胡乱
※ 初めからで大変恐縮な限りで御座いますが、この小説には性的表現(本当に微かだよ!)とかおかしな事になっている日本が含まれているのでごぜうますので、そこの所をお気をつけ遊ばせませ。
酷く視界がガクガクと揺すぶられ、天井にはっついている染みが何十にも見えた。
抵抗する気力も笑う気力も泣く気力も、更には痛いだとか気持ちいいだとか悔しいだとか、そんな事すら感じる気力も疾うに尽きていたから、只なんとなく天井ばかりを見上げていた。
先ほどまで聞こえていたこの男の荒い息づかいさえ、今は何にも聞こえないのだから、その内この目さえ見えなくなくなるんじゃないかと思えてきた。
まぁそれはそれで、別段自分には関係等無いのだけれども。
胡乱 壱
ガンガンガンガンガン・・・・・
先程からひたすら日本の家の扉を叩き続けているのは彼の兄だと自称する中国である。
美國がやっとこ自国に帰ったというから飛んできたと言うのに、都合悪く可愛い弟は外出中であったのが悔しいのか、眉間に皺を寄せ弟の名前を連呼しながら扉を叩くのを決して止めようとはしない。
未だに体から阿片が消えないのか、目の下にはうっすらと隈が出来ていた。
くそったれめ、
と、彼が呟いた。あの糞兄弟共め。我だけでなく日本にまでとうとう手を出したがった。と。
本当は美國が日本を開国させたと聞いたとき、全てを投げ打ってもこちらに向かおうと思ったのに、自分の国内も酷く荒れ果てて、その上いくら自分が出張ったって到底美國の軍事力に勝てない事は承知していた。
日本もその事を承知したのだろう。したのだから、遂に開国してしまったのだ。
いつまでも自分達だけの物では無いと理解していたのだが、悔しくてならない。
「日本、にほーん」
留守なものは留守なのだ。呼んだって仕方あるまいに。ムム、と頬を膨らませ中国は唸った。
それから何の期待もせずに、グイッと扉に手をかけ引き戸を右にずらすと、なんの抵抗も無く扉は開き放たれた。
中国は思わずその鋭い目を剥き盛大に眉間に皺を寄せのど元で唸る。あれだけ戸締まりには気を付けろと言っておいたのに!
いくら此処が平和の国だからといってもしもの事が無いなんて甘い考えは許されない…
「日本、お邪魔するあるよ」
どうせ主は居ないのだろうが、それが一つの礼儀である事を知っている彼は、ぶっきらぼうにそう言うと靴を脱いでドカドカといつも日本が居る居間を目指す。日本が幼い頃何度も何度も訪れた家だ。まるで我が家の様に思える。
幾分進んだところ、廊下の途中に開け放たれた襖を見つけてなんとなしにその部屋を覗き込んで、思わず足を止めた。
その部屋は日本がいつも寝室として使っている部屋で、東側に位置する為にとても日当たりが良い。
そしてその白色が強い光の中で、中国に背を見せる形で日本が横たわっていた。布団はもう片付けられていたのを見ると、一度起きてきたのだが美國の相手をして疲れて居た為に昼寝でもしているのかも知れない。
中国の顔にフッと苦笑が落ちた。
「日本、風邪引くあるよ。」
寝かしてやりたい気持ちは満々だが、まだ春先で空気が冷える中を布団も引かずに寝かしておくのは忍びない。起こしてやろうとその肩にそっと手を置いたとき、またしても彼の動きがピタリと止まった。
今度彼を襲ったのは完全な恐怖と驚愕である。
日本は眠ってなど居なかったのだ。
その黒曜石の様な目は開かれていて、何処か分からない虚空を只ゆらゆらと震えていた。
「日本っ!」
出た声は悲鳴に近かった。
真っ青に染まった日本の顔と同様、中国の顔も又みるみる内に血の気が引いていく。遠くで鷺が鳴いた。
「どうしたあるか!?」
慌ててその額に手を置いてみるが熱は無く、安心したのも束の間、その安心が絶望へと色を変えた。
熱が無い?じゃあ何故彼は自分を見失うのだ・・・!空気が肺一杯になり、そして暫くは体内から出てこなかった。
指の先が小さく震え、そして冷えていくのが分かる。ざわざわと首の裏が俄にざわめくのを覚えた。世界は未だに穏やかな正午の太陽を照らしてくるのに、そこはまるで四方が鉄で覆われた監獄の様だった。
「日本!返事するよろし……日本…」
語尾が酷くよれるのを感じた。ガクガクと彼の体を揺するとまるで黒い絹糸の様な彼の髪がサラサラと同調する。
やがて何処か彼方を彷徨っていた彼の瞳がゆっくりと中国に向けられていく。その様子に酷く凍えた中国が息もなく見入った。
そして彼の口からいつもの様子でポツリと言葉が漏れる。
「あれ?中国さん、来てたんですか?」と。
すみません、お茶も出さずに。
彼が歌うように呟いたセリフを、ふらふらとおかしな軌道を描きつつ遠ざかっていく彼を見つめながら中国は聞いた。
「日本」
中国の悲鳴じみた声が上げられたが、日本は振り返ることもなく土間に足を運ぶ。その後ろを半ば走り中国が追いつくと、グイッとその細く小さな肩を引いた。
