卿菊・日本女体化・パラレル・エロ
※ エロシーン入ります!気を付けてください
『月下美人』
部屋に一人きりで黙々と本を読んで一日を誤魔化すのは、別段日本と居るときとあまり変わらない気もした。不憫に思う人も居るだろうが、それが自分の生き方だと言い切ってしまえる。
それにアルフレッドが生まれてからは毎日成長していく彼に夢中になり、『寂しい』という感情は明け方の涼しい風と、紫の空にしか感じる事は無くなった。けれどもその感情は、きっと誰もがそうであるように、時折不意に自分を乗っ取り、ただ自身をどこかへに帰してやりたくなるのだ。
バタリと突然扉が開けられ、笑顔を浮かべたアルフレッドが菊がベッドに横になっている部屋に入ってきた。まだ歳で言えば幼い筈なのに、体ばかりが大きくなったから始末に負えない、とアーサーが言っていた通り、彼は子供の頃とまるで変わらない笑顔を浮かべていた。
「キク、今年一番に咲いた月下美人を摘んできたんだ。」
庭師が丹誠込めて作ったのだろう立派な月下美人が、たった一晩しか花を探せないのに、無惨にも切られているのだが、勿論アルフレッドに悪気など無い事を知っているから菊は素直に微笑んで受け取る。柔らかな薫りが辺りに立ち、まるで温室を目前に見ているかの様な錯覚さえ覚えた。
ここ暫く体調が悪くて部屋からさえ出られないから、自分の世界の一つであった温室も、もうずっと見られては居ない。
月下美人から顔を離し、小さく息を吐き出すと、アルフレッドは眼鏡の奥の目を細めて泣き出しそうな顔をした。それから首を傾げ、菊の顔を覗き込んだ。
「どこか痛むのかい?」
酷く心配そうなその言葉に、菊はフルフルと首を振り、笑顔のままアルフレッドを見上げた。
「いいえ、今日はとても楽なんです。……ありがとう、アル。」
ふんわりと笑った菊に満足したのか、アルフレッドはもう片方の手に持っていた物をようやく思い出し、そちらも菊に差し出す。それは、定期的に寄せられる日本からの手紙だった。
喜色ばんで手紙を裏返し、書いた当人の名前が父では無く王耀となっていて、思わず菊は不可解そうな顔をする。最近手紙がぷっつりと来なくなっていたのも、少々心配だった。ただでさえ着くまで随分時間が掛かるというのに。
封を切り中の手紙を取り出して目を通す菊に、アルフレッドは首を傾げその顔を覗き込んで外国語で書かれた手紙にも目をやる。が、勿論その内容は分からない。
「何が書いてあるの?」
暫く手紙を読んでいた菊のその手が震えている事に気が付き、眼鏡の奥の目を大きくさせアルフレッドが慌てて訪ねる。酷く心配そうなアルフレッドに対して、菊は血の気の引いた顔を持ち上げ、無理矢理笑みを作った。
「何も、いつもどおりのことです。」
菊が震えた指先で、いつもより雑に手紙を仕舞い込むのを見やりながら、彼女の様子を心配がってアルフレッドは腕を伸ばした。
けれどもその双眼が震え、今にも泣き出しそうに崩れるのを見やり、なぜだか軽い恐怖を覚え、アルフレッドはその指を引っ込める。そしてもう一度「どうしたの?」と顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい、アルフレッド。明日話すから今は一人に……」
震える声色でそう囁く母親の、今まで見たこともない姿にいつもだったら頬を膨らませるアルフレッドも、その日ばかりは菊を気にしつつもそっと立ち上がり、菊の膝の上に置いておいた月下美人を摘み上げて棚の上に置く。
その強い薫りが辺りに漂うが、その薫りを楽しむほどの余裕は、もう二人には無かった。
「キクの様子がおかしい」と、酷く不服そうにアーサーの部屋に訪ねてきたアルフレッドは、頬を膨らませ年相応らしい顔をしながら呟いた。その言葉を聞いて、いつもより少々早くに彼女へ寝る前の挨拶をしに向かう。
