどうにも手を出しづらかったものだから、そのままずるずると来てしまった。
「あの……私は大丈夫です。」
 クイッと顔を持ち上げた日本は、キュッと眉毛を上げて真っ直ぐにイギリスを見やる。良い雰囲気というよりも、どこかこれから戦場にでも行きそうなその表情に、思わずイギリスの頬が緩む。
 そっとその頬に手を置くと、日本はキュッと覚悟でも決めるかのように強く目を瞑るものだから、初めのキスはその瞼の上に落とした。
「……途中でやっぱり止めたとか、そういうのは出来ないからな。」
 彼女の耳元でそう囁くと、こくりと日本は小さく頷き腕を伸ばしてイギリスのシャツの端を掴んだ。それを合図にするかのように、イギリスは少しだけ屈んで今度は唇にキスを落とす。
 2,3度それを繰り返した後、おずおずと開けられた小さな隙間から舌を侵入させ、彼女のソレと絡める。
 静かな室内に聞こえる舌が絡まる音にでも反応するかのように、彼女の体が震えて反応している。そっと彼女の胸の膨らみに手を置くと、ピクリとまだ少々怖いのか日本が震えた。
 一応寝間着だからか、ブラジャーが外されていて掌にちょっと余るほどの柔らかなその膨らみを布一枚越しにだか感じられる。
 唇を離すと、彼女が着ているイギリスのTシャツをグイッと上に持ち上げて脱がせた。大きめなTシャツをジャンボツカートの様に着ていたので、そのまま下着一枚で気恥ずかしそうに瞼を伏せる。
「……あまり見ないでください」
 流れ上電気をつけたままの部屋で、日本は白い頬を桃の様に染め上げて身を縮める。イギリスは腕を伸ばして日本の顔に掛かった彼女の髪を掻き上げて、そのまま耳に掛けた。ほう、と溜息を吐き出す様にイギリスが一つ呼吸をすると、そっと日本の頬を上へと撫でる。それに合わせて日本も黒い瞳を持ち上げ、イギリスをみやった。
「綺麗だ」
 イギリスの一声で日本は更に顔を赤くしてうつむき、黒い瞳を潤ませる。イギリスはシャツのボタンに手を掛けて一つずつ外すとシャツを脱ぎ、ベッドの上にのっていた日本の来ていたTシャツと一緒にベッド下に投げた。
 ゆっくりと腹部をさすり、そのまま内太ももに指を這わせ動かないその足を、イギリスは自分の顔の前にまで持ち上げた。日本は不思議そうに小さく眉間に皺を寄せ、その動向を見やる。
 そして体を屈めるとまず膝に唇を落とし、膝の上部に着いた蒼い痣の跡にも唇を落とす。 「…イギリスさん?」
 日本が問うと、イギリスは日本の足から顔を持ち上げ、少しだけ頬を緩ませてそっと日本の足をベッドの上に戻した。
「いつもがんばってるからな。」
 そう頬を緩めて笑うイギリスに、日本は少しだけ瞳を大きくさせて身を乗り出しイギリスの胸元にぴっとりと頬を寄せる。それからフワッと頬を緩ませて笑い、イギリスのその名前を小さく呟いた。
「電気、消して下さい……」
 日本は黒く、濡れた瞳でイギリスを見上げるとそう囁く。先程耳にかけた髪の黒い束がサラリと零れ、白く綺麗な顔にかかった。
 日本の言葉にイギリスは小さく頷き、オレンジの小さな光をだけを残して明るい光は消えた。ただ互いの息遣いと、ぼんやりとした影の様な存在だけが浮き上がる。明るい光の下に見た、先程までの一種の彫刻品の様な彼女から、一気に雰囲気が一転した。
 イギリスは腕を伸ばしてその肌に触れると暖かく、背中に腕を回してをツツッとなぞるとと、微かにその体が震える。彼女の下腹部に腕を伸ばし布一枚越しにそっと秘部に触れると、思わずという様子でイギリスのその腕を日本が弱々しく掴む。が、それを無視し布越しながら刺激を与えると、小さな泣き声の様な声を漏らし日本が更にきつくイギリスの腕にしがみつく。
「日本」
 名前を呼ぶと、日本はフルフルと首を振り離れてはくれなさそうだ。イギリスは小さく息を吐き出すと、日本をしがみつかせたままベッドの上に押し倒す。スプリングが小さくギシリと鳴いた。
 そこでやっとイギリスの腕を掴んでいた腕をスルリと離す。
「ごめんなさい」
 イギリスの下で小さく呟く日本の声を聞き、思わず頬を緩めてからそっと頭に触れ、手櫛で広がってしまった黒く滑らかな髪を、どうせ直ぐに乱れるのだろうけれども整える。
