卿菊
※ この小説はかの有名な貴族英×女体日パラレル(卿菊)の設定を少々拝借させて頂き書いております。私の妄想満開ですので、あしからず。
設定を発信なさったサイト様の管理人さんがココを見ていない、という絶対の自信を持って書いておりますので。笑
知らない方はいらっしゃらないと思いますが、一応、貴族英(アーサー=カークランド)と日本の商人(貿易商)の令嬢菊という身分違いの結婚のお話しで、舞台はイギリスです、よ、ね……?
日本の足は悪くて歩くのも杖が必要とか。あと時代背景は一切調べてません。ごめんこ(・∀・)エリザベータさんはハンガリさんです。また勝手にお前は!
『言葉に気を付けろ』
社交界への招待状がまた送られてきて、アーサーは深いため息を吐き出した。この間は仕事を理由に、更にその前は菊の体調不良を理由に断ってきたのだが、それにもそろそろ限界がきている。
こんなにも頻繁に招待状を貰う理由は大きく分けて二つあるのは火を見るより明らかだ。一つは自分と関係を持つと何かと便利だからで、もう一つは菊を見たいからだろう。
ずっと妻をめとろうとしなかったのに、結局結婚したのが未だ珍しい東洋人で、しかも足が不自由だというので、人々は皆身勝手な想像を巡らせているに違いない。そんな噂の真ん中に、彼女を置きたくは無かった。
けれども、いつまでも紹介しないわけにはいかないし、何より菊に自分が菊を妻とした事を後悔し恥じているなんて、絶対に思われたくは無い。
どうしたものかと首を捻っていると、何時の間に来たのか真後ろにフェリシアーノが立っていた。彼はアーサーが嫌そうな顔で見ていた招待状を一目見るなり、楽しそうな声を上げる。
「わぁ!行くんですか?奥様もお喜びになりますね!」
あんまりフェリシアーノが楽しそうにそう言うものだから、思わずアーサーは眉間に皺を寄せて振りかえる。
「……なんでそう思うんだ?」
確かに菊はお祭り騒ぎが好きなのだが、ああいう雰囲気が好きだとは到底思えない。
「だって奥様はどこにも行けないんだし、楽しいのは大好きじゃないですか!」
そのフェリシアーノの台詞に、アーサーは今の今まで悩んでいたことさえ馬鹿らしい気がして、ふとため息を漏らした。試しに一度出てしまえば、そこで彼女に女友達の一人も出来るかも知れない。それにいざとなれば、自分が守ることも出来るだろう。
そうアーサーは思うことにし、返事の為の紙とペンをとった。
会場は既に熱気を帯、その中へと菊を連れて入っていく事に未だ若干の困惑を覚えずにはいられない。それでも中に立ち入ると、一瞬会場の派手な面々の視線がこちらに向けられた気がして、思わずアーサーは眉間に皺をよせた。
「よぉ!アーサーとカークランド夫人!」
そんなあまり歓迎出来ない空気の中、よそよそしい挨拶の波を縫い、誰かがお茶らけた様な声を上げる。
「アルセーヌ。久しぶりだな。」
声の方に目線をやったアーサーは思わず頬を緩ませる。それは最近あまり会っていなかったが、幼い頃から付き合いのある悪友の姿があったからだ。
「色々遊ぶのに忙しくってなぁ……それにしても菊ちゃん連れてくるたぁ、おまえも思い切った事したな。」
そう、いつもの様に軽々しくアーサーの肩を組ながら菊に聞こえないようにそそっとアーサーの耳元で囁く。と、アーサーは顔を持ち上げてアルセーヌを見やると、小さく肩を竦めてみせた。
「いつまでも連れて行かないという訳にはいかないだろ?」
そりゃあオレだって連れて行きたく無かった、という言葉を飲み込みそう言うと、アルセーヌは眉尻を少しだけ下げて「まぁな」と小さく頷きアーサーの肩からスルリと腕を離した。それから右腕を上げて「後でな」と一言置き、菊に挨拶をして部屋の奥へと引っ込んでしまう。
行ってしまったアルセーヌを見送ると、取り敢えずアーサーは近くのソファーに菊を座らせた。
「ちょっと挨拶してくるからな。」
一言そう言い置いて去ろうとするアーサーを、思わず菊が腕を伸ばしてその裾を掴んだ。驚いたアーサーが菊に目線をやると、菊は必死めいた瞳で上目勝ちにアーサーを見やった。
「私も……」
そう言いかけた菊にアーサーは小さく首を傾げる。
「その足で歩き回るのか?」
冷たくそう言われ、確かにその通りなので思わず菊はその黒い瞳を下に向け俯くと、小さく「待ってます……」と呟く。実際は連れて行く事で渦中に巻き込みたく無かったのだが、未だに意思疎通が完璧に出来るほど時間が経ってない為にか、ただ菊はアーサーの真意など理解しきれずに、申し訳なさそうに俯いた。
