卿菊
※ この小説はかの有名な貴族英×女体日パラレル(卿菊)の設定を少々拝借させて頂き書いております。私の妄想満開ですので、あしからず。子供とか出てきますごめんぬ。
成長後アルフレッドが出てきます。マザコンでごめんなさい……
年齢について考えたのですが、やっぱり全く考えずに読んでいただきたいです。笑
『時』
野原を駆けながらアルフレッドは楽しそうな声を上げ、初めての同年代の友人と連れだって野原を駆け下りていく。その姿をぼんやりと見やりながら、菊は出された紅茶に口を付ける。
エリザベータからのお茶会に誘われて出向いてはみたものの、人見知りの気が強いのもあり見知らぬ人とは喋ることが出来ずに、先程からにこにこしながらみんなの会話を聞いているだけだ。子供は直ぐに仲良くなってしまうから羨ましい。
エリザベータは会話を振ってくれているのだが、どうしていいか分からずただ笑顔を浮かべていることしか出来ない自分が憎い。
と、それまで仲良く元気に声を上げて楽しそうにしていた子供達の声が途切れ、火が付いたかのように泣き出す声が聞こえ、その声の主である子供の母親が慌てて立ち上がる。そこに居た人々が驚いて全員そちらに目線を送り、ざわつく。
喧嘩したらしく、高い服を汚して破いて、全身に野原の葉っぱを付けてアルフレッドと、先程まで仲良さそうにしていた子が並んで立たされていた。唇の端を切った子供はわんわんと泣き、頬に擦り傷を付けて血を滲ませたアルフレッドはムスっとして顔を顰め仁王立ちしている。
子供達を見ていた乳母曰く、何か2,3言話をした後、急にアルフレッドが飛びかかったらしい。
「なんでそんな事したんですか?」
眉間に皺を寄せ、少々咎めるようにそう尋ねてみても、ムスッとしたままアルフレッドは一言も言葉を発することもなく、自分の足下をジッと睨んでいた。代わりに泣いている子が口を開きかけて、アルフレッドはつい先まで下に向けていた顔をガバッと持ち上げる。
ギリッと奥歯を噛みしめて睨むアルフレッドの事を潤んだ目で見やり、クッと泣いていた子は息と同時に言葉も飲み込み、一歩たじろいだ。
「アルフレッド!」
眉間に皺を寄せて咎める口調で菊がそう名前を呼ぶと、アルフレッドはビクリと体を震わせ、泣き出しそうな顔で菊に視線を送った。薄青い瞳が揺れながら菊を捉える。
「兎に角、ちゃんと謝りなさい。」
諭すような菊の言葉に、アルフレッドは眉間に皺を寄せると拳を強く握り首を振る。それから噛み付くように声を荒げた。
「嫌だ!オレは悪くないもん!」
一言そう怒鳴ると、部屋を飛び出し馬車を待機させていたフェリシアーノの足下に飛びつき、ギュッとフェリシアーノのズボンの裾を握りしめたまま顔を持ち上げようとはしない。
その場は取り敢えず菊が頭を下げてどうにかやり過ごしたのだが、家に帰ってもアルフレッドは結局喧嘩の理由を頑なに言おうとはしなかった。それから暫くして、なぜかアルフレッドはまた菊の事を「キク」と呼ぶようになり、アーサーと菊を苦笑させるようになる。
その当時6歳だったアルフレッドはすくすく成長し(アーサー曰くニョキニョキ)、早くも身長が菊の背を抜くほどにさえなっていた。その時菊は既に20代後半なのだが、流石アーサー卿はロリコンだと噂された事があるほどに、東洋人は老けない。
昔と変わったところを挙げろ、といわれても戸惑ってしまう程に外見に変化は無かった。が、昔と比べて最も大きな変化が一つだけあった。それが体の弱さだ。
最近一度咳が出始めると中々止まらないし、昔よりも頻繁に熱を出すようになった。苦しそうに胸を押さえながらも、アルフレッドに笑顔を向けてくるのが、アルフレッドには酷く悔しくてならない。
幼い頃、親から鵜呑みした母への悪口を聞いてから、自分はあまり帰らない父の代わりにキクを守っていこうと思ったのに……アルフレッドは下唇を噛みしめ、一度顔を顰めさせてから扉をノックした。返事が帰ってきた時には厳しかった表情を柔らかくさせ、室内に入る。
「体調はどうだい、キク。」
アルフレッドの姿を見た菊は、少しだけ眉尻を下げて笑うと「もう大丈夫です」と微笑む。昔は必ずアルフレッドがキクと呼ぶことを注意したのに、最近では注意することさえ諦めてしまったらしい。
アルフレッドはアルフレッドで、酷く苦しそうなのにキクが「大丈夫」だと自身に言うのが、嫌でならなかった。父がいない時だけでも、自分を頼ってくれればいいのに。
「今度さ、うちのサロンで簡易なパーティーを開こうと思うんだ。キクと仲良い人呼んでさ。」
