卿菊
※ この小説はかの有名な貴族英×女体日パラレル(卿菊)の設定を少々拝借させて頂き書いております。私の妄想満開ですので、あしからず。
設定を発信なさったサイト様の管理人さんがココを見ていない、という絶対の自信を持って書いておりますので。笑
知らない方はいらっしゃらないと思いますが、一応、貴族英(アーサー=カークランド)と日本の商人(貿易商)の令嬢菊という身分違いの結婚のお話しで、舞台はイギリスです、よ、ね……?
日本の足は悪くて歩くのも杖が必要とか。あと時代背景は一切調べてません。ごめんこ(・∀・)
『生命』
仕事先から全てのやりかけだった仕事を中断し、数日かかる道のりを休む事もせずに馬を走らせ我が家に戻ってきた。荷物を使用人に預け、頭を下げるメイドの合間を足早に抜けていき、見慣れた扉の前で足を止める。一つ息を深く吐き、ノックをした。
「どうぞ」と返ってきたのは彼女の声では無く使用人の声で、思わず胸中ざわつくのだが、その不安を懸命に消し去るとゆっくり扉を開く。
そこには午後の光を遮断された薄暗い部屋で、自分が仕事から帰ればいつだって無理ををしてでても立ち上がり出迎えてくれる主は、今日はベッドの中で微かな寝息を立てている。いつも菊に仕えている使用人によってベッド横に差し出された椅子に歩み寄り座り、彼女、菊の顔を覗き込むといつもより更に真っ白になった、まるで死人の様に美しい彼女が眠っていた。
少々の時間が流れた後、菊はキッチリと閉じていた瞼を微かに動かすとゆったりとした仕草で瞳を外気に晒し、そして自分を黒曜石の様な瞳で見上げた。昏々と眠っていた筈の彼女の突然の目覚めは、自分の不安を消すのと同時にまた違う恐怖をアーサーに植え付ける。
「アーサー様、この様な姿でのお出迎え、申し訳御座いません」
か細い、まるで蚊の羽音の様な掠れた声で菊は囁く。
「いや」と菊の台詞に応えようとするものの、アーサーにはそれ以上の言葉が続かなく思わず口をつぐみ、その代わりというかの様に掌を彼女の額にあてがえば、蝋の様に真っ青な顔色の菊にも体温がある事を知る。随分冷たいが、彼女は確かにココに生きている。
「……喜んで、下さらないのですね」
小さな沈黙を破り、悲しそうな声で彼女が囁いた。よほど調子が悪いのか、消え入りそうな声色は窓の外で吹く風にすら霞んでしまいそうだった。アーサーは菊の顔を見るのも辛そうに目を反らすが、この場を離れる訳にはいかないのか数秒ジッと沈黙した後、思い切ったかの様に口を開く。
「さっき医者と話しをしてきた。」
言い聞かせる様な口調に、菊は不安そうに顔を持ち上げジッと自分の夫を見上げる。
「今回は堕ろそう、菊」
翡翠色の瞳を黒曜石の彼女のソレから反らしたまま、辛そうに出されたアーサーの言葉に驚き瞳を大きく見開いて息を一つ飲み込む。それから重たそうに上半身を起き上がらせて自分の下腹部を己の掌で押さえ、小さく首を振る。
「いや……いやです。私はアーサー様の御子を生みたい。」
眉を大きく歪めさせて訴える菊の両頬をアーサーは己の掌で包み込み、今度はしっかりと自身の瞳と彼女のソレを向かい合わせた。
「今生んだら母体に危険があるんだ。下手したら母子共に死ぬかも知れないんだぞ。」
穏やかに諭すつもりで来たのに、どうにも感情が抑えきれずに語尾を軽く荒げてしまった。が、菊はそんなアーサーにまるで怯むことも無くキッとアーサーの顔をにらみ返す。
「絶対に生みます。ココにはもう命が入ってるんです。……生む為なら、私、死んでもいい。」
芯の強い声色でハッキリと菊がそう言った瞬間、アーサーはカッと熱が上がるのを覚えて思わず怒鳴った。