一人残されると、周りの人々が妙なほど遠巻きで自分を見ている事に気が付き居心地が悪くなり更に身を縮める。楽しそうな音楽とダンスしている音、それからひそひそ話が嫌に感じ目を瞑り早く時間が過ぎるのをジッと待つ。
お祭り騒ぎは好きなのだが、この雰囲気は嫌いだ。……ぼんやりとソファーに座り耐えているとふと声が掛けられ、顔を持ち上げると見知らぬ女性がにっこりと微笑んでいる。
「お一人ですか?ちょっとお話し、良いですか?」
柔らかい声色でそう問われ、慌てて自らの隣りを空けると彼女はニコニコしたまま高そうでありながら可愛らしい色合いのスカートを少しだけ持ち上げて座る。
「初めまして、エリザベータ・ヘーデルヴァーリです。……菊・カークランドさんですよね?」
にっこりと言われた言葉に菊は半ば反射で頷く。自分とまるで全然違う、柔らかい笑顔に、その華やかさに思わず菊は気恥ずかしくなり俯いた。
「私凄く日本に興味があるんです。お話し聞かせて下さいますか?」
パァッと顔を輝かせると、エリザベータは酷く嬉しそうに指を組んで笑う。と、エリザベータのその言葉に思わず日本もちょっとだけ目を大きくさせ、頬を朱くさせて顔を持ち上げた。
「ほ…本当ですか?」
菊は自分の望郷である日本、というものにまるで触れていなかった所為か、エリザベータの申し出が申し出がとてつもなく嬉しかった。その上今の状況から逃れられのも、やはりとても嬉しい。
「はいっ!日本ってゲイに寛容って、本当ですか?」
ほわっとエリザベータは優しい笑顔でもの凄いことを尋ねるから、菊は一瞬何の話をしているのか分からずに頭の上に「??」マークを付けてエリザベータを見やってから、首を傾けてちょっと悩む。あまり比較したこと無い事柄だった為、よく分からない。けれども折角話しかけてくれたのだからと、取り敢えず菊はアルカイックスマイルを浮かべて頷いた。
「や、やっぱりそうなんですねーっ!日本の男性って切れ長の目で素敵ですよね!」
さっきの質問とどう関係があるのか、菊はよく分からずに小さく首を傾げた。一応西洋人の妻なのだから、菊は頷くわけにはいかないだろう。
けれどもエリザベータは一人で納得したのか、うんうんと嬉しそうに何度も頷いている。柔らかい華やかな金髪が、その動作に伴って動く。可愛い顔だと、菊は隣りに座っている事を素直に嬉しく思った。
聞き慣れた声だが、聞き慣れない笑い声がしアーサーは話をしていた事すら忘れてそちらに目線をやる。と、彼女が嬉しそうに笑っている姿が目に入り、思わず見入ってしまう。相手はヘーデルヴァーリの一人娘であるエリザベータで、確か菊とは年の差は殆ど無い筈である。婚約者が居ると聞いたが、その姿は見えない。
「……確か、アーサー様の奥様ですよね?違う文化の奥様は何かと不便じゃないですか?」
そう声を掛けられ、やっとアーサーは笑って話をしている二人からやっと目線を離し、話をしていた上辺だけの知人に目線を戻す。言いたいことをその言葉の裏に嗅ぎ取り、アーサーは小さく顔を顰めた。
「あなたが思っている程支障などありません。」
そう一言言い置いて頭を下げると、アーサーはまだ何か言いたげな男を置いてその場を後にした。
エリザベータの話は今まで部屋に閉じこもっていた菊には酷く面白く、アルセーヌの話とはまた違う女の人の華やかさがあった。と、唐突に上からまた声が振ってきて、同時に香水の匂いも舞い、顔を持ち上げるとにっこりと笑った見知らぬ中年の女性が立っていて、菊の横に座る。
「旦那様はどこにいらっしゃるんですか?」
にっこり笑ってそう尋ねられ、菊は軽く首を傾げて眉尻を下げる。
「……今は挨拶に行ってます。」
笑顔を取り持って菊はそう言うと、女の人はにっこりと笑うものだから菊は少しだけ顔に陰を落とすと小さく俯く。夫の事となるとよく分からない事だらけで、話題に出されると受け答えに困ってしまう。
「奥様はいいんですか?」
そう問われて思わず苦笑を浮かべると、エリザベータは逆ムッとちょっとばかり眉間に皺を寄せ顔を顰めた。
「私は足が悪いので。」
にっこり何も気にしない様に菊は笑うと、隣のエリザベータが唇を尖らすが、菊が対応しきっているのでまだ何も口出さずに話す二人からそっぽを向き、眉間に皺を寄せる。