アルフレッドはベッドの直ぐ横に置かれていた椅子に座りながらそう言い出した。ここの所部屋からさえあまり出られないで居たキクの為に考えたんだ、と、嬉しそうに笑うアルフレッドに菊も頬を緩める。
「楽しそうですね。」と笑う菊に満足して、アルフレッドは満面の笑みを浮かべて勢いよく立ち上がった。
「きっと楽しいよ。楽しみにしててね。」
さっき入ってきたばかりだというのに、アルフレッドはその会話だけ残してさっさと部屋を後にした。まるで風の様にやってきて風の様に去ってしまった彼の後ろ姿をみやったまま、菊と使用人は笑みを交わす。
一応世間体も考えて人を呼んだのだが、嫌味な叔母なんかは絶対に母に近づけまいと、アルフレッドは眼鏡の奥の瞳を若干細めてそう考えていた。最近はアルフレッドの事を怖がっているのか、堂々と真っ正面から菊の悪口を言うような輩は居なくなっていたが、菊の事を未だに良く思っていない人は沢山居る。
本当はアーサーと自分の娘を婚約させようとしていた人や、自分達の財産に嫉妬心を抱いている者……どれもこれもアルフレッドにとったらくだらない理由だが、菊にストレスを与える人間は許せない。
一番に彼女を守れる人間は自分だと、そうアルフレッドは信じて疑っていない。
アルフレッドは同年代の友人(?)であるトーリスと喋りながら、エリザベータと話している菊にチラリと視線をやった。部屋から出ることさえままならなかったのだが、菊は楽しそうにエリザベータと向かい合っている事に満足してまたトーリスに向かい合う。
「アーサー様はお仕事中なんですか?」
トーリスが何気なく聞いたその質問に、アルフレッドがいかにも不愉快そうに眉を歪めるものだから、慌ててトーリスはアルフレッドから視線を外して「な、なんてねー」と空笑いを浮かべる。アルフレッドは顰めた顔のまま、
「まぁね」
と溜息と共にそう肩を竦めて見せた。相変わらず仕事だ仕事だと家を空けることが多い父を、当然アルフレッドが良くは思っていない。キクがあんなにも苦しんでいる時に傍に居られない人間に、どうして彼女を救う事が出来るだろうか、と。
暫くトーリスと会話を交わしていると、不意に向こうでガシャンとガラスが割れる音がし、次に誰かが咳き込む音が聞こえる。ザワッと周囲の人間が不安そうな顔でそちらの音を見やると、アルフレッドも慌ててそちらに目線をやり、固まった。
目線の先には菊が苦しそうに机の上にうつぶせ、咳き込んでいる姿が見えた。数秒固まって立ち竦んでしまったアルフレッドの代わりに、菊と話していたエリザベータが慌ててその背をさする。
「……キク」
小さく呟いてから、アルフレッドは周りに居た人々を掻き分け駆け出す。
「キク!」
長い髪を机の上にばらまかせて、胸を強く押さえながら菊は苦しみに濡れた瞳をアルフレッドに向けると、「大丈夫」と言いたいのか細い指でアルフレッドの腕を掴み首を振り、笑う。
アルフレッドは菊の背に手を当てたまま、もう片方の腕を菊の膝裏に入れ、ヒョイッと持ち上げてしまった。菊は声を上げようとしたのだが、咳き込んだせいか声が枯れてしまって何も言えずに肩を震わせる。
「部屋に戻っているから後は頼むな。」
アルフレッドはフェリシアーノにそう一言言い置いて、菊を抱えたままクルリと屋敷の中へと戻っていく。残された人々の声が聞こえるが、そんな事よりアルフレッドには菊を部屋に戻す方が大切だった。
「キク、何か欲しいものあるかい?何でも用意するよ!」
自室のベッドに横たえ、苦しそうに胸を抑え浅い喘ぎの様な呼吸を繰り返す彼女の手を握り問い掛けると、菊は目を微かに開いて遠くを見やり呟いた。
「アーサー様……?」
菊が小さく小さくそう呟くのを、アルフレッドは瞬時目を見開いて聞く。小さな菊の囁きが、アルフレッドには実際の何倍にも大きく響いて聞こえ、アルフレッドの意識を瞬時にして吹き飛ばした。
「……キク?」
眉尻を下げて動揺した様子のアルフレッドがそう聞き返した事で、菊はやっと瞬きをしつつアルフレッドの顔をしっかりと見やる。そしてアルフレッドの姿を確認すると、頬を緩めた。
「アル……アーサー様が昔、同じ事を言ったから、アーサー様かと……」
苦しそうに、けれども微笑んで菊が話すのを、アルフレッドは眉間の皺を深くしながら見つめる。それから不意に、カッと頭に熱が上がるのを覚え、勢い良く立ち上がった。
「アーサー、アーサーって、あんな奴、キクがこんななのにいつだって居ないじゃないか!」
そう叫んだ瞬間、自身があまりに幼く感じて思わず目を丸くさせた菊から視線を外す。誰よりも早く大人になろうと、誰よりも早く強くなろうと、いつもそんな事を考えてきた。けれども結局、一つだって叶ってはいない。
