卿菊・日本女体化・パラレル
木陰の下で
久しぶりの長期休暇をとったはいいが、あまりにも久しぶり過ぎてかアルフレッドは近頃自分を避け、その上どうやら菊をとられるのではと敵視されているらしい。
ぼんやりと木の下で本に目を通しながら、時折原っぱで大きな布を引いて寝っ転がり、顔を寄せ喋っている二人に目を向ける。どうしてか菊にまるで似なかったアルフレッドの金色の髪が、午後の光りを浴びてキラキラと輝いていた。
アーサーに向ける顔は不機嫌そうな顔ばかりだけれど、こうして遠くから見ればアルフレッドは笑顔ばかり浮かべる。そして時折、十歳とはまるで見えない大人びた表情をふと浮かべるのだ。
青空が二人の背景に輝き、クッキリと二人の姿を浮き上がらせている。林檎が三つ布の上に転がり、アルフレッドの小さな手の平がそっと掴み上げ、菊の鼻先に掲げて見せた。菊は小さく笑い、林檎にそっと唇を付けた。
青空の前で詩の一編の様に二人は内緒話を繰り返し、時折声を立てて笑う。菊は笑顔を浮かべて目を開き、小さく首を傾げると、アルフレッドは体を小さく伸ばして菊の唇にチュッと軽くキスをした。
思わずアーサーは「あ」と目を大きくするが、良くあることなのか、菊はクスクス笑いながらアルフレッドの小さな額に自身の額を寄せる。
自分が居ない間ほとんどの時間を二人で過ごしているという事を、二人でじゃれている様子を見れば良く分かる。アーサーは大きくさせた目を、眩しそうに細めると、本を掴んだまま立ち上がった。
「アーサー様」
その様子に気が付いたのか、菊は目線を持ち上げてアーサーの顔を見上げ、体を持ち上げてアーサーと向き合った。その顔から先程の笑顔が消えていて、アーサーはしゃがみ布の上に座ると、アルフレッドのつまらなそうな横顔に苦笑しながら菊のその腰を抱き寄せる。
アーサーは腕を伸ばしてアルフレッドの頭の上に手の平を乗せると、アルフレッドは少々頬を赤くさせながらも眉間に皺を寄せて、とことん不機嫌そうな顔をした。アーサーは笑いながらアルフレッドを引き寄せると、アルフレッドは頬を膨らませながらもアーサーの足下に座り、空を見上げる。
涼やかな風に吹かれながら白い雲を見上げていたアルフレッドのすぐ背後で、二つの気配がくっつくのを感じた。
嘘
アルフレッドが熱を出して、菊は日本の『お粥』という物をこしらえ、部屋は卵の良い香りで満ち溢れていた。
いつもだったらベッドで寝ているのは菊で、その菊の顔を覗き込んでいるのがアルフレッドで、アーサーはその二人をちょっと離れて、それでも離れすぎ無い場所で椅子に座って見ている。それが、自分達の一番バランスの良い場所だ。
そしていつもアルフレッドは菊の事をその名前で呼び、小さな手で摘んできた花を差し出す。カーテンから漏れる明かりはいつだって柔らかく、不謹慎にもその情景を美しく変えてしまうのだ。
それが今日は菊とアルフレッドの位置が変わり、氷枕を引いて、それでも赤ら顔をしたアルフレッドの頬に、白く細い菊の指が触れる。
ありがたい事にか、菊の体が弱いところは全く持ってアルフレッドに遺伝する事は無く、あまり風邪すら引かない子供だった。だからこそ今回熱を出して菊はとても心配しているのだが、哀しいかな自身で慣れているのか、看病がとても手際良い。
アルフレッドは時折、うわごとの様に熱で回らない舌で「母様」と菊を呼んだ。いつもは生意気そうに「キク」と言う癖に、熱で頭も回らないのか、それとも甘えているのか……
兎に角アルが「母様」と呼ぶと、その度に菊は返事をしてその頬を撫でる。
熱でうなされた菊は時折、異国の顔も存在も生活も、自分が何も知らない人の名前を呼ぶ。酷く哀しげな声色で、助けを求める様な口調で、まるで辛さを和らげる呪文の様だと、いつも思うのだ。
そんな時いつも自分が彼女の頬を撫で、手を繋ぐ。まるで嘘を吐いているかの様な背徳感を覚えながらも、それでも手を離そうとは思わない。
それは自己満足なのか傲慢なのか嘘吐きなのか、それでも今の彼女の様に、病が治まる事ばかりちゃんと祈っている。苦しみが無くなって欲しい、笑って欲しい、そう思っているのは偽りではない。
菊はアルフレッドの小さな手の平を自分の手の平で包み込むと、いつも熱をだす彼女に自分がそうやる様に、手の甲に唇を軽く落とした。そしてあの黒い目を細め、柔らかな声を上げる。
「大丈夫。私はずっとここにいます。」と。
アーサーは目を少しだけ大きくさせると、眉尻を下げて俯き、思わず唇に小さな笑みを浮かべる。それは、自分がいつも彼女に言うセリフだった。