CITY OF DREAM 続編
CITY OF DREAM
続編
(この小説はドラッグなどが出てきて、日本がヤバイ事になってます。
薬中なんていやだ!っていう方の方が大多数だと思いますが、ダメな方は読まない方が良いです。
パロディですよーなんていうか、もう、オリジナルです。死。)
「night・dream?」
日の当たらない部屋で、いつもマフラーを巻いたこの国で一番権力を持つ彼が聞き返した。
「はい、最近国民の間で流行っているドラッグの事です。」
彼の部下の一人がそう言うと、何枚かの写真がデスクの上に散りばめられた。
白い錠剤や粉末、それから注射器用の液体等が写っていて、写真の右端には手書きのマジックで『N』と記されている。
「効能は浮遊感、幻覚、強い依存性……それから、記憶の混乱です。」
先程からゆらゆらと水の中をたゆたっている様で酷く心地がよい。
頭上を何匹もの色鮮やかな金魚が泳いでいって、綺麗な珊瑚が私の周りを取り囲んでいた。
おかしな白い鳥が向こうの山に向かって飛んでいった。母が言っていた渡り鳥だろうか?それにしても美しい。
その時、ガチャリと音を立てて誰かが室内に飛び込んできた。眼鏡の奥の目がキラキラ光っている。
「ああ、キク、ただいま!」
そうだ、私の名前は確か菊……それで、彼の名は……ああ、そうだ、アメリカだ。
「お帰りなさい、アメリカさん」
にっこりとキクが微笑むと、眼鏡の奥の蒼い瞳を三日月の様に曲げて、アメリカは手に持っていた袋から彼に買ってきた味のそこまで濃くないチョコレートを取り出す。
「君の好物だったろ?」
嬉しそうにチョコレートを手にするキクの頭を、アメリカの大きな掌が滑るように撫でた。
サラサラとアメリカにとって見慣れない色の絹糸の様な髪が揺れ、子供の様にキクが微笑む。
アレはもう駄目だから、殺してしまえ。というイギリスのセリフを不意に思い出し、アメリカの顔から笑顔が失せる。
『そんな。彼の働きを君だって見ただろ?』
慌てて弁明する自身すら、どこかで彼はもう駄目になってしまった。という絶望が心の奥底で凝り固まっていたのは確かだ。
けれどもその恐ろしい考えから必死に目を反らしていたのに、いとも簡単に彼は『殺せ』という。
『確かに殺しの腕は最高だが、あそこまで薬に浸かっちまったらもう駄目だ。』
不意に彼は自分の翡翠色の瞳を隠す様に、目を伏せた。
いつだかキクが彼に、何度も会った彼に『初めまして』と言ったのが相当応えているのだろう。
「アメリカさん」
アメリカを昨夜の酷い思い出から引き剥がしたのは、いつ間にかアメリカの耳元まで顔を寄せたキクだった。
甘える様な仕草で、そっとアメリカの首に腕を回し、喉に引っ付きそうな程媚びた声を発する。
いつだか、一緒に買い物に行ったとき買ってやった、極東の民族衣装を、彼は喜んでいつも身に纏っている。
その民族衣装から、彼の白くて細い足が惜しげもなく伸びて、座っているアメリカの足にからみつく。
「どうしたんだい?」と、そんな分かり切った事を尋ね、その啄む様なキクのキスを甘んじる。
「アレ、下さい」と、囁くようにキクは真っ黒で涙に濡れた瞳でアメリカを見上げてねだった。
「アレってなんだい。」と空とぼけるアメリカに、今にも泣き出しそうな、それでいて避難めいた視線を送りつつキクがもう一度「下さい」と懇願する。
ガタン、と音を立てキクの小さな体を、アメリカが強引にベットの上に押し倒すも、キクのアメリカを見上げる瞳に変化は無かった。