扉の前で小さく気合いを入れてからノックをし、彼女の返事を聞いて扉を開けた。アーサーが部屋に入ると、座っていた菊は目を大きくさせ、そして躊躇いがちにその細い腕をアーサーの方へと伸ばした。
そんなハグの合図など今まで彼女からされたことが無かったから、ひどく狼狽しながらもアーサーは彼女の元に歩み寄ると床に膝を付けて、抱き締めた。スルリと菊はアーサーの首裏に腕を回し、体を寄せ、顎をその肩の上に乗せる。
「……どうした、震えてるな。寒いのか?」
抱きしめた暖かな菊が微かに震えている事に気が付いてアーサーがそう訪ねると、菊はアーサーの胸の中でフルフル首を振り、それでも肩を小さく震わせた。アーサーは体を離すと菊の頬を包んで上を向かせ、その黒い瞳を心配げに覗き込む。
「どうした?」
もう一度問い掛けられ、菊は一度瞬きをしてから、アーサーから視線を外して若干思いつめた様子で口を開く。
「……一つだけ、我が儘言ってもいいですか?」
ゆっくりと再び顔を持ち上げたその日本の黒い瞳が、若干泣き出しそうそうに震えている。アーサーは微かに首を傾げると、菊の柔らかな頬をそっと子供をあやすようになぞる。
「オレに出来ることだったら何でもする。」
菊の額に唇を落としながらそう言うと、随分な間を開けてから、菊は小さく息を飲み込みアーサーを見上げ、思い切った様に口を開いた。その目が珍しく今にも泣き出しそうで、アーサーを動揺させる。
「今夜だけでも一緒に寝て下さいませんか?」
菊が泣きだしそうな顔でそう言うから、アーサーは動揺することも笑うことも出来ずに、固まる。本心を出来るだけ遠回しで伝える彼女の自国独特らしい癖はもう理解していたし、本当に言いたいだろう事もわかった。だからこその反応だ。
「体の調子が悪いんだろう?今日は……」
そう困ったように眉を曲げてアーサーが切り出すと、菊は微かに目を伏せて恥ずかしいのか、唇をわななかせる。その表情があまりにも悲しそうだから、アーサーは今度は小さく身を屈めて唇を合わせる。
「本当にどうしたんだ?何かあったのか?」
アーサーの問い掛けに、菊は顔を持ち上げて、潤んだ黒い瞳を真っすぐにアーサーに向ける。それからキュッとアーサーの指を絡め、握った。
確かに……菊と肌を合わせたかったのだが、今の彼女の体調を考えれば手を出してはいけない。そう思えて、家に帰ってから彼女の体調も考え一緒のベッドで寝ない様にしていた。
それが菊の苦痛になるなんて、勿論微塵も考えてはいなかった。
「……菊」
手を伸ばしてその滑らかな白い頬をそっと撫で、上を向かさせた。生涯共に過ごすと決めてから、彼女はそれなり変わったのだろうが、アーサーにとってはただ彼女への理解が深まっただけで、何一つだって変わっていない気がする。
頬を包み込み酷く優しい、まるで割れ物でも扱う様に一度唇を落として離し、真っ直ぐに顔を向かい合わせる。
「辛かったら言えよ。こんな事で死なれたくないからな。」
アーサーの言葉に、鼻先を合わせる程近くで菊はコクリと頷く。アーサーは菊に頬を寄せ、辛くないようにと着せていた薄めの服の上から腰を引き寄せた。
アーサーは一度菊から体を離し立ち上がると、部屋の鍵を閉め、カーテンを閉めて灯りを落としてまたベッドに戻り、菊と向かい合う。灯りを消したにもかかわらず今夜は満月で銀色の光りが漏れて彼女の存在を際だたせていた。
高いスーツの上着を無造作に床に放り、彼女の寝巻の裾から手を差し込み、その滑らかな背中をゆっくりと擦る。菊は腕を伸ばしてアーサーのシャツのボタンを一つずつ丁寧に、且つ確実に外していく。露わになる自身と違う色をした、暖かな肌に菊は微かに目を細めた。
アーサーの胸元が完全にはだけた頃、菊の素肌を手のひらで遊んでいたアーサーは、菊の服を裾から綺麗に脱がしてしまう。病を負ってから更に線が細くなったのか、前に見たよりも菊の腰は頼りなく見える。
