星は巡る ※ 「天気雨」のなつさんに捧げます。ギル菊で菊のみ女体化になります。苦手な方は注意をお願いします。
 
 
 
 春の陽気の中、菊は太った買い物袋を一つ、ギルベルトは二つぶら下げて帰路についていた。公園の横を抜ける途中、木々の青青しい色が青い空に栄えて見える。
 公園にはいくらかの家族が芝生の上に座り、春の麗らかさを満喫していた。小さな子供が蝶を追いかけ小さな掌を伸ばし、母親が子供を支え、父親がそんな二人を眺めている。彼らが本当に幸せなのかは解らないが、傍目から見る分には十分すぎるほど幸せそうだ。
「なんだァ、羨ましいのか?」
 菊が家族連れへと視線を送っているのに気が付き、ギルベルトはケセセと彼独特の笑い声をあげた。菊はそんなギルベルトは真摯な様子で暫し見つめた後、アーモンド型の黒い眼を三日月に細めて笑う。
「ええ、全く本当に」
 芳しい春風が抜けていく中、菊は乱れた黒髪をそっと耳にかけなおした。ギルベルトは浮かべていた笑みを消すと、先ほどまで菊が見つめていた家族へと視線をやる。母親に抱かれた男の子が身を乗り出し、母の首へ腕を回す。
 
 
 『星は巡る』
 
 
 フェリシアーノと菊がルートヴィッヒの家に訪れたのは、久しぶりに連休が重なった春の日である。休みの最終日である今夜は食材を買い込み、みんなで食事を作る事を約束していた。
 菊とギルベルトの二人が恋人となってから数年経っているが、二人の関係を知っているのは今回集まっているメンバーだけだ。ギルベルトは最早国としての職務をしていないため、他の国家と付き合うことも殆ど無い。そのため、秘め事がばれることもやはり無いらしい。
 対して菊は職務に追われる日々であり、休日も中々とれない。久しぶりに友人、恋人と会えたことは菊を浮足立たせ、普段表情が変わらない彼女の顔は微量ながら上機嫌に変化する。
 フェリシアーノはそんなに菊が浮かれているのが嬉しくて、四六時中にこにこと笑顔を浮かべていつも以上陽気に過ごし、ルートヴィッヒは少々居心地が悪そうにしていた。しかし友人や弟の手前、菊もギルベルトもそれらしい振る舞いは一切しない。
 ドイツ組二人が少々顔を顰めている先から、フェリシアーノと菊は材料を台所一杯に広げ、何を作ろうかと喉を鳴らし笑いながら話し合っている。
「あー、もう。あんま台所汚すんじゃねぇぞ」
 遂に我慢が出来なくなったのはギルベルトで、零れた小麦粉を颯爽拭いながら小さく吠えた。こぼした主である菊は「あらあらまぁまぁ」なんて呑気に笑い、そのまま料理を続行させていく。
「油もんは気を付けろよ」
 てんぷらの下準備をしている菊にギルが声を掛けると、彼女はクルクルと喉を鳴らす。
「ギルベルト君も、つまみ食いはダメですからね。今日は我々がご飯をつくりますので、先にお風呂など入ってらっしゃいな」
 確かに台所は広いけれど、大の大人四人が入れば少々きつい。ガタイの良い兄弟二人は、体の大きさのみならず美食家の二人ほど料理が得意でも無い。更には女が二人に増えたような雰囲気には、ついていけそうになかった。
 ルートヴィッヒとギルベルトは視線をチラと合わせると、そのまま台所をあとにした。ルートヴィッヒは言われた通りシャワーに向かうが、ギルベルトは大きな伸びを一つするとソファーに横になる。
 窓から差し込んでいた優しい太陽光は薄れ、段々と空は赤味を帯びてきている。もうじき紫色に染まり、やがて夜が来る。道々には灯りが灯り、酒を含んで陽気になった人々は笑い、家付近の広場には楽団が来て今夜も音楽を鳴らすだろう。
 うとうととしながら、ギルベルトは昨晩菊が窓辺の椅子に座り、夜の灯りを眺めていたのを思い出す。開け放たれた窓からは、どこか物悲しいヴァイオリンの音色が入って来る。日本では決して体験出来ないらしく、彼女はいつまでも椅子の上でうっとりと外を眺めていた。
「そんなに気にいったんなら、こっちきちまえばいい」なんて一言は、勿論冗談でさえ言うことはできない。毎日忙しいため、大抵はギルベルトが菊の家へと出向いている。
 