 少しだけ開いたその赤い唇にもう一度口付けて、今度は先程よりも丁寧に口内を探る。逃れかける舌を捉えながら、若干冷えた指先で胸の膨らみを優しくさすり、頂きの突起に刺激を与えるとピクリと腰を揺らす。
 唇を離し濡れたその唇をペロリと舐め、その首筋に舌を這わせゆっくりと下に移動していく。微かに息を漏らし震える日本の体が熱を持つのを感じながら、そのままゆっくりと下に移動し、胸の突起を舌の先でなぜた。
「ん」と小さく言葉にもならない息を漏らして、日本は恥ずかしさにか両手で顔を覆い声を漏らした恥ずかしさに耐えている。腕を退かせようかと思うことは思ったのだが、何もせずにそのまま舌の腹で擦る。その度微かに彼女の腰が震え、息が漏れるのだが懸命に耐えている様だ。
 掌で下腹部と太ももをさすり、軽く汗の塩味がする脇腹を舐めてから足を持ち上げ小脇に置き、広げさせた。
「日本」
 未だに顔を隠したままの彼女に呼びかけるが、顔を覆ったまま日本は動かない。もう一度呼びかけたのだが、それでもやっぱり日本は動かない。
 小さな笑いを浮かべて残り一枚の下着に手をかける、と、微かに動揺してか体を小さく震わせる。
「日本、顔見せて。」
 イギリスがそう声を掛けながらスルリと布をおろしながらそう言葉を紡ぐ。小さな沈黙をしてから、顔を覆っていた掌を少しだけズラして赤い顔と黒く泣きそうな瞳を覗かせる。
 それでも完全に顔を見せてくれないのだが、そのかすかな抵抗を無視してスルスルと完全に下着を取り払い、日本の腰を上に持ち上げ引き寄せた。
 指を秘部這わせると軽く濡れ、暖かい。茂みを探り、中指を狭い体内に侵入させると、ビクリと体を跳ねさせて更にギュッと自分の目を日本は覆って耐えているらしい。
 暖かく柔らかいその壁面をゆっくりとその指の腹で擦りながら、親指で探り小さな突起を親指の指先でギュッと擦る。
「あっ」と、今度は言葉にはならないが完全に声を漏らし背中を弓なりに反らした。中指を出し入れさせながら親指で擦ると、甲高く甘い声を漏らしながら日本は顔から手を離して頭の下に敷かれたシーツをギュッと掴んだ。
「日本」
 あやすような声をかけながら体を屈ませると、シーツを掴んでいた日本の腕がイギリスの首に回り、ギュッとその体を寄せて抱き付く。その熱を持った体が震えて可愛い声を漏らし、必死にしがみついてきた。
 指を二本に増やし、同時に体内の壁を擦り上げるとやがて大きく体を震わせてからクタリと力が抜ける。
 指を抜くと逆の手の平で、日本の汗で濡れたその額を拭う様に髪を掻き上げ恍惚としたその表情を見やり、赤く染まった頬に唇を寄せた。
「……挿れていいか?」
 日本の耳元に口を寄せて囁くと、濡れた悩ましげな彼女の瞳がゆったりとイギリスに向けられると、それから泣き出しそうな顔のまま、小さくコクンと頷く。
 今まで感じたこともなかった不可思議な感覚に、ぼんやりと日本は虚空を向けられたままイギリスがズボンを脱ぐ衣擦れの音を聞いた。まだどこか頭の奥がほわほわとし、体の中心が熱い。
 体を伸ばして棚を開け、前にゴムが入っていた場所を探るのを、日本は下からぼんやりと探る。当然ゴムを買ってきていないのだから、彼の前の彼女と使ったやつの残りを使うしかないのだろう。
 小さく日本は首を振るが、その様子を見ていなかったイギリスはそっと屈み込んで日本の頬を撫でて顰められたその顔を覗き込んだ。
「いやか?」
 若干辛そうな日本は、イギリスのその言葉にパッと目を見開かせ、フルフルと首を振る。
「大丈夫、大丈夫です。」
 日本のその一声に体を屈めさせていたイギリスは上半身を持ち上げ、少々心配そうな顔をしたままそっと日本の足を持ち上げて自身の腰を寄せた。ゆっくりと腰を落とし、少しずつ体内に押し入っていく。
 ハッ、と日本が辛そうな息を一つ吐き出のをすぐ傍で聞きながら、狭くきつく暖かいその感触にイギリスは懸命に腰の動きを抑えなければならなかった。
「……痛いか?」