酷くいびつな瞳が中国を捉える。
「なんですか?」
彼が小首を傾げて中国を見上げた。もう一度外で鷺が鳴く。
「どうしたあるか日本?美國に何かされたあるか?我に言うよろし。」
美國、という言葉に一瞬肩を震わせてから、彼はまたジッと中国を見つめる。昔から表情の乏しかった、それでも昔は日本が何を言いたいかぐらい分かっていた中国にとってその顔は、自分と弟に遠い遠い距離を思わせた。
暗い廊下がグルグルと渦を巻くかの様な絶望が、足下から這い上がる。
「昔・・・」
先に口を開いたのは日本だった。中国は自分が悲しくなるほど心臓が冷えていくのを覚えた。
そしてもう、自分の体内には血が巡らなくなってしまったのでは、と恐ろしくなる。
「昔、よく鬼ごっこをしましたね。中国さんはとても足が速いのに、いつも私に花を持たせてくれましたね。」
彼は泣いているのではないか、と不意に思った。
「ああ」
しかし出てくるセリフは情けなく、ただ彼の言葉に応じるだけ。
「私はあの遊びが大好きでした。いつも中国さんは絶対私を追いかけてきてくれるし、もう疲れたと思ったら必ず捕まえてくれました。」
「・・・ああ」
今度は自分が酷く泣き出しそうなのに気がついた。兄弟全員で庭中駆け巡ったのがまるで昨日の事の様に思えたのと同時に、嘘の事の様にも思えたからだ。
日本の何も捉えない瞳が、ようやっと昔の自分達を捉えていた事に気がついた。
「中国さん、鬼ごっこをしましょう。」
予想だにしなかったセリフに、えっ? と顔を持ち上げると、妖艶に笑う愛しい弟の顔がある。
自分の弟は果たしてあんな笑顔をしただろうか、と酷く狼狽えた。そしてまた悲しかった。
中国の返事が帰る前に、日本はクルリと体の向きを変えると陰鬱な廊下の向こうを目指して一気に駆け出した。その手を捉える暇さえ無い。
「日本っ!待つある、日本!!」
自分の必至な呼びかけにも、彼はまったく気にする事無く軽快な兎の様に跳ね飛んで行ってしまう。
足は自分の方が断然速かった筈だ。そして今だってそうだと思っていた、が、彼の小さな背中はいくら走っても目の前にはこない。
彼の足が速くなったのか、自分の体力がおちてしまったのか、それとも・・・
バタバタと家の中を駆けていた日本が不意にヒョイと庭に飛び降りた。あっ、という声さえ出ぬ間に彼は裸足のままみるみる内に遠ざかっていく。
慌てて自分も飛び降り彼を追いかけるが、流石に自分の庭では無いので日本の方が幾分も有利である。
そして不意に彼は渡っていた途中の橋からピョイっと池に飛び込んだ。
バカ! と声が出るよりも先に中国もそれに従い苔の色が濃い池の中に飛び込むと、水は膝程で優雅に泳いでいた鯉たちは一斉に逃げ出す。
バシャバシャと進む池は水の抵抗が酷い上に足下がぬるぬるしていて思うままに進めない。が、それは日本も同じで、しかも自失している今なら尚更歩きにくそうにもがいている。
パッと彼の体が前方に傾いたと思った瞬間、バシャン と音を立てて日本の体が一瞬水の中に沈んだ。
「日本!日本、日本・・・」
起き上がった彼からはもう逃げる意志も意図も失ったらしく、腰まで水に沈ませてぼんやりと空を仰ぎ始めた。
やがて追いついた中国が慌てて彼を水から引き上げてその顔を覗き込む。
血の気のない顔と虚構な瞳はそのままに、ただやわらかな午後の光に照らされ、その足は至る所傷だらけだった。
それから点々と首の根本に赤い跡が見えた。その瞬間、中国は自分の胸が押しつぶれていくのを感じ、逃げ出したくなる。
彼の白い頬や睫に付いた丸い水滴が、彼の代わりに泣いてくれたのかとさえ思えた。
ああ、日本・・・
濡れてしまった彼の和服に顔を擦り付けて叫び出したくなる。何故こうなるのか、何故守れないのか、何故彼が・・・
あの小さな手が、細い首が、美しい髪が、笑顔が、全てがあの大きいだけの若造に奪われてしまった。小さな頃の思いですら、あいつ等は奪い去っていくのかも知れない。無理矢理に我の手から引き剥がすに違いない・・・嗚呼、日本・・・
僅かにその瞳が揺らぎ、後ろから抱き上げていた中国に向いていく。
そして一言呟いた。
「ああ、中国さん、来ていたんですか。」と。
お粗末様でした。胡乱は「うろん」と読みます。因みに私はこれを書くことを決心し、初めてうろんは胡乱と書くことを知りました。
まぁどうでも良いんですけれども。
約一年ぶりに小説を書かさせていただきました。おお、ドキドキ。
本当もう二度と小説なんて書かないだろうなぁ。と思っていました。
でも、すっごく楽しい、のです。楽しい。ヘタリアでこれから萌えていきたいと思います。
時折相手をしてやって下さいませ。
あ、胡乱は全三話ですが、ひたすらにーにを主観にして展開していく為に、米がなんか嫌なやつです。
だからコレ終わったらものっそい米日書こうと思います。 かしこ。