 空腹を擽る良い薫りが部屋に満ちて、ギルベルトは浅い眠りから目を覚ました。窓の外はすっかり暗くなっているけれど、時計の針はせいぜい一時間程度しか進んではいない。しかし夕飯の準備は着々と進んでいるらしく、テーブルにはいくつかの皿が並び、ギルベルトには毛布がかけられていた。
 イタリアンと、菊が得意とする煮物などが並ぶテーブルを見ていると、胸の奥が温まるのと同時に感じていた空腹が深くなる。てんぷらを一つ摘まんで口に入れると、台所から菊が喉を鳴らして笑った。
「もうすぐ全部揃いますからね」
 机に新しいオカズを並べ、ギルベルトの髪についた寝ぐせを手櫛で整える。思わず伸びたギルベルトの腕をすり抜けると、再び台所へと戻って行ってしまう。少しばかりいじけながらテレビを点けると、買い物に出ていたらしいルートヴィッヒがビールを沢山抱えて帰って来た。
「ちょうどよかった、ご飯できたんだよ」
 フェリシアーノが嬉しそうに飛び跳ね、ルートヴィッヒの周りにまとわりつく。ルートヴィッヒは袋から赤ワインを取り出し、そんなフェリシアーノに手渡す。
 ワイングラス、ジョッキ一杯にアルコールを満たし乾杯をすると、全員グイグイと一斉に空にしていく。あっという間に全員ふわふわと酔っぱらった。普段しっかりしている菊も、アルコールが入ると途端楽しそうに喉を鳴らして皆のやりとりに笑っている。それが嬉しいのか、男陣三人は益々調子に乗ってアルコールをあおる。
 酒にあまり強く無い菊が真っ先につぶれ、顔を緩めっぱなしで抱きついてきたフェリシアーノを受け入れて笑う。ルートヴィッヒはフェリシアーノの首根っこを掴もうか迷い兄を見ると、「あー、楽園だぜ!」なんて陽気にニヨニヨとしていた。
「今日はみんなで寝ようね」
 フェリシアーノが敢えて空気を読まない発言をした瞬間、ルートヴィッヒばかりが体を堅くした。昔は菊が性別を隠していたため、良くフェリシアーノ、菊、ルートヴィッヒと三人で寝たけれど、女だと解ってから意識してしまって中々辛い。しかも兄との恋人となれば、気まずさ満天だ。
「じゃあキングベッド二個くっつけようぜ」
「そういうの久しぶりです」
 菊もフェリシアーノも客間にいたが、朝方一度だけギルベルトの部屋から出て来たことがある。それで尚更気まずさ抜群だ。しかし唯一反対しそうだった菊まで目を輝かせるため、ダメだなんて一人反対することも出来ない。
 眉間を指で押さえつつ、あれよあれよという間に即席ベッドが造り上げられ、酔っぱらい四人は布団にくるまった。右からギルベルト、ルートヴィッヒ、フェリシアーノ、菊だった。それでいいのかとドキドキしたけれど、特に全員異論はないのかパチリと電気の灯りを落とす。
 最初は特にフェリシアーノとギルベルトが騒がしく喋っていたが、暗くなると眠くなるらしいフェリシアーノが真っ先に寝入ってしまった。それまで普通に会話をしていたのに、不意に途切れて寝息を立て始める。
 菊が闇の中で小さく笑い、一日を締めくくる挨拶を述べた。穏やかな声を聞くと、先ほどまで冴えていたのに途端眠気に襲われ、ルートヴィッヒは曖昧に返事をして眼を閉じた。酒がしこたま入っていたせいか、意識は直ぐに途切れ、気がつけば自分の内側に落っこちていたらしい。
 