 グッと押し入った瞬間、ビクリと日本の体が震え、悲痛な声が小さく漏れ、眉が大きく歪められた日本を見下ろしてそっと問いかけた。イギリスの問いかけに幾分か遅れて日本が首を振ると、イギリスは「そうか」と言い満足そうな笑みを口に浮かべる。
 イギリスは日本の腰を掴み、先程よりも強く腰を落とし強くピストンをすると、ベッドのスプリングがギシギシと鳴り体を揺らしながら日本は悲鳴に近い悲痛な声を上げた。
 額にじっとりと汗を掻き、眉を歪めその黒い瞳を微かに涙で濡らしてイギリスが腰を動かす度に肩を揺らす。勿論痛いのは分かっては居たが、申し訳ないことにもう止められそうにない。
 懸命に歯を食いしばって耐えている日本の体を揺らしどれだけそうしていたか、段々と上り詰めていく心地を覚え、最後に一つ強く突くと果てて、息を吐き出し日本の上に伏せ込んだ。
 イギリスは汗で濡れた頬に、汗と涙に濡れた日本をすり寄せてからガックリとイギリスは肩を落とす。
「わ……悪い、本当に悪い……」
 本気で落ち込んだイギリスが、今にも泣き出しそうな声で謝るのを聞きながら、日本は微かに震えた手でイギリスの頬をさすって見上げる。頬を上気させ、濡れた真っ黒いその瞳を持ち上げた。
「どうしてイギリスさんが謝るんですか?……大丈夫です。」
 先程悲鳴を上げていた所為か、喉を微かに枯らした日本がそう笑った。イギリスはその日本の体を持ち上げ抱き起こし、近くに置いてあったタオルでくしゃくしゃにばった顔を優しく拭う。
「取り敢えずシーツ剥がしてもう寝るか。」
 体を拭った後、赤い跡が付いたシーツを抜き取るとグッタリとした日本にふかふかの布団を掛け、その横に潜り込んだ。明日朝一でシャワーを浴びなければと、そう思いながら電気を消すとすぐに布団の中で日本はイギリスの胸元に頬を寄せる。
 その暖かさが、真っ暗な中彼女の存在がぽっかりと浮かび上がる様に感じられた。
 
 
 朝日に頬を撫でられて軽く身を竦めてから、やっと目を覚まし眩しい空間を見やる。すぐに意識は浮かばずに、まず最初に未だ自分は夢の中をたゆたっているのだろうかとさえ、思った。
「おはようございます」
 けれども目の前の人物は、妙にリアルにそこに居て、にっこりと微笑んでみせてくれる。黒い瞳と、黒い髪と、白い肌と、そして赤い唇がやけに栄えてそこに居た。
 目を見開き、驚きのあまり思わずベッドからズレ落ちかけたイギリスの腕を慌てて掴んだ。
「そ、そうか、そうか……そうだよな。」
 自分でうんうんと頷き一度ベッドに戻った後、慌ててベッドから降りて下に落ちていた二人の服を拾い手渡した。
「朝ご飯、食べるか?」
 なんとなく照れくさくて視線を合わせずにイギリスが尋ねると、日本は少しだけ考えた後にコクリと頷き、洋服に袖を通す。
 イギリスが台所でパンを取ってきている合間に、日本はベッドの中から滑り降りると、近くに置いてあった杖を掴みどうにか立ち上がり、やっとの思いで机の前の椅子に腰を下ろす。
 些かいつもより体が気怠いし、疲れているし、ちょっとまだ痛い。日本は居心地の悪さを感じながら、ジッと台所先に立つイギリスの髪が朝日でキラキラ光るのを見つめる。初めて見た時と同様、キラキラと目にいたいほどに綺麗だった。
 やがて帰ってきた彼にパンを手渡され、イギリスも椅子に座るのを見てからそっと柔らかなパンをそっと囓る。
 イギリスが用意していたらしい紅茶の良い香りが部屋全体に充満し、互いに少々気恥ずかしいのかただ沈黙が続き、時計の音だけが響いた。と、不意に日本がポツリと声を漏らす。
「私、もし魚だったら生まれつき尾びれが無い魚なんだと思います。一匹だけ泳げないで海底に沈んでいるんです。」
 パンを一口囓り、日本は顔を持ち上げて真っ黒な瞳をイギリスに向けるのだが、照れくさそうに視線を反らす。
「……私、と、これからも一緒に居てくださいますか?」
 俯いた彼女に、イギリスは注いでいた紅茶を差し出し、優しく机の上に置いた。
「ああ…海底にずっと二人だっていい。お前が望むなら、光が見える所まで運んでやる。」
 コップに手の平を付け、イギリスを見て笑った彼女のその黒い瞳が、少しだけ濡れている。暖かくなりつつある朝の光が、もうすぐ到来する春を告げた。