「オレを一人だけ取り残すつもりか!?」と。そして怒鳴った瞬間不意に自分がこんなにも一人になるのが恐ろしいのかと気が付いた。昔は一人で生きていく事に何も恐怖を感じていなかった。否、本当は恐ろしくて溜まらなかったのかも知れないが、自分で気付かないふりをしていたのだ。それなのに今は菊と出会い、またあんな一人の世界に逆戻りをしてしまうなんて到底耐えられない
下腹部に当てられていた菊の掌を己の掌で包み直すと、それをアーサーは自分の額に押し当てて俯く。
「オレを一人、残さないでくれ」
駄々をこねる子供の様に、泣き出しそうな声で懇願すれば空いていた方の菊の掌がそっとアーサーの頬を撫で、アーサーはゆっくりとした動作でうっすらと微笑んだ彼女を見上げる。
「大丈夫です。この子だけは絶対に生きたままアーサー様にお渡しします。」
そう微笑んだ彼女が、あまりにも美して、体が弱い筈なのに強く見えて、まるで知らない自分の母親までも思い出させ、自分は説き伏せる事も忘れて唯彼女を見上げる事しか出来ない。
菊は嬉しそうに自分のまるで生命が宿っているとは思えない下腹部を押さえたまま、幸福そうにその瞼を閉じた。
菊の妊娠が発覚してから3〜4ヶ月後にはアーサーは出来うるだけの仕事をキャンセルして部下に任せる様になり、日中いつも菊と一緒に過ごす様にした。
前々から一緒に居ると気詰まりそうにしていた菊なのだが、数週間も殆ど同じ時間を過ごす様になれば流石に慣れてきたのか最近は良く笑顔を見せてくれる。それでもつわりが酷かったり、喋ることすら辛そうな時は逆に傍に居ないようにし、彼女が寝付いた頃にそっと隣に座って眠る菊の顔を覗く事しか自分には出来ない。
あの生命が宿っているとは到底思えなかった平らの腹は大きく膨れあがり、体の小さな菊には酷くアンバランスだった。歩き転び腹部を強打する事を大変恐れていた菊は、お腹が大きくなるにつれて自力で歩くのを完全に拒否した。医者はこのままでは足の筋力が衰え、本当に歩けなくなるかも知れないと危惧していたが、もう菊の頑固を知っているアーサーは何も言わずにただただ菊の車椅子を押すばかり。
出産予定日を二十数日程前、突如舞い込んできた家を左右させる様な巨大な仕事がにどうしても出向かなくてはならなくなり、渋るアーサーを菊が背中を押して手を振った。まだ待っておけ、と言うと菊は笑った。笑った、が、仕事も終盤になると一番恐れていた報告が家から舞い込んできて取る者も取り敢えずアーサーは仕事場を後にした。それは予定より少々早い産気。
いつもに比べれば比較的仕事場が家の近くだった為、4時間前後で家に辿り着くと出迎えに来たメイド達の言葉を右から左に流しつつ出産用の部屋に向かって走り出す。ただっぴろい廊下を走っているといつの間に付いてきたのかフェルシアーノがヒイヒイ言いながら走り寄ってくる。
「菊は?」
手短に訪ねれば、フェルシアーノはその幼い顔をキュッと引き締め、ついでに口も引き締めて少々困った様な顔をした。
「俺は、あのぅ、部屋には入れないので……」
……それは、そうだろうな。部屋の前まで来ると数人の召使いがジッとそこで待機していた。
「まだ、お待ち下さい」
そうメイドに止められた瞬間だった。室内から甲高い赤子の泣き声が響き、ワッとメイドとフェルシアーノが色めき立つ、が、室内の声は外の喜びとはまるで正反対に何か焦る様な声が飛び交い、やがてもの凄い勢いで扉が開かれた。
「体を温める為の布を!それから水、氷を……」飛び出して来たまだ若い医師が叫ぶ様にメイドに言いつけ、周りで待機していたメイドが一斉に駆け出す。が、当のアーサーにはその医師の声も、未だに泣き続ける赤子のすらもフェードアウトし、扉の向こうでアワアワと動く人々の合間にフト見えた、真っ青な顔でグッタリと横たわり額は汗で濡れた自分の妻の姿に目を奪われた。
駆け寄りたい反面、駆け出せない自分が居る。慌ただしく騒がしい筈の周囲は自分にとってはシンと静まり、世界は自分からゆったりと遠のいた。