その腰を引き寄せて唇を合わせると、その唇を割って舌を侵入させる。ザラリとした感触の彼女の舌と絡め、口内をじっくり探った。時折震える菊の腰を手で押さえながら、そっとその腰骨にそって指を這わせる。
どのぐらいかそうしていたのだが、やがて唇を離してから手の甲で口元を拭い、彼女の突き出した鎖骨に唇を寄せ甘噛みした。長い髪に指を絡ませながら後頭部を支えて、ベッドにゆっくりと衝撃を与えないように気を付けながら横たえた。
横たえた彼女からいったん視線を外し、自身のベルトを取り去って、オーダーメイドで自慢の高いズボンも、ベッドの下へと乱暴に放り投げる。アーサーは菊に体を寄せると、その体に覆い被さった。
手のひら丁度程の彼女の胸を包み、痛くない程度に揉みしだく。大抵真っ暗闇で行われる事が多いから、微かにその瞳を細め顎先を上に向ける彼女のその顔を見ただけで、自身が昂ぶるのを感じた。
ゆったりと右に向いた彼女のその顎先が愛らしく思え、身を乗り出して噛み付くと、菊は一瞬驚いてから喉を微かに鳴らして笑う。それにつられてアーサーも思わず頬を緩めた。
顎、鎖骨、とだんだんに下へと舌を滑らせ、滑らかな膨らみに口を寄せる。突起を口に含め舌先で転がすと、菊は微かにその身をねじらせた。まつげが揺れ、菊の細い眉が歪められる。
彼女の為、彼女の体を考えて……と考えているというのに、菊の紅を引いたように赤い唇から甘い吐息が漏れるだけで、彼女を乱暴に抱いてしまいそうになるのが、恐ろしく情けない。ふと顔を持ち上げたアーサーの顔を見つけた菊が、その腕を伸ばして彼の頬を撫でる。
その時ふんわりと微笑んだ菊の顔が、まるでアルフレッドをなぐさめている時と同じに見え、思わずアーサーは自嘲気味に笑う。自分の頬を撫でた彼女の手を取り、その甲に唇を落とした。
滑らかな陶器の様な肌に舌を這わせながら、腕を伸ばして布一枚上から彼女の秘部をなぞる。その瞬間不意をつかれたのか、菊の体が小さく跳ねて黒く長い髪がサラリと揺れた。
細い足を軽く持ち上げて、汗ばんだ白い太ももを舌でなぞってから、強く吸い付き赤い跡をはっきりとその肌に付ける。それからいつもの様にその膝に口づけた。いつも生々しい転んだ跡がついているのだが、ここ数週間ベッドさえ出られない日がちらほらあった所為か、その傷跡さえもう無い。
「……アーサー様、そんな顔をなさらないで下さい。」
泣き出しそうな顔でもしていたのか、菊は困った様に眉毛を歪めて上半身を持ち上げると、アーサーの首の後ろに腕をまわしギュッと強く抱き付いた。その柔らかく暖かな肌が、なぜか逆に悲しい。
「大丈夫だ。」
艶やかな黒髪をそっと撫でて、彼女の細い肩を掴み首を小さく伸ばしてその額に口付けをする。菊は睫を震わせその唇を受け入れると、彼女の伏せ目がちな瞳も泣き出しそうに揺れていた。
宥めるように彼女の名前を呼びながらなだらかなその頬に自身の頬を寄せ、右手でその背をなぞりながら、左手で布の中を指で探る。茂みの中を探りながら突起を探り当て、指先で軽く刺激を与えると、自身に抱き付いた彼女の口から甘い声が漏れた。
首もとに顔を寄せて強く吸いもう一つ、直ぐに消えてしまう跡を残す。
指先を暖かな菊の体内に出し入れすると、粘つく水音が彼女の吐息ばかり聞こえる室内で耳に付くと言って良いほど聞こえた。恥ずかしいのか、それどころでないのか分からないが、アーサーの背に抱き付いた菊の爪が痛いほど食い込む。
もう一度彼女の名前を呼び、指を引き抜くとまたゆっくりと丁寧に彼女の体をベッドに横たえた。黒い髪が白いシーツに広がった。黒く潤んだ瞳がアーサーを見上げ、頬が微かな光ですら赤いと分かる。
布を完全に取りさり、彼女の腰を引き寄せてゆっくりと自身を挿入していく。久しぶりの感触に飛びそうになる自我を懸命に保ちながら、彼女が一番反応する箇所を狙いゆっくりとピストンを繰り返す。
