※ リクエストで頂きました、「光の世界」で生理痛ネタです。
『リクエストで頂いたネタ消化 光の世界で小話 1 』
菊との新生活を始めて三週間ほど経った、小雨が降る日の事だ。新しい街で職場を見つけ働きだし、帰路を足早に抜けていく。雨期と合って最近雨ばかり降っており、空は毎日どんよりとしている。
ギルベルトと菊は駆け落ち同然で前の街から出てきた。正確には、攫ってきたといっても過言ではないだろう。しかし菊も伸ばしたギルベルトの腕を掴んでくれた。二人の新生活は解らないことだらけで大変であるが、同時に暖かく楽しい毎日だ。
駆け落ち同然で出てきたため、知り合いが周りに居ないのは少々辛い。菊は幼い頃の事故で眼が見えないために、普通に生活するだけでもギルベルトの心臓はいくつも潰れそうになってしまう。
街への買い物、料理、階段、段差、これまで生きてきたのだからそれほど心配することでは無いと、内心では解っているが「はいそうですか」と割り切ることは出来ない。最近では彼女は料理にはまってしまっているから、指が落ちてしまわないかドキドキしっぱなしだ。
「菊、ただいま」
借りている部屋は築十数年、なるほど随分ガタが来ている。小さな廊下とトイレ、そして一部屋の中にキッチンも入っている。中に入れば部屋の中は全て見渡すことが出来る、が、帰宅の挨拶をして中に入るも愛しい同居人が見つからない。
まさか一人で買い物にでも行ったのか、慌てて踵を返しかけ、空いたままになっていた窓が目に付いた。好奇心に負けるまま外に身を乗り出す光景を思い浮かべ、全身から血の気が引く。ほぼ一部屋に一日中閉じ込められているような生活をしていたため、彼女は好奇心が人一倍強い癖に世間知らずだ。気が付けば車道にはみ出ていたりなど、いつも何かとギルベルトの肝を冷やさせる。
窓に向かいかけたギルベルトを呼び止めたのは、台所から微かに聞こえてきた辛そうな彼女の声だった。
夕飯の準備中だったのだろう、流しには人参とジャガイモが水に浸り浮かんでいる。菊はその下、床の上で小さな体を更に小さくして丸まっていた。
「どうした?大丈夫か?」
まだ包丁は扱っていないようだから、怪我ではないだろう。ギルベルトを見上げた菊の顔色は青く、額には脂汗が浮かんでいる。
異常といっていい様子に慌てて脈をとるが、特に異変は無い。しかし菊は下腹部を抑えながら小さく「痛い」と繰り返す。
「病院へ行くか?」
街に入って一番に病院の場所を調べたから、場所は勿論分かる。抱き上げようと身を寄せたとき、鼻先に鉄の臭いが擦り、思わず顔を顰めた。その出先へと視線をやると、先日ギルベルトが購入した菊に合う白いワンピースが、赤く染まっている。ギャッとギルベルトが声高に叫ぶと、青い顔を更に青くさせた。
「どこか怪我してんのか!?」
足首を掴み上へ持ち上げると、菊はそのままコロンと床に転がる。「あいた」と小さく漏らす菊に、ギルベルトは足首を持ったまま固まった。
「……にーにが、いのちを生むための準備期間にも痛みを伴うって、言っていました」
持ち上げた足の隙間からギルベルトを見上げる瞳にかち合い、ギルベルトはそっと足を床に降ろす。
「そう、そうだよな。わりぃ、オレすっかり忘れてたわ」
ゴシゴシと頭を撫で、さて。と思い立つが一体何をすればいいのか、男のギルベルトにはとんと分からなかった。取り敢えず洋服をかえてやらねばならないだろう。
風呂場を暖め汚れが一切なくなるまで洗ってやり、熱を出したとき使用するゴム袋に暖かな湯を詰め込み、菊の腹に当ててやる。医学の本で見かけたことはあったが、軍事の医療としては無関係であったから、詳しいことはあまり覚えていない。
菊の荷物をさぐって出てこなかったものに関しては、町の薬局の女の店員に話しかけ一通り調達してもらった。荷物を抱えながら、布団の上で丸まって痛みに耐えている姿を思い出し、帰りの道の足を速める。
薬と水を用意してナイトテーブルに置くと、酷く億劫そうに菊は上半身を持ち上げた。休んだからか体を温めたからか、先ほどまで真っ青だった顔色が若干色を取り戻しはじめ、ほんのりと頬に紅い色がさしている。
「……ご飯途中で、ごめんなさい」
用意された薬を口に含むと、しょんぼりと肩を落とし眼を瞬かせ呟いた。グリグリと頭を撫でるとギルベルトは軽快な笑い声をたて、菊の言葉を笑い飛ばす。笑い声につられて菊も表情を崩すと、彼の声がする方向へと腕を伸ばした。直ぐに掴まれて頬にあてがわれると、自身とは違う深い彫と高い鼻、それから肉のあまりついていない精悍な頬を掌に感じる。
三白眼気味な紅い瞳に銀の髪、鋭い犬歯と白い肌。首筋に額を押し当てて甘えると、彼は呆れた声を装って非常に嬉しそうに自身の頭をグリグリと摺り寄せた。
「……ごめんなさい」
「しょうがねぇだろ、生理的なもんだし」
体を離すと、先ほどと同様肩を落としている姿を見つけて、再びしゃがみ込んだ。
「んだよ、まだなんかあんのか?」
言葉とは裏腹な響きがするものの、暫くモジモジとうんともすんとも言わない。ギルベルトは唇を尖らしながらもやはり無言で彼女が続きを喋るまでジッと待つ。楽しげな声色が窓から聞こえ、どこからともなく昼食の良い香りが漂ってくる。
「……だって私、なぁんにも役に立たないんですもの」
『料理を教えて下さい』と眼をキラキラさせてギルベルトに身を寄せる姿や、家事を真剣な様子で取り組む姿を思い出す。布団を抱き寄せて菊は顔を埋める。
「別に期待しちゃいねぇよ」
軽く頭を叩くけれど顔を持ち上げないため、そのまま暫く待っていた。それでも顔を持ち上げようとしないため、仕方なく立ち上がり台所へと向かう。
いつもよりもずっと痛く、恐らく血の量も多いだろう。薬を飲んでもジクジクと腹部が痛み、何だか気分も沈んで卑屈にばかり気持ちが傾く。暫く傍にいてくれたギルベルトも呆れたのか、今はどこかへ行ってしまった。痛みと同時に空腹を覚え、布団に顔をうずめながらお腹をさする。
暫くそのままでいると、台所から良い香りが漂ってきてようやく顔を持ち上げた。小さく彼の名前を呼ぶと、「もうすぐ出来るから大人しくしてろよー」っと、何だか緩い声色が聞こえてくる。
「飯食ったら寝てろよ」
続けて返って来る声にクルクルと喉を鳴らし笑うと、布団の中に潜り込む。