沈黙のお茶会
瑞日
『沈黙のお茶会』
出された紅茶を口に含みながら、何故自分はこんな所でこうしてお茶を飲んでいるのだろう……と、目の前にむすっとしたまま座っている人物をそっと盗み見る。
とても美しい顔立ちとコバルトブルーの瞳。だが、どうして自分を招いたのか、彼とこうして向かい合ってから言葉など数個しか交わしていない。
フッと目線を落としてカップの中の琥珀色の液体をじっと眺めた。
「あ、あの、瑞西さん」
顔を持ち上げて決死の覚悟で声を上げれば、外を眺めながら紅茶を飲み下していた彼がコチラについとその端正な顔を向ける。
「なんだ?」
パッと聞くと冷淡なその声に、一瞬息を飲み込んでからずっと胸にあった疑問を投げ掛けた。
「な、なんで私をお茶に誘ったのですか?」
「話したかったからである。」
即答されるその言葉に、思わず「ハァ……」と呟いてから再び紅茶に口をつける。
約二週間前の会議の後、イギリスと話をしていた所を唐突に彼が声を掛けてきたのだ。
勿論驚いたのは日本だけでなく、日本と会話をしていたイギリスも、かの瑞西から声を掛けてきた事に相当度肝を抜かれた。
だから、だからきっと二週間後の日本の空いている時間をうっかり瑞西に取られてしまったのだ。そして今きっとイギリスは家で苛々と拗ねているに決まっている。ニヨニヨ。
まぁ、そんな訳で日本と瑞西という異色コンビのお茶会が始まったのだった。
天気の話に始まり、国内情勢、地球温暖化……と、まるでまた会議でもしているかの様な内容の話をし、それでもあまり出てこない彼の言葉に日本は隠れてまたそっと溜息を吐いた。
イギリスさんと紅茶の正しい入れ方の話をしていた時、後ろからヌッと現れた彼(といっても体つきは小柄なのだが)の誘いに、何故か知らないが直ぐに首を縦に振ってしまっていた。そして、一緒にお茶を飲むことになったのだが、いまいち彼の意図が解せない。
何かしでかしてしまったのか。それとも国として何か申請したい事でもあるのか……溜息を隠しながら、疲れてあまり働かない頭を無理に働かせて考えるが、結局真相は浮かんでこない。
連日の激務からやっと逃れて、こうしてお茶を出来るようになったというのに、こんな張り詰めた雰囲気では休まることすら出来ない。
それでもウトウトしてしまうのは、やはり歳の所為なのだろうか……?
「……疲れているのか?」
不意に、窓の外から目線を外し彼、瑞西がその不機嫌そうな瞳を日本に向けたモノだから、ウトウトと船を漕いでいた日本は慌てて背筋をピンと伸ばす。
「いっいいえ、疲れてません。大丈夫です。」
フルフルと頭を振り、彼の言葉に否定すると「そうか」とだけ言ってアッサリと彼はまた横を向いた。
なんだかわざわざ招かれたのにほっぽかされている気がして、少しだけ寂しさが過ぎる。
なんでわざわざ呼ばれたのか、そして無言でお茶を飲まなければいけないのか……ううん、と声に出さずに唸るとまた一口お茶を下す。
どのぐらい経ったのだろうか。
会話のないまま随分経つと、なんだか緊張感も消えてきて、代わりにスイスの心地よい天候がどんどん自分を睡魔に招き入れる。
コクリコクリと船を漕ぎつつも、懸命に意識を保とうと目をしばたたかせるのだが、どうやらそれすらも無駄な努力らしい。
カクリ、と首が大きく揺れたその時、真向かいに座っていた彼の立ち上がる気配がした。
瞬時、ああいけない、怒らせてしまった。 と思うものの、一度どん欲に睡眠を欲した身体は今度はそう簡単に覚醒などしてくれないらしい。
彼が自分の横にまでやってきた気配を感じたかと思うと、身体がフワリと浮かんだような心地がしたかと思うと、今度は柔らかな何かにそっと降ろされた。
フワフワと柔らかい、まるで雲の上の様な心地と、直ぐ傍に感じる人間の体温が眠気のストッパーを完全に外す。
そして次に覚醒した時には、既に太陽は大きく傾いていた。
ふんわりとした寝起きの心地のままそっと目を開くと、まず此処がどこだかを懸命に思い出そうとする。
柔らかなベットの様なモノに包まれて、こんなに安息をもたらしてくれている此処も、よく見れば自分の家でない事に気が付くのにそんなに時間を有さなかった。
ガバリ、と慌ててソファーから身を起こすと、隣に座ったまま本を読んでいた彼、スイスに驚いたように目線を送る。
「……起きたか」
黙々と本を読んでいたらしい彼は、そっと栞を挟み込み、寝起きで驚きと恥を綯い交ぜにした日本の寝癖に触れた。更に日本の顔が赤くなるモノだから、内心少々楽しいなどと思っている。
「あっ……あの、私、寝てたんですね……その、すみません。」
恥と申し訳なさで赤くなって目を伏せた日本をじっと見やり、いつもの無表情さでスイスは軽く首を傾げた。
「いや、中々楽しいものであった。」
そうペロリと簡単に言ってのけるのだから、益々彼が一体何を考えているのか理解しがたい……
と、ふと自分の身体に掛けられていた布に目線をやると、それは先程まで彼が着ていた上着だと気が付き、再び体温が上がるのを覚えた。
「あっあの、スイスさん……その……」
「なんだ?」
言葉に詰まりっぱなしの日本に、その鋭いまなざしを向けつつスイスが軽くまた首を傾げる。
「な、なんで私を誘って下さったのですか?」
あるだけの勇気を振り絞って先程と同じ質問を訪ねてみれば、自分の焦った顔とは真反対にスイスは至極落ち着いた表情でまた飄々と言ってのける。
「何故だが知らぬが、顔が見ていたかったからだ。」と。
グラリ、と頭が揺らぐ様な感覚を覚えつつも、ようやっと体勢を立て直しそわそわとソファーの上で正座をした。
「それは一体どういう意味で……」
日本自身でもソレと分かるほど混乱して、そっとスイスの顔を覗き込む。
「自分でも良く分からぬ。こんなの初めてだからな。」
淡々と告げられたそのセリフに、今度は体温を上昇させつつ「はぁ」と言うことしか出来なかった。
「無理にとは言わぬが……」
今度はスイスが少しだけ日本から目線を反らして斜め下を見つめつつそう言ってから、ふとそのまるで射殺されそうな程鋭く、そして美しいコバルトブルーの双眼を日本に向け
「出来ればまた来て欲しい」
とキッパリ言い放つ。
その言葉に思わず微笑んで「はい」と返したのは当然であり必然であった。
「また、一緒にお茶を飲みましょう。」
そう返すと、彼は少しだけ笑った様な気がした。
前のチャットで最終的におぐりんと二人っきりになって、なんだか二人で妄想してた瑞日。
あの時はなんであんなテンションが保てたのか、それはきっと永遠の謎。あ、ヌホンの所為か(即解決)