「そう言えば日本の商人の娘さんでいらっしゃるんですよね?アーサー様、日本で貿易したいんですか?」
クスリと喉を鳴らして女の人が笑うと、遂に隣りに居たエリザベータが眉を持ち上げて「何が……」と言いかけ、菊が腕を伸ばしそれを制す。
「ええ、そうだと思います。」
にっこりと笑ってそう菊が言い終わるか否かの時、パシャンと音がしたかと思うと横から透明な液体が中年女性のスカートに飛ぶ。量は微かであったが突然だった為、思わず女性は声を上げて立ち上がり飛んできた方に目線をやると、アーサーが飄々とした様子で立っている。
「失礼、押されてしまって。」
アーサーは微かに目を細めてそう言うと、菊は慌ててハンカチを取り出して差し出そうとするが女性は受け取らずに軽く挨拶をするとその場から直ぐさま立ち去ろうとした。
が、逃げるように去ろうとする彼女の後ろ姿に向かい、アーサーは眉間に皺を寄せ口を開く。
「あと、言葉には気を付けていただきたい。」
わざとか、周りにも聞こえるように若干大きめの声でアーサーはそう言うと、女性はコチラを振り返り、辺りの人々は一瞬騒がしく喋っていた言葉を止めて気のせいかコチラに目線を送ってくる。
「一応オレの妻だ。」
菊の髪を一束摘み上げて口元に寄せると、アーサーは少しだけ目を細めてそう小さく肩を竦めた。一瞬菊までキョトンとした後、アーサーの言葉は事実を述べただけなのに菊は思わず真っ赤になって俯いてしまう。
アーサーの緑色の瞳に射られて、女性は小さく頭を下げると慌てて人波の中に紛れ込んだ。周りも同様に慌てた様に目線をアーサーと菊から外すと、わざとらしくまた会話を始める。
女性が去った後アーサーはフンッと鼻を鳴らし、無事な方のグラスを菊に差し出す為に軽く身を屈めた。菊は眉尻を下げて困ったような顔をしながらもグラスを受け取り、顔を寄せるアーサーに眉間に皺を寄せ咎める。
「アーサー様、あのような事は……」
小さな声でそう言う菊にアーサーは小さく首を傾げ、拗ねたように小さく目を細めて見せた。
「お前も勝手なことを言うな。いつ日本と貿易するためにお前と結婚するなんて言ったか?」
しゃがみ込み真っ正面から向かい合ってそう言うと、今度は菊が小首を傾げて「違うんですか?」と本気で不思議そうな顔をするものだから、思わずアーサーは肩を落とす。時間をかけてこの誤解を解こうとどのぐらい経つのか、未だにこう思われているのがちょっとばかり切ない。
ちょっとばかり落ち込んでから、腕を伸ばして菊に掴まるように促した。と、菊はその腕に掴まると、アーサーは菊の腰に腕を回し立ち上がるのを手助けをした。
「確かヘーデルヴァーリの所のエリザベータ嬢、でよかったか?」
アーサーにそう尋ねられ、エリザベータは立ち上がり頭を下げて挨拶をしたので、アーサーも軽く頭を下げる。
「今日はもう失礼するが、屋敷にいつ来て貰っても構わない。」
そう言って頬を緩めたアーサーに、エリザベータはふんわりと笑って嬉しそうに頷く。
「またお話ししましょうね。」
明るいエリザベータの声色に、振り返って彼女を見やった菊は瞳を一瞬大きくさせてから、子供の様に微笑んだ。
「是非」
弾んだ声で菊がそう返事をすると、アーサーに支えられてゆっくりと歩き出す。アーサーは軽く身を屈めて、彼女の耳元に唇を寄せると、まるで内緒話でもするかのように何事かを呟いた。菊はその言葉につられる様に顔を持ち上げると、目を細くさせて微笑む。
結局、うわさ話なんて何一つあてにならない物だと、二人を見送りながらエリザベータは思う。そこに人混みを掻き分けてやって来た一人の男性がエリザベータに声をかけた。
「……どうしました?何か良いことでも?」
にこやかなエリザベートの顔を覗き込み、彼は眼鏡の奥の瞳を若干細めてそう尋ねると、エリザベータは微笑んだまま頷く。そしてスルリと眼鏡を掛けた男性、ローデリヒの腕と自身の腕を絡ませた。
「何ですか、突然……?」
困った様な声色でそういうローデリヒの言葉を無視して、エリザベータは向こうのテーブルを指さす。
「向こうにおいしい料理があるんですよ。食べました?一緒に行きましょう。」
促されて訝しげな表情をしたまま、結局エリザベータの腕をとりながらローデリヒはやっと人混みを縫って歩き出した。楽しげな音楽がまだ辺りを包んでいる中、窓の向こうで馬車が一つ暖かな家への帰路についていた。