いっそ、怯えてくれればいいのに。とアメリカは小さく考える。そうなったら、今度は自分が酷く狼狽するだろうに。
「そんなに欲しい?」
出来るだけ真剣な目で問いかければ、キクはコクンと頷く。
初めてこの体制を取ったとき、彼は泣きながらアメリカを拒絶していたというのに。
少しだけ歯を立てて、彼の首筋に噛み付く。この間自分が付けた赤い跡が、未だにその白い首にクッキリと付いている。
浅ましくて、罪深く、そして何よりも美しいスティグマ。その色は、満足感と絶望をアメリカに刻み込む。
「愛してるんだ」とアメリカはキクの服を脱がせながら囁いた。けれどもキクはきっと、明日には自分の言葉を忘れ去ってしまう。
それであの不可解で最高な世界に、たった一人でトリップするのだろう。
だからといって薬はあげなければならない。キクの前の名前は“ニホン”というらしい。
自分達と敵対する政府の、お抱え暗殺集団の一人だという。この小さな掌が、沢山の自分の仲間を殺してきた。
黒く潤んだ瞳が、ただぼうっとアメリカを見上げる。
不意に、胸の奥底から荒んだ感情があふれ出したのを、アメリカは感じた。
昨晩、アメリカの腕の中で眠っていたキクが突然飛び起きて泣き出した事を思い出す。
キクは『自分の体内に蛆虫がいる』と言いながら酷く怯えて、頭を振りながら叫び声を上げる。
その虫は『自分が今までに殺してきた人の肉を食べた虫』だと泣き喚く。
恐怖で震える黒い瞳を、どうして宥めればいいのかもはやアメリカには分からなかった。ただ、自分が与えた薬の所為だとは直ぐに分かる。
泣き出してしまいそうなのを、グッと飲み込んで、キクの半開きのままになった唇に、己のソレを押し当てる。
苦しそうに呻く彼をそのままに、空いた右手でデスクの上を探る。やがて、拳銃に辿り着いて思わず身体を硬くした。
むさぼる様に合わせていた唇を不意に離すと、キョトンとしたキクの眉間に自分の愛銃を押し当てた。
「愛していたよ、キク」
ボブ・ディランが歌う様に最期の愛を囁く自分の顔は、酷く歪んでいるだろうと、アメリカは自嘲気味に微笑んだ。
嫌な意味で見知った相手に呼び出されて、意識を張り詰めたまま、ジッと中国はとある廃ビルの一角に立っていた。
日本が居なくなってからもう数ヶ月が経ち、それでも荒んだ雰囲気はいつまでも取れずにいる。思えば、家事は全部あの子がやっていた。
誰に会いに行くか言えば、恐らく韓国だって付いていくと言い張って聞かなかっただろう。
けれど、もし死ぬのなら、まだ一人の方がいい。
日本が居なくなってから数日、ロシアが数枚の写真を手に中国達の家にやって来た。
机の上に広げられたのは、日本が中国達…否、政府側の人物だったらよく見知った人物と共に居る写真だ。
反政府の筆頭者である、美國。
目を瞠ったのは中国と韓国だけの筈が無い。あの美國に、あの日本が笑顔でよりそっている。
『そんなバカな!』と叫び声を上げたのは、恐らく韓国だったか。もし韓国が声を上げなければ、自分が上げていた。
「驚いた?」
中国と韓国の反応を笑いながら眺めていたロシアを引っぱたいてやりたい衝動を、懸命に抑えながら中国はこの国主を睨め付ける。
「こんなの、あり得ないネ。あの子は此処で育った。教育はしっかりしてるある。」
ペットボトルの水を、落ち着かせる為に一口飲み下して、いたって冷静に言ったのだが、声は上擦っていた。
「それがあり得るんだなぁ。これ、知ってる?」
そういって新しい写真を机の上にばらまけると、その写真には真っ白な錠剤やら粉、注射器とセットになった液体……そして写真の右端に手書きで『N』と記されている。