喘ぎを漏らして背を弓なり曲げ、その肌を汗で濡らして声を漏らす彼女の喉元から、ヒュッという音が漏れる。その瞬間、体を折り曲げて菊は派手に咳き込んだ。
「菊っ!」
泣き出しそうな声を上げてアーサーは繋がったままの菊の体を掻き抱き、未だ苦しそうに咳を続ける彼女の背をそっと撫でた。己の口元を抑え、必死に咳を止めようとする菊の細い肩が辛そうに震える。
「もう止めよう、菊。馬鹿げてる。」
甘い薫りのする髪に顔を埋めながらそう言うと、咳き込んだまま、それでも菊はフルフルと首を振り足でキュッとアーサーの胴を挟む。あまり動かない、力の入らない菊の足の、それでもそれが精一杯の力なのだ。
抱き付いて離れない彼女に困り果て、無理に引き剥がすわけにも行かずにその背をそっと撫でて落ち着かせようとした。が、微かにその肩が震えているのに気が付き、アーサーはハッとして動かしていた手を止める。彼女が、泣いている気配がする。
「……菊?どうした、辛いのか?」
頬を寄せ見えない表情を見ようとしながらアーサーが訪ねると、菊は涙の所為か咳き込んだせいか、酷く掠れた声で小さく言った。
「父が死にました」と。
月下美人の薫りが漂っている事も手伝って、アーサーは頭の芯がクラクラ揺れる心地がする。連絡が入ったのが今日ならば、きっと彼女の国のやり方である埋葬は、きっととっくにしてしまっただろう。菊はもう、その墓さえ目に出来ない。
益々自身にギュッと抱き付きながら、アーサーは耳元で彼女が嗚咽を漏らすのを、何一つ言葉を紡ぐことも出来ずに聞いた。こんな日が来るだろう事は、ずっと昔から知っていたのに、どうしていいかは分からない。
当然菊だってきちんと理解をしていたし、その時が来ても毅然としていようと思っていた。でもそんな事、不可能なのだ。
「……お願いです、今夜だけでも一緒に居て下さい。」
掠れた菊の声を聞き、彼女の頭をそっと撫でてからやっと体を離す。菊の腕の力が緩まっていたから簡単に体は慣れ、その泣き顔がはっきりと見えた。
泣いた顔なんて随分久しぶり見たなんて思いながら、月の光りを跳ね返して頬を濡らす涙を、手の平で拭い取ってやる。それでも不安げな黒い瞳からポロポロ涙が際限無くこぼれ落ちていく。
「当たり前だ」
涙で濡れた頬を包み込んで、菊の気持ちを和らげるときいつもそうする様にその額にキスをする。微かに笑った菊の瞳から、また涙がこぼれ落ちた。
「……怖いんです」
菊は涙の付いた睫を伏せて俯くと、小さな声でそう呟く。
「父様の事、悲しいのと同時に、怖いんです……それが父様に、申し訳なくて……」
菊はその額をアーサーの胸元にピッタリと寄せ、言葉を紡ぐ。彼女のその艶やかな黒髪を指先で遊びながら、アーサーは彼女のつむじに唇を寄せた。
なぜ『怖い』のか菊は言わなかったのだが、アーサーは明確な答えを彼女の口から聞くのさえ恐れて、問い返す事は出来ない。たった一つの単語を、菊本人の口から出てくるのが、ただ恐ろしかった。
菊、と彼女の名前を呼んでその頬を包み上を向かせると、合わせるだけのキスをする。もう数えることさえ出来ないほどしてきたその行為を、初めてするかの様な口付けだった。
「これからは出来るだけ傍に居る。」
アーサーがそう告げると、菊がハッとして何かを言いかけるが、それをアーサーが菊の唇に親指を当てて遮った。菊は目線の先のアーサーが、その緑色の瞳を歪めて泣き出しそうな顔で自分の名前を呟くのを見て、言葉なんてどこかにすっかり忘れ去る。
菊は、自分の耳元で何度も菊の名前を呼びながら強く抱きしめらるアーサーの背に腕を回す。彼の声が掠れるのを感じるのと同時に、なぜだか先程とはまるで種類の違う涙が盛り上がるのを、まるで他人事の様に感じる。
たった一晩で実を付けて枯れてしまう月下美人の良い薫りが、辺りに満ち足りていた。
あれ、最後までいかなかった事に自分で吃驚しました。そして相変わらず暗いね! エミさんへ。