 目が覚めたのは、彼女の声に敏感なせいだろうか。密やかな話声が聞こえる中、目を覚ますと夜目が効いているらしく、窓から差し込む月灯りが眩しくて思わず寝がえりをうつ。先ほどまで夢うつつで聞いていた声がやみ、そこでようやく菊がギルベルトと会話しているのだと気がついた。
「ルートヴィッヒさん、起きてしまったのかと思いました」
 小さく笑う声に、ルートヴィッヒはドキリと心臓が揺れた。思わず意識的に呼吸を整えると、そのまま眠ったふりをする。
「お前も早く眠れよ。帰ったらまた仕事だろ」
「……ギルベルト君はもう眠たいですか?」
「いいや」
 飛び交く声は小さいけれど、それ以外なんの音も聞こえない深夜だと、喋る二人の呼吸音まで間近に感じられた。ギルベルトと会話をする菊は、いつもよりもずっと柔らかく甘くさえ聞こえる。
 彼女の言葉が全て自分に向けられて発せられているような気がし心臓が大きく鳴るものだから、二人に寝たふりをしていると気がつかれるのではないかと、恐ろしく思った。しかし二人はそんなルートヴィッヒには気がつくこと無く、小さな密談を中断させはしない。
「お前さ、今日家族連れみて『羨ましい』って言ったよな」
 ギルベルトの言葉に菊は黙り込む。二人とも眠ってしまったのかと思うほどの沈黙の後、ギルベルトが小さく彼女の名前を呼んだ。衣擦れの音がし、ルートヴィッヒの上に気配が移る。
 菊の方からも衣擦れの音がしたかと思うと、手を置いただろう場所のスプリングが小さく鳴いた。沈黙はほんの一瞬で、二人の姿も思いもルートヴィッヒの想像の範囲内から出ることは決してない。
「……嬉しいことは、浮き上がって飛んで行ってしまうでしょう。でも、哀しいことは沈殿していくんです」
 降って来た言葉は笑いさえ含む様な、明るい調子だった。しかし長い間友人であるルートヴィッヒは、彼女が泣きたいときこそ笑うのだと知っている。ルートヴィッヒよりずっと長い付き合いである兄も、当然そのことを知っている筈だ。
「俺、お前と一緒に日本行くわ」
「……え?」
 ギルベルトの言葉に、思わず起きかけたルートヴィッヒは、どうにか耐えて目を瞑った。あれほど「菊の邪魔はするな」と言っているのに。
「ポチの世話係とかさ。家事もしてやらねぇことねぇーよ」
 ケセセセセ、と声高に笑うと、恐らくにんまりと笑った。菊もつられて笑うと、元の場所で布団に潜り込む音がする。
「主夫だ、主夫。指輪でも用意して持っててやるぜ」
「まぁ……でも、真似ごとぐらいしか、できませんけども」
 『家族連れをみて……』ふと、ギルベルトの声色を思い出して、ルートヴィッヒは彼女が兄との関係を他人に秘密にしている理由を理解した。彼女が恐れているのは終わりがまだ見えない長い時間と、その時間で起こりうる変化だ。
 疲れて背中を向け立っている菊にとって、無かったことになる未来ならば、最初から無ければいいと思うのだろう。長く生きる分、記憶は次々に積み重なっていく。
「俺達は俺達だろ。人間とはもとから違うんだよ」
 子供っぽく笑い声をあげ、ギルベルトは「さぁ、もう寝ようぜ」と締めくくる。そのまま静かになったかと思うと、急に腕が伸びてきてガシガシと頭を撫でられた。起きていたことに気がついていたのか驚いたが、そのまま寝たふりを続けることにした。
 
 
 宣言の通り、菊とフェリシアーノが帰ってから数日後、ギルベルトは「しばらく日本に行って来る」と旅立ってしまった。大きく膨らんだ鞄を引き摺り、笑顔で出掛けて行った兄を、ルートヴィッヒは羨ましく思いながら見送る。
 それから一カ月も帰ってこなかったため、菓子折りのバームクーヘンを持って尋ねたところ、上下ジャージを着てポチの散歩をしているギルベルトを見て、思わずがっくり項垂れた。
「これがニートか……」
「ちげぇよ。主夫兼番犬だって。ぽちはちょっと頼りないもんな」
 ぽちに語り掛けると、彼はギルベルトをつぶらな瞳で見上げて不思議そうに首を傾げた。
「この間なんて、アーサーを追い返してやったぜ」
 ケセセセセ、と笑う姿に眉間を抑える。口汚くギルベルトを罵ってから、涙目で帰っていく姿を想像し、哀れしか思えない。
「取りあえず入れよ。茶でも煎れてやる」
「……まったく、本田に迷惑かけてないだろうな」
 かけていないわけないのに、ギルベルトはルートヴィッヒが面白い冗談でも言ったようにケラケラと声高に笑った。  
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき
 
 
「天気雨」さんに捧げます、相互記念になります。
 取りあえず……指令の“ほのぼの”要素が全然なくてすみません。あと英、登場シーン少ないです orz

 
 是非ともこれからも素敵芋兄弟で私を喜ばせてくださいませ!ww
 これからのご活躍楽しみにしてますっ!
 穀物鮎煮