「奥様!」
悲鳴を上げたのはフェルシアーノで、思わず駆け寄って行くのを医者の一人に止められ室外に押し出されると再び扉は閉じられ世界は遮断される。呆然と突っ立ったアーサーはゆっくりと息を一つ飲み込んだその瞬間、不意に体内中の血がサアッと引いていくのを覚え、たった一つの言葉すら忘れ去った。室内からの怒声、赤子の泣き声、そして隣でぐずりだしたフェルシアーノの声だけがただただ辺りを響かせる。
子供を産み落としてから直ぐに菊は意識を手放し、五日間高熱を出し目を覚ますことなく一晩中医師が菊の部屋を出入りしていた。やっと熱が下がり落ち着いてきた後も、菊は頑なにその瞼を開けようとはしない。熱を出していた間はいつ菊が息絶えてもおかしくないと言われ、ずっと眠らずに不安とひたすら葛藤していたが、いざ熱が下がってみても目を覚まさない彼女を光の下で見つめれば、ただ密やかで灰色の絶望だけが己の心臓にそっと入り込む。
丁度一週間経った朝、窓の外で鳴く鳥の声を聞きながら、いつもの様に安らかに眠っている彼女の隣へと座り、その小さな掌を手袋を脱いでそっと触れる。いつだか生まれた子供の掌をつついて時、赤子はどこにそんな力があるとも思えない程ギュッと自分の指を掴んだ。あれ程菊が望んだ、命だった。
医者には話しかけろと言われたのだが、眠っている彼女にすら何と言って自分の気持ちを伝えればいいのかすら分からない。いっそ恐ろしい程の口下手。
「……菊」
押し黙った後、そっと彼女の名前を囁く。と、全く動かなかった菊の指先が微かに震え、本当に少しだけアーサーの指を握った。アーサーにとっては確かな命の合図。
「菊!」
驚き立ち上がり再び彼女の名を呼ぶと、シッカリと閉じられていた菊の瞼が微かに震え、長く漆黒の睫を伴わせながらそっと瞳を開けた。
「アーサー様……?」
虚ろな瞳で暫く周りをキョロキョロと見回した後、ゆったりとその黒曜石を自分に向け、そっと訪ねる様にアーサーの名を囁く。あまりにも久しぶりに発した言葉の為か、少々掠れていたものの、やはり菊の優しい声。
「ああ、俺だ。」
直ぐに返して手袋を脱いだ方の手でそっとその頬に触れ、そこに掛かった長い髪をそっと払う。
「御子は?」無表情のまま、ちょっとだけ首を傾けて彼女が再び問い、赤子も無事であることを告げると、ホウッと深い息を一つ吐いた。そして何か大事な事を思い出したのか、再び瞳を大きく見開く。
「足は……?あの子の足は、動きますか?」
子供の無事が分かったのなら一番聞きたかっただろう事を、必死めいた瞳で訪ねる。
「医者は大丈夫だと言っていた。他の子の様に、きっと走り回れるようになる、と。」
そう告げた瞬間、先程まで感情を吐露するかの様に菊は泣き出しそうな顔をして、微笑んだ。スッと何かが外れる様な心地を覚え、気が付けば身を乗り出しその唇に一つ、口づけていた。
「アーサー様、泣いていらっしゃるの?」
唇が離れて直ぐに下に居た菊が不思議そうな声を上げて、その左手をアーサーの頬に当て、そこを流れていた一本の細い涙の跡を拭う。
「ああ」
菊の伸ばされた左手を取り、自分の頬に当がい返事をすると、不思議そうに菊は「なぜ?」と問う。勿論、自分自身なんと言っていいかすら分からない。
「疲れた顔……」
困った様な、不思議そうな顔でジッと菊はアーサーを見上げて呟いた。
「寝てないからな」
アーサーの応えにまた「なぜ?」と菊は囁く。本当に不思議そうに。
「お前が目を開いた瞬間を、見たかった。」
例え瞳を永遠に開かなくなる瞬間でも、それでも傍に居たかった。でも出来れば、今自分を見上げているその瞳をもう一度見たかった。
まだ菊の掌を己の頬にあてがったまま、そっと呟く。
「もう、俺を置いていくな」と。
後書き:英が恥ずかしい程純情で困る。
卿菊 妊娠小ネタ