うつむいて下唇を噛んだアルフレッドに、菊は思わず笑みをこぼして手招く。離れてしまえば声が届かないからだ。
「違うの。私が、アーサーに、口止めしているんです。お仕事の、邪魔になるでしょう?」
顔を赤くさせ、目を潤ませ、辛そうに菊がそう言うのをアルフレッドは眉をきつく持ち上げ聞いていた。が、やがて泣きだしそうな表情に崩し、菊の手を握る。
菊の顔を見ながら、先程菊の掛り付けの医師に呼ばれて、医師とアルフレッドの二人だけで話をした事をリアルに思い出したのだ。それは今回の診察で発見された事で、アーサーが今は居ないからアルフレッドに話すのだと、前置きされた。
そして重々しい口調で、菊の肺に病が見つかった、と言う。他人に移るものではないのだが、簡単に治るものでも無い。そしてだんだんと、命を蝕む。
「……キク、嫌だ。置いていかれたく無い……」
菊の手を握り今にも泣きだしそうな顔でアルフレッドが言うのを、菊はふんわりと笑う。
「アル、私はあなたを置いていったりしません。」
部屋を出てから重い溜息を一つ吐き出したところに、不安そうな顔をしたフェリシアーノがそのアルフレッドの顔を覗き込んで何か言い足そうな顔をしている。
と、アルフレッドは暫く黙り込んだ後、つと顔を持ち上げると眼鏡の奥の瞳を少しばかり細めて、キュッと一度唇を引き締めてから、やっと口を開く。
「……ペンと紙を。」
サロン時の発作は直ぐに良くなったのだが、アルフレッドは大事をとって未だに菊を部屋から出さない様にしていた。四日ほど経ってもアーサーからの手紙の返事は無く、アルフレッドは毎日苛々しながら返事の手紙を待っていた。
と、ぼんやりと椅子に座りながら窓のそとを眺めていたアルフレッドは門の向こうに馬車が止まるのを見つけ、ガバリと立ち上がり扉の外へと駆け出す。
馬車から降りた人物の顔を玄関先で一目見た瞬間、それまで怒気を含めていた表情をアルフレッドは崩してしまう。自分などんな顔をしているのか、そんなの鏡で見なくても自分には分かった。
「……父さん、母様が……」
嫌味の一つでも言おうとしたアルフレッドの口からは、なぜだか泣き声が交えたそんな言葉しか漏れない。幼い頃林の中で迷った自身を助けてくれたあの時の安堵感を覚え、アルフレッドは視界が霞むのを覚える。
「分かってる」
アルフレッドの頭をポンッと一つ叩くと、足早に建物の中に入っていった。その姿が小さくなるのを、アルフレッドはやはりぼんやりと見送る。
一つノックをして室内に入ると、前に別れたときより若干やつれた様子の彼女がベッドの中でふんわりと笑ってアーサーを出迎えてくれた。
「アーサー様、お仕事はどうなさったのですか?」
掠れた声色でそう言うのを、アーサーは一つ頷きながら聞き、ツカツカと菊に歩み寄る。
「早く終わったんだ。」
当然嘘だと、菊にも分かったのだが、特に何も言うこと無く「そうなんですか」と頷き、上半身を持ち上げようとしてアーサーが慌ててそれを止めた。
「話す時は座った方が楽なんです。」
それも当然嘘だとアーサーは気が付いたのだが、やはり「そうか」と頷くと靴を脱いで彼女のベッドの上に乗ると、背中に腕と足を回し背もたれを作ってやり、頬を菊の頭に寄せる。
「……これから暫く仕事が無いから、家に居る。」
アーサーの言葉が嘘だとやはり分かりながらも、菊は笑ってアーサーの腕に手を置く。
「大丈夫、医者はすぐによくなるって言ってたからな。」
菊の背中に当てた手の平で数度彼女の背をさすってやりながらそう笑うアーサーに、菊は大きな黒い瞳を持ち上げて、一度頷く。
「私は大丈夫です。今日はとても楽なんです。」
眉尻を下げて笑う菊の額に唇を落とすと、今無理をしているだろう菊に「ちょっと用事があるから。」と言い置いて立ち上がり、扉に向かう。彼女が寝入った頃にもう一度来て様子を見ようと、そう考えていた。
扉を開けると、アルフレッドが膝を抱えて蹲っていてアーサーを酷く驚かせた。
「な、何してるんだお前……?」
年頃の息子の思考回路が一切分からなくなりつつあったアーサーは、戸惑いを含めた声色でそう言うと、アルフレッドは顔を持ち上げて眼鏡の向こうの目でキッとアーサーを睨み付ける。
何か言いたそうな顔をしていたアルフレッドは勢いよく立ち上がると、頬を膨らませたまま結局何も言わずに自室の方へと向かう。ぽかんとその様子を見送っていたアーサーを一度アルフレッドは振り返ると、一言「ハゲ!」と罵り自室へと駆け込んでしまった。
「オレがいつハゲた!?」という突っ込みすら間に合わず、アーサーは立ち竦んだまま扉がバタンと閉じる音が屋敷に響く。