ガタンッ、と椅子を蹴散らかし音を立てて立ち上がったのは、中国だった。
かの顔があまりにも真っ青になったモノだから、彼の弟分の韓国は酷く狼狽し、ロシアはクツクツと喉を鳴らす。
「……Night・Dream」低く呟いた中国の声に、今度は韓国の顔から表情が消え去った。
「あたりっ!流石、昔は阿片に溺れていただけあるね。」
嬉しそうに笑っているのは、もはやロシアだけだ。
……そしてそれから二ヶ月程経って、中国の元へ一通の手紙が宛てられた。
送り主は、美國。
「ああ、本当に一人で来たんだ。」
不意に、暗がりから青年の声が響き、思わず中国は構えを取り相手を睨み付ける。
「お前が一人で来い、っていったある。」
そしてまさか中国も、アメリカが一人で来るなんて思わなかった。…否、正確には二人だが。
眼鏡を掛けた図体のデカイ青年が抱えている自分の弟分を見つけ、自然顔つきが険しくなるのが分かった。
「参ったな。一応遺書とか書いて来ちゃったよ。」誰も見てないといいんだけどなぁ。と、なんとも朗らかにアメリカは自分の頭を掻いた。
「今日はさ、君の仲間を返しに来たんだ。」
そう言いつつ、抱き上げていた人物をそっと床に降ろす。
黒い髪、白い肌、そして彼の民族衣装まではそのままなのに、あの何を考えているの分からないながらに、意志の強い瞳は、もう燻っている。
「その子に、何した。」
思わず駆け寄りたくなるのを懸命に抑えて、アメリカの顔を睨んだまま中国は凍て付く様な声を出した。
「…Night・Dreamだよ」
アメリカの顔が歪んだのは、中国の見間違いであっただろうか。
兎に角中国は腰にかけていた剣をスルリと抜き取ると、数メートルあった筈の間合いをいとも簡単に詰めてしまった。
その剣の切っ先をアメリカの喉元に押し当てて、眼鏡の奥の冷めた青い瞳を自分の目線で射る。
「…武器を抜け、若造」
獰猛な虎を彷彿させる様な威圧的な声で唸る中国を、アメリカは知らず冷や汗を流れるのを覚えながらも、一歩たりとも後ずさらない。
「持ってきてない」
両手をヒョイ、と持ち上げたアメリカの服装は、確かに何処かに武器を隠し持てる服装では無かった。
驚きで大きく目を見開いた中国を一瞥して、アメリカの口には自虐的とさえ言える笑みが浮かんだ。
「銃は、キク…いや、ニホンが嫌がるからね。…持ってきて無いんだ。」
まるで何でもない事の様に、アメリカは首を竦めてから笑ってそう言う。否、彼にとってはまるでどうでもいいのかもしれない。
「…もしニホンが回復して、無いと思うけど記憶も全部取り戻したら、オレの負け。
……でもさ、イギリスは、ニホンを殺せって言うんだ。」
「お前はとんだ馬鹿者あるね。」
飄々としたアメリカを睨め付けながら、半ば呆れた様に中国は吐き捨てる。
それが一介の権力者が言うセリフだろうか。普通、自分の組織の為に殺す、だろう。
「そうだね。」
でも、無理なんだ。と金髪の青年は眉を曲げ、残念そうに首を傾げて苦笑した。蒼い宝石の様な目が悲しそうに光る。
「ああ、さようなら、キク」君と居て楽しかったよ。
と、まるで週末に自分の家に来ていた友人への挨拶の様に、アメリカは一度日本の額にキスを落とすと、驚いて顔を持ち上げた日本と視線を合わせる。
「あなたの瞳は、まるで海の様ですね」
何の脈絡もなく日本が微笑んでそう言うと、一瞬キョトンとしたアメリカは、再び顔中に笑顔を浮かべた。
それから落ち着いた声で日本に一声かけ、身を翻して闇に紛れていく。
「君の瞳は、まるで夜の闇の様で綺麗だったよ」と。