基本的に英日は全般的にやることやってる癖に「幼い恋」で良いと思います(`・ω・´)
後、男日に対するより菊の方がアーサー様はちょっぴり素直なんじゃないかと勝手に信じてます。
ノックをし、室内に居た菊の世話係と入れ替わりで彼女の部屋に足を踏み入れる。何時の頃からか、何も言わずに使用人はさり気なく二人っきりにしてくれる。
彼女は前の様に立ち上がって自分を迎える事はせず、その大きく膨れたお腹を自分の細く白い指で守る様に抱えながらベッドの上にペタリと座り込んでいた。
「アーサー様」
自分を見つけて菊は少々瞳を大きくさせ、そしていつもと同じ様に少々驚いた。
毎日毎日欠かすこともなく寝る前に訪れているというのに、彼女は未だに自分がココに訪れれば驚く。そんなに信用が無いのかと、そろそろ傷つきそうだ。
「調子は?」
彼女がペタリと座っているベッドに腰掛け、そっと顔を覗き込めば、ふんわりとした笑顔と「大丈夫です」という返事が返ってきた。彼女の大丈夫はあまり信用が無いのだが、顔色からして本当に調子が悪いわけではなさそうだ。
「あ、今動きました」
嬉しそうに彼女がそうお腹をさすりながら微笑むから、思わずアーサーも身を乗り出した。膨らんではいるが、ここに本当に子供が居るなんて未だに信じられない。
「そういえば胎児には音楽が良いと聞いた」
ポワポワと半ば夢心地でアーサーが呟くと、まぁ。と嬉しそうに菊は微笑みふんわりと微笑みを浮かべる。その笑顔に嬉しくなって「サロンに有名な音楽家でも呼ぼう」とアーサーが言うよりも早く、日本が聞いたことも無いメロディーと言葉で歌った。何と言っているか良く分からないが、それでも美しい歌だというのは分かり、思わずアーサーは黙り込む。とても短い歌だが、この静まりかえった室内には美しく木霊する。
「……今のは?」
歌い終わって直ぐに訪ねると、菊は少しだけ困り眉間に皺を寄せてから、思い切った様に
「日本の、望郷の歌です。……私の大好きな歌なのですが……すみません。」きまりが悪そうに俯いた菊に思わず拳一つ分近寄り、その決まり悪そうな顔を覗き込んだ。「気にするな。」そう言いつつ目線を菊から離すと、特に何もない壁を見やりながら「綺麗な歌だ」と呟くように言う。その様子に思わず菊は軽く笑う。
本当の所普通どういうものなのだか知らないが、結婚して妊娠して、その頃になってやっと自分の夫の性格が分かってきた。要するに天の邪鬼なのだろう。
「……菊、いつか子供を連れて日本へ旅行にでも行こう」
アーサーがそう言えば、心底不思議そうな顔で菊が首を傾げてみせた。サラサラと黒髪が揺れる。
「アーサー様は日本がお好き?」
不思議そうなその声色に、思わずアーサーは苦笑を漏らしながら「お前の国だからな」と返せば、菊は尚更不思議そうな、そして何かを考え込む様な仕草をする。……一体どうしたら全てが彼女に伝わるのだろうか、と、自分の言葉として発する事の出来る語彙の少なさに悔しささえ感じる。
「それじゃぁそろそろオレは自室に戻る。暖かくして眠れよ。」
ギシリとスプリングを鳴らしながら立ち上がれば、何か考えていた彼女は顔を持ち上げてふんわりと微笑んだ。
「お休みなさい、アーサー様」
その彼女の頬に挨拶としてのキスを落としてから、いつもの様に「良い子を生めよ」と言えば、彼女もいつもの様に「例え私が死んでも」と笑って言った。
そしてまた、「それでは意味が無い」と言えずにただ諦めの様な笑みを浮かべて部屋を後にする。扉の外で待機していたメイドが出てきたアーサーに頭を下げてから、また一度閉じられた扉を開く。先程の歌がまた耳を捉えた。言葉は分からないが、どこか悲しい。
歩き出した自分の靴の音と混じって聞こえる彼女のその微かな歌声を聞きながら、出口のない不安を覚えて足早に廊下を歩き出した。
お遊び小説
10時だと約束をしていたダンスパーティー会場に、数分遅れて滑り込む。騒がし過ぎるといっても過言では無いそこは、自分がほんの1,2年前まで、つまり家業として父親の巨大な店を継ぐまでは足繁く通った馴染みの店であった。
両親が金持ちだという事にコンプレックスのあったイギリスは、今のアメリカ同様よくスラム街のチンピラと遊んだりもしていた。が、そろそろ成人だという事で結局は親の家業を継ぐこととなった。
それからは夜の街に繰り出す事も無くなり、親の言いつけ通りの仕事をこなして勝手に決められた婚約者と結婚するだけ。そして年老いていく。
今宵アメリカが今夢中になっている移民達との『戦争ごっこ』の挑戦状を叩き付けるのでどうしても同伴して欲しい、と泣き付かれて中立の場であるこのダンスパーティー会場にやってきたのだが、当のアメリカ本人は楽しそうにダンスなんか踊っている。視線をそのアメリカから反らせば、明らかに自分達とは違う人種“移民”らしく黄身のまじったクリームの様な色の付いた肌と、真っ黒な髪を持った連中もアメリカの反対側で固まって踊っていた。
一息吐きつつ、シャンパンを一杯手に踊る若者達から少々離れて壁に寄り掛かり、ダンスでですらお互い張り合うという、この幼い闘争をじっと眺めていた。そして何周も眺め回していたその瞳が、不意に白い服を着た彼女を捉え、彼女の瞳もやはり、自分を捉えた。
次の瞬間、世界は一度沈黙する。その場に流れていた騒がしい音楽も、踊る音も、自分の心臓の音さえ一度息を潜め黙りこくる。その次に聞こえてきたのは己の靴の音と、彼女が歩み寄ってくる音。
沢山の踊る人々の合間を縫いつつ、それでもお互い見失う事もなく目の前まで近付いた彼女は、自分とは異なる肌と髪,瞳の色を持つ“移民”の人間であったが、そんな事は今の自分にとって何等問題では無い。少女は真っ黒な髪を結い上げ、まだ幼い顔をしながらもどこか潤みのある。
どちらともなく伸ばされた腕。ゆったりとお互いの掌を合わせると、不意に戻ってきた聴覚が店内に流れた次の曲、バラードを捉え、彼女のその小柄な体をグイと引き寄せて彼女の腰をとりゆったりとしたステップを踏み込めば、彼女もそっと足を踏み出した。音楽にただ身を任せて踊る。合わされた掌がジンジンと熱を上げた。
「誰かと間違えていないか?」
ピッタリと体を合わせて、彼女の耳元でそうそっと囁けば、少女は首を振りつつ柔らかな唇を開く。
「いいえ、あなたです。」
まだ終わらない音楽の中、どうしても少女の顔を見たくて思わずステップを踏んでいた足をピタリと止めれば、つられるように少女も足を止め自然見つめ合う。唯周りは誰一人としてそんな自分達に気が付かない、気を止めない。
「どこかで?」囁くように問えば見上げてきた少女は緩やかに首を振る。
「いいえ」
彼女の返事が聞こえるよりも早く、そっと身を屈めて唇を合わせる。ふんわりとした甘い香りが漂い、たった一つの口付けにそっと体が震え、掴んだ細い肩にそっと力を入れた。その時、ビシッと頬に痛みが走り唇を離して思わず仰け反る。
「我の妹に手ぇ出すなある!」
彼女を背後に隠して、キッと突然現れた男は自分の睨め付けている。その顔には確かに見覚えがある。それはアメリカの敵対している“移民”の中のボスである中国だった。
「兄さん!」
少女が声を上げて兄と呼んだ中国の腕を取るが、その少女の腕を逆に取って近くに居た男に少女を押しやる。
「日本を連れて帰れ」
ハッとして兄見上げながらも少女、日本は連れていかれ騒々しいこの場からすぐに姿を消してしまった。一時の夢の様な出来事だったのだが、確かに一曲自分達は踊った。
“日本”そう、彼女の名前だ。早々に会場を後にして夜道を歩みつつそっと先程の少女の名前を囁いた。
以上、お遊び『ウエストサイド物語』のパロディパラレルでした。続きはツ●ヤでお借り下さいww